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スポーツバーみたいに選挙で盛り上がる「選挙バー」が誕生!仕掛け人は不登校に苦しんだ高校生

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「選挙バー」の発起人として注目される高校生・細田さん。立ち上げまでの軌跡をたどる
この記事のPOINT!
  • 「普通に生きる」ことに苦しむ若者も、納得して生きていくための居場所がどこかにある
  • 「選挙バー」は、スポーツバーのようにみんなで政治を楽しむ機会を提供する場
  • 大好きな政治を通して、生きづらさを抱える若者がもっと生きやすい社会にしたい

取材:日本財団ジャーナル編集部

2019年4月21日、長野県飯田市にて「選挙バー」(別ウィンドウで開く)が1日限定でオープンした。統一地方選後半の開票速報を見ながらスポーツバーのように参加者みんなで楽しむことを目的に開かれたイベントである。当日は高校生から政治家まで訪れ、大いに盛り上がった。

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選挙バー当日の様子。開票速報が流れるたびに、会場には歓声やどよめきの声が上がった

そんな「選挙バー」を主宰したのは、通信制高校に通う細田朋宏(ほそだ・ともひろ)さん。他に類を見ないこのイベントの背景にあったのは、生きづらさを感じる日々に葛藤した16歳の少年の姿だった。

政治の楽しさに気づいた子ども時代、同時に感じた学校生活での葛藤

「政治に興味を持ち始めたのは小学1年生の頃。『学習まんが 日本の歴史』(集英社)を手に取ったことがきっかけでした」

細田さんは、明治維新以降の内容に強く心が惹かれたと振り返る。政府が誕生し、近代国家へと歩み始める日本の歴史にたまらなくワクワクしたという。

そんな彼は、成長するにつれて政治への興味を深めていく。東日本大震災を発端とした原発事故や、安全保障関連法案など、社会を揺るがす問題が起きるたび、国の対応や社会の反応を掘り下げて調べるようになった。自分なりに情報を収集し、分析しながら、政治にかかわる問題の本質を知ることが楽しいのだという。

また「政治家はもちろん、テレビ、新聞、雑誌やネット、そして個人に至るまで、何かを巡ってみんなが一斉に議論している。その様子に、ちょっと不謹慎ですがワクワクしてしまうんです」とも語る。

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「選挙バー」発起人の細田さん。彼は、幼い頃から歴史や政治に面白さを見出していた

年を追うごとに、どんどん政治に楽しさを見出していた細田さん。しかし一方で、生活の中では強い違和感が膨らんでいった。

「ふと、政治にのめり込んでいる自分は周りと大きくずれていると感じたんです。普通になろう、みんなになじもうと頑張ったこともありましたが、興味の対象が周囲とあまりにも違いすぎてつらかったです」

「学校」という小さな社会になじめない孤独を抱えながらも、細田さんは小学校を卒業した。しかし中学校へ入学すると、状況は一変。細かく厳しい校則の数々に強い苦痛を感じ、精神的に追い込まれていった。

「学校のチャイムが聞こえるだけでもつらい状況で、最終的には道を歩くことすらままならなくなりました。なぜかコンクリートのシミが強烈に怖くなったりして、普通に歩けなかったんです」

病院で診察した結果、下りた診断は強い「不安」や「こだわり」によって日常に支障を来す「強迫性障害」。行く予定だった宿泊学習にはドクターストップがかかってしまった。

「行かなければという一心で学校へ通っていましたが…。自分の希望や意思とは関係なく、結果的に学校へ行けなくなりました」

新たな学びを通して知った「認め、諦める」ことの大切さ

何度か受診した後に入院することとなった細田さん。1カ月を予定していた入院期間は延び、退院したのは1年半後。中学校3年生を目前にした2017年1月だった。その後、中間教室(長野県の公的教育支援機関)やフリースクールに通ってみたが、「不登校でなく“普通”でありたい」という思いが心のどこかにあり、結局どちらにもなじめなかった。

