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第1回 解決方法を教えないことがなぜ支援に? ティール組織のコーチはこうして成長を促す

専門家コラム:横内美保子さん 従業員の成長を促し、エンゲージメントを向上させる取り組み

執筆:横内美保子

いつ何を相談してもいいけれど、解決策は教えてくれない。

人を喜ばせるのが好きな人には向いていない。

何の権限もないけれど、欠かせない存在。

でも、関わるのはごく短時間だけ。

そんなコーチがいます。

その取り組みから、人の成長を支えるためのヒントを探っていきましょう。

新たな組織モデル「ティール組織」

人類が進化してきたように、組織も段階的に発達してきた。そして現在は、一歩先のステージにある新たな組織モデルが現れつつある。

そう指摘するのは、マッキンゼーで長年、組織変革プロジェクトに携わった経験をもつ、フレデリック・ラルー氏です。*1

今は多くの人が組織の中で働くことに疲れ、幻滅を感じ、苦しんでいます。ラルー氏は現在の組織モデルが限界に近づいていることを感じ取り、「人々の可能性をもっと引き出す組織とはどんな組織だろう」という問いを立てます。

その問いを抱え、2年半にわたって世界中の組織の調査を行ったところ、新たなステージにある「パイオニア組織」にいくつか出会いました。それが、「ティール(進化型)組織」です。

驚いたことに、ティール組織には決まったモデルやメソッドがあるわけではなく、それぞれの組織が他の組織の存在を全く知らずに、さまざまな試行錯誤を経て、驚くほど似た組織構造と慣行にたどり着いていました。

その特徴の1つが「自主経営(セルフマネジメント)」。ただし、それはあくまで手段です。目的は、現場業務を組織の中心に置くこと。*2

中間管理職が存在しないティ一ル組織で、問題を解決し、メンバーの育成に携わるのは、誰なのでしょうか。*1

また、どのような方法がとられているのでしょうか。

ティール組織の中でも、もっとも優れたケースといわれる、オランダの「ビュートゾルフ」による示唆的な取り組みをみていきましょう。

先駆的医療組織「ビュートゾルフ」

「ビュートゾルフ(Buurtzorg)」は看護師主導のケアモデルによって、オランダの地域医療に革命をもたらした、訪問看護組織です。*3

ビュートゾルフ。引用:Buurtzorg “Welcome to Buutzorg>Innovation”(外部リンク)

自主経営による成果

ビュートゾルフのプログラムは、看護師に、患者が必要とするすべてのケアを提供する権限を与えています。

ケアのモデルを変革することによって1時間あたりのコストは高くなりましたが、ケアの質を向上させると共に、トータルのケア時間は50パーセントにまで短縮することに成功しました。*4

顧客満足度がオランダの医療機関の中でもっとも高いだけでなく、従業員満足度も高く、「Best Employer(最優秀雇用主)」という称号を何度も受賞しています。*5

スタッフの組織への評価は、全般的な満足度が8.7点、スタッフの関与に関しては9.5点。組織の自主経営体制は高く評価されています。

実際に、従来の介護施設に比べてビュートゾルフのスタッフは、病気を理由とする欠勤率が60パーセント、離職率が33パーセント低く、従来型の組織から転職してくる看護師が後を絶ちません。*1

業績も目覚ましく、2006年の設立時の1チームから、950チーム、従業員1万5,000名へと急成長を遂げました。*3

自主経営による成果

ビュートゾルフのプログラムは、看護師に、患者が必要とするすべてのケアを提供する権限を与えています。

ケアのモデルを変革することによって1時間あたりのコストは高くなりましたが、ケアの質を向上させると共に、トータルのケア時間は50パーセントにまで短縮することに成功しました。*4

顧客満足度がオランダの医療機関の中でもっとも高いだけでなく、従業員満足度も高く、「Best Employer(最優秀雇用主)」という称号を何度も受賞しています。*5

スタッフの組織への評価は、全般的な満足度が8.7点、スタッフの関与に関しては9.5点。組織の自主経営体制は高く評価されています。

実際に、従来の介護施設に比べてビュートゾルフのスタッフは、病気を理由とする欠勤率が60パーセント、離職率が33パーセント低く、従来型の組織から転職してくる看護師が後を絶ちません。*1

