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「個性を増幅させる」ことが秘訣。農業を基盤に日本産ワイン作りに取り組む「銀河の里」が目指すもの
- 高齢者や障害者に本当の「暮らし」を取り戻したいという思いから、自然豊かな場所に福祉施設をつくった
- 障害者一人一人の個性を生かすことが、品質の高い商品作りにつながる
- 地域にとって必要とされることが働きがいになり、結果的に工賃アップにつながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
岩手県花巻市で2019年10月に「アールペイザンワイナリー」(外部リンク)をオープンした社会福祉法人悠和会「銀河の里」(外部リンク)。20年前に同地で産声を上げ、高齢者福祉事業サービスから始まり、2004年には障害者支援事業サービス「ワークステージ銀河の里」をスタート。最近ではメディアでも度々取り上げられるほど高品質の果汁100%のシードル(リンゴの発泡酒)を製造し、今や地域になくてはならない存在となった。
そんな成長を続ける組織づくりのヒントを、理事長の宮澤健(みやざわ・たけし)さんをはじめ、スタッフの皆さんにお話を伺った。
高齢者や障害者がのびのび暮らせるコミュニティをつくりたかった
「都会には、人の『暮らし』がないと感じました。支援施設でも、例えば自閉症の人が騒げば、スタッフは、『静かにしましょう。おとなしくして、問題を起こさないでください』と押さえるしかない。自由に走ることも叫ぶこともできない。それが都会の環境かなと思います。でも田舎では、走っても、周りも『いけーっ!!』と一緒に走ったり、その人を穏やかに見ることができる。お互い楽に構えていることができるんですね。それは人間にとって大切なことではないかと考え、田舎暮らしを模索しました」
以前は、ご夫婦で東京の福祉施設に勤務していた宮澤さん。その頃、冷暖房完備、上げ膳据え膳で衣食住が保障された施設にもかかわらず大事な何かがないと感じたという。その何かとは「暮らし」ではないかと直感し、田舎で「暮らし」に包まれて生きる場をつくろうと1992年に岩手県花巻市へと移り住んだ。
「『暮らし』をつくるには農業が一番良いのではないかと思ったんです。昔の大家族の農家のイメージがありました。いろんな世代がそれぞれ役割を持ちながら支え合って生きている感じですね。そうしているうちに『認知症対応型共同生活介護(認知症高齢者グループホーム)』の制度ができたんです。5人から9人を単位とした共同住居の形態で認知症高齢者をケアする仕組みなのですが、これは農業をやりながらの大家族のイメージにぴったりでした。そこで社会福祉法人を立ち上げ『銀河の里』の運営が始まりました」
「銀河の里」では、認知症高齢者グループホームを皮切りに、高齢者施設、障害者施設を次々に立ち上げていった。やがて、地元の人々との交流も深まり信頼を得て、2020年には20周年を迎える。
やりたい!と思ったら、やってみる。自由な風土が生んだヒット商品
当初、「銀河の里」の農業は稲作がベースだったが、2010年からリンゴ栽培を始めることになった。あるスタッフが自宅のリンゴ園を引き継ぐが、人手も技術もなく戸惑っていた。
「じゃあ障害者の人たちの力を借りて『銀河の里』の仕事としてやって行こう!ということになったんです。生食用のリンゴは、形や大きさが基準に満たず、生産量の半分は廃棄になってしまうのが常。もったいないので、ジュースにしていたんですが、4年前からリンゴの発泡酒であるシードルも作ることにしました」
「銀河の里」で生産するノンアルコールシードルは、「ふじ」「紅玉」「ジョナゴールド」の3種類。それぞれの品種の違いを感じられる3本セットで、値段も1本約500円とお手頃だ。2017年1月の雑誌『BRUTUS』のお取り寄せ特集では、スパークリング部門で準グランプリに選ばれた。
