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世界における障害者の数13億人。その大きな労働力、市場を活かすために必要なビジネスリーダーの条件
- 世界人口における障害者の割合は15パーセント。その内ビジネスに参加している数はわずか3パーセント
- 企業が積極的にインクルーシブな環境をつくり出さない限り、誰もが参加できる社会は実現できない
- いまビジネスリーダーに必要なのは、幅広い世代に配慮し、持続可能性を中心に事業を考える力
取材:日本財団ジャーナル編集部
今、ビジネスにおける障害者インクルージョン(※1)は、グローバルなビジネスリーダーにとって重要なテーマとなっている。ESG(※2)やSDGs(※3)など企業の社会的責任が問われる中、人権の尊重やダイバーシティ&インクルージョン(以降、D&I※4)の促進は、企業が持続的に成長し続ける上で不可欠な要素となってきている。
- ※ 1.雇用・ 製品サービスが障害者にも不自由なくアクセスできる環境づくり
- ※ 2.環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取った、企業の長期的な成長のために必要な3つの基準
- ※ 3.「Sustainable Development Goals」の略。2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標
- ※ 4.人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、誰もが活躍できる社会づくり
2021年8月20日、東京・大手町サンケイプラザにて、障害者インクルージョン推進の取り組みの一環として「障害とビジネスフォーラム -ESG投資と障害者インクルーシブな企業の価値-」が開催された。
同イベントは、日本財団と障害者の社会参加を促進する世界的規模のネットワーク組織「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」(外部リンク)との共催によるもの。国内外のビジネスリーダーらが登壇し、障害とビジネスを取り巻く世界的な潮流や、障害者インクルージョンが企業にもたらす価値などについて、さまざまな視点で語られた。
今回は、The Valuable 500の創設者であるキャロライン・ケイシーさんと現会長のポール・ポルマンさんによる基調対談を中心に、D&Iを推進する上で重要な、ビジネスリーダーの役割に焦点を当ててレポートをお届けしたい。
企業の在り方が社会を変える
「いま、世界の潮流はインクルーシブな社会を目指して動き始めています。これは私の長年の夢でもありました。世界には13億人の障害者の方がいると言われています。彼らには働く能力も情熱もありますが、そのための環境が整備されていません。また、彼らは消費者でもあるわけです。彼らの生活を豊かにするためにはどんな商品やサービスが必要か、当事者の声に耳を傾け、私たちが学ぶことで、新たなマーケットと雇用が生まれるはずです。The Valuable 500加盟企業の皆さんにはぜひ、世界のさまざまな課題の解決に向けて、リーダーシップをとっていただきたい。それによって社会が変わっていくと確信しています」
そう開会の挨拶をしたのは日本財団の笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長だ。
当日は菅義偉 (すが・よしひで)内閣総理大臣からもビデオメッセージが届いた。
「世界的な企業が障害者の雇用を積極的に進めていることは、障害の有無にかかわらず活躍できる社会を目指す我が国としても、意義深いものであると考えています。皆さまが掲げる理念が、加盟企業を超え世界中の企業に広がり、SDGsが目指す『誰も取り残さない社会』の実現に向けて重要な役割を果たしていくことを願っています」
そのようにThe Valuable 500の取り組みに期待を寄せた。
いま求められるのは共感力の高いビジネスリーダー
The Valuable 500の創設者であるキャロライン・ケイシーさんと現会長でユニリーバの元CEO でもあるポール・ポルマンさんによる基調対談では、D&Iの世界的潮流や、企業が障害者インクルージョンに取り組む意義などが取り上げられた。
「世界人口のうち障害のある人々が占める割合は15パーセントで、その内ビジネスへ参加しているのは3パーセント程度。障害者インクルージョンの取り組みについて積極的に公表している企業はわずか5パーセントにしか過ぎません。一方で、障害者やその友人、家族を合わせた購買力は13兆円とも言われています。企業が積極的にインクルーシブな環境をつくり出さない限り、誰もが労働力として能力を発揮できる社会は実現できません。The Valuable 500はビジネスにおける障害者インクルージョンを目指して結束した世界最大のネットワーク組織です。日本をはじめ世界から加盟している有力企業と共に社会課題に取り組み、転換を生み出すところまであと少し。The Valuable 500はまさに、変革の扉なのです」
ポールさんはThe Valuable 500が企業における障害者の社会参加を加速するきっかけになってほしいと期待を込める。一方で、キャロラインさんは障害者インクルージョンの意味を理解している企業が少ないのではないかと懸念を示す。
