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障害のあるスタッフと作る日本ワイン。目指せ、地域の未来を開くワイナリー

- 岩手県花巻市が2016年11月に内閣府より認定を受けた「花巻クラフトワイン・シードル特区」を活用した初のワイナリーが誕生
- 国内で2パーセントしか生産されていない日本産ワインを作ることで、障害者の工賃(賃金)向上を目指す
- ワイナリーを盛り上げることで、人口減少、高齢化といった日本の地方が抱える課題解決に取り組む
取材:日本財団ジャーナル編集部
豊かな土壌、ワイン造りに適した気候に恵まれた岩手県花巻市。この地域では、約50年前からワインの製造が行われており、2019年8月に行われたアジア最大のワインコンクール「ジャパン・ワイン・チャレンジ2019」では、2つの金賞を獲得する快挙も達成している。
2019年10月、その花巻に新たなワイナリーが誕生した。社会福祉法人「悠和会」(外部リンク)が運営する、障害者就労支援施設「アールペイザンワイナリー」(外部リンク)だ。
障害者雇用を目的とした施設は全国に珍しくない。しかし、アールペイザンワイナリーが他と違う点は、人口減少や遊休農地の活用、農業の担い手不足といった日本の地方が抱える課題を、障害者が主体となって解決していく事業モデルにある。障害者と共に未来を開く日本産ワイン作りに迫る。
「ワインの名産地、花巻」と謳われるべく50年先、100年先を目指す

2019年10月6日、アールペイザンワイナリーがある岩手県花巻市の天気はあいにくの空模様。しとしとと降る小雨が草木を濡らし、辺りには土のどこか甘い匂いが漂っていた。
そんな天候の中、ワイナリー開所式で冒頭の挨拶に立った悠和会理事長・宮澤 健(みやざわ・たけし)さんの表情はとても晴れやかだった。
「ブドウやリンゴにとっては恵みの雨です。特に、今年は雨が少なかったのでうれしいですね。皆さん、今日というおめでたい日を一緒に楽しみましょう!」
宮澤さんの挨拶を聞き、開所式に集まった悠和会のメンバーや施設のスタッフ、そして花巻市長や県議会議員、近隣の住民も顔をほころばせた。

アールペイザンワイナリーは、悠和会が運営する障害者就労支援施設で、「日本財団はたらく障害者サポートプロジェクト」(別ウィンドウで開く)のモデル事業として誕生。運営母体である悠和会は2000年に設立された社会福祉法人で、高齢者の介護施設の運営や障害者の就労支援など、多様な取り組みをしている。
地域密着型特別養護老人ホーム、認知症高齢者のグループホーム、デイサービスや、障害者就労支援施設として、米の生産、ブドウやリンゴの果実の生産、水耕栽培ハウスでの野菜作りなど、さまざまな分野で地域に根差した活動を行っている。


2016年には内閣府より「花巻クラフトワイン・シードル特区」の認定を受けた花巻市。これにより花巻産の果実を原料とした酒類の製造が小規模施設でも可能になり、アールペイザンワイナリーはその第1号施設となる。
「このワイナリーは、施設で働く障害者の人たちと一緒にブドウを育てて、ワインを作っていこうという目的のもと、日本財団さんや花巻市など多くの支えのもとに立ち上がりました。最近、日本ワインがかなり脚光を浴び始めています。花巻市のワイン作りの歴史は50年。我々はその伝統を引き継ぎ、次の100年目を目指して参画させていただき、さらに素晴らしいものにできればと考えています」
そう高らかに、宮澤さんは宣言した。

目指すのは、多様な人々が働く「良質なワインを提供する」ワイナリー

アールペイザンワイナリーが目指すものは、花巻ワインの地位向上だけではない。ワイナリー事業を通して、障害者の工賃(賃金)アップと、障害者に対する世間の意識の変革も目標としている。
「これまで日本財団は、50年近く障害者雇用の問題に携わってきましたが、そのほとんどが失敗に終わっています。その大きな理由は、業界内に蔓延(まんえん)した『障害者の面倒を見てあげる』といった誤った保護意識。このような考えはすぐに周囲にも伝染し、障害がある人も無意識に『自分は助けてもらう側の人間なんだ』と感じさせてしまいます。本当に求められていることは、彼らの持つ魅力や能力を上手に引き出して、一般の人と同じように社会に参加させることなのに…」
開所式でそう語ったのは、日本財団の笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長だ。障害者の能力を引き出すには、環境づくりが最も重要だと続ける。

