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日本で1,500万人以上が抱える「働きづらさ」。今求められる就労支援の在り方を考える

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シンポジウム「WORK!DIVERSITYは働きづらさに何をもたらすのか」の登壇者
この記事のPOINT!
  • 障害や病気、引きこもりなど日本には「働きづらさ」を抱えた人が1,500万人以上いる
  • 複雑化、多様化する福祉ニーズ。柔軟かつスムーズに対応できる仕組みづくりが必要
  • 地域でつながり助け合う「互助」の姿勢が、誰もが活躍できる社会の実現につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

障害、病気、引きこもりなど、日本には何らかの「働きづらさ」を抱えた人が1,500万人以上(およそ8人に1人)いると想定される。人口減少、高齢化により、2030年には600万人以上の労働力不足が懸念される待ったなしの状況の中、私たちには何ができるのだろうか?

「就労支援フォーラムNIPPON 2019」(別ウィンドウで開く)で開催されたプログラム「WORK!DIVERSITYは働きづらさに何をもたらすのか」は、これからの日本社会を支える多様な働き方、その仕組みづくりを考えるシンポジウム。一億総活躍社会に向けて、国や自治体、民間に求められる支援体制について、議論が交わされた。

多様化する「働きづらさ」、手薄い就労支援

現代人が抱える働きづらさは多様だ。傷病、障害、依存症、精神的課題といった健康問題を抱えている人々もいれば、LGBT、刑余者といった社会的な差別に悩んでいる人々、ホームレスや貧困母子家庭といった経済的な困難を抱える人々もいる。

日本財団が取り組む、「働きづらさ」をテーマにしたダイバーシティな就労支援プロジェクト「WORK!DIVERSITY」(別ウィンドウで開く)の調べでは、非就労障害者は356万人、LGBTは220万人、ニートは145万人、アルコール依存症は109万人。その他、引きこもり、ホームレス、難病、刑余者、貧困母子世帯など働きづらさの要因は挙げれば切りがなく、そういった人々への支援は手薄な状態にある。

図版:若年性認知症3万1,000人(※18〜64歳)、難病患者60万人(※15〜64歳)、ニート145万人(※15〜54歳)、高齢者は求職者45万人に対し就職者数7万5,000人(※ハローワーク登録のみ)、非就労障害者356万人(※15〜64歳)、広義引きこもり54万人(15〜39歳)、貧困母子世帯49万世帯、がん患者48万人(※15〜64歳)、刑余者1万9,000人(※20〜64歳)
ニートや非就労障害者、高齢者など、多くの人たちが働きづらさを抱えている。「日本財団WORK!DIVERSITY」のサイトより引用

同プログラムでは、日本社会が抱える「働きづらさ」問題を解決するべく、政・官・学の有識者たちがシンポジストとして登壇した。

〈シンポジスト〉

衛藤晟一(えとう・せいいち)

参議院議員/自由民主党

清家篤(せいけ・あつし)

日本私立学校振興・共済事業団 理事長/全国社会福祉協議会 会長

堀家春野(ほりけ・はるの)

NHK解説委員

炭谷茂(すみたに・しげる)

社会福祉法人恩賜財団済生会 理事長

伊原和人(いはら・かずひと)

厚生労働省政策統括官

〈司会進行〉

駒村康平(こまむら・こうへい)

慶應義塾大学経済学部 教授

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プログラム「WORK!DIVERSITYは働きづらさに何をもたらすのか」に登壇した5人の有識者と司会者(写真右端)

課題に対し、柔軟かつスムーズに対応できる仕組みづくりの必要性

「現在の日本には、働きづらさを抱えている多様な人たちがいます。このシンポジウムでは、政策の最新動向や、働きづらさを抱えている人を社会でどう支えていくか話し合いができればと考えています」

司会進行役を務める慶応義塾大学教授の駒村さんは、シンポジウムの目的について説明した。

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司会進行役の駒村さん

一億総活躍・少子化担当大臣である衛藤さんは、働きづらさを抱える人たちの正規職の獲得に加えて、居場所づくりの大切さを強調する。

「万全とは言えませんが、障害者、特に身体障害者の就労支援は存在します。今、苦境に立たされているのは、難病の方や、引きこもりの方です。こういった人たちが安心感をも持って社会に参加するには、何が大切か考えていかなければなりません」

NHK解説委員の堀家さんは「元農水省事務次官が引きこもりの息子さんを殺害した事件の特集を番組で放送したところ、視聴者の方から『他人事ではない。でもどこに相談していいのか分からない』といった声がたくさん寄せられ驚きました」と、この事件に対する世間の関心の高さを紹介。日本における15〜39歳の引きこもりの数は約54万人に上るが、中でも80歳代の親が50歳代の子どもの面倒をみる「8050問題」が深刻化している。長く社会から断絶されていた人が、どのように社会と結びつき、自分の居場所を築いていくか大きな課題となっている。

