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重度障害者が直面する地域課題。重度訪問介護を広め、誰もが「生き甲斐」のある社会に

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重度訪問介護サービスを提供する株式会社土屋代表の高浜さん(右)、土屋総研スーパーバイザーの吉田さん
この記事のPOINT!
  • 「重度訪問介護」制度の浸透は地域格差があり、サービスを受けられない当事者も多い
  • 重度訪問介護は家族の負担を減らし、障害者当事者の「自宅で暮らす」という願いを叶える
  • 重度訪問介護に対する理解を促し、誰もが「生き甲斐」を持って暮らせる社会に

取材:日本財団ジャーナル編集部

重度障害者は「重度障害者等包括支援」という各自治体が運営する福祉サービスによって、入浴や食事、その他生活全般にわたる援助を24時間体制で受けることが制度上可能になっている。しかし、自治体の制度に対する理解不足や財源不足、ヘルパー等の人材不足などが原因で、地域によってサービスを受けられない人が数多く存在する。

全国40都道府県(2021年12月時点)で24時間体制の訪問介護事業を展開する株式会社土屋(外部リンク)では、重度障害者の取り巻く現状を改善するべく2021年9月に土屋総合研究所(外部リンク)を設立。福祉や介護、医療サービス等の実態調査をはじめ、国や自治体への施策提案など、1人でも多くの当事者とその家族の暮らしをサポートするべく、活動の幅を広げている。

今回は代表取締役の高浜敏之(たかはま・としゆき)さんと、研究所スーパーバイザーを務める吉田政弘(よしだ・まさひろ)さんに、重度障害者が直面する地域格差問題と、土屋が目指す全ての人が「生き甲斐」を持って暮らせる社会づくりについて話を伺った。

地域格差がもたらす重度障害者の介護問題

24時間、365日体制でのケアを必要とする、重度障害者の在宅介護。家族にかかる負担は大きく、介護疲れからくるうつ病の発症や離職、地域からの孤立、障害当事者への虐待など、さまざまな問題を引き起こしている。

また、介護を受ける側も「家族に迷惑をかけたくない」という思いから、病院や施設で生涯を過ごしたり、中には人工呼吸器を着けて生きるのを諦める人さえいる。

「重度訪問介護」は、重い障害のある人が自宅で暮らすために必要な支援を受けられるためにつくられた公的サービス(制度)だ。ヘルパーが自宅まで赴き、食事や入浴、排せつといった身体介助、家事や外出支援など、24時間体制でのサポートを行う。

このサービスを受けるには自治体の窓口に申請する必要があるが、まだまだ認知度が低く、十分に活用されていないという。

高浜さん「施設に入所すればいいのではと思われる人もいるかもしれませんが、そもそも施設の数が足りていません。仮に施設に入れたとしても、ヘルパー1人で複数名の利用者を担当するため、一人ひとりに寄り添ったケアをすることは困難です。また、2016年に起きた『やまゆり園事件』(※)をきっかけに、脱施設化も進んでいます」

  • 2016年7月、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員によって入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件
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重度訪問介護の現状について説明する高浜さん

現在、土屋の重度訪問介護サービスを利用している人は約600名。ALS(筋萎縮性側索硬化症)や筋ジストロフィーなどの難病や、脳性まひ、脊髄損傷、強度行動障害といった重い障害のある人に対し、スタッフが24時間付きっきりでサポートしている。

また、全てのスタッフは重度訪問介護従事者研修(統合課程)を取得しており、痰の吸引や経管栄養(※)といった医療的ケアにも対応している。

  • 口から食事を取れない、あるいは十分に取ることができない場合に、胃や腸の中に管を入れて栄養剤を注入し、栄養状態を保つ、あるいは良くするための方法
写真:寝たきりの重度障害者の食事をサポートするホームケア土屋のスタッフ
重度障害者の自宅へ訪問し、生活全般のサービスを提供する重度訪問介護サービス「ホームケア土屋」

