社会のために何ができる?が見つかるメディア
ちゃんとなんてしなくていい。「みんなの居場所」に流れる優しい時間、深まる人とのつながり
- 新型コロナウイルスによる自粛生活や失職などの影響で、孤立・孤独問題が深刻化
- 悩みが多様化する現代こそ、井戸端会議のようなぽろっと何でも話せる場所が必要
- ちゃんとなんてしなくいい。失敗しても笑って流せるような関係が人とのつながりを生む
取材:日本財団ジャーナル編集部
少子高齢化や核家族化で社会的孤立者が増える傾向にある日本。OECD(経済協力開発機構)が行なった調査(※)によると、日本は、「友人・同僚・その他の人」など家族以外の人との交流が「まったくない」あるいは「ほとんどない」と回答した人が、先進国20カ国の中で最も高かった。
- ※ 出典:OECD society at Glance.2005 edition
その流れは、新型コロナウイルス感染拡大による自粛生活や失業などの影響で一層顕在化。内閣官房には孤独・孤立対策担当室が設置され、公式サイト(外部リンク)では支援制度や相談窓口が紹介されているが、情報格差など自力で情報にアクセスできない人や、世間体や他人の目が気になり、公的機関には相談しづらいという人も少なくない。
そんな孤独・孤立問題に対し、私たちは何ができるのか。
2020年9月、神奈川県茅ケ崎市に、誰でも気軽に立ち寄れるコミュニティスペース「みんなの居場所 びすた~り」(外部リンク)が誕生した。ここには老若男女問わずさまざまな人が訪れ、何らかの困難を抱えている人もやがて笑顔になって帰っていくという。
今回は、びすた~りを運営する永田恵子(ながた・けいこ)さんと川端麻理(かわばた・まり)さんに、人と人がつながり支え合える地域づくりのヒントを探るべくお話を伺った。
ストリートチルドレンに出会って知った、世界の貧困の現状
びすた~りの取り組みを紹介する前に、まずは立ち上げのきっかけとなった、永田さんが代表を務めるネパールの経済的自立支援に取り組む非営利団体「サンチャイ・ネパール ねぱるぱ」(外部リンク)の活動に触れたい。
ねぱるぱは、2009年からフェアトレード(※)商品の販売やチャリティイベントなどを通じて、ネパールのパルパ郡にある村々を支援する活動を行っている。
- ※ 途上国の経済的社会的に弱い立場にある生産者と経済的社会的に強い立場にある先進国の消費者が対等な立場で行う貿易
永田さん「私が初めてパルパへ行った2007年は、日本から現地に着くまで5日間もかかりました。パルパは山奥にある地勢的に厳しい条件に置かれた地域で、舗装されていないガタガタの道を車で走っていくんです。いまでこそSNSでリアルタイムにつながることができますが、あの頃は電気も電話もなかったので、1カ月以上かけて手紙でやりとりしていたんですよ」
パルパで撮影した写真を見せながら、永田さんは話してくれた。
永田さんが支援活動に関心を持ったのは、仕事を辞めて35歳の時に留学した、デンマークのフォルケホイスコーレ(※)の1つ「インターナショナル・ピープルズ・カレッジ」での体験がきっかけだった。
- ※ 全寮制の北欧独自の成人教育機関。17歳以上であれば、国籍・人種・宗教を問わず誰でも入学でき、試験や成績評価などは一切ない
永田さん「海外へ行ったのもこの時が初めてです。世界中からいろんな人が集まるこの学校で、平和を課題とした授業を学びながら、初めて世界に目を向け、世界における日本の立場を考える機会になりました」
それから数年後、旅行で訪れた南米で「マネー、マネー」と手を伸ばす幼い子どもたちの姿に衝撃を受け、「なぜこんなにも自分の子どもとこの子たちは違うんだろう」「何とかしなくては」という思いに駆られたと言う。
永田さん「でも、何から始めたらいいか分からなくて……。そんな時に、ネパールのパルパで暮らしながら支援活動をされている垣見一雅(かきみ・かずまさ)さんの講演に参加したんです」
「OKバジ」の愛称で親しまれている垣見さんは、現在もパルパに暮らし、この地域に点在する200以上の山村を毎日歩いて巡り、村人の声に耳を傾けながら学校建設、灌漑(かんがい)水路建設、医療援助といった支援活動を行っている。単なる無償奉仕ではなく、その村にとって本当に必要な支援を村人自身に考えてもらい、自立を促す垣見さんのやり方に感銘を受け、永田さんもパルパへの支援を決めた。
永田さん「まずは水場の支援から始めました。日本では当たり前のように水が使えますが、パルパには水道がない村がたくさんあり、2時間かけて水汲みに出かけているような状況でした。村に水場があれば、飲み水の確保はもちろん、手や髪も日常的に洗える。水は命なんです。村の人たちは『とても楽になった』『野菜を育てることができるようになった』『ありがとう』と言ってくれました。その声があるから、私たちも続けられるんですね」