「今度できたワイナリーの醸造長は高橋が務めているのですが、もともと彼は法人の事務長でした。現場の作業を横目で見ているうちに本気になって、栽培から醸造まで自家薬籠中(じかやくろうちゅう)の物にして醸造長になってしまいました。こだわる性格とミスを許さない事務の特性が相まって、体力的に負担がかかろうとも顧みず、すごくマニアックで職人的な物作りをします」
「そんな彼の努力が実を結んだんでしょうね。今まで世の中にはなかったような次元のシードルが生まれたのです。高橋自身も苦労より、大きなやりがいを感じたんだと思います。準グランプリ獲得に図に乗って、よしワインも行くかと(笑)。スタッフが現実と向き合いながら、それぞれやりたいことをやっていくのがうちのスタンスです。
宮澤さんや高橋さんたちがワインづくりの企画を立てていると花巻市がそれを受けて「シードル・ワイン特区」の認定を早々と取ってしまったと言う。
「もっと先と考えていた計画でしたが、特区認定に背中を押される形で動き始めたところ、日本財団さんの方からも『早く進めよう』と支援も決まり、ワイナリーの立ち上げ構想は急速に形になっていきました」
そして無事に完成し、2019年10月にアールペイザンワイナリーの開所式(別ウィンドウで開く)が行われた。
自分の「好き」や「得意」をとことん生かす。そのこだわりが高品質へと結びつく
自分らしさにこだわりながら商品作りを目指すのは醸造長の高橋さんだけではない。アールペイザンワイナリーの利用者スタッフ一人一人がその個性を生かしながら品質を追求している。
例えば、栽培を担当しているある利用者スタッフは、苗の芽を絶対にだめにすることがないという。「彼は農業の感性があって、苗を任せれば必ず芽が伸びてきます。おそらくどこかで植物と会話が成り立っているんだと思います」と高橋さんは話す。
「種とか苗と話ができる彼の、その野性的な感覚が開花したところがうれしいし頼もしいですね。病を経てつらい時期も経験してきた彼が、この仕事と場を通じて蘇った姿に感動します。彼なくしては『銀河の里』のワインは作れません」
他にも、作業工程を誰よりも正確に把握しているという利用者スタッフの菅原(すがわら)さんは、丁寧な仕事が得意で1日1,200本の瓶を誰よりもきれいに洗うという。
「彼なんかは5時間洗い続けた後に、あっけらかんと『もうないの?』って聞いてきますからね(笑)。そして一切ミスがない。普通の人だと100本に1本ぐらいはミスがあるんですけど。あと、とにかく果汁を搾るのが早い利用者スタッフもいます。うちのシードルは添加物を一切入れないので、彼の作業の早さは、鮮度を保つ上でとても重要で、おかげで質の高いシードルを作ることができるんです。ここまで品種の特徴が出せるのは、彼らの力の結集の賜物です」
アールペイザンワイナリーでは、それぞれが自分の個性を生かし切ることで、高品質の商品が生み出されるという。ここにいる誰一人が欠けても、特徴を生かした商品を作ることはできない。
目指したいのは、工賃アップより働きがい
「ワークステージ銀河の里」のように、年齢や障害によって企業での雇用が難しい人に対し、工賃(成果報酬)を払いながら軽作業などの職業訓練を行う施設を「就労継続支援B型」という。大きな課題は工賃の低さだ。2019年度の全国平均工賃は月額で約1万5,000円程度。日給数百円の世界だ。
「ワークステージ銀河の里」では、アールペイザンワイナリーの開設を機に、平均工賃の2倍を超える月4万円を目指す。どのように達成していくのか聞いてみると、返ってきた高橋さんの言葉は少し意外なものだった。
「工賃アップは、結果できます。でも、我々が目指すのは金額ではないんです」
何よりもまず大切にしたいのは働きがいだと、高橋さんは言う。
