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働けない、結婚できない、救う法律もない。支援者に聞く、無戸籍者の実情
- 何らかの事情により出生届が出されなかった「無戸籍者」は、推定で1万人ほど存在する
- 無戸籍だと就職や結婚ができない、病院に行けないなど、さまざまな困難にぶつかる
- 社会が「戸籍があって当然」という考えを改め、問題を認識することが解決の一歩となる
取材:日本財団ジャーナル編集部
戸籍とは、「戸」という家族集団単位で国民を登録するために作成される公文書、またはその制度のこと。現代では日本と中国にしか現存しない、実は世界的にも珍しい制度です。
自治体に出生届を提出することで戸籍はつくられますが、何らかの事情でこの出生届が提出されず、戸籍がないまま生きている人、いわゆる「無戸籍者」と呼ばれる人たちがいます。
そんな、無戸籍者の支援をしているのが無戸籍の人を支援する会(外部リンク)の代表を務める市川真由美(いちかわ・まゆみ)さん。無戸籍者がなぜ生まれ、どんな困難が伴うのか、問題を解決するために必要な社会の取り組みについて伺いました。
アルバイトですら就業が難しい。無戸籍者の実情
――まず無戸籍者が生まれてしまう原因について教えてください。
市川さん(以下、敬称略):端的に言うと「出生届が出ていない」からで、出していない理由の大半が「離婚後300日問題」によるものです。
離婚後300日問題というのは、「離婚後300日以内に生まれた子どもは、実際には元夫の子ではなくても、戸籍上は元夫の子どもとする」という制度によって起こる問題のことを指します。
――前の夫の子どもとして扱われてしまうと、育児をする上でさまざまなトラブルが起こりそうですね。離婚後300日問題を回避する方法はないのでしょうか?
市川:元夫に嫡出否認(ちゃくしゅつひにん※)をしてもらい、実の父親が子どもを認知するなど方法はいくつかあります。ですが、元夫にDVなどの問題があった場合、対面することすら避けたいですよね。子どもの存在すら知られたくないと思います。なので、出生届を提出できない母親は多いんです。
- ※ 婚姻中、または離婚後300日以内に生まれた子どもは、婚姻中の夫婦間にできた子(嫡出子)と推定される。この「元夫との間の子どもである」との推定を否定するために、家庭裁判所に対して申し立てること
――戸籍がないことによって、どのような問題が起こるのでしょうか?
市川:戸籍が必要となるサービスを受けることができなくなります。支援を行っている自治体もありますが、基本的には銀行口座やマイナンバーカード、保険証など自身を証明する書類を必要とするものがつくれません。また、婚姻届にも戸籍が必要になるため、結婚もできないんです。
教育に関しては小学校・中学校は義務教育のため、戸籍がなくても通うことができます。ただ、入学に関する通知が来ないため、どのような手続きを取ればいいのかが分からず、通えないままになっている子どもが多く、私のもとにもたくさん相談メールが届きます。
――無戸籍の人はどのような手続きをすれば、学校に通うことができるのですか?
市川:私が過去に支援したケースでは教育委員会に相談し、臨時の住民票を発行してもらうことで通学ができるようになりました。ただ、この臨時の住民票は中学校を卒業するときに資格を喪失してしまうため、高校以上の進学は難しくなります。
――就職はいかがでしょうか?
市川:今は会社からマイナンバーカードの提出が求められるようになったので、アルバイトですら厳しいですね。零細企業であれば、代表の意向によっては可能かと思いますが、大企業の場合は無理でしょう。就職を機に自身が無戸籍であることを知る人も多いです。
無戸籍には労働の選択肢がほぼないんです。私のもとに相談に来た女性は、スナックの店員として雇われたのに、戸籍がないと他では働けないだろうからと足下を見られ、オーナーからは売春を強要されていました。
――ひどいですね……。無戸籍だと搾取されやすいという現実があるということですね。
市川:そうですね。疲れ果てて自殺を考えていた時、たまたま私にたどり着いて、徐々に生活を取り戻していきました。
私が一番伝えたいのは、無戸籍者は生きることが本当に難しいということです。今日を生きること、明日まで命をつなぐことがいかに困難か……。
それなのに無戸籍者の現状を国も行政もほとんど知らない。それが大きな問題だと感じています。
戸籍がなくても住民票や健康保険証をつくれる仕組みを
――法務省のウェブサイトでは無戸籍の方が戸籍を得るための支援をすると言っています。
市川:国が想定している無戸籍者とは、生まれた場所がはっきりしているとか、親がいてDNA鑑定できる状態にあるとか、届けを出せれば出生届が受理されるケースなんです。
市川:しかし、無戸籍者の中にはいつどこで生まれたのか? 自分や親の国籍はどこなのか? そもそも親は生きているのか? そういった手がかりすらない人が存在しています。本当に深刻なのはこの問題だと思います。
――市川さんのもとにいらっしゃるのは、そういった国の支援からもこぼれ落ちてしまう方もいるのですね……。そういう方たちの無戸籍状態を解消することはできないのでしょうか?
