社会のために何ができる?が見つかるメディア
増える女性、子ども・若者の自殺。ライフリンク清水さんが説く「自殺は個人ではなく社会の問題」
- 2020年は、新型コロナウイルスの影響によって女性や若者の自殺が増加している
- 「生きる促進要因」よりも「生きる阻害要因」が大きくなると、自殺のリスクが高まる
- 教育の在り方や「自殺」に対するメディアの扱い方など、社会として見直すべき問題がある
取材:日本財団ジャーナル編集部
新型コロナウイルスの影響による、女性や若者の自殺が増えている。
2020年における総自殺者数は2万1,077人(暫定値)。男性は前年よりも26人減少した1万4,052人、逆に女性は2019年から934人増加し7,025人と2年ぶりに増加に転じた。若年層に至っては、小学生が15人、中学生が145人、高校生338人の合計498人に上り、1978年の統計開始以来最多だった1986年の401人を超えている。
もとより諸外国と比べて高い日本の自殺率。いま女性や若者たちに一体何が起こっているのだろうか。
今回話を伺ったのは、NPO法人自殺対策支援センター ライフリンク(外部リンク)の代表である清水康之(しみず・やすゆき)さん。2004年から日本の自殺問題に取り組み始め、2006年に制定された「自殺対策基本法」の立案などに関わり、また2016年の同法改正を契機として開始した「日本財団 子どもの生きていく力 サポートプロジェクト(旧日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト)」(外部リンク)では、都道府県版および市区町村版の自殺対策計画モデルの形成や子どもの自殺リスクをマネジメントする多職種連携チームのモデル構築に携わっている。
清水さんが考える日本の自殺問題の背景にある課題と、解決するために必要な取り組みとは?
自殺は誰にでも起こりうる「社会的な問題」
「日本における自殺者数は1997年まで、2万人台の前半で推移していました。しかし、1997年の11月に三洋証券や都市銀行の一角である北海道拓殖銀行が経営破錠に陥り、その約1週間後に山一証券が自主廃業に追いやられるなど、経済危機が起きた翌年に自殺が急増。年間ベースで約8,500人も増えて3万人を超え、最も多かった2003年には3万4,000人を超える人が自殺で亡くなる事態となりました。そして、コロナ禍の現在も、当時と似た状況になりかねないと懸念しています」
20年近くにわたり自殺問題に取り組む清水さんは、そう警鐘をならす。
1998年に増加した自殺者の多くは、40〜60代の中高年の男性。現在でも、人数的にはこの年代の男性が自殺者全体の3分の1を占める状況が続いている。
しかし、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は高齢者も非常に高く、また10代~30代の死亡原因の第1位が自殺。最近では、女性の自殺率も上昇しているなど、自殺は日本社会全体の問題になっている。
「自殺問題は非常に複雑です。年代や、住んでいる地域によって抱え込みがちな問題の組み合わせが異なるため、それぞれの実情にあった対策を行う必要があります。ただ、いずれにしても、諸外国(G7※)と比較しても、日本の自殺率の高さは突出しており、非常事態だと捉えるべきだと思います」
- ※ フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7つの主要先進国
図表:自殺者数の年次推移
なぜ人は自殺へと至るのか。
清水さんによると、衝動的に自殺で亡くなるのではなく、多くは、複合的な悩みや課題が連鎖する中で、「もう生きられない」「死ぬしかない」と、追い込まれた末に亡くなっているのだという。
「私たちが行った自殺の実態調査(自殺で亡くなった523人に関する聞き取り調査)から、自殺で亡くなった人は平均すると4つの悩みや課題を抱えていたことが分かっています。『自殺の危機経路』と呼んでいますが、例えば景気が悪化して、仕事や生活の問題へと連鎖し、それらが深刻化する中で人間関係の問題となって、さらには心の健康の問題となった先に、自殺が起きるのです」
具体的には、失業者であれば、仕事を失い、生活のためにと借金を重ねるようになり、それが多重債務となる中で、家族の関係が悪化、精神的にも追い詰められてうつ状態になって自殺で亡くなるといった「自殺の危機経路」である。
生活保護や自己破産などの選択肢もあるが、心身共に追い詰められた状況では冷静な判断ができず、また「そんなことになるのは恥だ」といった先入観や、周囲に迷惑をかけたくないといった理由などで、自殺に至ってしまう人もいるという。
「『自殺』と言っても、自ら積極的に命を絶っているのではありません。自殺の背景に潜む経済的な要因や、自殺の危機経路からも分かるように、自殺は極めて社会的な問題です。もう生きていくことができないと、追い詰められた末に『自殺』で亡くなっているのです。自殺をタブー視するのではなく、もっと社会的な問題として、みんなで考えていく必要があると思います」
急増する若者の自殺。「自分らしく生きること」の難しさ
「自殺のリスクが高まるのは、『生きることの阻害要因』が『生きることの促進要因』を上回ったとき。つまり、生きることを後押しするさまざまな要因の全体よりも、生きることを困難にさせるさまざまな要因の全体の方が大きくなった状態のときです。裏を返すと、いくら阻害要因が大きくても、促進要因の方がそれを上回っていれば自殺のリスクは高まりません。促進要因の中には、将来の夢や信頼できる人間関係、ライフスキルや信仰などがあります」
若年層の自殺の増加については、「生きる阻害要因が大きくなっていることよりも、促進要因が少なくなっていることが背景にあると思います。自分自身であることに意味を感じられず、自己肯定感が低くなっている方が多くなっているのでは」と清水さんは推測する。
