始まりは、有志の高校教員が立ち上げた学習支援団体。学習・生活支援モデルを運営する「熊本学習支援センター」

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黙々と勉強する子ども達。

私立高校の教員が有志で立ち上げた学習支援団「一般社団法人熊本私学教育支援事業団(以下、事業団)」。生活に困窮する家庭に向けて授業料の寄付を集めるボランティア団体として活動をスタートさせた事業団が運営する「熊本学習支援センター」は、現在、小学生から高校生までの不登校や引きこもりの生徒が約130名利用しています。長年の活動の積み重ねの先に、2022年から子ども第三の居場所として運営を始めた事業団。その背景にはどのような思いや考えがあったのでしょうか。

私立高校の教員有志で立ち上がった団体

小学生から高校生までの利用者約130名に、ボランティアとして関わる学生スタッフ69名が所属。熊本市内に「熊本学習支援センター」を5拠点を運営するのが、事業団です。

創立は2008年(後、2010年に法人格を取得)。私立高校の先生方が、家庭の事情で授業料を払えない生徒のためにボランティアを開始し、2009年に奨学金制度を設立。毎週末に市内の商店街で該当募金を募り、授業料を工面したところから始まりました。

活動の広がりを受け、2010年には一般社団法人として法人格を取得。 2008年の創立から約6年の間に、約126名の生徒が募金を使って卒業しました。

しかし、2014年からは文部科学省より高等学校等就学支援金制度が始まり、高等教育の無償化が進んだことで、授業料の支援を求める声は少なくなったそうです。

その頃、事業団の目に止まったのが、不登校の子どもたち。募金で集まっていたお金を原資に、現在代表を務める仙波達哉さんが中心となり、2015年に「熊本学習支援センター」の1拠点目を開設。不登校の子どもを対象にした学習支援に力を入れてきました。

「開設当時の生徒はわずか10名。私立高校の生徒のみでした。そこから口コミで生徒が増え続け、中学生、通信制高校や定時制高校の生徒も来るようになりました」

不登校や引きこもりの子どもが続々と志望校に合格

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数学を教える仙波さん(写真撮影のため仙波さんだけ顔を出して撮影しました)

「熊本学習支援センター」のニーズは高まり、現在熊本市内に5拠点を運営しています。拠点に通うことで、目標を叶えた子どもたちがたくさんいます。

「高校入学直後から不登校になった子どもが、うちに毎日通うようになり、医学部を志すようになりました。朝10時から夜10時まで勉強して、国立大学の医学部に見事一発合格。将来は精神科医の先生になりたいと目を輝かせていましたね」

「ソーシャルワーカーの紹介で来た子どもは、中学一年生から三年生の夏まで不登校。拠点に来始めた時は目も合わせられませんでしたが、中学一年生の勉強からやり始めて、希望する公立高校に合格しました。高校では部活動にも励んでいますよ」

拠点に通うことで変わっていく子ども達の姿を見ながらも、仙波さんは「なぜここに来ると子ども達が変わるのかわからない」と話します。それでも、子ども達の姿から「人は変わらないなんてことはない。人は変わることができると学びました」と続けます。

大切なのは、徹底的に寄り添うこと

子どもの利用を検討する保護者が拠点を初めて訪れた際にも、利用する子ども達が明るく挨拶をする様子や、友達と仲良く活動している姿を見て、「本当に不登校なんですか?」と驚くことも少なくないそう。

子ども達がイキイキと過ごせるように大切にしていることはなんでしょうか。

「子どもに徹底的に寄り添うことです。一度関わった以上はどんな事情があろうとも、最後まで寄り添うことが必要だと思います」

子どもに寄り添うことで、何が必要か、求められているかを考えてきた仙波さんをはじめとした事業団のスタッフのみなさん。勉強についてもあえて教育支援計画書を作らず、一人ひとりに寄り添った支援をしています。

