重度障害者が働くパン屋さんの工賃向上への挑戦。障害者の「働く」可能性を作家・岸田奈美さんと共に探る

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写真左から文筆家の岸田奈美さん、茅ヶ崎ベーカリー店長の岩下誠大さん、施設長の佐藤 伸さん

取材:日本財団ジャーナル編集部

この記事のPOINT!

  • 生産設備の導入により、重度障害者の就労の可能性や賃金アップの可能性が生まれる
  • 障害のある人たちが持つ個性を生かすことが就労支援の場づくりのポイント
  • 幹線道路沿いという立地を生かし、多くの人が障害のある人と触れ合い、理解する機会を作り出す

神奈川県茅ケ崎市にある社会福祉法人「翔の会」(別ウィンドウで開く)が、2019年10月29日、市内の目抜き通りである鉄砲道(てっぽうみち)沿いに、障害のある人たちが働くパン製造・販売店「茅ケ崎(ちがさき)ベーカリー」をオープンした。このお店は、日本財団が取り組む「はたらく障害者サポートプロジェクト」(別ウィンドウで開く)の支援を受けて開設し、障害者の工賃を大幅にアップさせることを目指している。

今回は、茅ヶ崎ベーカリーの施設長である佐藤 伸(さとう・しん)さんと店長を務める岩下誠大(いわした・せいた)さん、そしてユニバーサルデザインのコンサルティングを行う株式会社ミライロの立ち上げメンバーであり、知的障害のある弟や車いすを利用する母親との日常を描いたエッセイが爆発的な人気を呼んでいる作家・岸田奈美(きしだ・なみ)さんによる鼎談(ていだん)をお届けする。

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開所式の様子。写真最後列の左端が岩下さん、最前列右端が佐藤さん

それぞれの普段の活動をもとに、障害者の「働く」可能性について語り合っていただいた。

〈鼎談者紹介〉

佐藤伸(さとう・しん)

社会福祉法人「翔の会」職員で、茅ヶ崎ベーカリー施設長を務める。会社勤めを経て現職に。20年以上もの間、知的障害者・高齢者の就労支援や生活支援に取り組んでいる。

岩下誠大(いわした・せいた)

社会福祉法人「翔の会」職員。大学を卒業してから9年間、翔の会にて生活介護施設で重度障害者の介護に当たってきた。10年目となる今年、茅ヶ崎ベーカリー店長に就任。

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家。noteでエッセイの執筆活動を中心に、講談社・文藝春秋等に寄稿。またユニバーサルデザインのコンサルティングを行う株式会社ミライロの事業推進室担当ほか、今後オープン予定のWEBメディア「スロウプ」の編集長も務める。
岸田奈美さんのnote(別ウィンドウで開く)

障害者の「働く」可能性を広げる「茅ヶ崎ベーカリー」

岸田さん:本日は、どうぞよろしくお願いします。今回完成した茅ヶ崎ベーカリー、すごく素敵なお店ですね。どういった経緯でつくられたのですか?

佐藤さん:ここ数年の法律改正で障害者の雇用率や働く場所の増加に伴って、障害者の就労支援制度のはざまにいる方の存在がクローズアップされてきました。A型事業所やB型事業所で働くことができない、生活介護事業所(※)を利用する障害の重い方たちです。

私たちはそんな方たちの支援をしてきたのですが、その中には障害は重いけれど作業ができたり、コミュニケーションがちゃんととれたりする人がいることを知っていました。そこで重い障害のある方たちでも働くことができ、良い賃金を得られる場所をつくりたいと考えてオープンしたのが、この茅ヶ崎ベーカリーです。

  • 常に介護を必要とする方を対象とし、入浴・排せつ・食事等の介護、調理・洗濯・掃除等の家事など日常生活上の支援、創作的活動・生産活動の機会の提供のほか、身体機能や生活能力の向上のために必要な援助を行う施設
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茅ヶ崎ベーカリーを設立した目的を語る佐藤さん