「我々は常に『働くって何だろう?』という問いを持っています。健常者でも障害者でも賃金が上がればどんな仕事でもいいって訳じゃないですよね。誰にも感謝をされなかったら、働く意味がないんじゃないかな。地域にとって必要とされる人材になる。それが働きがいとなる訳で、その結果として工賃も上がっていけばいいと考えています」
個性を管理するのではなくて、増幅させる
障害がある人の仕事のサポート体制について心掛けていることを聞くと、高橋さんからはこんな答えが返ってきた。
「どんなことが起きても、常に『いいんじゃないの』くらいの気持ちでいます。ブドウ栽培も、そんなに複雑じゃなくて、みんなが作業をしやすいんです。だから少しくらい遅刻してもいいし、気持ちがモヤモヤしているときはブドウの木の垣根に隠れて少しくらいさぼってもいいんじゃないかと。我々が農業に大きな可能性を感じているのは、農業にはとても多様性があって懐も深いところ。いろんな仕事があるから、いろんな人がそれぞれ活躍できる場が見出せると思うんです」
理事長の宮澤さんは、大切なのは「人間を均一に管理するのではなく、逆にそれぞれの個性を増幅させ、個々の特徴が際立つ」ことだと言う。
「世間でおかしい人と決めつけられても、この“おかしい”の中に、いまだ誰も気付いていない、大事な世界があるんじゃないかと思うんです。『変なやつ』って切り捨てると何も見えないけど、しっかり向き合うと、その人の世界が見えてくるんです。そこに思いもよらないすごいことがあったりします。そういうところを発見していくのが、この仕事の本質かもしれないですね」
最後にアールペイザンワイナリーの今後の展望について聞くと、「農作業やワイン作りを通して、つながりができて世界が広がっていくこと」だと宮澤さんは話す。
「栽培から醸造、販売までを一貫して行うことで、関わる人が格段に増える訳です。ブドウやリンゴを作りたい人、醸造を学びたい人、そういう人が国内外からこの場所を訪れて夢を抱いてほしい。現場経験を積んだ障害者の人たちが新たに来たその人たちに教え、伝えて、地域の次の人材を育てていくというのが、このワイナリーの一つの展望。どのように広がりつながっていくかが非常に楽しみです」
人も商品も、個性を生かし、その魅力を存分に発揮することで感動が生まれる。それが結果として地域の元気、強いては利用者の工賃アップにつながっていくのだろう。
ワインにまつわる名言は多い。フランス人の細菌学者、パスツールは「一本のワインのボトルの中には、全ての書物にある以上の哲学が存在する」と語り、かの有名なイタリアの芸術家レオナルド・ダヴィンチは「ワインの中に真実あり」と言った。ワインは、それが作られた土地や作り手の思いなど、すべてを内包する飲み物なのかもしれない。
「銀河の里」アールペイザンワイナリーのワインの初リリースは、ブドウの栽培を経て早くて2年後。その時、どのような個性的なワインが生まれるのか、初しぼりが待ち遠しい。
撮影:長谷川 明
〈プロフィール〉
宮澤 健(みやざわ・たけし)
社会福祉法人「悠和会」の理事長。1992年より岩手県花巻市に住む。2000年に悠和会を設立し、「銀河の里」を運営。地域密着型の高齢者福祉サービス事業や障害者福祉サービス事業を営む。「Farm to Table Ginganosato」のブランド名で打ち出したシードルは、農家のリタイヤではなく技術を継承する形で農地を活用して、障害のある人たちが人気商品を生み出す、といった地域創生と障害者雇用における新たな可能性を世に示した。2019年10月には、障害者の就労支援施設アールペイザンワイナリーをオープン。2020年以降の自園自醸造のワインの生産・販売に向けてブドウ栽培に取り組んでいる。
銀河の里 公式サイト(外部リンク)
アルペイザンワイナリー 公式サイト(外部リンク)
Farm to Table Ginganosato 公式サイト(外部リンク)
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