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選ばれ続ける福祉事業者であるために——利用者、スタッフの心をつかむ「共感マーケティング」とは【実践シート付き】
- 売上不振、物価高の高騰、慢性的な人材不足などを原因とする福祉事業者の倒産が増えている
- 良い支援を提供するのは当然、利用者やスタッフに選ばれるためのマーケティング戦略が経営に必要
- 「共感マーケティング」でファンを増やし、感謝と挑戦の組織文化で人材と事業を育てる
※【巻末特典】今すぐ使える「実践シート」を無料でダウンロードできます
取材:日本財団ジャーナル編集部
少子高齢化が進むいまの日本が抱える大きな課題の一つが、医療・福祉の問題です。人口減少による売上不振、物価や光熱費の高騰、現場では慢性的な人材不足が続き、 2025年度の医療・福祉事業者の倒産件数は、478件。そのうち、老人福祉・介護事業者が182件と4割近くを占めます。

「支援が必要な人を支えたいという思いだけでは継続できない。福祉事業でも健全に運営するためには儲けることが大切です」
そう話すのは、障害福祉事業や保育事業、福祉コンサルティング事業を展開するインクルージョングループ(外部リンク)の代表を務める藤田直(ふじた・なおき)さんです。
実際に現場では、サービスの質には自信がありながらも利用者が集まらない、スタッフの離職が相次ぐ、制度改正への対応に追われるといった悩みを抱える事業者も少なくないと言います。
いくら社会的意義が大きな事業であっても、安定した運営基盤がなければサービスを継続することは難しく、結果として支援を必要とする人々にも影響が及びます。
そうならないためにも、藤田さんが重視すべきと力説するのが、福祉分野におけるマーケティングやブランディング。利用者やその家族、スタッフ、地域社会に対して運営する福祉事業所の価値を適切に伝え、選ばれる存在になるためには、どのような視点や施策が必要なのか? 藤田さんにヒントを伺いました。
「足りない社会資源はつくる」起業の原点
――福祉の世界に入られたきっかけや、会社を立ち上げられた理由について教えてください。
藤田さん(以下、敬称略):大学を卒業後、複数の職を転々としていたころ、子ども時代にいじめから救った友人が自死するという出来事がありました。大人になっても時々相談に乗っていた友人だったのでショックが大きく、助けられなかったことを後悔し、その時にまず自分自身がちゃんと生きようと心を入れ替えたのです。
誰かの助けになる仕事を模索するなかで、ちょうど介護保険制度(2000年4月1日施行)が始まったタイミングでもあり、福祉を通して人の役に立ちたいと社会福祉士の専門学校に入学しました。
卒業後に老人福祉施設で介護を経験し、相談員として活動し始めましたが、多くの人の話を聞くうちに、介護だけでは解決できないさまざまな課題があることを知りました。高齢者本人だけでなく、その家族が抱えるDVの問題や子育ての悩み、障害のある子どもやその保護者が直面する困難など、必要とされる支援は、私が考えていたよりもはるかに幅広かったのです。
現場で経験を積むなかで、「もっと多くの人に支援を届けたい」「制度やサービスの枠を超え、一人一人に寄り添える仕組みをつくりたい」という思いが強くなっていきました。しかし、組織のなかでは支援できる対象や事業領域に限界があり、自分が実現したい支援の形を追求するには新たな挑戦が必要だと感じるようになりました。
そこで選んだのが起業という道です。自ら事業を立ち上げることで、高齢者福祉にとどまらず、障害福祉や子ども支援など、さまざまな分野に取り組むことができる。目の前の一人を支えるだけでなく、支援を必要とする人たちが安心して暮らせる環境そのものをつくっていきたいと考えたんです。
現場では、必要なサービスや支援の受け皿が不足しているために困っている人を数多く見てきました。だからこそ私たちは、課題に応じて新たな事業や仕組みを生み出していきたいという思いで「足りない社会資源は自分たちでつくる」を理念に掲げ、株式会社インクルージョンを設立しました。
――NPOではなく株式会社にしたのはなぜでしょう
藤田:当時はNPO法人という選択肢も考えましたが、最終的には株式会社を選びました。理由はシンプルで、よりスピーディーに意思決定ができるという点です。
福祉の現場では状況の変化に応じて迅速に対応しなければならない場面が多くありますが、株式会社であれば組織運営や事業展開における判断を柔軟かつスムーズに行えます。
何かと書類作成や手続きに時間を要するNPO法人よりも、株式会社の方がその分を利用者支援やサービスの改善に充てられると考えたんです。
――インクルージョンは障害福祉、保育、および福祉事業者向けのコンサルティングなど幅広い事業を展開されていますが、多角化の理由を教えてください。
藤田:目の前で困っている人を救うための現場と、それを社会全体に広げて仕組み化するためのIT・コンサルを連携させ、効率的に社会課題を解決するためです。
コンサルティング事業に関しては、自分たちが最高の社会資源(モデルケース)となり、そのノウハウをサービスや、自社で運営する経営塾を通じて社会に広く流通させたい。それにより、自社だけでは届かない日本全国の福祉事業者が抱える課題を解決できればと思っています。

