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ユニバーサルデザインは工夫でつくれる。パラアスリートに聞く「日本財団パラアリーナ」

新交通ゆりかもめ線・東京国際クルーズターミナル駅(東京・江東区)の目の前にある「日本財団パラアリーナ」。写真提供:日本財団パラスポーツサポートセンター
この記事のPOINT!
  • 使用制限があり、多くのパラアスリートは練習場所を確保するために頭を悩ませている
  • 「日本財団パラアリーナ」は既存製品を使用。ユニバーサルデザインを「工夫」で実現
  • パラアリーナを1つのモデルとし、全国各地にユニバーサルな施設が広がることが期待される

取材:日本財団ジャーナル編集部

東京2020パラリンピック競技大会をきっかけに注目度が高まり、競技人口も増加傾向にあるパラスポーツ(障害者スポーツ)。一方で、競技用の車いすを用意しなければならなかったり、床に傷がつくのではないか、安全面が確保できないなどさまざまな懸念から練習をする場所が限られていたりと、パラスポーツを始めるには高い障壁があることはあまり知られていません。

そんな中、2018年に建設された「日本財団パラアリーナ(以下、パラアリーナ)」(外部リンク)は、多くのパラアスリートたちの練習拠点であると同時に、障害のあるなしにかかわらず誰もが利用しやすい体育館の1つのモデルとなることを目指した施設。既存のものを活用し、工夫やアイデアでユニバーサルな空間を実現している「パラアリーナ」には、全国各地の自治体や、建設関係者も見学に訪れるといいます。

今回は、元パラ射撃選手で日本パラリンピアンズ協会の副会長でもある日本財団パラスポーツサポートセンターの田口亜希(たぐち・あき)さんと、現役車いすラグビー選手の島川慎一(しまかわ・しんいち)さんに、「パラアリーナ」の特徴やパラスポーツがより普及するための課題についてお話を伺いました。

パラスポーツへの注目が高まる一方で、選手が抱えるさまざまな課題

――早速ですが田口さん、日本国内でパラスポーツができる施設や、パラアスリートの方たちが練習できる施設はどれくらいあるのでしょうか?

田口さん(以下、敬称略):一言で「パラスポーツ」といっても、競技の種類や障害の程度によって本当にさまざまなので、はっきりとは言えないのですが、パラリンピック競技に限って言えば、東京都北区にある「味の素ナショナルトレーニングセンター・イースト」をはじめ、競技ごとに14カ所(2023年11月29日現在)の特別強化拠点があります。

ただ、これらの施設を利用できるのはトップ選手のみで、区民体育館など公共施設を借りて練習している選手たちもたくさんいます。

取材に応じる田口さん。写真提供:日本財団パラスポーツサポートセンター

――そういった公共施設は、バリアフリーなど障害のある方に向けた配慮がされているのでしょうか?

田口:施設によってさまざまです。私がよく利用していた東京都の中央区や世田谷区の総合体育館は障害の有無にかかわらず、みんなで利用できるよう配慮されていますが、そういった施設ばかりではないと思います。

体育館の床に傷がつくのではないか、利用者自身の安全を確保できないといった懸念から断られてしまったり、車いすユーザーには配慮がされていても、視覚や聴覚に障害がある方にとっては使いにくかったりする施設もあります。

――パラスポーツを始めたい場合、自分にとって使いやすい施設をまず探さなければならないということですか?

田口:そうですね。あとは、クラブチームなどに所属することで、チームが活動拠点としている施設で練習することもできます。

日本財団パラスポーツサポートセンター(外部リンク)が運営する「マイパラ」(外部リンク)では、ご自身に合ったパラスポーツを探したりや、全国各地のパラスポーツチームの情報を発信しているので、競技を始める際にそちらを参考にしていただくのもいいかもしれません。

マイパラ
マイパラのトップページ
マイパラのチーム検索画面。全ての障害、肢体障害、視覚障害、知的障害、聴覚障害、精神障害から選択できる。
マイパラでは障害区分ごとのパラスポーツチームの検索も可能

――パラスポーツを始める際にかかる費用や、助成制度などがあれば教えてください。

田口:費用については、スポーツや障害によって必要な道具が違うので一概には言えませんが、練習場を借りる際の利用料や交通費、海外遠征する際に必要な費用など、自己負担金額は年に数10万円~150万円前後かかるというアンケート結果があります。