吉田さん「人工呼吸器を装着されている方でも、重度訪問介護を利用すれば自宅で生活することができます。ですが、実は自治体の担当者や、医療従事者の方でも知らない人が多いのです。恥ずかしながら、私自身もこの仕事に就くまでは知りませんでした」

吉田さんは、銀行員や経営コンサルタントなどを経て現在の職に就いた。経営コンサルタント時代に介護事業者から相談を受けることが多かったのが、介護業界に身を置くきっかけとなったと話す。

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重度訪問介護が抱える問題について話す吉田さん

「自宅で暮らす」という障害当事者の願いを叶える

高浜さんは、大学時代に友人から薦められた哲学者・鷲田清一(わしだ・せいいち)さんの著書『「聴く」ことの力―臨床哲学試論』を読み、その中で描かれた精神介護のケアの描写に感銘を受けて、介護の道に進むことを決めたという。本格的に障害者福祉に携わるようになったのは、現在参議院議員を務める木村英子(きむら・えいこ)さんとの出会いがきっかけだった。

高浜さん「約20年前に木村さんが代表を務める、障害者自立支援団体でアルバイトを始めました。そこで行っていたのは、現在の重度訪問介護の前身となる介護事業です。その後、日本の障害福祉のパイオニアで重度の脳性まひ者でもある新田勲(にった・いさお)さんが設立した重度障害者の公的介護を国に求める団体『全国公的介護保障要求者組合』の事務局員を兼務するようになりました。重度訪問介護制度が立ち上げられる現場にも立ち会ってきたんですよ」

その後、高浜さんは高齢者介護に関わっていたが、2013年に新田さんが他界したことで、「弔い」の意味も込めて重度訪問介護の事業を始めたところ、想像以上に需要があることに驚かされる。

高浜さん「重度訪問介護を行う事業者は地方に行くほど数が少なく、医療的ケアを提供できる事業者となると数えるほどしかありません。福祉制度があって、サービスを受けたい人がいるのに、事業者も人手も圧倒的に不足している。この状況を解決したい、少しでも困っている方のお手伝いがしたい。その一心で事業を展開していきました」

在宅ケアを望みながらも、諦めている人は多い。

広島市から車で2時間ほど離れた三次市で病院生活を送っていたAさんもその一人だった。すがるような思いで土屋に連絡をしたところ、場所や時間を問わず対応してくれることを知り、念願叶って退院することができた。帰宅し、自宅で待っていた家族の顔を見た途端に「自宅で生活できるなんて思ってもいなかった」と涙を流したという。

強度行動障害があるBさんは、他害行為(※)が激しいことからグループホームを退所せざるを得なくなり、在宅ケアに切り替えた。すると他害行為は一切なくなり、穏やかに過ごせるようになった。重度訪問介護において、「本人にとって安心できる環境を整えることが何よりも大切」と高浜さんは話す。

  • 他人や器物を傷付ける行為

またALSが進行し、自力で呼吸が難しくなった患者の中には延命治療(人工呼吸器の装着)を望まない人がいるが、土屋と出合ったことで「自宅で自分らしく生活できるのなら」と生きる道を選び直す人もいるという。

吉田さん「生きる選択を可能にできるのは、私たちの存在意義の一つです。ご家族から『自宅で亡くなることができて良かった』とお手紙をいただくこともあります」

写真:寝たきりの重度障害者とその家族と一緒にお誕生日を祝うホームケア土屋のスタッフ
重度障害者とその家族の暮らしに寄り添う、ホームケア土屋のスタッフ
写真:車いすを利用する2人の重度障害者と一緒に記念撮影をするホームケア土屋のスタッフ
重度訪問介護サービス利用者と信頼関係を築き、豊かな暮らしを実現する