福祉業界を生き抜く「共感マーケティング」の実践手法
――福祉事業所を中心にこれまで600社以上のコンサルティングを手掛けられていますが、生き残る事業所と経営悪化に陥る事業所との差はどこにあるのでしょうか?
藤田:介護保険制度や障害福祉サービスの拡充によって市場が開放された以上、競争が生まれるのは当然のことだと思っています。福祉業界では「良い支援をしていれば自然と利用者が集まる」と考えられがちですが、実際にはそう単純ではありません。
良い支援をしていても認知されなければ利用にはつながりません。だからこそ福祉業界にもマーケティングの視点が必要なんです。
なかでも私が提唱するのが「共感マーケティング」です。サービスの特徴を伝えるだけではなく、「なぜその事業をしているのか」「どんな思いで支援しているのか」を伝え、利用者さんやそのご家族、地域の方々だけでなく、スタッフにも“共感”してもらうことが大切です。
まず、生き残る事業所は必ず競合優位性を持っています。他の事業所でも受けられるサービスを提供するだけでは、利用者から選ばれる理由になりません。「この事業所だから利用したい」と思ってもらえる独自の強みが必要です。
そしてもう一つ重要なのは、利益を悪いものだと考えないことです。利益がなければ職員の待遇改善もできませんし、設備投資やサービス向上もできません。利益は経営者のためだけにあるのではなく、スタッフの働きやすさや利用者へのサービス向上に還元するために必要なものです。
それらの点をしっかり押さえて相手に伝えて感情を動かす。結果として、利用者に選ばれ、適正な利益を確保し、その利益をスタッフや利用者に還元できる事業所が持続的に成長していくのだと思います。

――では、著書「ストーリーで学ぶ 介護事業共感マーケティング」のなかでも書かれている、共感マーケティングの起点となる「マーケティング4.0」の考え方を教えてください。
藤田:マーケティングは時代とともに考え方が変化してきました。かつての「マーケティング1.0」の時代は、需要が供給を上回っていたため、「良いものを作れば売れる」という考え方が中心でした。
その後、市場が成熟して競合が増えると、「マーケティング3.0」では差別化が重視されるようになります。同じような商品やサービスがあふれるなかで、「なぜ自社を選ぶのか」を示す必要が出てきたのです。
そして現在の「マーケティング4.0」では、単に商品やサービスを売るだけではなく、「ファンをつくること」が重要になっています。商品やサービスを購入してもらう関係から、その価値観や理念に共感し、応援してくれるファンになってもらう関係へと発想が変わってきているのです。
特にSNSの普及によって、企業からの一方的な発信よりも、利用者や関係者の口コミや共感の輪が大きな影響力を持つようになりました。そのため、できるだけ多くの人に浅く知ってもらうよりも、まずは自分たちを強く支持してくれる“太いファン”をつくることが大切です。
「マーケティング4.0」とは、人や理念、ストーリーに共感してもらい、その共感を広げていくための考え方だと私は捉えています。
■図表:「マーケティング4.0」の考え方・流れ

