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話題の作家・岸田奈美さんが描く、人と人の歩み寄りで生まれる優しい世界

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投稿コンテスト「#こんな社会だったらいいな」で準グランプリを受賞した文筆家の岸田さん
この記事のPOINT!
  • 行動を起こす人だけでなく、受け取る側の意識が変わらないと社会は変えられない
  • 「ありがとう・ごめんなさい・こんにちは」という素直な心が、人を優しくする
  • 「助ける側」と「助けられる側」の歩み寄りが、みんなが生きやすい社会をつくる

取材:日本財団ジャーナル編集部

「社会をより良くしたい」「日本の明るいビジョンを語りたい」という想いを持つ人々が共に対話し行動するための場として、日本財団が2016年より開催している「日本財団ソーシャルイノベーションフォーラム」。2019年は、11月29日(金)から3日間にわたって東京国際フォーラムを会場に開かれる。

その開催に先駆けて行われた、クリエーターとユーザーをつなぐWEBサービスnoteとのコラボによる、社会をちょっと良くするアイデアを募集した投稿コンテスト「#こんな社会だったらいいな」で、3,000を超える応募作品の中から、岸田奈美(きしだ・なみ)さんの作品「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」が、準グランプリに選ばれた。ダウン症の弟が、周りの人たちに助けられている様子を見て気づいた、障害のある人が生きやすい社会をつくるためのヒントが描かれた、笑って泣けるエッセイだ。投稿直後に話題となり、SNSで累計10万シェア以上、noteでは65万PV(2019年11月14日時点)を獲得した。

今回、ソーシャル系ベンチャー企業に勤めながら、作家として活躍する岸田さんに、受賞作品に込めた想いと共に、障害者と社会の関わり方について話を伺った。

いまの“岸田奈美”ができるまで

――作家として活躍される岸田さんですが、普段はユニバーサルデザインに関わる会社にお勤めだとか。

岸田さん:はい、株式会社ミライロ(別ウィンドウで開く)という会社で、障害者や高齢者、LGBT、妊婦さん、ベビーカーを押している方といった、移動や、生活に不自由や不安を感じている方が快適に過ごせるための全てのことを、企業に向けてアドバイスしています。例えばオフィスビルや飲食施設をチェックして、多くの方にとって利用しやすいデザインを提案したり、車いすの押し方や目の不自由な方をサポートするための適切な方法や心遣いを学ぶ「ユニバーサルマナー検定」という研修事業を行ったりしています。また日本財団さんとも共同で「Bmaps(ビーマップ)」(別ウィンドウで開く)というバリアフリーの飲食店を検索できるアプリも作らせていただきました。

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普段勤務する会社での仕事について話す岸田さん

――ミライロへはいつ頃からお勤めなのですか?

岸田さん:創業メンバーの1人としてミライロの代表に声を掛けられ、設立10日後に入社しました。ちなみに、創業して3年目に、車いすの母をユニバーサルマナー検定の講師として誘い、入社してもらいました。そもそも創業のきっかけには、ダウン症の弟や下半身麻痺で車いす生活を送る母にとって、もっと楽しく生きやすい社会にしたいという思いがあったんです。

――もう少し詳しくお聞かせいただけますか。

岸田さん:大学に入学した当時、私には2つの大きな目標がありました。1つ目は、起業家で経営者でもあった今は亡き父のように、私も自らの手で何かビジネスを生み出すということ。2つ目は、大事な家族である弟や母が笑顔で楽しく暮らせること。この2つの目標を叶えるべく、福祉系の大学に進み、そこで今のミライロの創業メンバーに出会いました。

ベンチャーということもあり、大変なタイミングも多々ありましたが、ミライロに入って、本当に良かったと考えています。病気で車いす生活になってから落ち込んでいた母が、今では年間180回以上の講演会をするようになり、毎日生き生きと全国を飛び回っているのですから。

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岸田さん一家の家族写真。お母さん(写真中央)の笑顔がとても素敵だ

