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【ソーシャル人】いま企業に必要なのはインクルーシブな視点。社会起業家キャロライン・ケイシーさんが説く

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2020年2月に都内で開催された公開セミナーに登壇したキャロライン・ケイシーさん
この記事のPOINT!
  • 8兆ドルという高い市場ニーズを秘めながら、ビジネスシーンで「障害」はタブー視されてきた
  • 「The Valuable 500」は、世界のビジネスリーダーが牽引し障害者が活躍できる社会づくりを目指す活動
  • インクルーシブな社会の実現には、お互いを尊重し合える場所や余裕があることが大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

部屋の中に象がいる(There is an elephant in the room)

この言葉は、「この場で触れてはいけないタブー」「誰もが見て見ぬふりをする問題」といった意味を持つ。日本語では「空気を読む」などと訳されることもある。

大小さまざまな企業がしのぎを削るビジネスシーンにおいて、「象」は一頭や二頭どころではない。その中でも、特に大きなものが「障害者雇用」である。

2020年2月に都内で開催された、障害者とビジネスの可能性について考える公開セミナー「Disability and Business〜インクルージョンが企業価値を高める〜」で登壇した社会起業家のキャロライン・ケイシーさんは、インクルーシブな社会づくりにおける障害者雇用の重要性を説き、企業がどのような役割を果たすべきかを世界中に呼びかける活動を行っている。そんな彼女に、障害者が活躍できる企業や社会に秘められた可能性について話を聞いた。

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公開セミナー「Disability and Business〜インクルージョンが企業価値を高める〜」で登壇中のケイシーさん

「障害」とは人間社会に住む「象」

「目が見えなくなった時は絶望的な心境でした。物理的に目も見えないし、今後のビジョンも真っ暗!しかし、担当の医師に『あなたが本当にやりたいことをやりなさい』と言われ、一生懸命考えました。そんな時に出合い、影響を受けたのがマーク・シャンドの『象に乗って旅をする』に出てくる象使いの話だったのです」

ケイシーさんは、生まれつき視覚障害がある。17歳まではそのことを気にせず暮らしてきたが、社会に出て、国際的なコンサルタントとして活躍する激務の中で、一度失明に近い状態まで陥った。その時の経験が、今の活動の原点になっているという。

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ユーモアたっぷりに自身の生い立ちについて語るケイシーさん

自分の心の声に従って、象使いになるべくインドへ渡ったケイシーさん。そこでカンチ(現地の言葉で「小さい女の子」という意味)という象に乗り、4カ月半かけて約1,000キロメートルの道を踏破したのだ。

「見ての通り、私は女性で、西洋人、色が薄いアルビノ、しかも象に乗っている…。現地の人から見ても普通ではないですよね(笑)。美しい自然に触れる機会も多かったこの旅は、自然の中で育ってきた私の幼少期を思い出させてくれました。コンサルタントとして働いていた時に比べて、自分に素直でいられ、自身を愛することができたんです。象と旅する中で、私は自分の心を取り戻すことができのだと思います。だから、カンチは私にとって偉大な先生なのです」

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象のカンチに乗ってインドを旅するケイシーさん

現在ケイシーさんは、障害者に対する社会の認識や仕組みの変革を促すアイルランドの財団「カンチ」(※別ウィンドウで開く)のCEOを務めながら、「障害は人ではなく、環境にある」「ビジネスこそもっと障害者に目を向けるべき」という考えのもと、世界各国で講演を行うなどさまざまな取り組みを行っている。

「世界人口における障害者の割合は15%で、約10億人に当たります。さらに家族や友人など、近しいところに障害者がいる人は全体の50%。その購買力のニーズは8兆ドルとも言われ、売り手も買い手もかなり潜在力のある市場と言えます。ですが、ビジネスシーンにおいて障害者を視野に入れた積極的雇用やマーケティング活動は、そこまで進んでいないのが現状です」

