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「障害は人ではなく環境にある」。18歳現役大学生が「ユニバーサルマナー検定」を体験してみた
- 「ユニバーサルマナー検定」では、障害者やお年寄りへの応対方法が身に付く
- 18歳の現役大学生が、障害のある状態を疑似体験
- 障害は人ではなく、社会の方にあることを学ぶ
取材:日本財団ジャーナル編集部
例えば、車いす利用者が段差のある歩道で立ち往生していたら、どのようにサポートするのが正しいか、そもそもどのように声を掛ければ相手にとって親切か、どれだけの人がお分かりになるだろう。
「ユニバーサルマナー検定」(別ウィンドウで開く)は、障害者や高齢者、ベビーカー利用者、LGBT、外国人など、多様な人たちと共に暮らすための「心遣い」や「行動」が習得できる検定だ。基本的な向き合い方や声のかけ方を学べる3級と、車いすのサポート方法など、より実践的な知識と行動を身に付けることができる2級がある。今回は、3級と2級の実技研修を、現在18歳の大学一年生・祝とも(いわい・とも)さんに体験してもらった。
「かわいそうな人を助けるため」ではなく「誰もが生きやすい社会を作るため」のマナー
日本財団が18歳の男女を対象に行った「障害」に関する意識調査(別ウィンドウで開く)では、「街中で困っていた障害者を手助けしたことがありますか」という問いに対し「いいえ」と回答した人が54.3%と半数強。その理由として最も多かったのが「どう手助けしたら良いか分からなかった」で34.6%にのぼった。
その18歳が、ユニバーサルマナー検定を学んだとき、意識にどのような変化が生まれるのだろう。
祝さんは、3級の受講を経て2級の実技研修を受講した。さまざまな機材を用いて障害者や高齢者が抱える日常生活上の不安や不便を擬似体験しながら、適切なサポート方法を学ぶこの講座。最初は誰もがいつかはなる「高齢者」をサポートするための研修からスタートした。
さまざまな能力が加齢と共に衰える高齢者の不便さを味わった「高齢者サポート研修」
高齢者体験キットを体に装着する祝さん。白内障や難聴、五十肩、猫背、脳卒中などによる病気の後遺症(まひ)などの状態を作り出す7つのシミュレーターを、目や耳、腰、膝、首などに身に着ける。
すると、自然と姿勢は前かがみになって視線も下がり、歩き方まですり足になる。さらに、軍手を着けて触覚を低下させると「これがお年寄りの目線や感覚なんですね…。身に着けただけで、なんだか窮屈です」と、祝さんは戸惑い気味に言う。
まずは高齢者体験キットを着けた状態での歩行を体験。ゆっくりと教室を出て廊下を歩き、階段を上り下りした祝さんは「いつもなら何も考えずに動けるルートなのに、歩くだけでヘトヘトです」と、やや息が上がり気味。歩きづらい上に、階段では視界が狭く曇っているため段差が見えづらく、少し恐怖も覚えたと言う。高齢者が移動する際は以下のようなサポートが望ましい。
- 寄り添いながら歩行を介助する場合は、手で支えるだけでなく、相手の歩調や歩幅に合わせる
- 少し離れて見守る場合は、高齢者にとってストレスが少なく、何かあったときにもすぐに手を差し延べられる「2、3歩後ろ」の位置に立つ
次に視覚が低下した状態での筆記を体験。ゴーグルを通して書類を見ると「全く見えません…」と焦る祝さん。
ここで学んだことは、高齢者に対する書類の作り方や渡し方だ。
- 書類(小説や新聞などの長文を除く)を作る場合、書体はゴシック体、文字のサイズは12ポイント以上にすると読みやすい
- 書類を渡す際には「どこ」に「何」が書かれているのか、指し示しながら口頭で説明する
続いて、視覚と触覚が低下した状態でのお金の支払いを体験。ゴーグルや軍手を装着して財布からお札や硬貨を取り出そうとしたところ、通常20秒ほどでできる行為に30秒以上もかかってしまった。受講者の中には1分以上かかる人もいるそうだ。
目が見えづらく、物をつかむ感覚が衰える高齢者にとっては、財布からお金を取り出すのも一苦労。そのため、高齢者がお金を支払う場面では、決して焦らせないで、気長に見守るようにしたい。
