「誰でもウェルカム」で15年。富山・高岡「コミュニティハウス ひとのま」

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平日午後、「ひとのま」での一コマ

JR高岡駅から10分ほど歩いたところにある「コミュニティハウス ひとのま」。2011年に一般社団法人なかのまの代表理事である宮田隼さんが開設してから、15年の月日が流れました。

「誰でもウェルカム」というスタンスで「ひとのま」を開け続けて15年。ここには日々、子どもから大人まで、様々な人が出入りをし、共に時間を過ごしています。「時代の流れとともに、ひとのまに来る人も変わってきた」と振り返る宮田さん。どのような想いでひとのまは生まれ、今日に至るまで続いてきたのでしょうか。

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住宅街の一角にある民家をひとのまとして利用。高岡を代表する観光スポットの一つ、加賀藩2代藩主前田利長公の菩提をとむらうために建立された瑞龍寺のほど近くにある

はじまりは、子どもの話を聞く寺子屋

宮田さんがひとのまを始めるきっかけとなったのは、結婚を機にパートナーの地元である富山へ移住したこと。前職、学習塾で働いていた宮田さんは、当時まだなかった勉強以外のことも話せる塾をつくろうと、「寺子屋みやた」を開きました。

「学習塾で先生をしていた時、勉強に意欲的な子どももいましたが、それ以外の悩みを抱えている子どももたくさんいました。『学校が楽しくない』『両親の仲が良くない』など様々な話を聞く中で、こういう話をできる大人の存在の少なさに気づきました」

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宮田さん

今ほどフリースクールがなかった時代、自然と不登校の子どもの利用が増えていったそうです。

「不登校のために勉強に遅れがある子どもも多数います。中学2年生だけど小学生の勉強からやらないといけない子どももいて。寺子屋では学年ではなくその子の学力に合わせた指導をしていたので、保護者からのニーズにも合致したんでしょうね」

その噂は保護者同士の口コミで広がり、成人の引きこもりの相談も来るようになります。

「塾だと公言していたのですが、30代の引きこもりの人の利用申し込みがあって(笑)。受け入れてみたら、不登校の子どもと仲良くなって楽しい空間になったんですよね」

「宮田のことは信頼できる」の言葉とは裏腹に

いつしか、「宮田さんのおかげで外に出られるようになった」「宮田のことは信頼できる」と嬉しい声が届くように。喜びを感じる反面、宮田さんは一抹の不安も覚えるようになったと振り返ります。

「プレッシャーを感じるようになったんですよ。僕の不用意な一言で大人を信じられなくなってしまうかもしれません。今の状態は不健全だと思いました」

そこで宮田さんは自身がいなくても、不登校や引きこもりの人が前を向いて人生を送っていけるように、空き家になっていた民家を購入して、ひとのまをオープン。「家を開放しています」とだけ伝えて、鍵も閉めない、「誰でもウェルカム」な場をスタートさせました。

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ひとのまのリビングはいつも賑やかで、子どもたちの声が響き渡る。月・水・金はスタッフがいる

開設当初は寺子屋の流れを受け継いで、不登校の子どもの利用が多かったそうですが、3年目以降は生活困窮世帯の子どもも訪れるようになっていったと話します。

「『誰でもウェルカム』なので利用登録もありません。でも話を聞いていくと、家に帰っても食べるものがない、いつもお腹を空かせている子どもが増えていることに気づきました」

そこで宮田さんは食料支援を開始。食べるものを買うお金もないという人も、役所を通して訪れるようになりました。そこから週3回、みんなで一緒に夜ご飯を作って食べる機会を設け、困っている人も困っていない人も同じ食卓を囲むようになります。

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ひとのまでは、その日ある食材や気分によって子どもたちがメニューを決めて調理をする

食事以外にも、帰る場所がなく困っている人がいたらひとのまに泊めたり、困っているけれど何から動けばいいかわからない人がいたらとことん話を聞いて、行政との繋ぎ役になったり。「誰でもウェルカム」なスタンスを徹底する日々を積み重ねることで、「ひとのま」は信頼を得ていきました。

多様なニーズに応えるための、2つ目の居場所

ひとのまのオープンから10年が経った2021年、宮田さんは2か所目のコミュニティハウスとなる「それのま」をオープンしました。「ひとのま」からは歩いて5分ほど。利用者の中心は大人です。

「引きこもりの人が利用したり、中学校卒業後の進路が決まらないままの子どもが来たり、仕事終わりの人が休憩をしたり。時には学校の先生が、話をしに来ることもあります」

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「それのま」で大人に混じってゲームをする子どもたち

ひとのまよりもゆったりと流れる、それのまでの時間。その空間は子どもたちにとっても魅力的なものでした。

「賑やかな空間が苦手な子どもが、それのまでのんびり過ごすこともあります。あと、ひとのまは何もしないことを保証しているのですが、例えば勉強をしたいと思った時には言いづらい空気があります。そんな時はそれのまに来て、集中して勉強していますね」

ひとのまとそれのま、2つの居場所ができたことで、子どもたちもその日の気持ちややりたいことに合わせて過ごすことができるようになり、よりニーズに合わせた対応が可能になったそう。

「勉強どころじゃないって子どもの気持ちも大事だし、勉強したいって子の気持ちも大事。どっちも保証できるようになりましたね」

形を変えることで続いてきた15年

2022年度から24年度まで日本財団の助成を受け、現在は企業や団体からの寄付を主な収入源として、運営を継続しています。熱意があっても長く居場所を続けることが難しい中、これまで継続できてきた秘訣はどこにあるのでしょうか。

「場所に人が当てはまるのではなく、人によって場所の形が変わっていく良さがあるからですかね。15年活動してきて、子どもが置かれている環境も変わりました。居場所として使う人もいれば、食料提供を求めてくる人、勉強をしにくる人など利用理由も様々です。来る人によって形を変えてきたから、ここまで続いて来れたのかな」

宮田さんの個人LINEには、困りごとを抱えている保護者からの相談が連日舞い込みます。まずは相談してみようと思ってもらえる存在になっているのも、宮田さんが「誰でもウェルカム」の姿勢を15年、貫いてきたからこそでしょう。

「学生時代、家庭教師のアルバイトをしていたんですけど、僕はヤンキーと引きこもりの子どもばかり依頼があったんですよ(笑)。引きこもりの子に理由を聞いたら、『お前は、俺のことを外に出そうと思ってないだろって』。表面上は『まずは友達になろう』と言っても、たいていの大人は仲良くなった先に外の世界に連れ出そうというのが透けて見えるのが嫌だと言っていましたね」

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ひとのまの障子に貼られた切り抜きの数々

「いろんなことが起きますけど、これまで出禁にした人はいません。子どもたちはそれを見ていて、『ここまでしても宮田は受け入れるんだな』って思っているんですよね。それが信頼関係に繋がっているのかもしれません」

積み重ねてきた信頼をベースに、「誰でもウェルカム」な❝ひとのま❞と❝それのま❞は、これからも高岡のまちで子どもたちを見守り続けます。

取材:北川由依


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