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誰もが活躍できる社会を実現するために。就労支援の課題からより良い報酬体系を探る
- 平均工賃・賃金共に増加傾向に。成果の見える化と他者との比較が、高い工賃や賃金を実現している
- 「生産性」を軸とした報酬体系が就労支援の現場に歪みを生んでいる。多様な評価軸が必要
- 全国にあるローカルルールや好事例を共有し合うことが、より良い就労支援環境を築く上で重要
取材:日本財団ジャーナル編集部
2019年12月に開催された「就労支援フォーラムNIPPON 2019」は、障害のある人の「はたらく」を応援し、誰もが「あたりまえに地域ではたらく」社会の実現を目指す「日本財団はたらく障害者サポートプロジェクト」(別ウィンドウで開く)の一環だ。障害者の就労において、いま乗り越えなければならない課題を探り、具体的な解答やビジョンを導き出すためさまざまプログラムが展開された。
パネルディスカッション「やらなければならないことから逆算し報酬改定を考える」は、2021年に予定される「障害福祉サービス等報酬改定」がテーマ。現状の報酬体系が抱える課題を踏まえながら、より良い障害者就労支援の形を考え、そこから逆算して2021年の報酬改定はどうあるべきか、厚生労働省の担当部門課長と就労支援の現場を支える有識者たちにより議論された。
〈パネリスト〉
源河真規子(げんか・まきこ)
厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部 障害福祉課 課長
金塚たかし(かなつか・たかし)
NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク 統括施設長
北川雄史(きたがわ・ゆうじ)
社会福祉法人いぶき福祉会 専務理事/きょうされん就労支援部会員
久保寺一男(くぼでら・かずお)
NPO法人就労継続支援A型事業所全国協議会 理事長
〈司会進行〉
奥西利江(おくにし・としえ)
社会福祉法人維雅幸育会 ふっくりあモォンマール 管理者
平均工賃・賃金は増加傾向に。都会が高い成果を上げているわけではない
プログラムの冒頭で、厚生労働省の源河さんから障害者支援サービスの現状、現行の報酬体系とその影響について説明があった。
2018年度の平均工賃・賃金は、B型事業所(※)が1万6,118円(前年対比103.3%)、A型事業所(※)7万6,887円(前年対比103.8%)となり、いずれも増加傾向にはある。注目すべきは、都道府県で見た場合。決して都会が高いわけではないと、源河さんは声を強める。
- ※ 一般企業で働くことが難しい障害や難病のある人に、就労の機会を提供すると共に、就労に関する知識や能力を向上するための訓練を行う支援事業者のこと。事業者と雇用契約を結ぶA型と、雇用契約を結ばず自分のペースで働けるB型の2種類がある
「例えばB型の平均工賃で最も高かったのが徳島県の2万2,235円、次いで福井県の2万1,829円。県知事や市長が障害者支援に力を入れているところが総じて高い傾向にあります」
図表:就労継続支援B型 都道府県別平均工賃月額の比較(2017年度、2018年度)
源河さんは、隣の県や市と成果を見える化し、比較し合う行動が重要だという。工賃・賃金の向上に成功した就労継続支援事業所の事例集(別ウィンドウで開く)がその場で共有されたので、ぜひ興味のある方は参考にしてほしい。
そして、2021年の報酬改定にあたっての課題については、以下4点が挙げられた。
- 就労継続支援A型における「送迎加算」は、送迎対象者の実態を把握した上で対応を検討
- 就労継続支援A型における「最低賃金減額特例」については、その適用者数、適用期間、最低賃金の減額割合などの実態を把握した上で対応を検討
- 就労移行支援利用後の一般就労の範囲については、利用者の雇用形態、労働時間数などの実態を把握した上で対応を検討
- 就労移行支援の基本報酬について、現在就職6カ月以上定着したことをもって実績として評価しているが、支援の具体的な内容と、移行や就労の定着実績との関係性などの実態を把握した上で、評価のあり方を検討
加えて「報酬体系を、雇用と福祉の狭間にあって働く機会を得られないでいる障害者の支援にいかにつなげるか」、厚生労働省内で検討していると状況が共有された。
「生産性」を軸とした報酬体系が就労支援の現場に歪みを生んでいる
源河さんの話を受けて、プログラムは現行の報酬体系に対する議論の場に。NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク・統括施設長の金塚さんが指摘したのは、現在の報酬体系では、努力している就労支援事業所ほど報われないということ。
「現在の就労移行支援事業者を単年度で評価するやり方では、障害者をサポートする長期にわたる努力が認められない。企業とのミスマッチを防ぐためにも、事業者の成果は複数年度で評価するべきではないでしょうか」
就労移行支援とは、障害者が一般企業で働けるように支援するサービスのこと。事業者は就労に関する相談や就職するために必要な知識やスキルを習得するサポートを行う。
