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企業の持続的な成長の鍵を握るのは「インクルージョン」。多様な人が活躍できる組織づくりとは

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「障害とビジネスフォーラム」のプログラムを締めくくったトークセッションの様子
この記事のPOINT!
  • 障害者やその家族にとって社会との壁となっているのは「環境」「意識」「情報」の3つ
  • あらゆる人が働きがいを感じられる仕事や場所をつくり出すことが大切
  • 企業の成長に必要なのは「インクルージョン」。どんな形で多様な人に活躍してもらうかが鍵に

取材:日本財団ジャーナル編集部

今、ビジネスにおける障害者インクルージョン(※1)は、グローバルなビジネスリーダーにとって重要なテーマとなっている。ESG(※2)やSDGs(※3)など企業の社会的責任が問われる中、人権の尊重やダイバーシティ&インクルージョン(以降、D&I※4)の促進は、企業が持続的に成長し続ける上で不可欠な要素となってきている。

  • 1.雇用・ 製品サービスが障害者にも不自由なくアクセスできる環境づくり
  • 2.環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取った、企業の長期的な成長のために必要な3つの基準
  • 3.「Sustainable Development Goals」の略。2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標
  • 4.人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる社会づくり

前回(外部リンク)に続いて、2021年8月20日、東京・大手町サンケイプラザにて開催された、「障害とビジネスフォーラム -ESG投資と障害者インクルーシブな企業の価値-」のレポートをお届けする。

同イベントは、日本財団と障害者の社会参加を促進する世界的規模のネットワーク組織「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」(外部リンク)との共催によるもの。今記事では日本における障害者インクルージョン推進の課題と可能性を、国内企業のD&Iの取り組みと共に紹介したい。

障害者が気軽に出歩きたくなる社会に

The Valuable 500は、障害者が社会、ビジネス、経済における潜在的な価値を発揮できるような改革を、世界500社のビジネスリーダーが起こすことを目的としている。

イベントでは「障害者インクルージョンが企業にもたらす価値」をテーマに、「ひふみ投信」をはじめとする個人向けの投資信託を販売するレオス・キャピタルワークス株式会社代表の藤野英人(ふじの・ひでと)さんと、障害者や高齢者など誰もが使いやすいユニバーサルデザインの企画・設計を手掛ける株式会社ミライロ代表の垣内俊哉(かきうち・としや)さんによる対談が行われた。

障害を価値に変える「バリアバリュー」を理念に掲げ、20歳で起業したというミライロの垣内さんは、障害のある当事者として、さまざまな課題解決に向けて取り組んでいる。

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障害者を取り巻く環境を変えたいと言葉に熱が入るミライロの垣内さん

「障害者やその家族にとってバリアとなっているものは、大きく分けて『環境』『意識』『情報』の3つです。さまざまなバリアの解消に向けた取り組みとして、ミライロでは障害のある方に調査員になっていただき、いろんな施設や店舗に対して、不便さを感じた部分や、どんなサービスや商品が必要だと感じたかなどの声を集め、企業に届けるビジネス『ミライロ・リサーチ』を展開しています。また、障害者手帳をアプリ化した『ミライロID』の開発など、障害のある方々の外出や社会参加を応援する仕組みづくりにも力を入れています」

欧米に比べて障害者に対する環境が遅れていると言われる日本。幼少期から車いす生活を送る垣内さんによると、公共交通機関など設備面においては世界で進んでいるのだとか。一例として、駅のエレベーター設置率は都市部ではほぼ100パーセントであるのに対して、パリは3パーセント、ロンドンは18パーセントと著しく低い。

これを聞いて「不思議ですね。日本よりも不便なはずの海外の方が、外出を楽しんでいる障害者の方をたくさん見かけるような気がします」と藤野さんは首を傾げる。

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障害者を取り巻く日本の環境に疑問を投げかけるレオス・キャピタルワークスの藤野さん

「日本は世界一外出しやすい国ではありますが、外出したくなるかどうかは別問題です。それは、障害のある方に対する対応が偏っているから。多くの場合、人々は無関心か過剰です。これからは、一人ひとりが障害者との向き合い方や距離感を変えていく必要があると思っています」と垣内さん。