「本当は学年ごとに教育支援計画書を作りたいんです。でも、個々で理解度も進度も違うから難しい。うちには決めてしまうと来れなくなる子どもが多いので、欠席連絡をする必要もなく、来たい時に来たらいいと伝えています。たとえ計画を決めたとしても、子どもが次の日も来るかはわかりませんしね。来たとしても、勉強したくなさそうだったら1日中話をして終わることもありますよ」

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子どもの特性や学習の進度に合わせて教えられるよう、複数の部屋を用意。一人で勉強したい人向けに個室も準備してある。

計画を立てない中で、子ども達とスタッフを繋ぐのが、拠点の座右の銘です。

「うちには『コツコツは勝つコツ』という座右の銘があります。自分に勝つことも、受験も、地道にやれない人は成功しないから、コツコツとがんばってねと教えています。僕らからやることを押し付けることはありません。全て子ども達の自由です。自由を履き違えさえしなければ、大きな力になるんです」

小学生から高校生まで、支援対象が広がる

不登校や引きこもりの子どもの変化が口コミで広がり、もともと中高生が中心でしたが、数年前からは小学生も来るようになりました。

東京の都立高校と熊本の私立高校で計43年間、数学教師として教壇に立ち続けた仙波さんは、「中高生の勉強は教えられるが、小学生は想像がつかなかった」と当時を振り返ります。そこで仙波さんは小学生を対象にした支援団体を視察。「遊び」が中心になるとヒントを得ます。

「小学生は8割方が遊び。勉強が中心じゃないんですね。だから僕たちの拠点も、遊びのある環境をつくらないといけないと思いました」

同時期に日本財団の第三の居場所の取り組みを知り、2022年からは子ども第三の居場所に仲間入り。運営する各拠点で学習支援をしながら、週3回はみんなで夕食を調理し食べるなどの生活支援も始めました。

「最初はどうなるかと思いましたが、中学生が小学生の面倒を見て、高校生が中学生の勉強を教えるといった光景をよく見かけます。受け入れている子どもの年齢の幅広さを心配していましたが、それぞれの役割をうまく持てるものなんだなと感心しています」

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訪問した日の夕食は、カレーライス。寄付いただいた食材を使ってみんなで調理しました。
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みんなで揃って「いただきます」。笑顔が自然と溢れます。

勉強以外にも求められる子どもの支援

試行錯誤の中、小学生の受け入れも始め、2022年からは学習・生活支援モデルの拠点として活動を始めたことで、求められることが一層明確になってきたと話します。

「最近気づいたのですが、うちらがやっているのは子どもの教育支援。フリースクールでも、子ども食堂でもないんですよ。教育支援と位置付けると、支援対象は幅広く、勉強に留まらず自然と触れ合う機会を作るとか体を動かすとかも大事になってきます」

「拠点に来て、勉強をして食事を作って食べて終わりでは、十分な支援とは言えません。例えば、ピアノのレッスンや書道、演劇など、さまざまなことにチャレンジできる環境をつくることが、これから先の居場所に求められることではないでしょうか」

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書道や農業などさまざまな機会を用意。

そうした考えから、先述した英会話や農業に加え、今後は地元のサッカークラブと協働して、サッカースクールの開催など、スポーツにも力を入れていこうとしています。

また、利用する小学生が思いっきり体を動かせて、一緒に食事を作れるような広さのある拠点をつくろうと、現在、新拠点を準備中です。

「学校ではできないことを、ここではできます。学校では管理と競争が仕事の中心でしたが、ここでは管理することはほとんどなく、子ども達自らが考えて動きます。その上、受験競争もないから、安心して過ごせる場所になっているんだと思います」

「将来的には学校法人を設立し、新しい学校のあり方を形にしたい」と次なる目標を語る仙波さん。コツコツは勝つコツ。座右の銘を胸に、仙波さんもまた子ども達と一緒に目標を叶えるべく歩んでいくのでしょう。

取材:北川由依

寄付の状況 2022年5月末現在
7億9,279万8,320円
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