そんな中で、入院中に看護師から言われた「あなたには『ROCKET』が向いているかもしれないよ」という言葉をふと思い出した。

「異才発掘プロジェクトROCKET」(別ウィンドウで開く)とは日本財団と東京大学先端科学技術研究センターによる共同のプロジェクトで、将来の日本をリードする若者を支援する取り組みである。能力の高さ、あるいはユニークさ故に学校がつらいと感じている小・中学生に、新たな学びの場や自由な学びのスタイルを提供し、継続的にサポートしている。 

「なんとなくネットで調べてみると“異才発掘”というワードがまず目に飛び込んできて、これはとても優秀な人たちが行くところだ、僕には不釣り合いだと思いました(笑)。だけど、ホームページだけでなくROCKETのことが書かれたネット記事なども探して調べてみると、すごく楽しそうで。体験を重視したプログラムもそうなんですが、何より人の個性や特性を重んじる考え方に惹かれました。中間教室にもフリースクールにも行けず、停滞している僕の人生をここなら動かしてくれるかもしれないと感じたんです」

駄目で元々と応募すると、見事合格。第4期のROCKETスカラー候補生としてプロジェクトに参加することになった。

「ゆるやかな雰囲気の場かと思っていたら、思いの外、厳しいプログラムもありビックリしました(笑)」

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「ROCKETスカラー4期生は皆、とても個性的で一緒にいるのが楽しかった」と振り返る細田さん

細田さんが特に印象的だと語るのは、日本の北端へ向かう新幹線での旅だ。

「目的地を知らされず集合場所の東京駅へ行ったら、突然北海道行きの切符を渡されました。道内へ着いてからもひたすら乗り継ぎを繰り返し、1週間かけて目的地へ向かうんです。さらに、使える食費は1日1,000円。すごいプログラムに参加してしまったと電車に揺られながら思いましたね(笑)。でも終わってみると、何人かと遠い距離を移動し、何を食べるかを考えた経験は今に生きていると感じます」

そんなROCKETで経験した数々のプログラムを通して得た気づきを聞くと、「とってもいい意味で諦めがつきました」と、通信制高校に通うことを決めたという細田さん。

「全日制の学校へ通い、部活に入って、友達をつくって…。そんな当たり前な人生の歩み方が僕にはどうしても難しい。寂しいと思うこともありましたが、ROCKETを機に、思い切って“思うままに生きる”という選択をできたことは良かったと今は思います」

「選挙バー」への挑戦、いつか政治に携わることを夢見て

葛藤の日々を送っていた細田さんが「選挙バー」を思いついたのは、前述の入院中のことである。

「ちょうど参院選の開票速報が流れていて、テレビにかじりついて見ていたんです。テレビのどの局も選挙一色で、お祭りみたいだと感じました。1人で見ていてもすごく楽しかったんですけど、せっかくならこれで誰かと盛り上がれたらいいのにと思って」

そこで思い出したのが、ニュースで見たスポーツバーの様子だった。「サッカー中継を大勢で観戦するように、開票速報も楽しく見られる場をつくりたい」。そんな夢を抱くようになる。

細田さんのアイデアは、思わぬ形で実現に向かった。地元の長野県・飯田市で多目的コミュニティ施設「裏山しいちゃん」の運営や広告宣伝事業などを手掛ける「株式会社週休いつか」の社長と出会ったのだ。

「社長さんが運営している『裏山しいちゃん』には貸本屋が入っていて、古本も引き取ってくれるんです。そこへ僕の本を持って行ったら、たまたま話が盛り上がって。そんな中で『選挙バーをしたいと思っている』と何の気なしに話をしたら『いいじゃん、やってみなよ』と言ってくださいました」

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「選挙バー」の会場で記念写真を撮る細田さん(右端)