「障害」とは人間社会に住む「象」のようなもの。つまり誰もがそこに触れないようにしてきたタブーであると語るケイシーさん。日本の企業内における障害者の割合を定めた法定雇用率は2.2%(2019年時点)であるが、それを達成している企業は50%に満たない。その背景には、障害の多様性と障害に対する情報不足があるという。

図表:企業規模別達成企業割合(2018年度)

企業規模別達成企業割合を示す折れ線グラフ。全体平均が2001年43.7%、2002年42.5%、2003年42.5%、2004年41.7%、2005年42.1%、2006年43.4%、2007年43.8%、2008年44.9%、2009年45.5%、2010年47.0%、2011年45.3%、2012年46.8%、2013年42.7%、2014年44.7%、2015年47.2%、2016年48.8%、2017年50.0%、2018年45.9%。50~100人未満の企業が2001年46.7%、2002年44.9%、2003年44.4%、2004年44.3%、2005年44.5%、2006年45.2%、2007年44.8%、2008年44.9%、2009年44.7%、2010年44.5%、2011年43.1%、2012年43.7%、2013年44.5%、2014年44.1%、2015年44.7%、2016年45.7%、2017年46.5%、2018年44.1%。100~300人未満の企業が2001年45.2%、2002年43.8%、2003年43.5%、2004年42.6%、2005年42.4%、2006年43.6%、2007年44.4%、2008年45.7%、2009年46.0%、2010年48.2%、2011年47.0%、2012年48.5%、2013年43.5%、2014年45.9%、2015年50.2%、2016年52.2%、2017年54.1%、2018年50.1%。300~500人未満の企業が2001年38.2%、2002年39.0%、2003年40.2%、2004年37.6%、2005年39.2%、2006年40.2%、2007年40.8%、2008年43.5%、2009年45.6%、2010年47.7%、2011年45.0%、2012年46.8%、2013年39.7%、2014年42.5%、2015年44.0%、2016年44.8%、2017年45.8%、2018年40.1%。500~1,000人未満の企業は2001年33.4%、2002年33.8%、2003年34.7%、2004年31.9%、2005年34.8%、2006年38.7%、2007年40.4%、2008年41.8%、2009年44.3%、2010年47.2%、2011年44.3%、2012年47.1%、2013年37.6%、2014年41.7%、2015年44.6%、2016年48.1%、2017年48.6%、2018年40.1%。1,000人以上の企業は2001年26.6%、2002年27.1%、2003年30.2%、2004年29.4%、2005年33.3%、2006年36.9%、2007年40.1%、2008年43.8%、2009年49.2%、2010年55.6%、2011年49.8%、2012年57.5%、2013年41.7%、2014年49.5%、2015年55.0%、2016年58.9%、2017年62.0%、2018年47.8%。
厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課「平成30年障害者雇用状況」(2018年)より引用
※法定雇用率は2012年までは1.8%、2013年から2017年までは2.0%、2018年4月以降は2.2%となっている
(注)2012年までは56〜100人未満、2013年から2017年までは50〜100人未満

「障害と言っても、身体的なものから精神・知的なもの、軽度のものから重度のもの、先天的なものから事故など後天的なものなど種類はバラバラ。また、利益を上げることが大切な企業活動において、障害者の雇用がどのような効果をもたらすのか分からず、雇用に踏み切れない経営者も多くいるのです」

障害は、決して私たちと縁遠いものではない。事故や病気などで精神的・身体的な障害を抱えるケースも多い。ヨーロッパでは4人に1人が家族に障害者を持つと言われている。これまでも、NGOやNPOなどさまざまな団体が障害者の社会参加に取り組んできたが、まだまだ解決するにはほど遠い。では、私たちはどのように向き合って行けば良いのだろうか。

「必要なのは、ビジネスにおける国際的なリーダーシップです。障害者や彼らが持つ可能性について正しいデータを出し、理解し、ビジネス界が中心となってインクルージョンを進めることが大切なのではないでしょうか」