また自分がお金を受け取る場合は、お金の取り出しを手伝うのではなく、必ず自身の手で支払ってもらうことが大切。記憶力の衰えた高齢者は、お金を払ったどうか曖昧になりやすく、金銭トラブルを防ぐためだ。
視覚的に伝えることの難しさを痛感した「聴覚障害者のサポート研修」
この研修では、音を遮断するヘッドホンを着けた相手に対し、出題された「AM10:30にタクシーを呼んでください」という例文を声を使わずに伝えるというミッションが与えられた。ヘッドホンを着けた祝さんは、ペアを組んだ相手からとジェスチャーで伝えられるも、最後まで把握できなかった。「特に数字が分かりづらかったですね」と、指の本数で時間を伝えることが予想外に難しいことを知る。ジェスチャーで情報を伝える場合は、口の動きもセットにすると相手に伝わりやすくなる。
今度は筆談を体験。講師の方が話す内容を同時に文字に起こし、耳の聞こえない相手に伝えるというものだったが、「全然、話に追いつきません。焦って何を書いて良いのか迷いました」と祝さん。
筆談を用いる場合には、いくつかコツがある。
- 横書きにする(右利きの場合)。縦書きだと右手がかぶって字が読めないため
- 数字を使う場合はひと目で理解しやすいアラビア文字を使用。例えばカタカナの「二」と漢字の「二」など混同しやすい文字が多いため
- 敬語は省略しても良い。できるだけ短文で簡潔に伝える
- 日時を伝えるときは遠回しな表現は避ける。例えば「12時5分前」なら「11時55分」と直接的に表現する
また「ないことはない」「あることはある」などの紛らわしい表現は、相手が混同しやすいので使わないよう注意したい。
目が見えない恐怖を実感した「視覚障害者のサポート研修」
次は、「視覚障害者」の世界を体験。まずは街中での声の掛け方について学んだ。目が見えない視覚障害者にとっては、まず何よりも安心感を与えることが重要となる。
- 最初の声掛けの際はそっと肩を叩いて、名前を名乗ると相手が安心する
- 「何かお手伝いできることはありますか」と要望を伺うように声を掛けると、相手も受け入れやすい
歩行をサポートする際は、視覚障害者にとって「腕を組む、手をつなぐ、背中を押す」といった行為は、体の自由が奪われ、不安や苦痛を感じやすい。白杖(はくじょう)を持つ手の反対側に立って自分の腕を相手に持ってもらい、一歩前を歩く形で、周囲の状況を説明しながら誘導するようにしたい。
これらのポイントを踏まえて、実際に歩行を体験。まずは祝さんがアイマスクをつけ、目が見えない状態で誘導してもらうことに。
すると「真っすぐ進むだけでも怖いです。特に段差は『ここに段差がありますよ』という情報だけでは、昇るのか降りるのかが分からず、とても不安になりました」と祝さん。段差がある場所では、「上がりますよ」「下がりますよ」と付け加えると相手も安心する。
直接的なサポートだけでなく、一歩先の配慮も学んだ「車いすのサポート研修」
最後に学んだのは車いすのサポート方法。車いすに乗車してみると「思った以上に乗り心地が良いです。ただ普段よりずっと視点が低いので、人混みは怖いかもしれません」と祝さん。
そして、車いすの操作を体験。平坦な道は難なく乗りこなせたが、引き扉に苦戦したり、落とした物を拾うのに時間がかかったりと、車いす利用者には難しい動作が多くあることを理解できた。「車いすを押すことだけがサポートじゃないんですね。その一歩先の手助けも必要なんだということが分かりました」と祝さんは身をもって学んだ。
今度は、車いすのサポートを体験。坂道や段差ではコツを押さえて動かさないと相手に衝撃を与えてしまうため、以下のことを心がけて操作に臨みたい。
- 段差を上る際は、車いすの最下部に飛び出しているパイプ(ティッピングレバー)を踏んで前輪を持ち上げてから、ゆっくりと段に乗せる。その際、車いすの背もたれに自分の体を寄せて、斜め上へ押し上げるようにすると持ち上がりやすい