その後自分なりに作った企画書を提出すると、企画の考え方や書き方まで教えてくれた。さらにポスターやチラシを無料で制作してくれたうえ、「選挙バー」にぴったりな「裏山しいちゃん」の一室も貸してくれたと言う。

「偶然の出会いから始まってここまで助けていただけて、本当にありがたい限りです」

「選挙バー」当日、大勢の参加者が足を運んでくれた。会場には政治に興味がある高校生から地元の議員まで集まり、「政治の話をすることはタブー」という暗黙の了解を破ることに成功した。

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「株式会社週休いつか」が制作した「選挙バー」のポスター

「政治に興味がある若い方が気軽に政治の話をできて、かつ政治家目線の話を聞くことができたのは本当に良かった。議員さんたちが立候補してから選挙に出るまでの思いを直接聞くことができたのも、みんなが政治を考える上でとても役立つことだと感じました」

そうして若者も楽しく政治について語れる場を提供した細田さんだが、選挙権のある多くの若者が選挙に興味を示さないことに対し、どう感じているのだろうか。

丁寧に言葉を選びながら「どっちもどっちだと思うんです」と細田さん。

「投票しないことは悪いとされる風潮がありますが、そもそも若者向けの政策を打ち出す政治家が少ない気がします。確かに選挙権は行使した方が絶対にいい。だけど若者が興味を持てない政策を政治家が訴える中で『選挙に行け、投票しろ』って言うのは、どうなのでしょう…。お互いに興味を持って歩み寄れたらいいですよね」

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「選挙バー」に人を呼び込むべく、サンドイッチマンになった細田さん

細田さんは今、夏の参院選に合わせて7月21日に開催する「選挙バー」の準備に取り掛かっている。今度は参加型で楽しめるゲームも盛り込む予定だそうだ。

2回目の「選挙バー」を通して、“政治に歩み寄る”機会をまた多くの人に提供できることだろう。

「自分が納得できる生き方をして、イキイキと過ごすこと。時に流されることがあっても、混乱して周りが見えなくなるようなこともなく、心の舵を他者に取られないようにすること」

これが、細田さんが20歳までに確立したい生き方だ。その上でいつかは国を変えられるぐらい政治にかかわりたいと語る。

「僕は学校になじめず、心を崩してしまいました。だからこそ何より見たくないのが“第2、第3の僕”です。同じ思いをして苦しむ人を、見たくない」

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7月21日に開催する「選挙バー」のポスター。運営スタッフを絶賛募集中

生きづらさを感じるからこそ、大好きな政治を通して少数派が生きやすい社会にしたい。そのためにも「いつか政治にかかわることができたなら、福祉領域に力を入れたい」と細田さん。

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将来の夢は「政治家」と語る細田さん

そんな彼に、日本財団が展開している「#ミライの学び」Twitterキャンペーンについて意見を伺った。全国の子どもが望む学びを集めるこの企画について「現場を知る僕らの意見を聞いてくれるのは嬉しいですね」と細田さん。また「ROCKET」のように新たな学び方を模索するなど、学校からもアクションを起こしてほしいと語る。

「国からの通達に応えるより学校が試行錯誤してくれた方が、その場にいる子どもに合った変化が期待できると思うんです。もしそんな学校があれば国も手を貸そうとするでしょうし、僕も応援したいです」

落ち着いて飄々と、そしてクスッと笑ってしまうユーモアを交えつつ話す細田さん。彼には「普通の生き方」という物差しに苦しみ、怒り、時に憧れ、葛藤した16年間がある。そんな少年がつくった「選挙バー」がこの先どんな変化を起こすのか、そして彼自身どのように政治とかかわっていくのか、今後も注目したい。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

細田朋宏(ほそだ・ともひろ)

2003年生まれ。中学校時代に不登校を経験し、現在は通信制高校に通う。第4期ROCKETスカラー候補生。4月に引き続き、7月の参院選に向けて「選挙バー」の準備を進めている。
選挙バー 公式サイト(別ウィンドウで開く)

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