国際的なイニシアチブ「The Valuable 500」とは

ケイシーさんは「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」という、世界的に影響力のある企業のCEOに、障害者が働きやすい環境づくりを誓約してもらう先例のない取り組みを行っている。

「私たちが目指すのは、障害者の雇用を巡るバリア(壁)を壊すこと。そのために一番効果的なところからアプローチすることにしました。それが、『The Valuable 500』なのです」

2019年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)にて発足した「The Valuable 500」は、「障害者の社会参加がインクルーシブな社会をつくる」という考えのもと、彼らの個性が発揮できるような職場改革を企業のリーダー自らが起こすことを目的としている。現在は、アクセンチュアやIBM、P&Gといった世界的な企業約240社が加盟しており、日本からも15社が参加している。

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「The Valuable 500」に参加する世界的企業の一部

「彼らをなぜ説得できたかって?一つはノーと言う答えを受けとらないこと。頭と心を使って、何度も説得を重ねたケースもありました。彼らだって、ビジネスリーダーであると同時に、父親や母親であり、兄や妹でもあり、働く機会が得られない障害者の方の家族の気持ちが分かるはず。同時に、ビジネスとして大きなチャンスを秘めていることを示すデータをしっかり提示するようにしました。CSR以外にも、企業のブランドや売上に貢献するデータは数多くあるのです」

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2019年8月、世界190ヵ国以上、2,000名が集まる国際会議「ワン・ヤング・ワールド サミット」に「The Valuable 500」のプレゼンで参加したケイシーさん(写真右から8人目)。写真提供:One Young World

「私たちは、障害をネガティブなものだと全く考えていません。ポジティブな『違い』だと捉え、それをうまく社会に生かしていけたらと考えています。そんな良いエネルギーが実を結びつつあるのではないでしょうか。社会や顧客にとっての価値を創造していく、それが『The Valuable 500』と名付けた理由です」

「自分らしくいられる場所」づくりのために

社会起業家、冒険家、考古学者、庭師、バイク乗り、そして象使い…。ケイシーさんの肩書は多い。彼女の肩書は、ケイシーさんが自分の可能性を信じ、さまざまなことに取り組んできた来歴とも言える。

「自分が視覚障害者であることを知ったのは、17歳の時。それまで私の両親は私を健常者として育ててきました。とても大変なことだったと思います。彼らは『自分の可能性を信じること』の重要さ、そして私が『視覚障害者』ではなく『キャロライン』として生きていくことの大切さを教えてくれたのです」

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インクルーシブの定義について「スペース(場所)があること」だと語るケイシーさん

他にも、CEOたちに考える時間をとってもらい、質問にもオープンに応える姿勢が、多くの支持を得た理由であるとケイシーさんは言う。

「真のインクルージョンとは、『自分が自分でいていいのだ』と思えることではないでしょうか。もちろん、考え方の相違や対立意見があってもいい。でも、男性や女性、日本人やアイルランド人、障害者や健常者といったレッテルは必要ありません。お互いを尊重し合える、スペース(場所)や余裕があることが大切なのではないでしょうか」

「障害」という「象」にどう向き合うか。企業だけでなく私たち一人一人が考えることが、誰もが活躍できるインクルーシブな社会を実現する早道ではないだろうか。

撮影:佐藤潮

〈プロフィール〉

キャロライン・ケイシー

アイルランド生まれ。視覚障害を持つ社会起業家。障害者に対する社会の認識や仕組みの変革を促すことを目的とした財団「カンチ」の創設者兼CEO。障害者が多様な価値を発揮できる社会の実現を目指す世界的な活動「The Valuable 500」の発起人であり、世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーも務める。
カンチ 公式サイト(別ウィンドウで開く)
The Valuable 500 公式サイト(別ウィンドウで開く)

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