社会のために何ができる?が見つかるメディア
近距離モビリティー「WHILL」の体験授業で子どもたちが得た、街づくりに必要な視点
- 外出頻度が高いほど生きがいを感じている人が多い高齢者。だが75歳を超えると頻度は急激に低下
- 歩きづらさを抱える人のための近距離モビリティー「WHILL」の出張授業が、小学校で実施された
- 移動問題を自分ごと化することが、誰もが生きがいを持ち続けられる街づくりにつながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
あなたは「車いす」にどんなイメージを持っているだろうか? 体が不自由な人が使うもの、不便そう… そんなネガティブな印象や、できれば避けたいと考えている人も多いのではないだろうか。
一方、高齢化社会に突入し長寿化が進む中で高齢者の活動は活発化しており、国土交通省が2020年6月に公表した調査(外部リンク/PDF)では、外出の頻度が高い人ほど、生きがいを感じていることが分かった。
それと同時に、75歳を超えると外出頻度は急激に減り、特に女性の休日における外出率は4割未満。およそ3人に1人しか外出していないことも分かった。
始まりは「100m先のコンビニに行くのも諦める」車いすユーザーの声
近距離モビリティ「WHILL」を開発するきっかけとなったのは、WHILL社のCEOである杉江理(すぎえ・さとし)さんら創業メンバーが車いすユーザーから聞いた「100m先のコンビニに行くのも諦める」という一言だった。WHILL社のマーケティングコミュニケーション部で部長を務める辻阪小百合(つじさか・さゆり)さんは、その時のことをこう話す。
「なぜ100m先のコンビニを諦めてしまうのかをメンバーが詳しく聞いてみると、車いすに集まる視線が嫌だったこと、そしてコンビニに行くまでの間に砂利道や段差などがあり、車いすでは進みづらいということでした。この心理的ハードルと物理的ハードルの2点を解決するべく、誰もが乗りたいと思える『WHILL』は開発されたんです」
完成した「WHILL」は「近距離モビリティー」という新たなカテゴリーで、歩きづらさを感じる人も免許不要で乗れる移動手段として、イメージを変えるものとなった。
高い走破性を持つ最上位モデルの「WHILL Model C2」は、5センチメートルの段差を越えることも可能。狭い場所でもスムーズに動ける小回りの良さも特徴だ。
そして、WHILL社がこだわったデザインは、スタイリッシュで既存の車いすのイメージを払拭する。その背景には、障害者や高齢者だけを対象としていないことがある。
「歩行者扱いの乗り物というと、一般的には電動車いすと呼ばれ、体に障害のある方や高齢の方など歩くことが難しい方のためのものと思われがちですが、当社では、『すべての人の移動を楽しくスマートにする』というミッションを掲げて、歩くことに少しでも苦手意識や不安を持つ人まで対象にしています。65歳以上の方で休みなく500メートルを歩けない方は、シニア世代の3人に1人というデータもあります(※)。そういった方たちにも気兼ねなく外出をしてほしいという願いを込めて『WHILL』は開発されました」
現在「WHILL」は大型の商業施設や空港に導入されているところもあり、歩くのに困難がある人はもちろん、歩くことに疲れた人など、気軽に利用することが可能だ。
そんなWHILL社が今回、若松小学校に出張授業を行った理由は何なのか。
「以前、横浜で開催された『WHILL』の試乗会にたまたま校長先生が通りかかられて、声をかけていただいたんです。若松小学校では『10年後の若松のまちを考える』授業に取り組まれています。一方、当社では自治体と連携し移動を中心とした街づくりにも取り組んでいます。そこに校長先生が親和性を感じてくださり、今回の授業が実現しました」
出張授業を通して子どもたちに伝えたいことを尋ねると、辻阪さんはこう答える。
「1つは『WHILL』は高齢者や障害者の方だけでなく誰もが乗れるインクルーシブな乗り物だということ。そしてもう1つが『WHILL』を乗ってもらう体験を通して、歩きづらさを抱える人々の移動問題を自分ごとにしてもらうきっかけになればと考えました」
体験授業の冒頭、会場の体育館に入ってきた子どもたちは、未来のSF映画に出てきそうな「WHILL」の姿を見て興奮した様子だった。そんな子どもたちの反応が嬉しかったと辻阪さん。
「WHILLを見た生徒さんの1人が『小さな車みたい』と声を上げてくれたのが印象的でした。何の先入観もなく、小さいモビリティーとして見てもらえたんだと思いますし、車いすのイメージも払拭したいという当社の思いが実現できていると感じました」
授業の目的は「子どもたちに多様性を持ってもらう」ため
出張授業では、最初に高齢者や障害者の移動に関する問題と共に「WHILL」がどのような想いで作られたのか全員で話を聞いた後、クラスごとに分かれて試乗体験をした。
「WHILL」の出張授業をどのように受け止めたのか、子どもたちに話を聞いた。
——車いすに対してこれまで、どんなイメージがありましたか?
ひかりさん:手で車輪を動かさないといけないから大変なイメージがありました。自分だけでは動かせないこともあるから、そういう時はもう1人、お手伝いする人が必要な印象がありました。
——「WHILL」に実際に乗ってみてどんなことを感じましたか?