その取り組みの一つとして、ミライロでは、障害者だけでなく自分とは違う誰かの視点に立って行動することを目的とした教育カリキュラム「ユニバーサルマナー検定」を企業や個人に向けて実施している。

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ユニバーサルマナー検定の講義で、車いすのサポート方法を実践する様子

「以前、私もユニバーサルマナー検定を受けたのですが、講習で『(障害者を見かけたら)声をかけてほしい』と教わったことをきっかけに、街で障害のある方を見かけたら積極的に声をかけるようになりました。障害者の方が外出しやすくなることで、より人生を楽しめるようになれたらいいですよね」と藤野さん。

垣内さんは「障害者は雇用がないから消費をしないわけではないんです。そもそも買い物や食事など楽しむ機会がなければ働く意欲も湧かないし、就学・就労も伸びない」と話し、The Valuable 500加盟企業に向けて「障害者がもっと街へ出て、学び、働くことができるようになるためには、企業のアクションが重要です。皆さまにはぜひ、障害者インクルージョンのお手本を社会全体へ見せていただけたらと思います」と期待を込めて呼びかけた。

多様な人と共に働く環境を「当たり前」に

続いて、国内のThe Valuable 500加盟企業の取り組み事例が紹介された。まずはユニクロやGUをはじめ、世界26カ国でアパレルブランドを展開する株式会社ファーストリテイリングの社長室ダイバーシティ推進チーム兼人事部部長の松村香(まつむら・かおる)さんが登壇。松村さんは、多くの国と地域をまたいで多種多様な従業員と働く上で、多様性の尊重はごく自然なことだと語る。

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グローバル企業にとって多様性を尊重することの重要性を語るファーストリテイリングの松村さん

「ファーストリテイリングの障害者雇用率は、法定雇用率(※)を上回る4.7パーセント。日本国内では各店舗に1人雇用し、全国で合わせて1,500名の障害のある方に働いていただいています。それぞれ障害による特性はありますが、基本的にはやりたいことをやっていただきたいと思っています。接客や店舗の清掃、バックルームの品出し、お直し(補正)など一人ひとりの要望や適性、興味に合わせて配属しています」

  • 障害者雇用促進法によって定められた指標で、一定数以上の労働者を雇用している企業や地方公共団体を対象に、常用労働者のうち2.3パーセント以上(2021年8月時点)の障害者の雇用が義務付けられている

定期的な面談や合理的配慮(※)など、中長期にわたる活躍を視野に入れた細やかなサポートを行う一方で、障害のあるスタッフに対しても、自分を成長させたいという気持ちを持ち続けてほしいと話す。

  • 障害の有無にかかわらず、誰もが平等に権利を享受しできるよう、一人ひとりの特徴や状況に応じた調整を行うこと

「障害のあるお客さまに向けたインクルーシブな店舗づくり、サービスの提供についても力を入れています。今後も従業員やお客さまの声に耳を傾けながら、D&Iの取り組みを加速させていけたらと」

昭和電工株式会社の人事部ダイバーシティグループ・グループリーダーの荒博則(あら・ひろのり)さんは、The Valuable 500への加盟をきっかけに、同社における障害者インクルージョンの取り組みを加速させたと話す。

「私がダイバーシティグループに配属された当初、障害者雇用率が低下していました。背景にあったのは、主な雇用現場である工場の消極的な姿勢です。この状況を変えるには、『義務』の雇用から『インクルージョン』へマインドセットしなければならない。そのためにはまず、経営者自身がコミットすること、『障害は社会がつくる』という考えを浸透させるための社内環境整備が必要だと感じました」

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The Valuable 500の加盟で加速した昭和電工のD&Iについて話す荒さん

The Valuable 500に加盟するに当たって、創設者のキャロライン・ケイシーさんと同社の代表が社員に向けてメッセージを送ったところ、一人ひとりの意識が大きく変わったという。

以降、D&Iに関する学習ツールの提供や、社内で話し合う機会を設けるなどの取り組みを進める中で、「職場のマインドセットにフォーカスすると、反応が返ってくることに気付きました」と荒さん。今後は障害のある人々から「選ばれる」企業になるために、途切れることなく取り組みを進めていきたいと語った。

