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ろう者と聴者のバリアをなくす。那須映里さんが「手話エンターテイナー」を名乗る理由
- 音が聞こえない、または聞こえにくい聴覚障害者は生活上でさまざまな不便を強いられている
- 那須映里さんは手話やろう者(※1)に興味を持ってもらうため、手話エンターテイナーとして活動
- ろう者と聴者(※2)のコミュニケーション方法は手話だけじゃない。逃げないで耳を傾けてほしい
- ※ 1. 聴覚に障害があり手話を第一言語とする人のことを指す
- ※ 2.ろう者の反対語として使われ、聴覚に障害がない人のことを指す
執筆:日本財団ジャーナル編集部
音が聞こえない、また聞こえづらい聴覚障害者の数は、世界人口のうち4億6,600万人(※1)とおよそ20人に1人の割合で存在する。一方で日常的に手話を使うろう者の数は7,000万人(※2)と100人の1人。意外に身近に存在だが、聴者が多数を占めるこの世界においては、その存在は「見えない化」されがちだ。
例えば映画。NPOメディア・アクセス・サポートセンターの調べによると、2018年の劇場公開作品613作品のうち、聴覚障害者でも楽しめるよう字幕ガイドが付けられた作品は、85作品であったという。
映画に限らず周りを見渡して見ると、世の中のサービスの大多数が聴者を対象につくられているということに気付くはず。楽しみたいものが楽しめない、そんな社会は平等とは言えるだろうか?
そんな聴覚障害者が置かれた現状を変えるべく、「手話エンターテイナー」と称して活動しているのが那須映里(なす・えり)さんだ。現在放映中の人気ドラマ「silent」にも女優の夏帆(かほ)さん演じる桃野奈々(ももの・なな)の友人役として出演し注目を集めている。
那須さんは自身も両親もろう者という、いわゆるデフファミリーに生まれ育った。そんな彼女に、聴覚障害者が抱える問題、社会が阻む壁について話を伺った。
※この記事は、日本財団公式YouTubeチャンネル「ONEDAYs」の動画「【耳の聞こえないろう者】手話エンターテイナーに1日密着してみた」(外部リンク)を編集したものです
両親もろう者。生まれる前から手話に触れていた
映里さんは自身のことを「手話エンターテイナー」と呼び、活動している。
「いろいろやっています。例えば、NHKの手話番組に出演しています。他にもテレビ番組や手話関係のイベントへの出演、手話翻訳、『ろうちょ〜会』(外部リンク)という、聴者とろう者の交流会などの企画も。あとは、手話をアーティスティックに表現したビジュアルバーナキュラー(以下、VV※)といったパフォーマンスにも挑戦しています」
- ※ 手話の視覚的な表現のみを用い、詩やパントマイムの要素を取り入れ、緩急、リズム、ズーム、視点の切り替えなどの技術を組み合わせて表現する視覚的なアート
映里さんは、現在、父と母との親子3人暮らし。両親もろう者というデフファミリーという環境の中で育った。
ろう者一家ならでは生活の工夫が那須家にはある。例えば、隣の部屋から人を呼ぶときは懐中電灯を使用し、光で知らせる。コロナワクチンによる副反応で映里さんが寝込んだ際、家族を呼ぶ時によく利用した方法だという。
また、目覚まし時計には振動で知らせる機能が付いていたり、来客があると光って知らせるタイプのドアホンを使用したりするなど、家電に関してもろう者向けのものを使用している。
移動にはもちろん公共交通機関も利用する。しかし、聴覚障害者にとって、電車は不便だと映里さんは話す。
「電車に乗っていて、突然事故が起こったとき、聴者はアナウンス等で振替輸送の情報を得られますが、ろう者には何が起きたのか気付けません。『何? どうしたの?』みたいな。情報が遅れて入ってくるので、このまま電車に乗り続けていいのか戸惑いますね。例えば、電車内にAI等を利用した自動音声文字起こしパネルみたいなものがあって、それで事故情報や、アナウンスを字幕にしてくれると助かります」
現在、電車の遅延情報に関してはSNSを利用し、自身で能動的に調べるほかないという。
社会は障害に対する理解がまだまだ不足している
取材の日、映里さんは東京大学先端科学技術研究センターにて、役者のお仕事に。バリアフリーに関する再現ドラマに出演するという。ドラマの制作指揮を務める、東京大学の廣川麻子(ひろかわ・あさこ)さんに制作意図を伺った。
「ダイバーシティ(多様性)への理解を広げるため、教材としてドラマを制作しています。大学の職員や、先生方がこのドラマを見て、障害者や車いす利用者のバリアについて、理解を深めてもらうことを目的としています」
撮影現場ではコロナ禍であっても、マスクを外したり、透明のマウスシールドを使ったりする。これには明確な理由がある。
実は手話においては、口の動きも文法の1つ。また、聴覚障害者の中には、聴者とのコミュニケーションにおいて、口の動き(形)から読み取る人も多くいるとのこと。そこで、撮影は透明なマウスガードを使用して行われた。
休憩中。映里さんは、同じく手話通訳者である川口千佳(かわぐち・ちか)さんと、手話通訳士の未来について話していた。
欧米諸国と比べて、日本の若者は、「手話通訳士」という職業への関心が低いという問題があるそうだ。川口さんも映里さんも、手話通訳士という仕事に興味を持ってもらいたいという気持ちは同じ。子どもや若者たちに「かっこいいと思ってもらえるような活動を続けていきたい」と、2人は話す。
それ以外にも、社会には聴覚障害者を阻む壁があるという。
「例えば、目の見えない方が盲導犬を連れてイベントに行っても、『盲導犬の参加費を払ってください』とはならないですよね。でも、ろう者が手話通訳士とイベントに同行した場合、手話通訳士分の参加費も支払わなくてはいけません。また、ろう者は月20時間まで、手話通訳士を無料で派遣してもらえる制度があるのですが、適用されるのは病院や会議などの場合に限られています。ライブなどの趣味に関しては、自分で手話通訳士を探して契約し、手話通訳士の参加費も自分で支払わなくてはいけません」
ろう者や手話通訳士への社会の配慮や待遇には、まだまだ検討の余地がある。
ろう者とのコミュニケーションを、聴者は逃げないで
撮影も終了し、夜、映里さんは行きつけのイタリアンレストランへ一人で向かった。お店の人とのコミュニケーションは、スマートフォンやメモ帳を使った筆談だ。
映里さんは聴者とのコミュニケーションについて、伝えたいことがあるという。
「まず逃げないでほしいです。『ろう者です』って伝えると、『すみません!』って言って、その場を去る聴者の方は多いです。去られると私も『あっ、待って……』ってなります。ろう者とのコミュニケーション方法は手話だけではありません。スマホであったり、メモであったり、いろいろあるはず。逃げずに、そういったコミュニケーションを試してくださると嬉しいです」
映里さんが目指すのは「ろう者も聴者も平等に生きられる社会」。日々、それを実現する方法を考えているという。
母語が同じ日本語だとしても、コミュニケーションが取れないと勘違いし、逃げてしまう聴者がいる。「平等に生きられる社会」にまず必要なのは、本当の意味で相手に耳を傾けること。
相手への配慮が社会を良くしてくということは、対聴者であっても、対障害者であっても同じだろう。
「【耳の聞こえないろう者】手話エンターテイナーに1日密着してみた」(動画:外部リンク)
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