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ビジネスリーダーが動けば変革は加速する。障害者のインクルージョンが社会を豊かにする
- 障害者の50パーセントが仕事に恵まれず貧困に直面。世界中で「障害者の不平等」が起きている
- 障害者が活躍し潜在的な価値を発揮できる社会の実現には、ビジネスリーダーの結束が必要
- 障害者のインクルージョンが企業価値を高め、誰もが暮らしやすい豊かな社会を築く
取材:日本財団ジャーナル編集部
東京オリンピック・パラリンピック開催後の日本はどうなるのか?いろんな噂や憶測が飛び交う中、2020年2月6日に東京・新宿の京王プラザホテルにて、公開セミナー「Disability and Business〜インクルージョンが企業価値を高める〜」が開催された。障害者のインクルージョンに関する世界的動向や、生産性を向上させるインクルーシブな職場環境づくりの事例などが学べるプログラムを展開。それほど遠くない未来、誰もが生きがいをもって暮らせる社会を築くためのヒントが散りばめられたイベントとなった。
〈登壇者〉
キャロライン・ケイシー
アイルランド生まれ。社会起業家として障害者の社会参加を支援。障害者が多様な価値を発揮できる社会の実現を目指す世界的な活動「The Valuable 500」の発起人でもある。
中村健太郎(なかむら・けんたろう)
アクセンチュア株式会社、戦略コンサルティング本部マネジング・ディレクター。他企業にて約10年にわたって戦略コンサルティングの表舞台で活躍。2016年にアクセンチュアに転職。
「障害」が秘めた巨大なビジネスチャンス
「日本財団では、創設以来50年以上にわたって障害者支援を行ってきました。中でも、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックは、我々が取り組む支援事業の大きな節目になると考えています。その主役は日本企業の皆さま。開催までに、いかにインクルーシブな職場環境を整え、障害者の方が活躍できる社会を築いていくか。その取り組みが、東京オリンピック・パラリンピック開催後のレガシーになると考えています」
日本財団常務理事・樺沢一朗(かばさわ・いちろう)さんによる挨拶で始まった同セミナー。中でも注目を集めたのが、自身も視覚障害を抱えながら障害者の社会参加を支援する社会起業家キャロライン・ケイシーさんが推進する「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」の取り組みだ。
「The Valuable 500」は、ビジネス・社会・経済において障害者が活躍し潜在的な価値を発揮できるように、ビジネスリーダーたちが自ら声を上げ、改革を起こすことを目的とした 活動を展開 。2020年1月時点での賛同企業数は242社。日本でも丸井グループ、三井化学株式会社、ソフトバンク株式会社、全日本空輸株式会社など15社が参加している。
「障害のある子どもの90パーセントは通常学級には入学できません。障害者の50パーセントは貧困に直面しています。また、障害者の50パーセントは仕事がありません。このように世界中で『障害者の不平等』が起こっています」
障害があるからといって何もできないというわけではない、可能性がないというわけでもない。障害者は弱い人ではなく、恥ずべき人ではないのだとケイシーさんは主張する。では、なぜ世界中で『障害者の不平等』が起こっているのか。
「それには3つの理由があると私は考えます。まず、多くの企業が障害者のコミュニティが提供する大きな潜在価値に気付いていないということ。お金に換算すると8兆ドルもの価値があるにもかかわらず、そのチャンスを逃しているのです。次に、インクルージョンには障害以外にもジェンダーやLGBTQなどさまざまな話題があり、障害者は注目されにくいということ。最後に、『障害者の不平等』を変えることができるようなムーブメントが起きていないということ。変革に導くカリスマ性のあるリーダーがいないのです」
だから、今ある社会意識を変えるには力のあるビジネスリーダーの結束が必要だと、彼女は「The Valuable 500」を立ち上げたのだ。
インクルージブな職場環境の構築が生産性を高める
障害者の可能性に注目し、インクルージブな職場環境の構築にいち早く取り組んでいるのがアクセンチュア株式会社だ。アクセンチュアは世界で50万人が所属するコンサルティング企業。インクルージョン&ダイバーシティへの取り組みはCSRではなく、生産性を向上するために必要不可欠であると、戦略コンサルティング本部マネジング・ディレクターの中村健太郎さんは語る。
「アクセンチュアにはさまざまな人が所属しています。人種、宗教、文化、考え方が違うことがほとんどです。障害もその一つの特徴と考えています。これらの違いを統合することによって我々の価値は最大化されると考えています」
アクセンチュアが2018年に障害者雇用の実態について調査を行ったところ、社会的課題の解決に加え、事業への貢献度(事業価値の創造、株価の向上、マーケティングへの貢献)が高いことが分かった。また、障害者のインクルージョンが進んだ企業は、競合より収益が28パーセント、純利益が2倍、利益率が30パーセント高くなっていることを報告した。