トップ選手には強化費が充てられることもありますが、パラリンピック出場選手ですら多額な費用を自己負担しているケースも少なくありません。

東京大会以降、パラアスリートの育成に力を入れている自治体や企業も増えてはいますが、それらはトップ選手や未来のアスリートのための制度であって、まだまだ「これからパラスポーツを始めたい、楽しみたい人」に向けての制度は整っていないというのが現状です。

――東京大会に向けてパラアスリートの練習環境の改善や、パラスポーツの普及などを目的に「日本財団パラアリーナ」がつくられたとのことですが、一般的な体育館との違いについて教えてください。

田口:「パラアリーナ」は、フルフラットの床、多機能トイレの導入などに加えて、競技用車いすが通行しやすいように通路や入口に十分な幅が設けられています。他にも車いすのまま利用できるシャワー設備の導入や、水道やロッカー、自動販売機なども車いすに乗ったまま利用しやすいよう、さまざまな工夫がされています。

フルフラットな床、誰もが使いやすいトイレ。その他の設備はパラアリーナのウェブサイト(外部リンク)で確認できる。写真提供:日本財団パラスポーツサポートセンター

田口:また、パラアスリートの中には、体温調節が困難な方もいるため、コート内に大型の空調機を配置、握力が弱い方も使いやすいよう軽い力で開けられる扉などもあります。

最大の特徴は特注品を使わずに、既存製品を活用してユニバーサルデザインを実現しているところ。パラアリーナはアスリートの方たちの練習拠点であると同時に、見学に来た方々には、視点を変えて工夫をすれば、誰もが使いやすい空間をつくることができるということをお伝えしています。

「パラアリーナ」が誰もが使いやすい体育館の1つのモデルになれば良いと考えていますので、今ある施設をどうしたらみんなが使いやすくなるかを考えたり、障害のある人もない人も一緒に使える施設をつくったりする際、「パラアリーナ」をぜひ参考にしてもらえたらと思います。

代表選手クラスでさえも、練習場所の確保は難しい

――ここからは、実際に「パラアリーナ」を利用している車いすラグビー選手の島川慎一(しまかわ・しんいち)さんにお話を伺います。まずは、島川さんが競技を始められたきっかけについて教えていただけますか?

島川さん(以下、敬称略):もともと車いす陸上をやっていたんですが、友人が車いすラグビーを始めたのをきっかけに「練習に見に来ない?」と声をかけられるようになって。チームスポーツにはあんまり興味がなかったので断っていたのですが、しつこく誘われるものだから(笑)、1回くらい行ってみようかと練習会に参加したのがきっかけです。

「日本財団パラアリーナ」にて取材に応じてくれた島川さん

島川:車いすって普通はぶつけたら怒られるじゃないですか。それが、この競技は車いすをぶつけて、ひっくり返したら褒められるんですよ。最初はぶつかることが面白くて始めたという感じでした。

初めて試合に出た時はルールも分かっていなかったんですよ。だから当然その時は最下位で(笑)。競技の面白さと、負けず嫌いな性格でどんどんのめり込んでいきました。

――今では日本の車いすラグビーを牽引する存在です。練習会に参加したのがきっかけとのことですが、その時はどんな場所で練習されていたんですか?

島川:大分県にある福祉施設の体育館です。「大分国際車いすマラソン」(外部リンク)の開催地でもある大分は福祉施設が充実していて、地域全体が車いす利用者に慣れているんですね。

――「大分国際車いすマラソン」は40年以上の歴史がある大会ですね。たくさんの方々がボランティアとしても関わっていて、障害のある人に優しい地域だと伺いました。

島川:そうですね。関東へ引っ越してきてから、そういった環境が当たり前ではなかったことに気が付きました。

車いすラグビー選手として活躍する島川さん。画像提供:(C)MegumiMasuda/JWRF

――例えば、東京でも練習場所を確保するのは大変なのでしょうか?

島川:地域による差は大きいと感じますね。東京でも車いすラグビーに関して練習場所がほとんどないんです。「パラアリーナ」を含めて1、2カ所程度でしょうか……。そのため、遠方まで行かなければならないこともあります。

施設を借りようとすると、滑り止めとして使用する松ヤニで床が汚れてしまう、ぶつかり合うことで床に傷がつくなどの理由から断られてしまうケースが本当に多いです。

床についてしまった車いすのタイヤ跡(画像はイメージです)

島川:また、利用後はもちろんきれいに掃除をしてから退館するのですが、掃除だけで1時間以上かかってしまうこともあります。さらに言うと、障害のある人は着替えにも時間がかかるんですね。

公共の体育館の多くは、午前・午後のどちらかしか借りられないことが多く、着替えや掃除の時間も含めるとどうしても練習時間が短くなってしまいます。そういった意味では気軽にスポーツができる環境とは言い難いですね。

気軽に利用できる施設が増えれば、パラスポーツはさらに広がる

――「パラアリーナ」にはさまざまな障害のある方が使いやすいように工夫がされていると聞いたのですが、実際に利用されてみていかがですか?

