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第1回 92歳の総務課長が教える、コミュニケーションの素朴な基本

執筆:清水沙矢香
部下との間のコミュニケーションに頭を抱える上司は少なくないことでしょう。コミュニケーションに難しさを感じる、その理由のひとつが世代間ギャップです。
上司と部下では当然立場も年齢も違えば、育ってきた時代も大きく違います。そんなギャップを埋めるためにはどうすれば良いのでしょうか。
今回は「最高齢の総務部長」のコミュニケーション力を中心にした事例をご紹介したいと思います。素朴なことこそ最も大切だということを教えてくれるお話です。
部下と上司の間にあるコミュニケーションのすれ違い
コミュニケーションがうまくいかない。
部下と上司、お互い何を考えているのかわからない。
ということに関して、龍谷大学心理学部の水口政人(みなくち・まさと)教授が興味深い調査をしています。
まず、職場の上司や部下に「ギャップを感じているか」という質問に対しては、互いに多くが「とても感じている」「やや感じている」と回答しています。

そして、ギャップを感じる理由は下のようになっています。

「年齢」「立場」が大きなものになっています。
確かに部下と上司では、生まれた時代も違えば、価値観や考え方も異なることでしょう。流行も違いますから、話題を合わせるのもなかなか難しいかもしれません。
100パーセント完全に合わせることはお互い不可能です。しかし、コミュニケーションの「基本」の大切さを教えてくれる人がいます。
「最高齢の総務部員」が実践するコミュニケーションの基本
大阪に、世界最高齢の総務部員としてギネス記録に認定された女性がいます。
玉置泰子(たまき・やすこ)さん(2020年の認定時90歳)。70年近く、ねじの専門商社であるサンコーインダストリーでフルタイム勤務しています。総務部員から総務課長となり、現役です(2024年9月9日時点)。*1
90代の玉置さんからすれば、新入社員との歳の差は親子どころではありません。祖母と孫、いえ、それ以上の差でしょう。
それでも70年も同じ会社に勤めているのは、本人の情熱もそうですが、周囲との人間関係が良好であることの証左とも言えます。
玉置さんが解く部下とのコミュニケーション術は、驚くほどシンプルです。玉置さんの著書からその極意を覗いてみると、「当たり前のことの大切さ」に気付かされます。
「挨拶」という基本
まず玉置さんが、コミュニケーションにあたって最も重要としているのは「挨拶」です。そんなの日々当たり前だ、と思う方は多いことでしょう。しかしそれをどれだけ大切にしているかについて、玉置さんはこう述べています。
職場に挨拶の声が足りないと感じたら、上司や先輩から率先して挨拶をしましょう。
上司が模範を示せば、職場全体に挨拶の習慣が広がります。「挨拶をしよう」と耳にタコができるまでくり返し言うよりも、上司が毎日明るく挨拶をしている姿を見せたほうが、断然効果的です。
上司がロクに挨拶もしないのに、「いつでも相談にのるよ」といってもなんの説得力もありません。
上司から部下に「おはようございます」と声をかけ続けていれば、部下は自分のことを気にかけてくれていると信頼しますから、積極的に「ほうれんそう」してくれるようになります。
引用:玉置泰子『92歳総務課長の教え』p80