――そのような思いが、ミライロや文筆家というお仕事のベースにもなっているんですね。

弟と周りの人たちとの話を通じていい社会にできたら

――岸田さんが、今回の投稿コンテストに応募された動機を教えていただけますか。

岸田さん:初めは、文章やイラストなどを通してクリエイターと読者をつなげる先進的なサービスであるnoteと、歴史があり、ちょっとお堅い印象もある(?)日本財団さんがコラボする、という意外性に興味をそそられましたね。Bmapsの開発や、母のミャンマー講演を支援いただいた日本財団さんが「いい社会」をテーマにコンテストをやるなら、私も自分の作品を応募して少しでも盛り上げていきたい!と思ったんです。あと、私の自慢の家族である弟の素晴らしさをたくさんの方に知っていただきたい、という気持ちもありました(笑)。

――岸田さんは、他にも弟さんやお母さんを題材にしたコラムをたくさん書かれていますが、今作品ではなぜ、弟さんとお母さん、コンビニ店員さんが織り成すエピソードを題材にしたのでしょう?

岸田さん:「いい社会に変える」という視点に立った時、私と弟がいくら勇気を持って挑戦しても社会を変えるのは難しいと思うんです。コラムを読んだ受け止める側の人の意識が変わらないと社会を変えることはできないと思ったんですね。じゃあ、「弟の行動で周囲の意識が変わって受け入れられたことって何だろう?」と考えたら、このコンビニでのエピソードが頭に思い浮かんだんです。

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コンビニに仲良く買い物をする岸田さん(写真左)と弟さん(写真右)。撮影:Takahiro Bessho

――お話の中で、コンビニの店員さんをはじめ地域の人々が障害のある弟さんを助けるだけでなく、弟さんが周りの人に良い影響を与えているという部分が心に染みました。

岸田さん:私が書いているのは母や弟の話であり、あくまでうちの家族に限った話ではあるのですが、母や弟のように「何かが苦手な人」だからこそ周りに与えられる良い影響みたいなものがあると思うんです。例えば、弟の場合は一人でできないことが多いからこそ、「人に頼る」という行為が当たり前のようにできて、お礼の言葉を素直に言うことができます。弟が小学生の時に母から教えられた「ありがとう」「ごめんなさい」「こんにちは」という3つの言葉を武器にして、カフェやレストラン、鉄道やバスなどで働いている人にペコッとお辞儀すると、お店の人が何かおまけしてくれたり、交通機関の人が乗り換えやすい場所や景色がきれいな座席を教えてくれたりします。そんな風に弟がいることで周りの人が和んだり、優しくなれたりするということは、障害がある弟だからこそ発揮できる大きな価値なんじゃないかと思っています。

――確かに、相手が素直だと人は優しくなれますよね。岸田さんの文章と言えば、温かみがありながらも思わず笑ってしまうユニークな例えが特徴的です。今作品でも、お母さんが顔を真っ赤にしてコンビニの店員さんにペコペコ頭を下げる様子を「赤べこ」(福島・会津の民芸品)と表現されたのが上手いなと感じました。

岸田さん:ありがとうございます(笑)。障害については、熱のこもった文章や素晴らしい記事はたくさんありますが、私はずっと「クスッと笑えて気軽に読める記事」はあまりないな、と感じていました。今はニュースサイトやSNS、動画サイトなど、すき間時間を過ごす方法がたくさんありますから、「面白い文章」や疲れた時にでも読める「ワクワクするような文章」の方が多くの人に読んでもらえるんじゃないかと思ったんです。そこで私に書ける面白い文章って何だろう?と考え思いついた方法が、ユニークな例えでした。特に強く伝えたい箇所は、できるだけ大げさに表現したり、例えたりするようにしていますね。

今回の「赤ペコ」も、コンビニ店員さんにペコペコ頭を下げる母の姿の必死さと面白さをどう表現しようかと考えた時に、自然と自分の中にある変な例えの引き出しから出てきました(笑)。

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自らの文章について語る岸田さん。手前にあるのが福島・会津の民芸品「赤べこ」

――お母さんの必死さがひしひしと伝わってきました(笑)。では、今作品で岸田さんが一番世の中の人に伝えたかったこととは何ですか?