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NHKのニュース番組で解説員を担当する堀家さん

引きこもりに限らず、働きづらさを抱える人のさまざまな問題を解決するために、社会福祉法人恩賜財団済生会理事長の炭谷さんは、「第三の職場」とも言われる「ソーシャルファーム(社会的企業)」の必要性について言及する。ソーシャルファームとは、障害のある人や労働市場で不利な立場にある人たちを雇用するために、公金や補助金に頼らず、新たなビジネスモデルとしてつくられる就労の場を指す。

「ソーシャルファームはヨーロッパで発展し、20、30年で拡大していきました。まさにダイバーシティの場で、多様な障害や困難を抱えた人が集まる場になります。日本でも浸透しつつありますが、ビジネスとして成立するにはまだまだ課題があり、法律や予算など何らかの支援が必要ですね」

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ソーシャルファームの可能性を語る炭谷さん(写真中央)

日本私立学校振興・共済事業団理事長であり全国社会福祉協議会会長を務める清家さんも、働きづらさを抱えた人たちの就労の場づくりにおいて「支援する側、支援される側という固定的な関係ではなく、両者がWin-Win(ウィンウィン)になり、誰もが地域社会の一員であるという視点が大事です」と話す。

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労働経済学の第一人者として知られる清家さん

続いて、2020年から始まろうとしている「断らない相談窓口」について、厚生労働省政策統括官の伊原さんから説明があった。

「『断らない相談窓口』とは、地域住民から相談が来たら、その『世帯』が抱える問題をさまざまな支援につなげる制度です。働きづらさの実像は複雑です。これまでは、障害者、高齢者、子ども、生活困窮者と、縦割りで行ってきた支援事業を横断的に展開するため、家族が抱える複雑で複合的な課題に対応できるのではないかと考えています」

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「断らない相談窓口」の仕組みを説明する伊原さん(写真左から2人目)

例えば、高齢者の親と障害のある子どもが同居している場合、これまで親のことは地域包括支援センターへ、子どものことは基幹相談支援センターへ相談に行かなくてはならなかった。そういった異なる福祉分野の課題を一度に抱えたケースを一括して応じる仕組みになり、スムーズかつ切れ目のない支援につながることが期待される。

公助から互助へ。地域でのつながりが働きづらさ解決の糸口に

登壇者は各々が関わる取り組みを踏まえ、これから社会に期待することをキーワードと共に語った。

「互助」という言葉をキーワードとして挙げた清家さん。

「最近話題に上がっている団塊ジュニア世代が高齢者になる『2040年問題』では、人口減少、高齢化で行政がサービスを提供できなくなることが予想されています。そこで大事になるのが互助。住民同士が支え合うことが不可欠になってくるのです」

衛藤さんも「互助」の言葉に大きくうなずく。

「我々自民党は、政権を失った時に社会福祉の原点をどう考えるか徹底的に議論しました。その際に出たキーワードが『自立』『共生』、そして『互助』です。個人の思いや願いを確認しながら、引きこもりなどの人たちが、仕事を通して自分の能力に気付き、生きがいを持てる社会をつくりたいですね」

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引きこもり、病気の方の支援について声を強めた衛藤さん

堀家さんは「掛け持ち」をキーワードとして挙げた。

「企業に属しても定年まで勤め上げることが難しい中、30代、40代が仕事とは別に地域で役に立ちたいと、掛け持ちで起業したり、兼業、副業したりするケースが増えています。この掛け持ちが、とても重要なのではないでしょうか。そんな掛け持ちをサポートできるのがソーシャルプランナーなのかもしれませんね」

伊原さんはダイバーシティのポイントになるのは「つながり」だと語る。

「厚生労働省で働いていると、つながりを求める動きを感じるし、その仕組みづくりをしていかなければならないと感じています。今まではつながらない方向に制度をつくってきてしまったので、どうすればつながる方向にいくか考えていきたい」

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少子化対策、障害福祉新制度にも携わってきた伊原さん

ダイバーシティやソーシャルインクルージョンがこれからの社会政策の基本となると語るのは炭谷さん。

「人と社会とのつながりを持てるソーシャルインクルージョンで、お互いに関心を持ち助け合える社会にできるといいですね」

挙げるキーワードは違っても、それぞれに人と人が支え合うことの重要性を説いた5人の登壇者。司会進行役の駒村さんは「国の動きに頼るだけでなく、互助が大変重要になってくるということに共感しました。WORK!DIVERSITYプロジェクトはこれからモデル事業の構築に入っていくわけですが、新しい社会の仕組みをつくるイノベーションを生み出していきたいですね」と締めくくった。

『学問のすすめ』の著者である、福沢諭吉は、英語のsociety(社会)を「人間交際」と訳した。その根底には、多様なバックグラウンドを持った人々が自分らしいやり方で社会参加し、相互に助け合うという理想があったと言われている。地域でつながり支え合う姿勢が、多くの人が抱える働きづらさを解消し、日本を明るい未来へ導いてくれるのではないだろうか。

撮影:佐藤 潮

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