障害者インクルージョンはできることから

イベントの最後を締めくくったのは、ソニーピープルソリューションズ株式会社代表の望月賢一(もちづき・けんいち)さん、株式会社電通執行役員の大内智重子(おおうち・ちえこ)さんによるトークセッション。日本財団の樺沢一朗(かばさわ・いちろう)常務理事が司会進行を務め、コメンテーターとしてThe Valuable 500創設者のキャロライン・ケイシーさんもオンラインで参加した。

写真:左からソニーピープルソリューションズ代表の望月賢一さん、電通執行役員の大内智重子さん、Valuable 500創設者のキャロライン・ケイシーさん、日本財団の樺沢一朗常務理事
トークセッションの様子。キャロラインさん(右から2人目)はオンラインで参加

まず、望月さんは「障害者と健常者は何も変わらないという価値観のもと、あらゆる人が働きがいを感じられる仕事や場所をつくり出すことが大切」だと話す。最近の取り組みとして、ソニーグループの特例子会社の一つ、ソニー希望・光株式会社では、新型コロナ禍を受けて現場での仕事ができなくなったのを機にテレワークを導入した。

「正直なところ、はじめは知的障がいのある社員にとってテレワークは難しいのではと思っていたのですが、サポートさえすれば可能だったんですね。いまでは障害のある社員たちがオンラインでミーティングしています。このことで、周囲にいる私たちが『できないだろう』と決めつけてしまうことで社員の可能性を閉じてしまうこと、チャレンジすることで新しい扉が開くということに気付きました」

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新型コロナ禍における障害者雇用の取り組みについて話すソニーピープルソリューションズの望月さん

その上で、ビジネスリーダーにとって、無意識のうちに持っている障害に対するバイアス(偏向・先入観)を外すことが必要だと語る。

「ビジネスリーダーがバイアスを外さない限り、組織文化も社会も変わらないでしょう。ソニー創業者の一人である井深大(いぶか・まさる)さんは、障がいのある社員に対して『障がい者だからという特権無しの厳しさで、健丈者(※)の仕事よりも優れたものを、という信念を持って』と語りかけました。厳しい言葉にも聞こえますが、大切なのは私たちが彼らにはできると信じ、可能性にふたをしないこと、マインドセットすること。特に最近、このマインドセットをつくるためのビジネスリーダーの発言や行動が重要だと強く感じています。ソニーでは特例子会社以外でもさまざまな職場でも障がいのある社員が活躍していますので、このような考え方はソニーグループ全体で共有していかなければならないと考えています」

  • 障がいがなく「丈夫」な人はいるが、「常に」健康な人はいないという、井深大さんの考え方を踏まえて表記したもの
「ソニー希望・光の個の成長支援」を示すスライド:
2002年〜知的障害者に就労機会を提供。知的障害中心。有期社員。
2016年〜障害特性を活かし業務に貢献。知的+身体+精神。正規社員登用制度導入。
2020年〜障害特性を活かし業務と事業に貢献。知的+身体+精神。在宅勤務・根拠ある育成。

■社員の成長実感
(仕事を経験)「コア」となるひとつの仕事をしっかり覚える。→仕事の幅を広げる。→(教えることも経験)仕事を教える力を身に付ける。→(専門性を学ぶ)専門性を身に付ける。

■在宅勤務の環境整備、コミュニケーション練習
■業務毎チーム分類で連帯感強化
■タイムスケジュール作成

「できないだろう」という決めつけではなく、社員の成長意欲を受け止め、「当社にできる」→「当社でもできる」→「当社だからできる」へ
ソニー希望・光は「当社にできる」から「当社だからできる」へ成長してきた

キャロラインさんはこうしたソニーの取り組みに感銘を受ける一方で、日本の企業の特徴として、自社の取り組みについてあまり表面化させない傾向があると指摘する。

写真:オンラインで対談に加わるキャロライン・ケイシーさん
日本のビジネスリーダーへ期待を寄せるキャロラインさん

「実際はソニーさんのようにインクルーシブな環境づくりを進めている企業がたくさんあると思います。企業文化をつくるのはリーダーです。これまで何も語らなかった企業がThe Valuable 500に加盟することで、発信できるようになるのではないでしょうか」

