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【障害とビジネスの新しい関係】旅を通じて、楽しさや豊かさをお届けするJALグループのアクセシビリティ向上の取り組み

- 情報や設備不足、旅先での移動など、障がい者にとって「旅行」は多様な困難を伴う
- JALグループでは専門家や現地団体と連携することで、障がいのあるお客さまが安全・安心に楽しめるツアーを企画・実施
- セクターを越えて協力し合うことで、誰もが気軽に旅行を楽しめる社会は実現できる
取材:日本財団ジャーナル編集部
少子高齢化の進行や障がいに対する理解の広がりと共に、移動やコミュニケーションにおける困難に直面する人々のニーズに応えながら誰もが旅を楽しめることを目指す「アクセシブルツーリズム」の取り組みが拡大している。
前回の記事(外部リンク)で障がい者雇用に関する取り組みを紹介したJALグループにおいてもアクセシブルツーリズムを推進し、「誰もが旅を通じて、より豊かな人生を楽しめる社会の実現」を目指している。
日本財団ワーキンググループ(※)のメンバーが、JALグループでお客さまのアクセシビリティの向上に努めるCX企画推進部企画推進グループの大竹朋(おおだけ・とも)さんに話を聞いた。
- ※ 日本財団において、障がい者の社会参加を加速するために調査や計画を推進するメンバー
空の旅で感じる「不安や不便」を減らしたい
山田:日本財団ワーキンググループの山田悠平(やまだ・ゆうへい)です。私自身にも精神障がいがあり、旅行で不便さを感じた経験があるのですが、障がい者にとって旅行はまだまだハードルが高いと感じています。JALグループさんでは、障がいのあるお客さまに対しさまざまな取り組みをされていますよね。
大竹さん:はい。「すべての方に安全で快適な空の旅を提供したい」という想いのもと、障がいのある方、お子さま連れやご高齢の方など移動にバリアを感じていらっしゃるお客さまに関する社員教育、ご利用環境の整備、情報提供、アクセシブルツーリズムの推進に取り組んでいます。

山田:例えばどのような取り組みをされているのでしょうか?
大竹さん:例えば、金属製の車いすは保安検査場で止められてしまうため、スムーズに保安検査場を通ることができる木製車いすの国内全空港への配備を進めています。また、大きい音を出さなくてもお客さまへ音(アナウンス)をはっきりと届けることができる「ミライスピーカー」の配備など、ご利用環境の整備に努めています。
加えて、お客さまの障がいの特性に応じたサポートができるよう、例えば聴覚障がいのあるお客さまにストレスなくスムーズにお手続きいただける「遠隔手話通訳サービス」や、指差しで意思疎通が図れる「コミュニケーションボード」もご用意しています。機内でも「コミュニケーションカード」などを配備し、アクセシビリティの向上に努めています。

山田:以前、車いすの友人から、空港の保安検査場で音が鳴るたびに注目された、『(車いすだから)仕方ないね』と言われて通された、というような話を聞きました。余計な我慢を強いることなく、誰もが自分らしく旅ができる環境づくりは、とても大切なことだと思います。
大竹さん:ありがとうございます。ただ、障がいのあるお客さまにとって、旅行に対するバリアは空港や飛行機にだけ存在するわけではありません。ご旅行先のバリアフリー対応が分からないことに不安を感じるという声も多くいただいています。そのため、JALグループでは事前の情報提供から現地での移動も含めた、旅先での宿泊、観光などの旅全体をしっかりサポートするアクセシブルツーリズムの推進に力を入れています。


「障がい」を、旅をあきらめる理由にしないために
山田:例えばどのようアクセシブルツーリズムを提供されているのでしょうか?
大竹さん:これまで北海道でのデュアルスキー(着座式スキー)体験や、ハワイでのサーフィン体験が含まれた団体ツアーを企画・実施してきました。障がいのある方が大自然を楽しめる旅行の研究をする専門家や、現地の支援団体と連携することで、誰もが安全・安心に楽しめるツアーを提供し、いずれも参加者の方からご好評いただきました。
ですが、一方で、参加者や車いす利用の社員からは、「いつでも行きたいときに行けて、ホテルなども自身の障がいの特性に合った施設を選べる個人型バリアフリーツアー」を要望する声もありました。それにお応えすべく、日程やご利用便を自由に選択でき、宿泊先も一泊ごとにアレンジ可能な、バリアフリーで沖縄をお楽しみいただける個人型ツアー「車いすで行く沖縄 3・4日間」(外部リンク)を、2021年10月5日より販売開始しました。
これまでも障がいのあるお客さまから通常の個人型ツアーにお申込みいただくことは多かったのですが、今回はバリアフリーな専用ツアーを初めて企画しました。
山田:個人型ツアーですか。
大竹さん:はい。お客さまが安全・安心にご利用いただけるバリアフリーなホテルやレンタカー、タクシー、ホテルのアクティビティをご自由にお選びいただけるよう、グループの特例子会社(※)であるJALサンライトの車いす利用の社員も企画に加わり、当事者の視点から設計しました。施設のバリアフリー対応に関する調査から参加し、自分自身が旅先でしたいこと、できることを考え、安全かつ安心して実現できることを目指しました。
- ※ 障がい者の雇用の促進および安定のために特別な配慮をした子会社のこと