中村さんは、障害者雇用を成功させる上で大事なポイントを4つ挙げた。
- 障害者雇用の位置付け・意味合いの再定義
- 『障害者は環境がつくる』という社会モデルを踏まえた企業内での環境整備
- 障害者に対する理解の深化と受け入れ態勢の構築
- 障害者の生産性の見える化と向上に向けての教育環境の整備
「この4つが、障害者のインクルージョンを推進するために重要だと考えます」
アクセンチュアでは、2019年9月、障害者雇用に特化したサテライトオフィスを立ち上げた。教育環境の整備にフォーカスし、働き手が会社への貢献と自己成長を実感できる仕組みづくりに取り組んでいる。主に精神・発達障害者を雇用し、現在約20名が勤務している。
ここでは、障害の特性に合わせた働きやすい環境整備や、業務の切り出しを行い、個人が成長することに集中できるよう工夫している。そして、一人一人の会社への貢献度を数値で可視化し本人にフィードバックすることで、やりがい→成長→会社への貢献というサイクルが生まれると話す。
図表:個人の成長の見える化
図表:貢献度の見える化
障害者と社会をつなぐさまざまな取り組み
ケイシーさん、中村さんによる講演に続いて、日本企業によるインクルーシブな取り組みについて紹介があった。
今セミナーの会場でもある京王プラザホテルでは、さまざま障害を抱えた利用者のためにユニバーサルデザインを採用した客室を13部屋用意。障害者のイベント開催時には、ホテル内に盲導犬用のトイレスペースを設けたり、他の宿泊客への理解を館内ポスターなどで呼びかけたりするなど、「心のバリアフリー」をキーワードに、誰もが宿泊しやすいサービス・環境づくり(別ウィンドウで開く)に努めている。その結果、団体予約や特命発注(※)が増え、収益の向上にもつながっているという。
- ※ 公共事業発注者が入札など競争させずに特定の企業に発注する方式
ソフトバンクではCSR活動の一環として、障害のある子どもの教育や多様な障害のある人々が活躍できる社会環境の構築に取り組んでいる。中でも力を入れているのが、個々の特性を生かした時短勤務「ショートタイムワーク制度」(別ウィンドウで開く)だ。障害を理由に、業務を行うのに支障がなくても長時間勤務することが難しい人が、週20時間未満の労働時間で勤務が可能に。それぞれの特性を生かし短時間でも働ける環境をつくることで、今まで意欲があっても働くことができなかった人の就労機会をつくり出している。
障害者のインクルージョンが進めば、社会は変えられる
各企業による取り組み事例紹介の後、司会者の進行のもとケイシーさん、中村さんによるトークセッションが行われた。
「日本のきめ細かいサービスは、障害者のインクルージョンにおいて大切なことだと思います。特にユニバーサルデザインが優れていると感じました。これは胸を張って世界に誇っていいことです」
京王プラザホテルが実施する障害者への配慮が行き届いたサービスに感銘を受けたケイシーさんはこう話す。
ビジネスリーダーのコミット(誓約)を通じて社会を変革しようとする「The Valuable 500」の取り組みについて、中村さんは現場からの視点で感想を述べる。
「インクルージョン&ダイバーシティは経営課題として企業が取り組むべきことだと思います。ただ、現場では効率が優先されるため、パフォーマンスが落ちることは避けてしまいがち。トップダウンでメッセージがあると、しっかり受け入れ態勢を整えることができるので、経営トップに誓約を求める活動は非常に有効で、戦略を実施する立場としてもうれしく思いますね」
障害者が多様な価値を発揮できる社会の実現に、最も重要なのはビジネスにおけるインクルージョン。これは、ケイシーさんが長年に渡って主張してきたことである。
「多くの企業において障害者のインクルージョンが進むと、社会を変えることができます。そして誰が牽引する必要があるかというとリーダーです。一つの企業が動けば、他の企業も動きます。そうなるとさまざまな動きが加速するんです。リーダーシップが存在しないと何事も変わりません」
だからこそ「The Valuable 500」に加盟するには経営者の誓約が必要となる。そのことで、会社を挙げて取り組んでいく意思表明となり、障害者の活躍できる場が一気に広がるのだ。
ケイシーさんは、会場のセミナー参加者に熱いメッセージを送る。
「次は『The Valuable 500』に参加してください。ネットワークに参加してコミュニティをつくり、お互いに学び合って前に進む。これが大切です。十分な取り組みができていないということは心配いりません。行動を起こさないことが一番問題です。障害者を第三者のように捉えないでください」
誰もが生きがいをもって暮らせる豊かな社会を築くためには、障害者の社会参加に対し一人一人が積極的に行動を起こす必要がある。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催後、いい社会になったと言えるよう、力を合わせて取り組んでいきたい。
撮影:佐藤潮
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。