座談会 気持ちを預かり、普通でいられる場所。人のかかわりそのものが『居場所』

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「卒業式」で一年間の思い出を披露する「びっくり紙芝居」制作の様子(b&g尾道)

居場所づくりに取り組んできた仲間である〈子ども第三の居場所〉の運営者と共に「今、どのような居場所が求められているのか」をテーマに座談会を行いました。子どもにとって居たい居場所とはどのような居場所なのか、人とのかかわりの大切さについて、現場だからこそ見えてくることについて語り合いました。

参加者

山田克芳さん:b&g尾道(広島県尾道市)、(社福)尾道市社会福祉協議会
宇野明香さん:ハピネス子ども食堂(京都府京都市)、(特非)happiness大島一さん、穐久宗徳さん:交野こそだちベースtomos(大阪府交野市)、(一社)根っこわーくす
橋本幸恵さん、櫛野茜さん:山王こどもセンター(大阪府大阪市)、(社福)ストローム福祉会

子どもが居たいと思う、気持ちを預かる居場所

大島:子どもが「行きたいな」「居たいな」と思う要素は何なのだろうと思い、時々「なんで来ているの?」と聞いたりしている。だいたい「自由だから」という答えが返ってくる。

穐久:自由にできる場所がないよね。

大島:「自由」について保護者とどこまで聞き入れたらいいのかと話すことがあるけれど、「自由」と好き勝手は違う。本当の意味で「自由」にできるように大人が環境を確保しておくことが大切だと思う。ある子が「ここにいると気持ちを預かってくれるねん」と、気持ちを出せるみたいなことを言っていた。

櫛野:家であまりケンカをしない兄弟が、居場所に来たらめちゃケンカするんですよ。まわりがシーンとなるくらいの大ゲンカ。ふと、家でできないからここでやるのだと気付いたんです。それで、このケンカにみんなで向き合っていこうとなった。「またケンカか」みたいにはなるけれど。

穐久:ぶつかるようなものをひっこめるのではなく、ぶつかりながら自分はどうあるのが「自由」であるのかということを見つけてほしいね。それを居場所は保証している。

櫛野:公園は、使用時間やここはこう遊びましょうと決められている。それは大事なことだけれど、子どもに対して常に正しさを求めている気がする。正しさのなかで自由に遊べる子はいいけれど、そこに窮屈さを感じると遊べなくなってしまう。

穐久:それは、窮屈になると学校に行けなくなっているのと同じだよね。

櫛野:私が子どもの頃は、なかよし学級(特別支援学級)がわりと自由で教室が面白くなくてもそこに行けた。でも今は何をするにしても理由が必要で、保健室も理由なければ行けない。

大島:正しさや、効率が優先されてしまうよね。

櫛野:正しさとか、肩書きや家の困難なさとかからはずれて、自由でいられる場所ってすごく大事。そして、イレギュラーな時にちゃんと駆け込むことができるということも大切。そういうふうになって、居場所となってくると思う。

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レシピを調べて夕食のメニューを考える子どもたち。活動において自己決定を交野こそだちベースtomosは大事にしている。

普通の大人がたくさんいることが心の保険になる

山田:居場所には遊び方を知らない子どもたちもいて、それぞれ一人で遊ぶ並行遊びが多いんです。高学年になっても並行遊びだと、遊びの仕方、考え方を仕掛けていかないといけないと思っています。

櫛野:確かにそうですね。遊ぶ見本を見せて、楽しんだ。それがやってみようかと思うきっかけで、それをどんどんつくっていく。大人もめっちゃ楽しまないと、子どもも楽しくないから、大人げないと言われても全力でやっています。

穐久:大人げないと言われるのは、ある種褒め言葉。

櫛野:勝ちたかったら練習をすればいい。

穐久:そして、大人に勝った喜びは大きいね。

櫛野:年齢が違う人たちと混じりあう機会が減ったよね。「間違えちゃった、ごめん、ごめん」みたいに、子どもにも弱さを見せられる大人でいたい。大人の役割、子どもの役割、という関係ではなく。

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スタッフとゲームを楽しむ子どもたち

山田:今は子どもへのかかわりは学問のようになっていて、医療、発達障害、教育の視点で、詳しくなろうと思えばいくらでも詳しくなれると思う。でも普通でいるようにするのは一番テクニカルなことかもしれません。