山田:「自由に選べる」について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?
大竹さん:例えば、海に入って遊びたい、観光地巡りをしたいなど、お客さまがご自身の障がいの特性に合わせて自由に組み立てることができます。また、JAL Webサイトのツアー案内ページには、宿泊施設などに関し、浴槽横の手すりの向きが分かる写真や、電動車いすの充電に必要なコンセントの位置など、車いす利用者の方が必要とする情報を写真・イラスト・文字情報を組み合わせて詳細な説明を掲載。お客さまが事前にホテルなどの状況を把握した上で、お選びいただけます。また車いす利用の方だけでなく、ご高齢の歩行に不安のある方などにもご利用いただきやすい商品になるように努めました。


山田:事前に自分自身で設備を確認できるのは安心ですね。
大竹さん:はい。初の個人型ツアーの企画にあたって、ホテルやレンタカー、タクシー、ホテルのアクティビティなど、多岐にわたる設定に関して、どういう基準で選び、どのような情報をお客さまにお伝えすれば安心いただけるか、時間をかけて検討しました。
ホテルなどのバリアフリーの状況調査では、コロナ禍で現地に行くことができませんでしたが、設定先のホテルとオンラインで打ち合わせを行い、画面を通して車いす利用の社員が車いすでの移動が安全・安心に行えるかを確認しました。当事者だからこそ気付くことのできるポイントも多く、客室内備品の情報も車いす利用の社員の意見をもとに、ツアーの紹介ページに掲載することにしました。

大竹さん:また、JALサンライトの社員の他にも、当ツアーの主催旅行会社ジャルパックの顧客サービス部安全・CS推進グループに所属する車いす社員も商品づくりに関わっており、バリアフリーの項目確認やツアー案内ページの確認などに協力しています。
井筒:組織内だけでなく、ホテルなど現地の方たちと力を合わせてつくり上げるツアーなんですね。企画・開発する上で特に意識した点は何ですか?
大竹さん:当事者の方の視点を入れずにつくろうとすると、どうしても行き届かない部分が出てきてしまうと思います。ありがちな先入観としては、障がいがあるからサポートをしなければいけないであったり、車いすの方が宿泊する=ユニバーサルルームを確保しなければいけないと考えてしまったりということがあります。ですが、中には、障がいがあってもサポートを必要とされない方もいらっしゃいますし、車いすが入る広さのお部屋であれば、必ずしもユニバーサルルームが必要ではないケースもあります。

山田:障がい者への対応はステレオタイプ化しがちですよね。ひと言で「障がい者」といっても個々のニーズは違うので、しっかりコミュニケーションを取りながらつくり上げていくという過程は重要だと思います。
大竹さん:そうですね。私たちはアクセシビリティ(※)教育の一環として、全社員に向けて偏見や思い込みを持たず、きちんとコミュニケーションを取ってお客さまのご要望を伺うことを徹底して伝えているのですが、障がいのある方に限らず、全てのお客さま対応に通じることだとも思います。
- ※ 「アクセスのしやすさ」「利用しやすさ」などの意味があり、高齢者や障がいの有無に関係なく、さまざまな人が利用しやすい状態やその度合いのこと
井筒:実際に、これまでのアクセシブルツーリズムに参加されたお客さまからはどのような反響がありましたか?
大竹さん:北海道でのデュアルスキー体験に、重度の障がいがあるお子さまと一緒に参加してくださったご家族の方からは、「娘に体験させられるのか不安だったが、適切なサポートがあれば意外と簡単に実現できることを知りました。知らず知らずのうちに、(娘ができることに対して)限界をつくっていました」「あれこれ難しく考えずに、挑戦してみようと思いました」といった、気付きにつながるようなご感想をいただきました。
井筒:とても良い体験になられたのですね。


「誰もが楽しめる旅」の鍵を握るセクターを越えた連携
山田:今後のアクセシブルツーリズムの展望について教えていただけますか?
大竹さん:現在販売している「車いすで行く沖縄」ツアーは主に車いすをご利用の方が対象ですが、その他の障がいの特性に合ったツアーの企画も行っていきたいと思っています。もう一つは、旅先を広げること。これまでは北海道やハワイ、沖縄と場所が限定されていたので、皆さんが行ってみたい!と思われる場所をヒアリングして、現地のバリアフリー対応などを踏まえながら新たな旅先で商品企画に取り組んでいきたいと思います。


井筒:障がいの種別や旅先を広げることで、より多くのステークホルダーと関係性を築くことができますね。
大竹さん:はい。北海道ではデュアルスキー、ハワイではサーフィン、沖縄ではグラスボートやチェアボートなどのアクティビティを展開してきました。現地のアクティビティ会社にも協力いただく必要があるのですが、多くの場合、障がい者対応の知見を持ち合わせていません。まずは私たちの理念に共感、ご賛同いただいた上で、どうすれば障がいのある人でも安全に参加できるか、話し合いながら進めていくことが大切だと思っています。
山田:おっしゃるとおりですね。JALグループさんが掲げている「誰もが旅を通じて、より豊かな人生を楽しめる社会の実現」のために、さらにどのような取り組みが必要だと思いますか。
大竹さん:セクターを越えた協力が重要だと考えます。コロナ禍を受けて、2020年10月にANAさんと2社共同で、航空機をご利用いただく際の具体的な接遇方法を示したガイドライン「【高齢者・障がい者等の配慮を要するお客様】新型コロナウイルス感染症対策を踏まえた接遇ガイドライン」を策定しました。まだまだ始まったばかりの取り組みですが、今後はさらに各空港運営会社や空港ビル、他航空会社などと意見交換をしながら、連携できることはないか考えていきたいですね。

井筒:空港を利用するたびに、いろいろなシーンでのスタッフの方の対応を見て感動していたのですが、お話を聞きながらとてもインスパイアされましたし、誰もが気楽に旅を楽しめる社会が早く実現すればいいなと思いました。本日はありがとうございました。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。