市川:現在の戸籍ありきの法律では無理だと思います。せめて、マイナンバーカードと健康保険証さえあれば、働けて病院にも通えるようになるのですが……。
――確かにそうですね。無戸籍の人を支援する会では具体的にはどのような支援をされているのですか?
市川:相談を受けた際は、まずは出生の手がかりになりそうなものがないかを一緒に探します。学校に通っていたのであれば、その学校に行って「〇〇年に在学していた」という証拠をもらいます。
あとは、「無戸籍である」ということにも証明が必要なんです。そのためには、同居している家族や兄弟の全ての戸籍が必要です。全てというのは昭和・平成・令和と元号ごとの戸籍ですね。抜け落ちがないかの確認のため必要になるんです。それから、附票(ふひょう)という住所移動の記録も。
――相当大変な作業ですね……。
市川:そうなんです。それらを持って、家庭裁判所や各自治体の窓口へ行きます。本人と一緒に伴走しながら解決を目指します。家族の戸籍に入れなくても、就籍(しゅうせき)という独立した形で戸籍をつくれるケースもあるんです。
――無戸籍者が一人で自治体の窓口に行って、解決の方法について相談をするというのは難しそうですね。
市川:難しいですね。無戸籍者の中には、一人で自治体窓口に行って、「無理です」と言われた経験が何度もある人が多いんです。窓口の人は無戸籍という概念すら認識していないことがほとんどですから。
だから、私が一緒に行ってややこしい人、しつこい人になるんです。そうすると、窓口の人は上司に相談するでしょう。上の立場の人が事態を把握して指示することで、やっと窓口の人が動いてくれます。
でもそれは怠慢というわけではなくて、一番大きな問題は、無戸籍者を支援するための制度がないことだと思っています。戸籍があって当然だという前提を改めて、窓口の人が困らないような法律をつくったり、対応を周知したりしてほしいですね。
無戸籍問題について周知するだけでも、助けられる人がいる
――無戸籍者問題を解消するために、私たち一人一人ができることはどんなことでしょうか?
市川:この記事を読んだことや、無戸籍という問題を防ぐためには出生届を出すことが大事だということを、ご自身の周りの方に話してもらえたらうれしいですね。
昔は結婚や出産が今よりも身近で、近くにいる親族が出生届について教えてあげたり、代わりに届けたりするなんてことがあったわけです。最近はそういうつながりが薄くて、特に若年層のカップルや夫婦には、出生届を出すということすら知らない人も増えています。
無戸籍の認知度は少しずつ上がってはいるけれど、まだまだです。皆さんを通じて出生届の重要性、戸籍制度の仕組み、それによって苦しんでいる人がいるということを周りに伝えてもらえるとうれしいです。
編集後記
戸籍がないというのは、そのまま命の問題に直結する深刻な事態なのだということがよく分かりました。
いますぐ戸籍ありきの社会を変えることは難しいかもしれません。ですが、世の中には法的に存在しない人がいるという事実を知り、それを支える人や場所が存在するということが広く知られれば、生きることを諦めなくて済む人がきっと増えるはずです。ぜひ、皆さんもこの記事を誰かに共有してもらえればと思います。
また、毎日放送のYouTubeチャンネルでは、市川さんへの取材動画(外部リンク)が公開されています。視聴後、無戸籍問題を身近に感じられるはずです。
〈プロフィール〉
市川真由美(いちかわ・まゆみ)
1967年生まれ。奈良県在住。2010年に景品玩具を販売する「いち屋」を立ち上げ、3年後に法人化した。従業員のマイナンバーがなかったことをきっかけに、NPO法人無戸籍の人を支援する会を設立。全国から舞い込む相談に親身になって対応し、住民票や戸籍の取得に尽力している。シチズン時計会社が主催する、市民社会に感動を与えた人々を選び毎年その行動や活動などを讃える「シチズン・オブ・ザ・イヤー」2022年度受賞。
無戸籍の人を支援する会 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。