業績も目覚ましく、2006年の設立時の1チームから、950チーム、従業員1万5,000名へと急成長を遂げました。*3

最小限のスタッフ機能

特徴的なのは、同組織のスタッフ機能が最小限であることです。

自己管理チーム(以下、「チーム」)が850、看護師が1万人だった当時、給与計算や請求書の発行などにあたるバックオフィスのスタッフは45人だけ。間接費は、同業他社の25パーセントに対し、ビュートゾルフはわずか8パーセントでした。*5

しかも、管理職は一切おらず、必要に応じてチームをサポートするのは、たった15人の「地域コーチ」(以下、「コーチ」)です。

そのコーチはどのようなサポートを行っているのでしょうか。

チームの活動とコーチの特徴

ビュートゾルフのチーム活動と、コーチの特徴についてみていきましょう。

チームの活動

チームは、責任を伴う自由をもっています。最大12人のチームが近隣で働き、支援を必要とする人々の世話をしながら、チームの仕事を自ら管理しています。*6

新しいチームができた場合、そのチームは、近くに自分たちの事務所を見つけ、地域コミュニティに自分たちを紹介し、時間をかけて開業医・家庭医やセラピスト、その他の専門家を探します。

チームは、口コミや紹介を通じて訪問看護を重ねながら、どのように仕事を組織し、責任を分担するかを決めていきます。

ビュートゾルフのスタッフたち。*7 引用:Buurtzorg “Innovation”(外部リンク)

自主経営チームのコーチとしての特殊性

ビュートゾルフのコーチは、リーダーではありません。*1:p.132-134

看護師チームの上には意思決定権をもつ階層がなく、チームは誰にも支配されないことによって、真の権限をもっています。

一方、コーチは、チームに対する意思決定権をもっていません。もともとチームには売上目標がなく、コーチは成果や収益に関する責任も問われませんし、逆にチームが好成績を上げてもボーナスはでません。

従来型の組織では、マネジャーは若手の育成のために用意されるポジションですが、ビュートゾルフには、出世階段もありません。

コーチには決められた職務がなく、どのような役割をどう果たすかは、各コーチに委ねられているのです。コーチは、自分の個性や能力を基に、自らの役割や方法を自主的に探し、開発するように奨励されています。

能力に応じて選ばれるコーチはたいてい、比較的年配で、対人関係スキルが高い、経験豊富な看護師です。

コーチに必要な資質

チームのコーチには、どのような資質が求められるのでしょうか。*2

まず、必要なのは、俯瞰的な視点です。それは、今やっているやり取りを俯瞰的・客観的な視点で把握し、必要なことをその場で共有するようなコミュニケーションが取れる能力です。

チームの話し合いでは、コーチは内容だけに気を取られ、内容だけで評価しがちですが、内容を傾聴するのと同時に、メンバーがどのようにコミュニケーションをとっているかも冷静に把握し、チームが建設的に協働できているか見きわめなければなりません。

次に必要なのは、忍耐力です。コーチはチームにペースを合わせ、チームが結論を出すプロセスを見守って、結論が出るまでじっくり待ちます。

さらに、1人ひとりのメンバーのありのままを尊重し、偏見をもたず、すべてのメンバーに思いやりと敬意をもって、誰にでも同じように接することも求められます。

チームによい支援を提供するためには、コーチは安全・安心な環境をつくらなければなりません。メンバーが自分のミスや失敗についても話しやすく、どんな質問をしても良いと思える場づくりは大切です。

逆にコーチにマッチしないのは、リーダーシップをとりたがる人、完璧主義になりがちな人です。このような人は、チームを自分の色に染めたがり、チームリーダーの役割まで担ってしまいがちです。

また、人を喜ばせることが好きな人も、チームが求めていることに集中しすぎてしまい、チームを前進させるのに必要な、批判的な問いかけをすることが難しくなってしまうという側面があります。

コーチングの目的

コーチはどのような目的をもってチームをサポートするのでしょうか。

自分たちで解決策を見出すためのサポート

自主経営は簡単にできることではありません。特に新しいチームは、自分たちだけの力で組織をつくり、運営に関するすべての面で、あらゆる状況に対処しなければなりません。*1

そうしたチームにとって、コーチは助言を与えてくれ、他のチームの解決事例を教えてくれる、大切なアドバイザーです。

しかし、コーチにとってなによりも大切なのは、チームが自分たちの力で解決策を見出していけるようにサポートすることです。

多くを背負ってはならない

ビュートゾルフの創業者は、「コーチは多くを背負うべきではない」と指摘しています。そうしないと、各チームにかかりきりになってしまい、チームの依存性を高め、独立性を損ってしまうおそれがあるからです。*1