「若い人たちからは、『死にたい』というより、『消えたい』『もう生きていたくない』といった声を多く聞きます。まさに、死にたいのではなく、生きていることをなくしたい、その手段として自殺を考えるということなのだろうと思います。自分がやりたいことよりも『どうすれば周りに評価されるか』を気にしなければならない中で『過剰適応』(※)を起こし、それを続けている内に、何のための自分なのか、自分が一体何者なのかが分からなくなっていくという悪循環に陥ってしまっているのではないかと感じます」
- ※ 自分自身を押し殺して、無理をしてでも周囲に合わせようとすること
周りの大人たちから見れば「問題のない良い子」でも、当人の心の中では追い詰められている状態にあり、そこで就職や受験に失敗すると「これまで自分を押し殺して頑張ってきたのに、否定されるなら生きる意味がない」と感じてしまう子どももいるのではという。
ここで、清水さんはデンマークの学校の例を挙げる。デンマークでは、生徒一人ひとりの個性や能力を重んじた教育を行っており、国連の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)が行っている世界幸福度ランキングのトップ常連(※)でもある。
- ※ 2020年はデンマークが2位、日本は62位とG7の中で最下位
「教室を視察すると、子どもたちが座る席がいろいろな方向を向いていて驚きました。もちろん先生の方を向いている席もあるのですが、他に、壁に向かっている席や複数人でグループになって座る席もある。背景には、『子ども一人ひとりによって能力を最大限に発揮できる環境は違う』という考え方があり、学校はそれぞれの子どもに合わせた環境をつくっているのだというのです。また、宿題を最小限にして、さまざまな体験の時間を大切にしているのも大きな特徴です。体験を通して子どもたちに『これをやりたい』『これを知りたい』『将来○○になりたい』といったモチベーションを持ってもらい、子どもたちがそれらを実現するために最善の環境を社会が用意する。その結果として、子どもたちは実際にそれらを実現することで社会としての生産性が上がり、同時に大人になる中で幸福度が高くなるという、単純化していえばそうしたことだと理解しました」
- ※ こちらの記事も参考に:SOSを出せない子どもたち。見えない自殺リスクをタブレットで可視化し、予防する(別タブで開く)
自殺ではなく生きる道を選ぶようになるような報道を
女性の自殺率の高さも問題となっている。
その背景には、暮らしや仕事の問題(非正規雇用の多さなど)や、ステイホームによるDV被害、育児の悩みの深刻化があるのではないか。ただ同時に、メディアの自殺報道の影響もあると清水さんは言う。
「2020年の7月半ばには有名な若手俳優、9月末には著名な女優の自殺がありました。データを見れば明らかなのですが、自殺報道のあった次の日から自殺者数が急増しています。もともと心理的に不安を抱えていた人たち、とりわけ女性や若者たちが影響を受けた結果だと考えられます」
WHO(世界保健機関)は、2017年に『自殺報道ガイドライン』で「やるべきではないこと」と「やるべきこと」を明記しており、政府もメディアに向けた注意喚起(外部リンク)を行っている。そこには、「自殺報道を目立たせず、過度な報道は避けること」「自殺手段を伝えないこと」「支援先の情報を載せること」といった注意書きがある。
「大手のメディアはこういったことに配慮するところが増えてきていますが、それでも『速報』で著名人の自殺のニュースが伝えられ、それがネットを介して一気に拡散されていく。結果、多くの人が大量の自殺報道にさらされるという『避けるべき事態』が起きてしまっています」
こういった知名度の高い人の自殺報道によって影響を受けてしまう現象を「ウェルテル効果」と呼ぶ。一方で「パパゲーノ効果」というものがあり、それを社会に広めていくことも重要だと清水さんは語気を強める。
「パパゲーノ効果とは、自殺を減らす方向に働く自殺報道のことです。自殺を考えている人が、自分と同じような状況の人が生きる道を選択したストーリーに触れて、『自分も生きよう』と、自殺ではなく生きる道を選ぶようになるような報道を、メディアには期待したいです」
自殺は個人の問題ではなく社会の問題である。新型コロナ禍の中、職を失うリスクや、メンタルを病む可能性は誰にだって起こりうる。その最終的な「逃げ場」が自殺であってはならない。
清水さんが代表を務めるライフリンクでは、新型コロナ禍の自殺リスクの高まりへの対策として、7都道府県にある11支援団体と連携して新たな電話相談窓口「#いのちSOS」(外部リンク)を開設した。専門の相談人が相談者の「死にたい」気持ちに寄り添い、生きる道を選ぶための支援も行う。窓口は年中無休。現在は正午から22時まで受け付けており、将来的には24時間対応を目指す。
また、SNSを活用した自殺対策のための相談窓口「生きづらびっと」(外部リンク)も設けている。こちらは水曜午前11時から16時、以外の曜日(土曜休日)は17時から22時まで受け付けている。
もし、いま周りに悩みや苦しみを抱えている人がいれば、ぜひ共有していただきたい。
電話番号0120-061-338
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
清水康之(しみず・やすゆき)
1996年国際基督教大学教養学部卒業。1997年NHK入局。『クローズアップ現代』ディレクターなどを経て2004年退職。同年NPO法人自殺対策支援センター ライフリンクを立ち上げ代表に就任。2009年11月から2010年6月まで民主党政権で内閣府参与を務める。現在、厚労大臣指定法人「いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)」代表理事を兼務。共著に『「自殺社会」から「生き心地の良い社会へ」』『闇の中に光を見出す−貧困・自殺の現場から』など。
NPO法人自殺対策支援センター ライフリンク 公式サイト(外部リンク)
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