「障害者の工賃は、全国平均で月額1万5,000円程度(就労継続支援B型)。衝撃的な数字ですが、この背景には障害者に任せられてきた仕事が、商品の箱詰めや簡単な組み立て作業など、誰にでもできる裏方作業で、収益性が低かったことが上げられます。これでは、働き手は仕事にも給与にもなかなか喜びを見いだせませんよね。本当なら、もっと表に出てもらいお客さんと接したり、お給料をたくさんもらうことで、やる気を高める好循環なシステムをつくるべきだったんです」
アールペイザンワイナリーでは、日本産ワインとして高品質なワインを作ろうとしている。その製造現場は、障害者も健常者も当たり前のように一緒に働く場所にしていかなければならないと、笹川会長は語る。
「福祉を売りにして商品を売る時代は終わりました。それでは一般のメーカーに太刀打ちできる商品はできません。ですから素晴らしいワインを作り、その結果、アールペイザンワイナリーが花巻一のワイナリーとなり、その売上を地域に還流するという、逆転の発想をやっていかなくてはならない。このワイナリーが歴史的な建物として残る時代が必ずくると私は確信をしています」

悠和会理事長の宮澤さんが目指すところも笹川会長と同じで、挨拶でこう語っていた。
「福祉の本質は人材育成だと確信しています。このワイナリーでは福祉施設の利用者の方が、ブドウ栽培・ワイン醸造のプロフェッショナルとして働く訳ですが、それが一人一人の自信や誇りになって、個々の人生が輝いていくということがとても大事だと思っています」
技術をもった障害者が、地域の可能性を広げていく

豊かな自然を有する花巻市。しかし他の地方都市同様、人口減少や高齢化、農業の担い手不足といったさまざまな課題を抱えている。アールペイザンワイナリーには、そういった地域課題も事業を通して解決するといった側面もある。
「ワイン作りに適した花巻市の土地。今、我々の目の前には棚田が開けていますが、これがいつの日か豊かなブドウ畑になって、障害者の方々がブドウを栽培しながらワインを作っていく。日本有数のワイナリーに発展することを期待しています」
そう語るのは、花巻市長の上田東一(うえだ・とういち)さんだ。

同じく岩手県議会議員の川村伸浩(かわむら・しんこう)さんは「この地区は、傾斜があり農業をしにくい土地ですが、そこをうまく就労の方々や高齢者の方々と共に運営されているのは、本当に素晴らしいと思います。おいしいワインが作られていくことを期待しています」とアールペイザンワイナリーに対する期待を語った。

悠和会理事長の宮澤さんは将来、このワイナリーを基盤に、国内外から若い人たちが集まり、その人たちへ障害者がワイン作りの技術を教えるという展望を描いていると言う。それは100年単位の壮大なストーリーだ。


「今植えたブドウの木から収穫ができるのは2年後になります。そしていいブドウができ、醸造技術が身について、おいしいワインができるのにはさらに10年、20年と時間がかかる。農業はそんなにすぐに結果が出る訳ではありません。ですが、ここで質の良いワインを作り、それをきっかけに花巻にたくさんのワイナリーができれば、花巻は国内でも有数のワイン産地となるはず。そうした地域の未来を開く基盤を、障害者の人たちと一緒になってつくっていきたいと考えています」
宮澤さんの言葉には、遥か遠くを見据え、地域に根差し、良質な商品を作っていくという強い信念が感じられた。障害者が地域に支えられるだけの存在ではなく、未来を開く存在となる…。そんな姿が、宮澤さんにはしっかりと見えているのだろう。


大きな可能性を秘めたアールペイザンワイナリーのワインが日本中、さらには世界に飛び立っていく日もそう遠くはなさそうだ。アールペイザンワイナリーの目指す、明るい未来に向けて、杯を掲げたい。
撮影:長谷川 明
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。