「障害者インクルージョンは単なるトレンドや、表面的に『やっておけばいいこと』ではありません。私たちが目指しているのは、持続可能かつ誠実な方法で利益につなげること。これがビジネスチャンスだということについてビジネスリーダーたちの理解が遅れていると思いませんか?」
キャロラインさんの問いに対しポールさんは、ビジネスリーダーが理解を深める上でもThe Valuable 500の存在が必要とされるだろうと語る。
「D&Iに積極的な企業ほど業績が良く、従業員が仕事に熱心だということを示すデータもあります。社員に対して不平等で、特定の経歴がなければ出世できない組織は魅力的ではないし、働きたいと思う人もいませんよね」
そんなポールさんが考えるいま求められるリーダーシップとは「共感力」や「思いやり」があり、「謙虚」であること。
「私たちがこれから育てていかなければならないのは、幅広い世代に配慮し、事業においても持続可能性を中心に考えることができる、道徳的なリーダーシップです。The Valuable 500への加盟企業が500社に到達したいま、それぞれの企業が実践している好事例を分かち合い、さらに磨き合うことで、この取り組みを加速することが可能だと思っています」
チームを束ね、潜在能力を引き出すリーダーの言葉
キャロラインさん、ポールさんの基調対談に続いて、世界中でD&Iに取り組んできたソニーグループ株式会社のシニアアドバイザー・平井一夫(ひらい・かずお)さんが登壇。経営者の立場から障害者インクルージョンの重要性について語った。
平井さんがソニーグループの社長兼CEOに就任した2012年は、最も経営が厳しい時期だった。ソニーをもう一度輝かせるという決意のもと、世界中のグループ会社を回り、社員たちの声に耳を傾ける中で、グループの一員としてのプライドや情熱を感じる反面、方向性を見失っているように感じたと言う。
「私はリーダーに必要な資質は会社全体の方向性を決めること、そして決めたことに責任を取ることだと考えています。私は、危機に瀕しながらも情熱の煮えたぎるソニーグループをもう一度束ね、方向性を定めるために、『感動』という言葉を掲げました。全ての事業においてお客さまに『感動』をお届けするためには、あらゆる国籍、人種、障がいの有無、ジェンダーなど多様な個性を持つ全世界11万人の社員の誰もが尊重され、力を合わせることが欠かせません」
ソニーグループでは、戦後間もない1946年の創業当時から、障害の有無にかかわらず、全ての社員が生き生きと働くことができる環境づくりを進めてきた。
創業者のひとり、井深大(いぶか・まさる)さんは、知的障害のある人が働くための場所として1973年に社会福祉法人希望の家を設立。その思いは、2002年に設立した雇用の場である特例子会社ソニー希望・光株式会社においても継承されており、社員の持つ集中力の高さや正確さといった特性を活かし、エレクトロニクスやゲーム開発などにもキャリアを拡げているという。
多様な人の視点がより良いものづくりにつながる
また、1978年設立のソニー最初の特例子会社ソニー・太陽株式会社では、『障がい者だからという特権無しの厳しさで、健丈者(※)の仕事よりも優れたものを、という信念を持って』という設立時に井深さんが社員に語った言葉を理念に掲げ、高付加価値の業務用マイクロホンの製造を行っている。
- ※ 障がいがなく「丈夫」な人はいるが、「常に」健康な人はいないという、井深大さんの考え方を踏まえて表記したもの
「時代背景を考えると厳しい言葉にも思えますが、当時この言葉を聞いた障害のある社員たちは、人としての尊厳を認めてもらえたと仕事に励みました。ソニー・太陽やソニー希望・光で培われたノウハウは、グループ各社にフィードバックされ、ソニーグループのD&Iにも大きく貢献しています」
平井さんは、「多様な人の異なる視点がより良いものづくりにつながる」と同時に、「多様な人が集まるチームの可能性を引き出すことができるのはリーダーしかいない」と言葉に力を込めて、こう呼びかける。
「2008年に国連で障害者権利条約が採択されたのを契機に、障害があるからできないのではなく、そんな社会のシステムこそが障害であると考えられるようになってきました。商品やサービスへのアクセシビリティ対応をはじめ、障害のある方たちに向けて変革が起きているいまだからこそ、経営者自らが方向性を示し、行動することが必要ではないでしょうか。The Valuable 500に加盟している日本の企業には、先駆的な役割となる実例がたくさんあると思います。障害者インクルージョンから広がる、誰もが活躍できる日本の未来に期待しています」
障害のある人々が日常的に抱えている悩みや苦労を理解することは簡単なことではない。だからこそ、The Valuable 500に加盟する企業をはじめ、ビジネスリーダーたちが旗振り役となって障害者インクルージョンを推進し、その取り組みを広く発信することが、誰もが能力を発揮し活躍できる社会の実現につながるはずだ。
撮影:十河英三郎
前編:世界における障害者の数13億人。その大きな労働力、市場を活かすために必要なビジネスリーダーの条件
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。