- 段差を降りる場合は、車いすを支えやすくするため後ろ向きになり、後輪からゆっくりと下ろす
さまざまなシチュエーションの中で車いすの操作を行った祝さんは、「車いすを利用する方の大変さが身に染みました」と言う。「街に困っている車いすの人がいたら、自分から積極的に声を掛けたいと思いました」という意気込みを見せて、すべての受講を終了した。
障害は人にあるのではなく、社会の仕組みや環境にある
2級、3級を合わせてトータル7時間に及ぶ講座を終えた祝さん。そんな彼女に、ユニバーサルマナー協会の代表理事を務める株式会社ミライロ代表取締役社長の垣内俊哉(かきうち・としや)さんとの対談を通して、感想を話してもらった。
祝さん(以下、敬称略):まずは、貴重な機会をいただきありがとうございます。私は、障害者の方と出会ったときに自然な配慮ができるようになりたいなと思い、今日の検定を受けました。
垣内さん(以下、敬称略):祝さんのような若い世代の方にユニバーサルマナーが広がれば、世の中はかなり変わると思うんですよ。ところで、3級の講座内容で印象に残ったことはありますか?
祝:これまでは駅で困っている障害者の方を見掛けても、どうすれば良いのか分かりませんでした。だから「何かお手伝いできることはありますか?」と声の掛け方は、すごく勉強になりました。
垣内:海外では、私が車いすで移動しづらい環境にいると、誰もが「May I help you?」と気軽に声を掛けてくれます。だから、自然と「もっと外出したい」という気持ちになれるんですね。日本人も、そのような姿勢を見習っていきたいものです。
祝:相手の気持ちに配慮することが大切なんですね。印象に残ったお話がもう1つあって、「障害」という言葉についてです。障害は人が持っているものという認識でいたのですが、社会の仕組みや環境に障害があったんですね。人はそれぞれ特徴があり、違うのは当たり前で、障害も個性の1つ。生きづらさを感じさせる原因は社会の方にあるということが理解できました。
垣内:その通り!左利きだとか、視力が落ちたとか、「障害者」とされない人でもそれぞれちょっとした不便を感じていますよね。それが、車いすが必要となると途端に「かわいそうな人」になってしまう。歩けないこと自体が障害ではなく、段差や階段があることが障害なんです。これは最も知ってほしいことだったので、しっかり受け止めていただいて本当に嬉しいです。
祝:垣内さんは、多様性が求められる今の社会において、ユニバーサルマナー検定が担う役割は何だと思われていますか?
垣内:これまで接点がなかった人に声を掛けるのは勇気が要るものですよね。僕も全盲の人やLGBTの人と初めて知り合ったときは、どのように接すれば良いのか迷いました。そんなときに一歩踏み出すきっかけとなる「知識や行動」を提供するのが、ユニバーサルマナー検定の役割だと思っています。
“相手のことを知る”ことが何よりも大切なコミュニケーション
それでは最後に、今回の受講体験を通して祝さんの「障害」に対する意識にどのような変化が芽生えたのだろう。
「それぞれの障害に対し、知識や技術だけでなく、どんな悩みを抱えているのかを実感できたことが何よりの学びでした。特に視覚障害の体験では、一歩足を前に出すことにすら恐怖に覚えたので、普段、視覚障害者の方がどのような不安を抱えて生活しているのかがよく分かりました」
そして、どの体験でも共通して感じたことは“コミュニケーションの重要性”だと祝さんは話す。
「まず相手のことを知ることが、コミュニケーションを取る上で大事なポイントなんですね。今助けを必要としている人が、声に出さなくても『困っています』と合図を出せるようなアイテムがあれば、もっとみんなが手助けしやすくなるのかな…。そんなことも考えるきっかけになりました。今日の朝までの私と今の私、社会への意識の持ち方が随分と変化しました!これを機に多様化する社会についてもっと積極的に学んでいこうと思います」
撮影:十河英三郎
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