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イエス、ノーのクエスチョンが落とし穴!障害者雇用を成功に導くコミュニケーション術
- 障害者雇用問題の根底にあるのは、障害者の進学率の低さと離職率の高さ
- 障害者との正しいコミュニケーション方法を知ることで、雇用環境は大きく改善する
- 障害者が働くことで、新たな消費サイクルが動き出す
取材:日本財団ジャーナル編集部
2018年、多くのメディアで連日のように取り上げられていた「障害者雇用」。特に中央省庁の雇用水増し問題が大きく騒がれたが、省庁の批判ばかりが目立ち、その背景や本質について映し出す報道が少なかったせいか、多くの人にとっては本当の課題がわかりづらいニュースとなったかもしれない。
「雇用水増し問題が起きたことは残念だが、これをきっかけに多くの企業や人が障害者の就労について向き合い始め、より良い状況になるだろう」と株式会社ミライロ(以下、ミライロ)の代表取締役社長・垣内俊哉(かきうち・としや)さんは展望する。自身も障害がありながらさまざまな苦しみを乗り越え、車いすに乗った106cmの視点からの気づきを価値に変えて、障害者を雇用するための教育や研修事業を数多く手がけている。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のアドバイザーとしても活躍する垣内さんに、現在の障害者雇用の問題点と解決するヒントを伺った。
障害者雇用の課題は、障害者の進学率と離職率にあり
日本では「障害者雇用促進法」により、民間企業は2.2%、国や地方公共団体は2.5%の割合で障害者を雇用するように義務づけられている。中央省庁の問題は、この雇用人数を水増ししていたというものだ。雇用率に達しない民間企業に対し国へ納付金を納めるように指導する立場ゆえに多くの批判を浴びたが、垣内さんは「今回の問題で障害者雇用の本当の課題が明るみに出た」と見ている。
「この問題の根底にあるのは、教育問題です。障害者のうち現在大学に通っているのは約3万1,000人。大学生全体の1%を切っています。この中から省庁のような国家公務員試験を受ける人がどれだけいるでしょうか。つまり、障害者の進学率を上げない限り、雇用問題を解決するのは難しいと言えるでしょう」
現在の日本における障害者の数は936万人弱だが、そのうち民間企業で働くのは約50万人。年々増え続けているものの、働く障害者が少ないというのが現状である。
図表:民間企業における障害者の雇用状況
また障害者の離職率が高いのも課題だ。4割近くの人が1年以内に会社を去ってしまうという。その大きな理由は「やりがいと社内環境」にあると言う。
「まず、やりがいの面。障害には、身体、視覚、言語や精神などさまざまな種類があり、できることもできないことも一人ひとり異なります。しかし雇用担当者や職場の従業員から“障害がある人”とひと括りにされてしまい、個々の障害に目を向けられないケースが多くあります。そのため能力や適正に関係なく、単純作業ばかりを任されることも少なくありません。一般業務を行いたいという希望や、タイピング、資料作成の能力があったにもかかわらず、実際にはホチキスで資料をまとめるなどの雑用ばかりを任されていた例もあるようです。こういった単純作業で誰も彼もがやりがいを得ることは難しいでしょう。
次に社会環境の面。これは障害者に限ったことではありませんが、人は『できますか?』と尋ねられると、反射的に『できる』と答えてしまう人も多いのです。その結果、体力や意欲が続かず離職してしまう。また、同じ職場にいながら自分だけ特別扱いされているようで居心地が悪いなど、ストレスが原因で辞めてしまう人も多くいます」
いずれも根底にあるのはコミュニケーションの問題である場合が多いと垣内さんは話す。
イエス、ノーのクエスチョンがコミュニケーションの落とし穴
ミライロでは、企業や団体を対象に、障害者や高齢者など多様な人たちに向き合うための知識と行動を身につける「ユニバーサルマナー検定」や講師派遣を実施。ホテルやブライダル、飲食などのサービス業界を中心に、メーカーや商社、銀行など幅広い企業が障害者雇用を成功させるために活用している。プログラムのなかで学ぶことは、当たり前のようでありながら健常者の日常では気づかないことが多くある。
垣内さんから聞いたユニバーサルマナー検定に関する話の中で、特に印象深かった障害者とのコミュニケーション方法について2つ紹介したい。
まず、もしあなたが道や電車で困っている人を見かけたらなんと声を掛けるだろう。「大丈夫ですか?」「お手伝いしましょうか?」とつい聞くのではないだろうか。