―― 「共感マーケティング」について、その手法や使いこなし方を教えてください。
藤田:マーケティングで考えるべきは「どこで戦うのか」ということです。私は、まず差別化やポジショニングによって、できるだけ戦わない状態をつくることが大切だと考えています。
例えば、周辺の事業所と同じサービスを同じように提供していては、最終的には価格や利便性の競争になってしまいます。しかし、「どんな利用者のための事業所なのか」「何に強みを持っているのか」を明確にできれば、競合と真正面からぶつかる必要はありません。選ばれる理由をつくることが、ポジショニングの本質だと思っています。
その際に役立つのが「4P分析」です。「Product(サービス)」「Price(価格)」「Promotion(販促)」「Place(提供方法)」の4つの視点から他社との違いを比較・分析することで、自分たちの強みや改善点が見えてきます。福祉事業所は支援の質に目が向きがちですが、それをどう伝え、どう届けるかまで含めて考えることが重要です。
■図表:「4分析」

藤田:そして福祉業界では、今でもアナログ営業が非常に重要です。ケアマネジャーや相談支援専門員、医療機関、行政機関など、人と人との信頼関係によって利用者につながるケースが多いからです。
そこで役立つのが「レーザートーク」です。これは、自分たちの強みや特徴を端的に表現し相手に伝える手法です。営業の場で長々と事業説明をするのではなく、「私たちはどんな人を支援できるのか」「他の事業所と何が違うのか」を一言で伝えられる状態にしておく.。次のような要素と流れで、限られた時間の中でできるだけ簡潔に話すことで、相手の関心を呼び起こします。
■図表:「レーザートーク」の手法

藤田:では、実際に「レーザートーク」を活用した、営業のプレゼン例を紹介しましょう。
- 肩書きや商品名
- はじめまして。「○○」の●●と申します。弊社はこの地域において長らく通所介護事業所の運営をしております。
- ベネフィット
- 昔ながらの小規模なデイです。ご自宅に次ぐ「第二の我が家」として温もりを感じていただいております。
- 独自性
- スタッフの定着率が高く、スタッフ、ご利用者様同士の人間関係が非常に良好です。また私達は利用者様のご要望を「よく聞く」ことを大切にしており、やれることは直ぐに実行致します。直近では皆様の声をもとに、近隣への外出行事や、俳句作り、絵画作成、認知症予防運動などに取り組みました。
- 興味性
- 食事に関しても、デザートなどを選択制のメニューにすることで、利用者様の「自己決定」を促す取り組みにも力を入れています。今後は地域と利用者様との「つながり」の提供のため、交流スペースの設置について検討しています。
- 理由
- 実際に利用者様や関係者からは「居心地がとても良い」「些細な要望にも耳を傾けてくれる」「スタッフがとても温かくて親切」「スタッフが明るい」などのお声をいただいております。
- クロージング
- まずは見学にお越しいただき、実際の雰囲気を感じていただければ幸いです。
福祉事業所のマーケティングは、自分たちの強みを明確にし、誰に何を伝えるべきかを整理し、その価値を必要としている人に確実に届けること。その積み重ねが利用者の獲得や地域からの信頼につながっていくのだと思います。