岩下さん:ベーカリーで働くメンバーの中には、A型・B型事業所で働いてみたがなじめなかったという方たちもいます。それぞれの障害によって特徴や個性はあるので、生活介護事業所に勤めていた自分の9年間の経験を生かして、彼らの個性や強みを引き出せるような働く環境をつくりたいと考えています。

佐藤さん:就労継続支援施設として運営するパン屋さんの多くはA型・B型事業所になるのですが、あえて私たちは障害の重い方たちが働く場にしました。皆さんとても真面目ですし、作業を覚えるのに時間はかかりますが、一度覚えれば正確にこなしていただけます。

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生活介護事業所での経験を生かしたいと話す岩下さん

生産設備を導入し、障害者雇用の常識を打ち破る

岸田さん:ところで今回の事業として、なぜパン屋さんを選ばれたのですか?

佐藤さん:滋賀県の大津市に「がんばカンパニー」(別ウィンドウで開く)というクッキーを作っている就労継続支援施設があり、年間1〜2億円の売上を上げています。私は5年ほど前にそこを見学したのですが、翔の会の施設でも同じクッキーを作っているのに、全くレベルが違いました。がんばカンパニーでは、さまざまな生産設備・機械類を導入していたのです。

岸田さん:どういったことが違ったのでしょう。クッキーの品質ですか?

佐藤さん:それもありますが、最も違ったのは生産するスピード、つまり生産量ですね。それを見てから、障害者の方たちの作業は「手作業」という従来の考え方はどうなのか、と疑問を持つようになりました。健常者だって全部手作業でやっているわけではなく、さまざまな設備を使っていますよね?障害者=手作業という固定概念を捨てれば、売上が増え、働く人たちにもやりがいを感じてもらえると考えたのです。

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たくさんのパンが並べられた茅ヶ崎ベーカリー店内

そして今回、日本財団さんや地元の方の支援をいただくチャンスがあり、クッキーではありませんが生産設備導入のメリットを生かせるパンの製造・販売を始めました。

岸田さん:今のお話で素晴らしいと思ったのが「きちんと利益を上げるんだ」という姿勢です。多くの就労継続支援施設の仕事が手作業なのは、「障害者の方に働いてもらうのは福祉サービスの一環だから無理にお金を得る必要はない」という考えからではないでしょうか。それを皆さんが障害のある人が作った物をきちんと売れる物にしていきたい、売上を立てていきたいというふうに考えられたのは、尊いことだと感じました。

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茅ヶ崎ベーカリーの印象について話す岸田さん

佐藤さん:私は翔の会に入る前まで一般企業でサラリーマンをしていたので、利益を上げるという考えが自然に出てきたのかもしれません。また、障害のある方の中にも働いてお金を稼ぎたいと思っている人は、きっと多いはずですから。

障害のある人と働くからこそ、それぞれの個性を大切にしたい

岸田さん:茅ヶ崎ベーカリーの開所式を拝見させていただきましたが、これから働かれる皆さんの様子がとても楽しそうで、いきいきとされているのが印象的でした。茅ヶ崎ベーカリーがわが家のようになじめる場所なんだと感じました。

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茅ヶ崎ベーカリーで働くメンバーの皆さん。店長の岩下さんの姿も(写真上段右橋)

岩下さん:お店で働くメンバーの個性は一人一人違いますから、パン作りはこういうものだ、と押し付けるつもりはありません。最初は柔らかかったパン生地がこねると硬くなる過程を楽しもうとか、みんなで生地を叩いてみようとか、そんな面白さを見出しながらサポートしています。実は、お店の最初の課題は「メンバーに定期的にお店に来てもらう」ということでした。そのために、背の高い方には窓を吹く係、計量が得意な方には粉の量を計ってもらうなど、それぞれの居場所を増やしていく工夫もしましたね。

岸田さん:それぞれの得意なことを生かすわけですね!私が働いている株式会社ミライロも同じです。車いすに乗っている私の母は同じ会社で働いているのですが、彼女は視線が低いので道路や建物の段差に気付きやすく、それをバリアフリーのコンサルティングに生かしています。