金塚さんは、現行の単年度評価では、障害者が企業とマッチングするために丁寧に時間をかけて面談や訓練を行う事業者が損をしてしまい、しっかりアセスメントも行わずにとにかく早く就職させようとする事業者が得をすると異議を唱える。
続いて、NPO法人就労継続支援A型事業所全国協議会・理事長の久保寺さんからは、現在の就労継続支援事業者に対する基本単価ではサービスから漏れる利用者が増えると指摘があった。
「A型事業所を就労時間だけで評価すると長く働ける人ばかりが集まることになり、障害の重い人(短時間労働なら可能)を積極的に受け入れているところが不利になります」
また、一般就労を積極的にしている、最低賃金にこだわらず高い賃金を支払っている、障害者を積極的に職員雇用しているという事業所も不利になる傾向にあるという。
一方B型事業所は「平均工賃だけで評価する方法では、生産性が低い(障害が重い)利用者が漏れてしまう。障害のある人の『居場所』としてのB型という視点も必要ではないかと考えます」
生産活動における高い工賃に重きを置くB型、収支を黒字化することに重きを置くA型の評価軸では、事業所にとって重い障害のある人を受け入れる、または一般就労へ移行するブレーキになるのではないかと懸念する。
社会福祉法人いぶき福祉会・専務理事であり、きょうされん就労支援部会員でもある北川さんは、さらに視点を広げて「障害者就労を支援するサービス全体」の見直しを訴えかける。
「現在の成果主義に基づく報酬体系は『お金を稼げること』を重視しており、生産性の低い人が排除されていく傾向にあります。障害のある人が『働く』ということは社会や地域で役割を果たすということであって、お金だけでは測れない価値があります。就労といった面だけでなく多様な評価軸を持つべきではないでしょうか」
賃金や工賃だけでなく、社会生活ができているか、あるいはコミュニティとしての機能を果たしているかなど、社会参加を支援するという視点での多様な評価軸があれば、障害者や障害者就労支援事業者にとって新たな価値の創造をもたらすのではないかと、北川さんは話す。
制度をつくる側だから見えること、現場を支えている側だから見えること、それぞれの課題や見解をいかに共有し、精査することが、より効果的な報酬体系をつくる上で重要だと感じた。
好事例を共有し合うことが、より良い就労支援環境をつくる
金塚さん、久保寺さん、北川さんから上がった現行の報酬体系に対する課題に対し、源河さんが意見をのべた。
「金塚さんが提案されたように、複数年度で事業者さんを評価すると、すぐに就職できる障害者の方を無理に引き伸ばすなど補助金を目的としたモラルハザード(非道徳的な行動)が起こる可能性があります」
「久保寺さんのおっしゃるB型事業所の役割については、現在調査を進めているところです」
「北川さんの考えておられる事業者を多面的に評価することは、具体的にどのような評価軸や数値で評価するべきか、にわかには思いつきません。今後もぜひ意見交換を続けていきたいです」
回答を受けて、北川さんは「モラルハザードという極一部の悪徳事業者の懸念があるからといって、障害のある人も真面目に取り組んでいる事業者も、不利益をこうむる現状を放置するべきではない」、久保寺さんは「事業者のモラルハザードの問題は極めて特殊なケースであり、また問題を起こした事業者の背景には障害者の就労支援をめぐる環境の問題もある」と意見を述べた。
この問題を解決するためのヒントとして、源河さんは「エビデンス(証拠・根拠)を持ち込む」ことに加え、「好事例を持ち込む」という2つの案を提示。
「世の中では悪い事例ばかりが取り上げられますが、良い事例を横展開し、共有することこそが重要だと考えます。全国の自治体には良いローカルルールや事例があるのに、なかなか集まらないのが現状です。良い情報があれば、ぜひ厚生労働省にも上げてほしい」
成功事例を共有し、共に考え、建設的に報酬体系をつくり出していくことが、より多くの障害者が「あたりまえに地域ではたらく」社会の実現につながるのだと、源河さんの言葉から感じられた。
プログラムの最後に、司会進行を務める社会福祉法人維雅幸育会ふっくりあモォンマール・管理者の奥西さんが会場にいる参加者全員に、報酬改定に向けて協力を呼びかけた。
「私も今日の議論から感じましたが、事業所の評価軸は1つでなくてもいいのではないでしょうか。2021年度の報酬改定に向けて、これから厚生労働省からお集まりの皆さんが所属する各団体にヒアリングが行われると思います。ぜひ、積極的に『こうしたらうまくいく、うまくいった』などの評価軸の提案や成功事例を提案し、次回の報酬改定をより良いものにするために働きかけていきましょう」
「報酬改定」を切り口に、就労支援の現場で起こっているさまざまな問題が浮き彫りになったこのプログラム。それを解決するためには、国や自治体、民間といった枠を超えて、障害者就労支援に関わるすべての人がつながり合うことが重要なのではないだろうか。
撮影:佐藤潮
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。