思いを発信し共感を生む。「感謝と挑戦」のマインド
――株式会社インクルージョンの経営に加え、経営塾「恒星」の運営や、一般社団法人 全国介護事業者連盟 大阪府支部長として多くの事業者と関わってこられました。そうした経験を踏まえ、福祉業界が直面する人材確保の課題をどのように捉えていますか。また、現場のスタッフとともに明日から実践できるマーケティングの第一歩について教えてください。
藤田:人材確保について相談を受けることは非常に多いのですが、私は採用もマーケティングの一部だと考えています。給与や待遇はもちろん大切ですが、それだけで人が集まり続けるわけではありません。最終的には「この人たちと働きたい」「この会社の考え方に共感できる」と思ってもらえるかどうかが重要です。
その根底にあるのは、「感謝と挑戦」という考え方です。事業は利用者や家族、地域、スタッフなど多くの人に支えられて成り立っています。そのことへの感謝を忘れず、現状に満足せず挑戦を続ける。この姿勢が組織の文化として根付いているかどうかは、人材の定着にも大きく影響すると感じています。
また、福祉の仕事は人と人との関係性の上に成り立っています。利用者はもちろん、職員や地域の関係機関からも「この人なら信頼できる」と思ってもらえることが大切です。結局のところ、経営者であれ職員であれ、人としてのあり方が問われるのだと思います。
マーケティングの第一歩は、自分たちがどんな思いで仕事をしているのか、どんな利用者の力になりたいのかを言葉にして発信することです。ホームページやSNSでもいいですし、地域の関係機関への挨拶でもかまいません。サービスの説明だけではなく、「なぜこの仕事をしているのか」を伝えることが共感につながります。
私が大阪府支部長を務める全国介護事業者連盟も、そうした人と人とのつながりを大切にしています。現在、大阪府支部だけでも約800社の事業者に参加いただいており、全国では介護事業者の約10パーセントにあたる規模になっています。
同じ課題を抱える事業者が連携し、現場の声を集めることで、将来的には業界全体をより良くするためのルール作りや制度改革にもつなげていきたいと考えています。
一つの事業所でできることには限界がありますが、多くの仲間が集まれば社会を動かす力になる。そのためにも、まずは目の前の利用者や仲間への感謝を忘れず、一歩ずつ挑戦を続けることが大切だと思っています。

取材を終えて
「良い支援をしているだけでは選ばれない」
今回の取材を通じて、その言葉の重みを改めて感じました。福祉の現場を支えるのは志だけではなく、それを持続可能にする経営やマーケティングの視点です。利用者、スタッフ、地域との共感を育むことの大切さを考えさせられるインタビューとなりました。
福祉事業者の皆さんへ
藤田さんが提唱する「共感マーケティング」の核となる「自社の強み」の掘り起こしや、「レーザートーク」を構築するための実践シート(外部リンク/PDF)を作成しました。無償でダウンロードできますので、ぜひ経営やサービスの改善にお役立てください。
撮影:大久保啓二
〈プロフィール〉
藤田 直(ふじた・なおき)
1979年大阪生まれ。相談員、介護支援専門員、高齢者入居施設の施設長、生活支援員など、多くの現場で経験を積む。2013年に株式会社インクルージョン、2017年にインクルージョン福祉総研を設立、代表取締役に就任。特に事業開業からその後の利用者数アップなどの支援を得意とし、公的機関や民間機関等での講演を多数開催2018年「福祉のマーケティング・経営塾」を開設。「誰もが笑って暮らせる社会」を理念として掲げ、「選ばれるサービス」を提供することで利用者と経営者、現場職員が共に喜びを得られることをモットーとしている。

『ストーリーで学ぶ 介護事業共感マーケティング』(外部リンク)
介護業界は「待てば利用者が集まる時代」が終わり、倒産が過去最多に。もはや強い「想い」や良いサービスだけでは生き残ることはできない。本書は、廃業寸前の施設を立て直す物語を通じ、共感を生んでファンを作る「共感マーケティング」を分かりやすく解説。想いと戦略の両輪で、選ばれる事業所を目指す経営者必読の一冊。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。