岩下さん:岸田さんのお母さまのように、障害のある方の個性を引き出すことも私たちの役割であり、楽しみでもありますね。茅ヶ崎ベーカリーのメンバーには、親切で荷物運びをよく手伝ってくれるけど、それが終わると走って車を見に行ったり、虫を集め始めたりする方もいます。そのほかにも、たくさんの習い事や新しいことに常に挑戦している方、おっとりしているけど実は社交性が高い方など、いろんな個性を持ったメンバーがいます。

岸田さん:先ほどの佐藤さんのお話にもありましたが、重い障害のある人は真面目な方が多く、誰かを陥れたり、だましたりすることとは無縁な優しい人が多いと感じています。そんな人たちが働きたくて集まる場所は、社会にとても良い影響を与えると思いますし、お店のファンも増えるのではないかと。

障害のある人と健常者が、ごく普通に歩み寄れる場を目指して

岸田さん:話は変わりますが、障害者に対するバリア(障壁)が世の中に存在する理由は、障害者のことを知らない人が多いためだと思っています。例えば、街の中に段差が多いのは、つくる人が車いすの人のことを良く知らないから困ることが分からない。もっと知っていれば車いすの人を取り巻く住環境が良くなり、街に出かける人が増え、「ここにもスロープをつくってよ!」と声をあげる人も増えて、もっとみんなが住みやすい街になるのに。

佐藤さん:おっしゃる通りですね。障害者の方が一般の人たちにあまり理解されていないという問題は大きいと思います。そういう点で、茅ヶ崎ベーカリーが人通りの多い幹線通り沿いにあることには意味があるかと。数字には換算されませんが、お店の前を通るいろいろな人に、障害のある人たちがどんな人たちで、どんな活動をしているのか、ということを理解いただける機会も増えるはずです。

岸田さん:以前、アメリカ、中国、フランスなどの先進国に比べて日本では、「自分に価値がある」と思っている若者の割合が断トツに低いという話を聞きました。そんな中、茅ヶ崎ベーカリーは働く人もパンを買いに来る人も自己肯定感を高められる場所になるんじゃないかと思います。

働いている人はおいしいパンを作って、喜んでもらえて、しっかりお金も貰えます。買いに来る人は障害のある人たちが一生懸命働く姿に触れ、パンを買うことでお店の人にありがとうと言われ、ちょっといいことをした気持ちになれる。さらにパンを買って帰れば家族も喜ぶでしょう(笑)。この場所ではそんなお互いの価値を発揮し合える、いい循環が生まれるんじゃないかな…と期待しています。

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茅ヶ崎ベーカリーの魅力について語る3人

岩下さん:私は将来このお店に、もっと障害が重い方たちも受け入れたいと思っています。現在、身体障害と知的障害の両方がある重複障害の方は、社会から隔絶された状態で生活されています。私は今までそういった方たちのお世話をしてきたので、そんな方たちとも茅ヶ崎ベーカリーで一緒に働けるようになりたいですね。

佐藤さん:2003年くらいに、翔の会として初めて障害者が運営する喫茶店をつくりました。当時は先駆的だと言われましたが、今では全国的に障害者が働くレストランやカフェは増えています。そんなふうに時代は変わっていき、障害者の方が働く場所はもっと増えることでしょう。だから、これからも一歩一歩そんな方たちのお手伝いをしていきたいと思います。

茅ヶ崎ベーカリーは、障害のある人にとってもない人にとっても希望の場所になるかもしれないと語る岸田さんと、そんな希望の場所にするべく力を合わせる佐藤さんと岩下さん。今日もお店の大きなガラス張りの窓からは、おいしそうなパンや一生懸命働いているメンバーの姿が見えていることだろう。開店してからしばらくたった現在も、かなり早い時間にパンが売り切れるなど、なかなか繁盛しているようだ。もし茅ヶ崎市を訪れる機会があれば、是非、茅ヶ崎ベーカリーに立ち寄ってみてほしい。

撮影:新澤 遥

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