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【社会的養護「18歳」のハードル】社会的養護下から自立する若者たちが抱える悩み、孤独
- 社会的養護下で暮らす全国約4万5,000人の子どもたち。そのうち約2,000人が毎年18歳で自立を求められる
- 自立した若者は住居費や生活費を自分で稼がねばならず、経済的・体力的・精神的負担から就学や就職で行き詰ってしまうことも多い
- 社会的養護のもとから自立する若者には、行政、民間が連携した福祉支援が重要
取材:日本財団ジャーナル編集部
厚生労働省の調べでは、日本には社会的養護のもとで暮らす子どもが約4万5,000人(2018年10月時点)いる。彼・彼女らは児童福祉法のもと18歳になると「自立」を求められ、毎年約2,000人が、児童養護施設や里親家庭から卒業していく。
その多くの若者が住居費や生活費を自分で稼がなければならず、経済的な理由に加え体力的・精神的な疲労から、進学を諦める、あるいは就職しても長く続かない、といったケースも多い。
そんな若者たちの前に立ち塞がる「18歳」の壁。今回は、日本財団で社会的養護のもとで暮らした若者を対象とする「日本財団夢の奨学金」(別ウィンドウで開く)事業に携わる高橋恵里子(たかはし・えりこ)さんに話を聞いた。
社会的養護下にある子どもたちが抱える心の傷
「子どもが健やかに育つには、安心できる居場所や、何かあったときに『助けて』と言える存在が必要なんです」
そう話し始める高橋さん。
保護者がいない、または保護者による養育が難しいと判断された子どもを、公的責任によって子どもを養育・保護する仕組みを「社会的養護」という。
児童福祉法では、子どもが健やかに育つ上で、特定の大人と安定した愛着関係を築くことが必要不可欠という考えのもと、里親制度やファミリーホーム(※)といったより家庭に近い環境での養育を推進している。だが社会的養護を必要とする子どもの約8割が乳児院や児童養護施設で暮らしている。
- ※ 家庭環境を失ったこどもを里親や児童養護施設職員など経験豊かな養育者がその家庭に迎え入れて養育する「小規模住居型児童養育事業」
図表:要保護児童数(全体)の推移
そんな社会的養護下にある子どもたちを取り巻く環境に疑問を抱いた高橋さんは、2013年に、全ての子どもが温かい家庭で暮らすことのできる社会を目指し「日本財団ハッピーゆりかごプロジェクト」(別ウィンドウで開く)を立ち上げた。
以来、特別養子縁組や里親制度の普及啓発をはじめ、活動に関わる人材育成や調査研究などに取り組んでいる。
生みの親のもとで暮らすことができない子どもたちの背景には、親による肉体、精神的な虐待や育児放棄の他、親の病気や精神疾患、親との死別といったさまざまな事情があるが、多くの子どもが心に傷を抱えていると、高橋さんは言う。
「子どもは、親に甘えたり、褒められたりといった特定の大人との信頼関係を築くことで、自分に自信が持てるようになり、自分や他者の存在も受け入れられるようになります。この土台をつくり上げることが、その後の成長発達に大きく影響すると言われています。しかし、社会的養護のもとで育った子どもたちは、何らかの理由で実親との離別を体験していますし、実家庭が安心できる場でなかった子も多い。保護されて施設や里親のもとで暮らし始めたとしても、それまでの生活での経験がトラウマになるケースも多くあると考えられます」
自立後に立ち塞がる社会の壁
前述でも触れたように、児童福祉法では、社会的養護下での養育措置は原則18歳までとなっており、高校を卒業したら児童養護施設や里親家庭を出て自立しなければならない。
措置延長として、「生活が不安定で継続的な養育を必要」と判断された場合は20歳まで(大学等就学中の場合は22歳まで認められることもある)は継続して暮らすことができるが、実際に2018年に措置延長を受けた子どもは2割に満たず、18歳を過ぎた子どもは自立を迫られることが多い。
「1人子どもが自立すれば、別の子どもがまた新しく保護される。子どもたちの数に対し、施設や職員さん、里親の数が圧倒的に不足しているのです」
社会的養護のもとで暮らす若者の高校進学率はここ数年上昇傾向にあるが、大学や専門学校への進学率は児童養護施設児が約27パーセント、里親委託児が約50パーセントで、特に施設は全高卒者の約74パーセント(2019年5月1日時点)と比べて極めて低い。
「子どもたちの将来のために、進学のサポートに力を入れている施設もたくさんありますが、やはり親と比べて子どもに関われる時間が少ないし、塾などに通える子どもも限られます。また、施設だと子どもがたくさんいて、なかなか勉強する時間が持てない場合もあるでしょう」