櫛野:いろんな大人がいるし、いろんな生き方があっていいということを居場所のなかで見せられればいいと思っている。大人になることをあまり怖がらなくていいというのを心の保険にもっておいてほしい。

宇野:ハピネスでは、大人の多様性をボランティアさんがすごく表現している。年齢も、性別も違う。キッチンでおじいさんが鍋を振っていたりして、それを子どもたちが見ているのがいいだろうなと思う。

橋本:閉じられた居場所ではなく、広げていくことで、地域の人にも一緒に見守ってもらえる。

穐久:ハードで守るのではなく、ソフトで守るということだよね。

頼り頼られる、地域と居場所

橋本:ハードといえば、今の居場所の建物はガラス張りなので、「子どもがなんか集まってご飯食べているぞ」と、子どもの居場所であることが分かりやすいんです。そのことで、つながれる子どもが増えました。小学校1年生の子が、両親が遅くまで働いていて休みもない。子ども見守りカメラのついた部屋で夜の9時半まで一人で過ごすことが3年生の途中まで続いていたんです。

櫛野:昔は、地域の人の生活も見えやすかったし、課題のある家庭は見えやすかった。でも今は、地域の困っている家庭が見えなくなってきたのを感じる。

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大きなガラス張りの壁が場所と路地(地域)を緩やかに結びつける山王こどもセンターの建物

宇野:以前は隣近所で頼っていたけれど、今は24時間スーパーも、AMAZONもあるから便利すぎる。誰かにちょっと頼ることをせずに完結できてしまう社会ですよね。

穐久:それが自立していて、いいことのように捉えられている。

宇野:だけれどいろいろな人との関係性が希薄になっていって、それを見ている子どもは「誰かに迷惑をかけてはいけない」と思ってしまう。

橋本:頼ると思うことが恥ずかしいという感覚になっているよね。

穐久:世の中、どれだけ気を付けても迷惑をかけてしまうから、その現実を隠さないほうがいい。子どもがテーブルにジュースをこぼす。「こぼした!」って、怒る人が多いと思う。でも大人もこぼすからね(笑)

山田:昔には戻れない中でどう人とのつながりをつくっていくか、ということですよね。

宇野:ちなみに、ハピネスができてから地域の人々との関係が変わりました。居場所のお祭りの時に町内会の人が地域のテントを出してくれたり、PTAの人が小学校の長椅子を運んでくれたり、皆と協力してイベントをつくりあげられるようになった。

穐久:持ち回りの「役員」でやっていた子ども会は、次は誰がやるのよと、やりたいものではなくなっていくなかで衰退していった。ハピネスの「皆でやろうよ」というのは、本来の姿だろうね。

宇野:やりたい私たちがいて、自分たちはゼロからはやりたくないけど、ちょっと手伝うのはいいという人が結構いっぱいいる。

穐久:なるほど、参加のレベルを選べて、器があれば、やりたいという気持ちのある人が参加する。子どもを真ん中において地域の人たちと顔の見える関係が形成されている。

人のかかわりそのものが居場所

宇野:居場所で大事なことは、いろんな人を受けいれていく力があるかどうかなのかなと。私は子ども食堂がしたいし、地域にハピネスがあってよかったと思ってもらえるような存在でありたいから、何か手伝えることがあれば言ってくださいみたいなところからのスタート。そのおかげか、すごく、地域に受け入れてもらえている感覚があります。私たち自身がお互いさまを実現していて、その姿を子どもたちにも見てもらって、子どもたちがいろいろしてもらったことを、将来自分がやる側として、それが自然と湧いて出てくるような大人になって欲しいと心の中で思っている。

山田:大人の振る舞いや子ども同士の環境とか考えなければいけないことがありますよね。そして、地域性もあり、来る子どもによってオーダーメイドでやらないといけない部分もあり、居場所はやることがいっぱいです。

穐久:結局、箱(施設)があるだけではダメで、何のための箱なのか順番を間違うといけない。人のかかわりそのものが「居場所」であるかどうかを決めるのだと思います。

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ハピネス子ども食堂で行われた座談会の様子

「子ども第三の居場所」に興味をお持ちの方は、ぜひ子ども第三の居場所プロジェクトページをご覧ください。