ライフラインの整備をはじめ、少しずつ生活水準が向上してはいるが、まだまだ課題は多いと永田さんは言う。
永田さん「パルパの人たちには貯えがありませんし、医療体制も整っていません。2015年に起きた地震や今回の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大など、大きな出来事があると生活を直撃してしまうため、持続的な支援が必要なんです」
ネパール後で「ゆっくり」という名の居場所
「びすた~り」は、地域の居場所であると同時に、パルパを支援する上でも重要な拠点だ。ここで販売されているネパールのフェアトレード商品や、寄付された生活用品のリサイクル販売、チャリティイベントの開催などで得た収益金を支援に充てている。
例えば、コーヒー1杯分150円を購入するとお米が1キログラムがパルパに送られる仕組みだ。
永田さん「もともとは事務所を兼ねていた自宅で、ネパールから直接輸入しているコーヒー豆の販路拡大のために、週に2回カフェを開いていたのが始まりなんです」
やがてカフェには、子育てを頑張るママや障害のある若者など、悩みや困難を抱える人々も訪れるようになり、もっと気軽に立ち寄れる居場所をつくれたらという思いからびすた~りは生まれた。
ネパール語で「ゆっくり」という意味を持つ名前には、年齢や性別、障害の有無などに関係なく、全ての人が心穏やかに安心して過ごせる場所であってほしいという願いが込められている。
茅ヶ崎市の空き家対策事業として現在の2階建ての一軒家を借りられることが決まった時、真っ先に永田さんの頭に浮かんだのが、元幼稚園教諭で子育てサークルなどに携わってきた川端さんの顔だった。
訪れた人は入場料として300円(18歳未満は無料)を支払い、「びすた〜りコイン」と交換。このコインはドリンク代やフェアトレード商品、リサイクル品の購入に利用することができる。
ここでの過ごし方は自由だ。川端さんが講師を務める「おしゃべり手仕事ひろば」をはじめ、書道教室や不定期で開催されるワークショップなどに参加するもよし、読書や宿題に没頭するもよし、スタッフとお茶を飲みながらおしゃべりを楽しむだけでもいい。
永田さん「私もイベントを企画しますが、スタッフそれぞれの好きなことや得意分野を生かした企画、利用者さんの声から生まれるイベントもたくさんあります。一緒に畑をしたり、映画会を開いたり。めだか博士の中学生がワークショップを開いてくれたこともあるんですよ」
川端さん「みんなでちくちく針仕事をしながらしゃべっている内に、胸に抱えていたことをぽろっと話せたり、それを聞いて自分だけじゃないんだと思えたり、励まし合ったり……。子育て中のお母さんたちの気分転換になれたらと思って始めたのですが、私自身がこの場所を必要としていたことに気付きました」
みんなで一緒にごはんを食べる。心をつなぐ、大切な時間
びすた~りで永田さんが何よりも大切にしているのは、みんなで食卓を囲む時間。スタッフの定期ミーティングには賄いが欠かせないし、大人も子どもも一緒になってごはんを作り、定期的に食卓を囲む会「みんなでごはんびすた〜り(以下、みなごは)」も開催している。
永田さん「食事を共にすると、自然と気持ちが緩んで心がつながるんです。一緒にごはんを食べて、おしゃべりをしていたら寂しい気持ちも紛れるでしょ?」
川端さん「悩み事って、誰かにしゃべるだけですっきりすることがありますよね。昔はよくあった井戸端会議のように何でも話せる場所が必要なんだと思います」
何をしても、しなくてもいい。ここに行けば必ず誰かがいて、自分を受け入れてくれるという安心感。ささやかだけれど幸せを感じさせてくれる、そんな居場所なのだ。
最後に、地域と人とのつながりを深めるためにはどんなことが必要かを尋ねると「何かしたいと思ったら、まずは声に出してみること。そうしたら仲間が集まるかもしれないし、みんなで考えながら新しいアイデアが生まれるかもしれない。大人になるとついつい『ちゃんとしなきゃ』と身構えたり、失敗を恐れて前に進めなかったりしますが、ちゃんとなんてしてなくていいし、失敗したっていいんです」と川端さんはおおらかに微笑む。
永田さんも優しく語る。
永田さん「失敗から学んでさらにいいアイデアが生まれるから、実際は失敗じゃないんですよね。私たちの合言葉は『やってみなければ分からない』。仮に誰かが失敗したとしても、みんなで笑って流せるような、そんな社会になれたらいいですね」
目の前にいる相手の声に耳を傾け、困っていることがあれば、できる範囲で手を差し伸べる。あるいは、自分が困っている時に、勇気を出して助けを求めてみる。そんな小さな積み重ねが、人と人とのつながりを生み、みんなが安心して暮らせるまちを形作っていくのかもしれない。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。