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「彼らに日本を憎んでほしくない」。約5万5,000人の技能実習生を支援するベトナム人住職

外国人技能実習生を支援している大恩寺の住職、ティック・タム・チーさん
この記事のPOINT!
  • コロナウイルスの影響で仕事を失い、行き場を失う外国人技能実習生が激増
  • 大恩寺の住職ティック・タム・チーさんは、約6万人のベトナム人技能実習生を無料で支援
  • 支援を行う理由は「日本が好きだから」。技能実習生に日本を憎んでほしくない

執筆:日本財団ジャーナル編集部

人材育成を通じ、開発途上地域へ日本の技能や技術、また知識を伝えることを目的として、1993年につくられた「外国人技能実習制度」。その最も利用者の多い国が、ベトナムである。

図表:在留資格「技能実習」総在留外国人国籍別構成比(2021年)

円グラフ:ベトナム58.1パーセント。中国13.6パーセント。インドネシア9.1パーセント。フィリピン8.4パーセント。タイ2.7パーセント。その他8.1パーセント。
受け入れ人数の多い国は1位ベトナム、2位中国、3位インドネシアと続く。出典:法務省・出入国在留管理庁

2021年の法務省・出入国在留管理庁がまとめた統計資料によると、日本における外国人技能実習生の内、ベトナム人が58.1パーセントを占め、第1位。その理由は親日国であることと、2005年から日本語教育が導入されているということが挙げられる。

しかし、この外国人技能実習制度にはトラブルも多い。受け入れる企業と本人の間に立つ送り出し機関の中間搾取(※)であったり、「実習生」ということで労働者とは認められず、職業選択の自由がなかったりするなど、実習生にデメリットが多い制度であることは、以前から問題視され、「現代の奴隷制度」と言われることもある。

  • 労働者と雇用主の間で直接交わされるべき雇用契約に介入し、どちらかから謝礼を受け取ったり,賃金の一部を先取りしたりすること

また、2019年以降はコロナウイルスの影響で、仕事を失う技能実習生も増加。そんな中、埼玉県にある「大恩寺」では、仕事を失ったベトナム人技能実習生を受け入れ、支援している。

※この記事は、日本財団公式YouTubeチャンネル「ONEDAYs」の動画「【ベトナムに帰りたい…】外国人技能実習生を救うお寺に1日密着してみた」(外部リンク)を編集したものです

「日本を嫌いになってほしくない」住職の思い

「コロナで仕事ができない、国に帰れない、お金がないから家もない。公園で寝ていた」
「給料が安い、月給8万円」
「仕事がない、ベトナムに帰りたい」

これらは全て、外国人技能実習制度を利用して日本へやってきたベトナム人の言葉。技能実習生として来日したものの、コロナウイルスの影響で仕事を失い、ベトナムに帰ることもできず、行き場を失っていたという。

そんな彼らを拒まずに受け入れる場所がある。それが埼玉県にある大恩寺だ。在日ベトナム人に向けた仏教信仰のための寺院になり、まさに「駆け込み寺」と言える。

住職を務めるのは、ベトナム人の尼僧ティック・タム・チーさん。現在(取材当時)、大恩寺では10人の元・技能実習生に衣食住を無料で提供している。

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埼玉県本庄市にある大恩寺
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ベトナム人住職のティック・タム・チーさん

タム・チーさんは7歳で仏門に入り、2001年に留学のため来日。大学で仏教を学び、2018年に大恩寺の住職となった。

在日ベトナム人への支援は、大学の博士課程で学んでいた2011年の東日本大震災を機に始めた。コロナ以降、大恩寺での実習生受け入れを積極的に行っている。これまで受け入れた人数は1,000人以上に上り、一時的な帰国や仕事探しの支援もしている。

タム・チーさんが支援活動に力を入れるのには強い理由がある。

「私は仏教の師匠に、日本のさまざまな事を教えてもらい、日本のことが大好きになりました。なので、技能実習生に日本を嫌いになってほしくないんです。周りにいい人がいると気付けば、日本を憎む気持ちは薄まり、ネガティブなイメージを改善できるんじゃないかと思ったんです」

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タム・チーさんと尊敬する師匠(右)

取材当日も1人のベトナム人技能実習生が大恩寺を訪れた。

タム・チーさんが優しく声を掛けると、安心したのか涙を見せる。彼も大恩寺で受け入れることになった。

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この日駆け込んできた技能実習生に「休んでください」と声を掛けるタム・チーさん
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大恩寺での受け入れが決まると、男性は全員断髪を行う

大恩寺で生活をするにあたり、男性には儀式として断髪が行われる。これには「つらい過去を削ぎ落とす」という意味もあるという。

大恩寺だけでなく、全国5万5,000人以上のベトナム人に食糧支援も

タム・チーさんと実習生は、段ボールが積まれた倉庫のような場所で作業をする。

「これは食糧支援のための作業です。食品業者の方から寄付でいただいたインスタントラーメンやお米の仕分けをこちらで行い、全国に配っています」

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インスタントラーメンや米だけでなく、ピーナッツ、だしなどの寄付も
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実際にタム・チーさんが直接食糧支援を行っている様子

タム・チーさんは大恩寺だけでなく、全国各地の困窮状態に陥っている在日ベトナム人にも支援を行っている。これまで食糧支援を行なった人数は約5万5,000人。時には直接施設へ足を運び、食糧を届けることもあるという。

また、大恩寺の近くには畑があり、実習生たちはそこで野菜を育てている。少しでも自給自足をするべく地元の農協に相談したところ、土地を貸してくれたそうだ。

技能実習生が農作業をしている様子
畑ではピーマン、唐辛子、トマトなどが採れる

実はベトナムは、人口の約50パーセントが農業関連従事者といわれる農業大国。ベトナム人にとって身近な農作業を行うことで苦しみを和らげる効果もあると、タム・チーさんは話す。

全国からの相談に対応。深夜でもスマホは鳴り止まない

大恩寺では、午後10時が技能実習生たちの就寝時間だ。しかし、10時を過ぎてもタム・チーさんには仕事が残っている。

タム・チーさんのスマホの画面に映るのは、約1万件の未読通知。タム・チーさんのもとには、全国のベトナム人技能実習生からの相談が絶えないという。

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未読メールが9,000件以上。通話アプリなども含めると、1万件を超える未読通知が

「毎日、深夜1時頃まで相談に乗っています」

タム・チーさんは笑顔で教えてくれた。その間にもスマホからは通知音が。この日、タム・チーさんが就寝したのは2時を回っていた。

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日本への愛を語るタム・チーさん

日本のことが大好き。将来的には日本に骨を埋めたいですね」

そう話すタム・チーさんの日本への愛が、約6万人の在日ベトナム人を救っている。

日本の制度を利用し、希望を持って来日した外国人技能実習生。彼らが身寄りのない異国で何らかの事情で困窮した時、私たちは手を差し伸べなくて良いのだろうか。

タム・チーさんのような献身的な個人の善意に頼ってばかりはいられない。日本の社会が、支援の制度や仕組みを充実させていくことが必要だ。

【ベトナムに帰りたい…】外国人技能実習生を救うお寺に1日密着してみた(動画:外部リンク)
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