日本最大の広告代理店である電通には、他の企業から「障害者インクルージョンを進めたいが、何から始めたらいいか分からない」という質問が多く寄せられるという。

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企業における障害者インクルージョンの進め方について語る電通の大内さん

「私たちの答えはいつもシンプルです。どこから始めてもいいんです」と大内さん。みんなが部門を超えて楽しく参加できることだったり、すでにあるものを改良するために障害者の方に活躍してもらったり、起点は自由だと大内さんは話す。

「経験がないからこそ『何から始めたらいいか分からない』ので、まずは楽しみながら体験することが大切だと思います。良い原体験ができ、知見や経験が蓄積されれば、それをもとに、取引先に新たな提案ができるかもしれません。ここで重要なのは、企業のトップが自らこの取り組みにコミットすること。トップが障害者インクルージョンをビジネスの一環として取り組む意味を、社員の一人ひとりに共通認識させることがポイントになると思います」

電通ダイバーシティラボが提案する組織の中での障害者インクルージョンを推進するための工程を示すスライド。
タイトル:A.「どこから始めてもいい」
インクルーシブな企業活動の再構築。
インクルーシブな企業は、売る(販売・顧客接点)→描く(理念/ビジョン)→築く(組織・制度・環境)→創る(事業開発・R&D)→作る(事業オペレーション)→送る(コミュニケーション)工程がつながっている。例えば「部門を超えて誰もが楽しく参加できることから」、例えば「ビジネス課題とマッチすることから」、例えば「別の視点で進んでいるものの改良から」。「始めたところの前後のプロセスに広げていく!」のがポイント。そんな企業の工程+「繋がる・学ぶ」ユーザーの動き→「広がる・動く」社会でのイシュー化が連携することで、インクルーシブな社会づくりにつながる。
大内さんが提案する、組織の中での障害者インクルージョンを推進するための工程

「どこから始めてもいい」が、その前後のプロセスに広めていくことがポイントとなる

この言葉に望月さんも「これまで他人事として捉えていた障害を、自分事に変えるための仕掛けがうまくできたら、組織の中で一気にDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン※)が浸透しますよね」と同意を示す。

  • 人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、公平性を重んじる、誰もが活躍できる社会づくり

「多様な働き方や生き方が注目されているいま、時代は大きなチャンスを迎えています。これからの企業にとってはインクルージョン、どんな形で多様な人に活躍してもらうかが鍵になると思っています」と、大内さんは答えた。

最後に、日本財団の樺沢常務理事はThe Valuable 500にかける期待を語った。

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The Valuable 500の取り組みに大きな可能性を見出す日本財団の樺沢常務理事

「これまで日本財団では、長年にわたり国や行政、非営利組織への支援を通じて障害者インクルージョンを推し進めてきましたが、なかなか成果が見えずにいました。The Valuable 500の特徴は、世界中の企業のCEOが直接コミットしていることです。これによってこれまで各企業の人事やCSR部門が進めてきたものとは全く違う、新たなプラットフォームができました。今後は、国内での取り組みを進めると同時に、日本の企業の在り方を世界に伝える場にもなると考えています」

先日幕を下ろした東京2020パラリンピックは、多くの人にとって改めて障害者の存在を認識し理解を深めるきっかけになっただろう。2021年8月19日には、今後10年をかけて障害者インクルージョンを推進し、障害者への差別をなくすことを目的とするキャンペーン「WeThe15(ウィー・ザ・フィフティーン)」(外部リンク)が世界で一斉に始まった。

誰もが活躍できる環境をつくることが、人々の暮らしをより豊かにし、社会の持続的な発展につながる。そのためには、ビジネスリーダーが率先し力を合わせて社会を変えていく必要があるのだ。

撮影:十河英三郎

前編:世界における障害者の数13億人。その大きな労働力、市場を活かすために必要なビジネスリーダーの条件

後編:企業の持続的な成長の鍵を握るのは「インクルージョン」。多様な人が活躍できる組織づくりとは

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。