施設から自立した若者の前途は多難だ。住む場所を借りようにも保証人になる家族がいないため契約できないことがある。そのため、就職しても住み込みで働くことも多いが、仕事を辞めれば家も同時に失うことにつながる。
「親がいることが前提として成り立っている社会では、家を借りようにも、携帯電話を契約しようにも、一人では契約できないこともあります。また、病気になっても、仕事を失っても帰る場所や、頼れる人がいないのです」
そんな、経済的な理由に加え、体力的・精神的な疲労から就学や就職で行き詰ってしまう子どもも多い。
認定NPO法人「ブリッジフォースマイル」(別ウィンドウで開く)の調査で、児童養護施設退所者の2014年から2018年までの進学先の大学等からの中退率は16.5パーセントで、一般進学者の中退率2.7パーセントと比較して大きな差があることが分かっている。
徐々に拡充する社会支援。必要なのは若者たちが安心できる居場所
社会的養護のもとから自立する若者たちのへの支援の必要性は高く求められる一方で、そのための制度や設備はまだまだ不足している。
「児童養護施設の中には、自立支援コーディネーターを配置し、自立後のサポートに努めている施設も増えてきていますが、職員の方や資金不足などさまざまな要因によって、支援の手が行き届いていないのが現状です」
その穴を埋める形で、サポートを行っているのが、NPOなどによるアフターケア事業団体だ。
就労や就学をはじめ生活全般にわたる相談や情報提供、気兼ねなく話ができる居場所の提供。場合によっては、賃貸契約や生活保護の申請などに同行することもある。支援機関や医師、弁護士などの専門家と連携しながら、社会的養護下から自立した若者たちが抱えているさまざまな問題の相談に乗っている。
2018年にはアフターケア相談所「ゆずりは」(別ウィンドウで開く)が中心となりアフターケア事業団体による全国ネットワーク「えんじゅ」(別ウィンドウで開く)も設立された。
「発達の課題などを抱える子も増えてきており、今後は行政機関、民間団体が連携した地域における福祉支援が、若者の自立を支える上で重要になると思います」
また、日本学生支援機構(JASSO)による高等教育の修学支援新制度(別ウィンドウで開く)が開始されたことにより、社会的養護のもとで暮らした若者たちへの金銭的な支援は以前と比べ大きく拡充した。
「もちろん、大学や専門学校に進学したからといって、全ての問題が解決するわけではありません。大切なのは、施設や里親のもとで育った子どもたちが大人になってからも、困ったときに頼れる居場所があること。イギリスには、『アドボケイト』と呼ばれる第三者機関(の大人)が施設で暮らす子どもたちの声を聞き、子どもの権利を守ることができるよう支援する『子どもアドボカシー』という活動が活発に行われているのですが、最近になって日本にもこうした動きが少しずつ広がり始めています」
全ての子どもは尊重されるべきであり、社会全体で見守り、育てるべき存在だ。国の制度として、自立後を見据えた社会的養護のもとで暮らす子どもたちの支援をもっと充実させる必要があると、高橋さんは語気を強める。
「自分自身が18歳だった頃を振り返ってみても、18歳で社会に出て、これからの人生を全て自分で判断したり、決断したりするのは、大変なことではないでしょうか。日本でも社会的養護自立支援事業が始まるなど制度は進んできていますが、今の支援の多くは施設さんや民間団体の善意に頼っている状況です。今後は22歳くらいまでは国や自治体が支援の責任を持つ制度に変えていくべきだと考えています」
例えばイングランドでは、社会的養護から自立していく若者のためのリービングケア法という法律があり、学生は25歳、それ以外は21歳まで自治体が一定の支援を提供する義務がある。
「もちろん、皆が支援を必要としているというわけではなく、夢の奨学金の卒業生にも一流企業に就職した人や、夢を持っていきいきと働いている方もいます。ただ国際的にみても、社会的養護を必要とする子どもは、最も弱い立場にあり傷つきやすい子どもであると認識されています。そんな若者たちが、安心して生きていける社会支援が必要ではないでしょうか」
写真:佐藤潮
〈プロフィール〉
高橋恵里子(たかはし・えりこ)
上智大学卒、ニューヨーク州立大学修士課程修了。1997年より日本財団で海外の障害者支援や国内助成事業に携わる。2013年、日本財団「ハッピーゆりかごプロジェクト」を立ち上げる。実親と生活することが難しい子どももあたたかい家庭で暮らすことのできる社会を目指す特別養子縁組や、里親の制度を啓発するべく活動を行っている。ハフポストではコラム(別ウィンドウで開く)を執筆している。
特集【社会的養護「18歳」のハードル】
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