みさきさん:誰でも楽に乗れると感じました。
なぎささん:レバー1つで前後左右、簡単に動かせるから、自分の思った通りに移動できて楽しかったです。
かずまさん:操作が簡単でみんなに優しい乗り物だなと思いました。
——皆さんがこれまでに学んできた街づくりと、つながるところはありましたか?
あかりさん:未来の身近な交通手段の1つとして「WHILL」みたいな便利なものがあればいいなと。歩くのがちょっと苦手な人でも簡単に利用できて、暮らしやすくなると感じました。
けいすけさん:高齢者の人も障害者の人も一緒に過ごせる「みんなのための街づくり」に、僕も関わりたいと思いました。
若松小学校で校長を務める小林力(こばやし・りき)さんにも、出張授業について話を伺った。
「本校では4年生の児童が1年間をかけて福祉の学習に取り組んでおり、2021年に取材していただいた手話授業(別タグで開く)もその1つです。授業の目標は、子どもたちに多様性を身につけてもらうこと。取り組みを進める中で、その学びを自分の人生にどう活かしていくか、子どもたちに考えてほしいと思うようになりました。子どもたちはおよそ10年後には社会をつくる主体者になるからです」
そこで始まったのが、「10年後の若松のまちを考える」総合授業。本物の未来に触れてほしいとの思いから、次世代の街づくりを進めている企業とのコラボレーションを思いつき、WHILL社に出張授業の協力を依頼したという。
小林さんに今回の出張授業で特に印象的だったことを尋ねると、「子どもたちが自分にも何かにチャレンジし、何かを生み出すことができる可能性を感じられたこと」と話す。
「WHILLの開発にどのような思いが込められていたのかお話を聞き、子どもたちは『自分でも何かを開発できる、生み出すことができるんだ』という素直な驚きを感じたと思います。世の中が便利になればなるほど、与えられることも当たり前になってしまうものだと思うのですが、実際に便利なものを開発している人や、支えている人たちがいるということを学ぶことができるのは、これから将来の夢を描く子どもたちにとっては大きいことだと思いますね」
そして、もう1つ小林さんにとって印象的だったのが、子どもたちの中に「誰もが」という視点が生まれたことだという。
「これまでの『10年後の若松のまちを考える』授業の中で、車いすという単語は出てきていたのですが、誰もが乗れるものとは思っていなかった。しかし『WHILL』に自分が乗ったことで、子どもたちに新たな視点が生まれたんじゃないかと思います。体験後、『10年後の自分たちの街のために、どのようなことに取り組んでいきたいか』と尋ねてみたところ、『誰にでも優しい街をつくらなければいけない』という声があり、インクルーシブな視点がさらに広がったことはとても意義があったと感じています」
今回の出張授業を含め、福祉の学習を通じて子どもたちに変化が見られるという。
「子どもたちの間に主体性が生まれてきていると感じています。以前、手話の授業を行った後には、自分たちで手話係をつくり、自ら手話を習得しようとする子たちも出てきました。琴線に触れるものは人それぞれ違うので、手話に感化される子もいれば『WHILL』に感化される子もいるはず。そういった取り組みを通して、子どもたちの中に多様性を育んでいければと思っています」
移動問題を自分ごとにすることが、誰もが生きがいのある街づくりに
誰もが生きがいを感じられる、移動に困らない街づくり——WHILL社の辻阪さんに、企業としてこれから取り組んでいきたいことを伺った。
「移動問題は人の生きがいに直結する問題だと考えているので、社会全体でしっかり取り組み、解決していくことが大切だと。そのためには、街づくりに対する国や自治体の取り組みは不可欠で、WHILL社 が培った知識や製品を提供するなどして、手を携えて取り組んでいければと考えています」
では、私たち一人一人にできることとは何か。辻阪さんは身構えず、移動するための1つのツールとして「WHILL」を活用してほしいという。
「わが子から『WHILL』を勧められ、『一度乗ったらもう歩けなくなってしまうのでは…』と躊躇される高齢者の方も多いのですが、『WHILL』と歩行を併用することで、歩く気力が増したという方も本当に多いんです。先日聞いたユーザーさまのお話では、歩くことに困難を感じるようになり、趣味の散歩を諦め、『WHILL』を購入し買い物へ行くようになった。ですが、『WHILL』で外出を続けるうちに気持ちが元気になり、散歩も再開。いまでは1日1万歩を目指していると、楽しそうに話されました。歩くことに困難を抱える方には、『WHILL』も候補の1つとして移動するのに便利だと思うものは躊躇せずに活用し、ぜひ生きがいのある人生を送り続けていただけると嬉しいですね」
いわゆる団塊世代が75歳以上の後期高齢者となり、日本の全人口の4人に1人が高齢者になるという「2025年問題」も目前に迫っている。多くの人が生きがいを持てる街、ひいては国をつくるためには、若松小学校の子どもたちのように新しいものを多様な視点で受け入れ、役立てていく姿勢はとても重要だ。
この記事を読んで「WHILL」に興味を持った自治体や教育関係者の方は、WHILL社に問い合わせしてみてほしい。出張授業の実施はタイミングによって相談になるかもしれないが、授業の進め方や「WHILL」の貸し出しには気軽に相談に応じてくれる。ぜひ、誰もが生きがいの持てる街づくりに参加してほしい。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。