「気にかけてくれている」という安心感を部下に与えること。確かに重要なことです。また、もうひとつ大切なことがある、と玉置さんは続けます。
目を見るということ
例えば朝、直属の上司に書類を持っていく時、玉置さんは「書類ができました」というだけでなく、必ず目を見て挨拶の一言を付け加えるようにしているのだそうです。それには理由があります。
目を見て挨拶をされて、挨拶を返さない人はいないでしょう。そこでおのずと、一つのコミュニケーションが成立します。
朝からパソコンとにらめっこしながら忙しく働いている上司は、「書類ができました」とだけ声をかけても、「ありがとう」と返事をするだけで、話が終わってしまうかもしれません。
そのままだと、上司は目の前の仕事にかまけて、あなたの書類に目を通すのがずいぶん後回しになってしまう恐れもあります。
そこに「おはようございます」という挨拶を加えるだけで、化学変化のようなものが起こるのです。
引用:玉置泰子『92歳総務課長の教え』p81
この点は、上司に当たる人も気を付けるようにしたいものです。
部下からすれば、目を見て挨拶をしているのにこちらに目を向けてくれない上司がいたら、「自分は相手にされていないのかな」「なにかやましいことがあるのかな」と疑ってしまうことでしょう。筆者でもそう感じてしまいます。
上司が部下の「ほうれんそう」に対してきちんと目を見て「ありがとう」と伝えることも大切でしょう。部下とはいえ、上司のために働くのは「当たり前」のことではありません。いくつでも選択肢を持っている中で、たまたまその上司のもとで働いているだけのことです。
「普通に発するべきひとこと」で空気はガラリと変わるのです。
また、腹の探り合いのようなことが始まると、互いの距離は離れていき、相互不信に陥ってしまいます。
それでなくても、冒頭にご紹介した通り部下は上司に対して「ギャップ」を感じています。立場や年齢は埋めることはできません。しかし「挨拶」という基本で補っていく、非常にシンプルなことです。
また、上司と部下の相互不信は、無限のスパイラルを生み、最悪の結末を迎えることもあります。

新上司との相互不信のスパイラで、部下が退社を検討した事例
これは、世界的に高い評価のあるビジネススクール「INSEAD(インシード)」の助教授(当時)らが紹介している、「フォーチュン100」に名を連ねる企業の話です。*3
業績を認められ上司からの評判も高い、製造現場の部下スティーブ。しかし新しい上司ジェフを迎えて以降、様子が変わり、退職を考えるまでに至ってしまったのです。
2人の間に、何が起きていたのでしょうか。
最初は、上司の側からすれば「ごく当たり前」と考えるであろう出来事から始まっています。
新上司ジェフは深刻な不良品が出るたびに、報告書をまとめるようたびたびスティーブに指示していました。ジェフとしては新プロジェクトのために情報を集め、部下スティーブと一緒に新しい製造プロセスを考えていきたい、そんな意図でした。
しかし部下のスティーブはそうは受け止めませんでした。
自分はこれまでちゃんとやってきたし、今もやっているのに、時間のない中で上司が要らぬ口出しをしてきたと感じてしまったのです。納得がいかず、報告書の作成に身が入らなくなってしまいました。
すると上司ジェフは部下スティーブに不信感を抱き、やる気のない人物だと思うようになってしまいます。そうすると部下スティーブは上司ジェフを避けるようになり、すると上司ジェフは部下スティーブに疑いの目を持ち一挙手一投足にまで目を光らせ……。
そうやって2人の距離はどんどん遠ざかり、部下スティーブは退職したいとまで考えるようになる、という事態にまで発展したのです。優秀な部下の退職、これは会社にとって大きな損失です。
上司ジェフのミスは「なぜ報告書を求めるのか」についての説明が足りなかったということだと筆者は考えます。この企業で起きたことは他人事ではなく、上司の立場にある人は、そこまでは考えていなかった、ということが多いと筆者もしばしば感じます。
この2人が日々どのように接していたのかはわかりませんが、相互不信の無限スパイラルが招く結果についてわかりやすい事例と言えます。
そして、こうした相互不信を招かないためには「部下が本音で話せる」環境をつくることです。
では、どうすればそんな環境をつくることができるのか。
次回、ご紹介します。
[資料一覧]
*1.参考:「【世界最高齢の総務課長が教える】失敗を成功に変えるために絶対欠かせないこと」ダイヤモンド・オンライン(外部リンク)
*2.参考:「90歳の玉置泰子さん「世界最高齢総務部員」としてギネス認定」朝日新聞デジタル(外部リンク/動画)
*3.参考:「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年12月号 p124-125
〈プロフィール〉
清水沙矢香(しみず・さやか)
京都大学理学部で生物学を専攻し、学部卒業後2002年にTBSに入社。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種産業やマーケットなどを担当。その後人材開発にも携わりフリーライターとして独立。国内外での幅広い取材経験と各種統計の分析をもとに多くのWebメディアや経済誌に寄稿。

- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。