岸田さん:本音は「弟のすごさを自慢させてくれ!」ですよ(笑)。でも、記事が評判になって、読んでくださった方から「作品に登場する、優しいコンビニのオーナーみたいになりたいです」といったメッセージをたくさんいただき、私が書いたもので人の意識や行動がほんのちょっと変わることを知りました。

結局この記事で伝えたかったのは、障害のある人も健常者の人も同じ人間で、お互いに優しくしたり感謝されたりすることで、みんなが生きやすい世の中になる、ということです。これからも私と私の家族の出来事を世の中に伝えていくことで、それを読んでくださった方が少しでも優しい気持ちになり、社会がどんどん良くなれば、と考えています。

弟との旅で気付いた「助ける側」と「助けられる側」の歩み寄り

――noteのクリエーターサポート機能(※)で集まった資金で弟さんと旅に出られた「奈美にできることはまだあるかい?〜赤べこ姉弟は滋賀に来た〜」(別ウィンドウで開く)のコラムも読ませていただきました。お2人で旅をして何か新しい発見はありましたか?

  • クリエーターの記事を評価したい時に、その対価としてお金を支払うことができる仕組み

岸田さん:弟と旅に出ると発見ばかりですね。今回の旅で特に印象的だったのが、ある駅で電車を待っていたら、おばあさんが「ペットボトルのふたが開かないので助けてくださらない?」って、弟に声を掛けてきたんです。弟が「いいよ」と言って開けてあげたら、おばあさんはすごく喜んでくれて。自販機で飲み物をごちそうしてくれました。

弟は見た目で障害があることは分かるので、「どうして弟に声を掛けてくれたんですか?」っておばあさんに聞いたら、逆におばあさんにびっくりされて。「男の子だから力があると思って」と当然のように言われました。障害があると普通は介助者に声を掛けますよね。それが、私は弟が話せないと決めつけられているようで嫌だったんです。だから、このおばあさんがしてくれたことは本当にうれしかったし、それもある意味、弟が周囲にもたらす良い影響なのかなって。

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滋賀を旅行中の岸田さん(写真右)と弟さん(写真左)。撮影:Takahiro Bessho
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滋賀の旅でゴンドラに乗る岸田さん(写真左)と弟さん(写真右)。撮影:Takahiro Bessho

――最後に、おばあさんと弟さんのように、障害者と健常者が関わり合い、共に良い社会を築いていく上でどのような配慮や視点が必要だと思われますか?

岸田さん:やはり双方の「歩み寄り」が大切だと思います。困っている人に「何かお手伝いできることはありますか?」と声を掛ければ、助けが必要な人は「ありがとう。では、○○してください」、助けがいらない人は「大丈夫です。ありがとう」と素直に言えると思うんですね。だから、相手が選択しやすいように声を掛けるということが「助ける側」の歩み寄り。一方、「助けられる側」にも歩み寄りと言いますか、思いやりが必要だと思っています。

以前、高校でユニバーサルマナーに関する講演をした時に、ある学生さんから、電車の優先席でお年寄りに席を譲ろうとしたら、「年寄り扱いするな!」と怒られて、それから誰かが困っていても声を掛けられなくなった、という話を聞きました。世の中には本当に優先席を譲ってほしい人がいるのに、その機会を潰してはダメだと思うんです。だから、手助けの必要がなかったとしても、声を掛けてもらったら別の人を助ける気持ちで、「大丈夫です。ありがとう」と言ってもらいたい。そうすれば、手助けしようとした人は「また声を掛けよう」と思うでしょ?そんな風に良い社会を築いていくためには、障害のあるなしに関係なく、人には思いやりや歩み寄りが大切なんじゃないかなと思っています。

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人と人の歩み寄りが素敵な社会をつくると話す岸田さん

岸田さんが繰り返し伝えてくれたのは、障害の有無にかかわらず人と人の歩み寄りが大切だということ。お互いが素直に思いやりと感謝の気持ちを交換できれば、みんなが生きやすい社会がつくれるのだ。そこで何より大切なのは、双方の「笑顔」である。岸田さんが綴る文章のように、いつも「笑うこと」「楽しいこと」を忘れなければ、きっと肩の力も抜けるはず。それこそが、自然な形で助け合える「いい社会」へつながる鍵となるだろう。

撮影:新澤 遥

〈プロフィール〉

岸田奈美(きしだ・なみ)

「100文字で足りることを2000文字で書いたあと、少しだけあなたに好かれたい」がキャッチフレーズの作家・ライター。クリエーターとユーザーをつなぐWebメディアnoteでの執筆活動を中心に、講談社等でエッセイを連載中。またユニバーサルデザインのコンサルティングを行う株式会社ミライロで社長特命担当のほか、今後オープン予定のWEBメディア「スロウプ」の編集長も務める。
岸田奈美さんさんのnote(別ウィンドウで開く)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。