コーチがサポートするのは、それぞれのチームにとってもっとも重要な課題だけです。

ビュートゾルフの自主経営化に携わった組織変革の専門家は、1人のコーチが担当するチーム数は「少なすぎない方が絶対いい」と提唱しています。*2

パラドックスめいていますが、コーチが「役に立ちたい」という強い思いをもっていると、チームに干渉しすぎてしまうリスクが生じるからです。

多くのティール組織では、1チームに対応する時間は、個別の面会や電話、メールでのやりとりも含め、週に2時間程度に収まるようにするという基本原則を設けています。新しいチームの場合には、もう少し長く、2~4時間に設定します。

暗黙のルール

では、コーチはどうやってコーチングの目的を達成するのでしょうか。ビュートゾルフの「暗黙のルール」をみていきましょう。

問題解決するのに必要な情熱と能力を引き出す

チーム内の情熱と強みと能力を引き出すことが、コーチングの出発点。

チームには、目の前の問題を解決するのに必要なあらゆる能力が備わっている。そういう信頼感をチーム内に育てるのは、コーチの大切な仕事です。*1

悪戦苦闘を回避せず、自ら成長するプロセスを支える

ビュートゾルフでは、チームが問題解決に悪戦苦闘していても、それは問題ないと考えられて

います。なぜなら、苦しみから学べることがあるからです。*1

難しい局面を乗り越えるプロセスで、チームは回復力と連帯感を育むことができます。

コーチは予想できる問題を防ぐのではなく、問題解決をしようとするチームを支えます。そして、そのプロセスを通じて、自分たちがどのように成長したかを内省する手伝いをします。

コーチは、チームに対して、考えるヒントになるさまざまな問いを投げかけ、チームにとって好ましくない行動があれば、内省を通じてそれを認識させ、極めて重要な瞬間には、警告を発して、立ち止まるよう提案します。

大切なのは、チームが問題を正しく捉え、自らの力で解決策に辿りつけるように支援することです。

解決法を知っていても教えない解決法を知っていても教えない

コーチは、もし自分の方が優れた解決法を知っていると思っても、それをチームには教えず、チームが自分たちで解決方法を選択できるようにします。*1

ティール組織のコーチ研修では、アドバイスを提供しないことを推奨することもあります。*2

ただし、別の考え方があることを示して刺激を与え、コーチのアドバイスを吟味してもらうことで、チームが自ら意見形成するよう促すことは有益です。

しかし、そうした場合でも、もしチームが何の疑問ももたずにコーチのアドバイスを受け入れたときには、「なぜ私のアドバイスが優れた解決策になると思えるのでしょうか」と、チームに問いかけることもコーチの大切な役割です。

おわりに

自分自身のエゴから自分を切り離せるようになると、ティールへの移行が生じるとラルー氏は指摘します。

ティールの視点をもてば、人や物質を支配したいという欲望を抑制でき、予想外のことが起こっても、たとえ間違いを犯したとしても、物事はいつか好転し、あるいはたとえ好転しなくても、学び成長する機会を人生が与えてくれたのだと考えるようになるというのです。

そうしたパラダイムにあるティール組織では、チームで協力し合って問題を解決しようとするプロセスは、たとえ苦しくても学びに満ち、自らの成長につながるものだと捉えられています。

適度に距離をとりながらも、そうしたプロセスを暖かく見守り、問題解決にあたってチームがもてる力を十分に発揮できるようにサポートする。

ビュートゾルフのコーチのこうした在り方は、実に示唆的ではないでしょうか。

[資料一覧]

*1.参考:フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す

次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)p.21, p.28, p.90, p.121, p.128, p.132, p.133, p.134, p.135, p.594, p.672

*2.参考:アストリッド・フェルメール ベン・ウェンティング 著  嘉村賢州 吉原史郎 訳(2020)『自主経営組織のつくり方―現場で決めるチームをつくる』英治出版 (電子書籍版)No.260-261, No.410-413, No.1462-1466, No.1468-1471, No.1497-1502, No.1505-1520, No.1565-1567,  No.1571-1582, No.3165

*3.参考:Buurtzorg “Welcome to Buutzorg>Innovation”(外部リンク)

*4.参考:Buurtzorg “Welcome to Buutzorg>About us”(外部リンク)

*5.参考:Buurtzorg “Our organisation”(外部リンク)

*6.参考:Buurtzorg “The Buurtzorg Model”(外部リンク)

*7.参考:Buurtzorg “Innovation”(外部リンク)

〈プロフィール〉

横内美保子(よこうち・みほこ)
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
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