島川:なんといっても、1日を通しての予約も可能で、車いす利用者が止めやすい駐車スペースがたくさんあることや、駐車場から体育館へのアクセスの良さもとてもありがたいです。

また、多くの公共施設には車いす対応のトイレは1、2カ所しかありませんが、ここは全てのトイレが車いす対応で数もたくさんあるので、混み合うようなこともありません。

パラアリーナにて車いすラグビーのクラブチームが練習する様子

――練習環境の快適さが、試合のパフォーマンスにもつながりそうです。パラスポーツのハードルを下げるためにも、こうした施設が各地に増えてほしいですね。

島川:そうですね。「パラアリーナ」がなかったら、2018年の世界選手権で金メダルを獲ることはできなかったと思います。オーストラリアに出発する前の約 1 週間、「パラアリーナ」での自主合宿 を通してメンバーそれぞれへの理解が深まったんです。

各県に1つとまではいかなくても、もう少し環境が整うと選手たちにとってはもちろん、これから始めたいという人にとっても挑戦しやすくなると思います。

「一度試合を観たら、車いすラグビーにはまる人も多いんですよ」と島川さん

――一人一人にできることはこういったスポーツを体験することや、観戦をして、施設内の不便と思われる部分に気付いていくことだと思います。では、島川さん、改めて車いすラグビーの魅力ってどんなところでしょう?

島川:タックルや転倒など激しさが目立つ競技ですが、「ローポインター(※)」と呼ばれる障害が重い選手のプレーも見どころです。

ラグビーは、ボールを持って敵陣のゴールまで走り抜ければ「トライ」になる、すごくシンプルな競技です。その分ディフェンスが難しいのですが、ローポインターが先を読みながら動くことで、流れを止めることもできる。ぜひ、ディフェンスに注目してほしいです。

言葉や活字だけでは伝わりづらいと思うので、ぜひ一度、試合を見に来てください。

  • 選手には障害の程度に応じてそれぞれ0.5〜3.5点の点数が与えられており、チームの持ち点の合計が8点を超えてはならないルールがある。障害の程度が重いほど持ち点が低く、ローポインターと呼ばれる

編集後記

今回、田口さんと島川さんにお話を聞いて、練習環境に課題を抱えているパラアスリートが多いことを知ると同時に、ちょっとした工夫や配慮をするだけで、公共の体育館も使いやすくなることに気付きました。

そんな中でも、たくさんのアスリートたちがパラリンピックをはじめ、さまざまな大会で成果を上げていることに感動を覚えます。

知れば知るほど、楽しくなるのがパラスポーツ。車いすラグビーをはじめ、全国各地で開催されているパラスポーツをぜひ一度観戦してみてください。

また、千葉ポートアリーナでは、2024年1月12日(金)~14日(日)まで「第25回 車いすラグビー日本選手権大会」(外部リンク)。1月25日(木)~28日(日)には「2024ジャパンパラ車いすラグビー競技大会」(外部リンク)が開催されるので、こちらも要チェックです。

撮影:永西永実

〈プロフィール〉

田口亜希(たぐち・あき)

1971年生まれ。大学卒業後、郵船クルーズに入社。25歳の時、脊髄の血管の病気を発症し、車いす生活になる。退院後、友人の誘いでビームライフルを始め、その後実弾を使用するライフルに転向。アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピックに出場。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員などを務めた。現在は日本財団パラスポーツサポートセンター推進戦略部ディレクターを務める。

島川慎一(しまかわ・しんいち)

1975年生まれ。21歳の時に交通事故により頸髄を損傷し、車いす生活となる。1999年夏、車いすラグビーを観戦したことをきっかけに競技を開始。以来、日本代表の中心選手として活躍する。2005年に関東を拠点としたクラブチーム「BLITZ」を立ち上げ、同時に2005-2006 シーズンより USQRA(アメリカ国内リーグ)で、Phoenix Heatの一員としてプレーを始める。2005-2006シーズンの全米選手権で初優勝、そして外国人選手としては初めてとなる年間最優秀選手賞を受賞。その後、 アメリカ国内リーグに計 6シーズン参加し、内2シーズンは全米優勝を果たす。

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