「実は、イエス、ノーで返答できてしまう尋ね方は、本人の意思を伝えづらくしてしまいます。代わりに『何かできることはありますか?』と相手の希望を尋ねる声がけに変えるだけで、ずいぶん話しやすくなります」と垣内さん。
雇用する際にも「どのような業務を希望しますか?」「どのような作業ができそうですか?」というように、相手が自分の言葉で答えられる質問をすると、建設的な話ができるようになるそうだ。
受講者からは、このポイントを押さえるだけでも、コミュニケーションに小さな自信を持って、自分から声掛けができるようになったという声が多いという。
2つ目は、過剰な対応について。先まわりする心づかいを正しいとする日本文化は、障害者にとって苦痛となることもあるそうだ。
「たとえば、飲食店に車いすユーザーが訪れると、スタッフの方が良かれと思ってテーブルの椅子を下げることがありますが、人によっては車いすから降りて、椅子に座りたい場合もあります。つまり、“車いす=○○をしなければならない”という固定概念を持たず、目の前の相手が何を求めているかを知り、尊重することが重要です」
実は障害者や雇用側の悩みの多くは、コミュニケーション次第で解決できるという。垣内さんもその重要性に気づいた衝撃的な記憶がある。それは、学生時代にアルバイトとして勤めた会社で、出社時間に3分ほど遅刻してしまった時のこと。
「すごい剣幕で、上司から『車いすであっても、社会人ならば遅れないように交通機関を調べて出社するのが務めだ』と叱られました。学生時代は、大切なときに遅刻しても“障害があるから仕方ない”と特別扱いされることが多かったのです。なので、上司が他の社員同様にフラットな視点で接してくれたことに、とても感動を覚えました。この経験を得られたことに、今でも感謝しています」
この上司の言葉は、「障害のある垣内さん」へではなく、「新社会人である垣内さん」へ向けてのものだ。このように相手を理解したうえでコミュニケーションをとることができれば、お互いに気持ち良く働くことができるはずだ。
変化する障害者を取り巻くビジネス。これからの時代は、障害を“価値”にして働く
現在ミライロでは視覚障害のあるスタッフが働いている。最初は電話業務のみを担当していたが、ブラインドタッチができるということで、スクリーンリーダー(画面読み上げソフト)を導入したところ、ワードやエクセルでのデータ作成のほかメール業務もすべてこなせるようになったという。思い切って任せてみたらできた、やってみたらできた、という“プラスのギャップ”の一例である。
「障害者の中には、障害があってもできることに甘んじて仕事をする人がいます。でも、それだけではもったいない。障害があるからこそできること、気づけることが多くあり、その価値に大きなニーズがあるのです。ミライロではこれを『バリアバリュー』と呼んでおり、その自分だけの強みを見つけて打ち出していくことが、障害者の働き方に変革をもたらすと思っています」と垣内さんは力強く言う。
さらには「企業や自治体で働く障害者が増えれば、周囲の環境や意識も変わってきます。障害者がもっと気軽に外出するようになり、消費行動にもつながります。消費行動が活発になれば、労働意欲も自然と湧いてくるものです。すると『もっとカッコいい車いすが欲しい』、『こんな場所で食事をしてみたい』『オシャレな服を着てみたい」などのニーズが増し、障害者に向けたビジネスも盛んになってくるでしょう」と、ワクワクする話を語ってくれた。
現状ではまだまだ多くの課題がある障害者雇用。しかし、今後雇用において障害者が戦力として活躍し、外出や消費活動が増えれば、周囲の環境や意識も変わるといった相互作用が起こるだろう。その先には、きっと明るい未来が見えてくるはずだ。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
垣内俊哉(かきうち・としや)
株式会社ミライロ代表取締役社長。1989年愛知県生まれ。生後間もなく、骨が折れやすくなる「骨形成不全症」を発症。しかし高さ106cmの目線を価値に変えようと起業家を志し、大学時代にはビジネスコンテストで多くの注目を集めた。現在は、一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会・代表理事、日本財団パラリンピックサポートセンター・顧問、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会・アドバイザーなどを務める。
株式会社ミライロ 公式サイト(別ウィンドウで開く)
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