一方で、介護者の人手不足は深刻な問題だ。前身の会社の事業を受け継ぐ形で2020年に土屋を立ち上げてから1年で社員数は約2倍の約1,400名に増加したが、現状では利用者の要望のうち30パーセント程度しか応じられていないという。

そのために、重度介護訪問に関する情報発信や、介護職の地位向上のために賃金引き上げに努めるなど、さまざまな工夫を行ってきた。

吉田さん「国や自治体への働きかけも重要です。重度訪問介護利用者の環境改善には、国や自治体にこの業界の実態を知ってもらう必要があり、それができるのは私たちしかいない。そんな使命感から、シンクタンク部門『土屋総合研究所』を立ち上げました。土屋総研では重度訪問介護の実態調査の他、地域格差をなくすための啓蒙活動なども行っていきます」

さらに2021年9月には、重度障害がある当事者や研究者、介助の現場から集めた声を、電子書籍で配信することを目的とした「TSUCHIYA PUBLISHING」(外部リンク)を設立。自身が一冊の本をきっかけに介護業界に足を踏み入れたように、書籍が人々に気付きを与えるきっかけになれば、と高浜さんは願う。

写真:TSUCHIYA PUBLISHINGから出版した安積遊歩(あさか・ゆうほ)の著書 『このからだが平和をつくる 重度訪問介護への招待状』と田中恵美子の著書『出会いの障害学ー多様な生を旅する Discover Another World』
障害・病の当事者や研究者、介助の現場で生み出される声を届ける出版社、TSUCHIYA PUBLISHING」

誰もが「生き甲斐」を持って暮らせる社会に

土屋が活動を通して実現したいのは、重度訪問介護を必要とする全ての人がケアを受けられる社会をつくること。2022年中には47都道府県に事業所を設置し、すでに事業所があるエリアでも、利用者のニーズに100パーセント応えられるように環境整備を進めたいという。

吉田さん「重度訪問介護は医療関係者にもあまり認知されておらず、いまだに『介護は家族・親族が行うもの』という価値観が根付いている地域もあります。重度介護訪問とは障害のある方がご家族に負担をかけず、豊かに生活を送るためのサービスだと広く認識してもらうこと、そしてご家族が堂々とこのサービスを申請できるような社会にしていくことも私たちの仕事だと思っています」

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1人でも多くの人に重度障害者の在宅介護の現状を知ってもらいたいと話す高浜さん(左)、吉田さん

高浜「重度の障害のある人が暮らしやすいまちは、全ての人にとって暮らしやすい環境でもあります。多様性を尊重する社会を実現する上で大切なのは、『他者と出会う勇気を持つ』こと。私自身、木村さんの団体で障害のある人たちと一緒に働くことになった時、これまでにない経験だったのでうまくやっていけるか不安でした。この不安が他者との間に壁をつくります。不安を乗り越え、未知なる環境に飛び込むことで新しい世界が見えるはずです」

いま健康な人であっても、病や事故により誰でも障害者になる可能性がある。もしも自分が、24時間介護が必要な状況に置かれたら、どこでどんな生活を送りたいだろう?

「ただ『生きる』保障をされた状態でなく、全ての人が自分らしく『生き甲斐』を持って暮らせる社会をつくりたい」と語る高浜さんと吉田さん。重度障害者とその家族の現状に目を向けてほしい。そして理解を深め合うことが、みんなが暮らしやすいまちづくりにつながるはずだ。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

高浜敏之(たかはま・としゆき)

株式会社土屋代表取締役兼CEO最高経営責任者。大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。
株式会社土屋 コーポレートサイト(外部リンク)

吉田政弘(よしだ・まさひろ)

土屋総研代表。大学卒業後、中小企業専門の政府系金融機関、経済産業省中小企業庁、経営コンサルタントを経て介護の世界へ。重度訪問介護の現場や管理者業務、マネジメント業務を経験し、教育研修事業(土屋ケアカレッジ)の統括責任者にも従事。株式会社土屋では専務取締役兼最高財務責任者に就任。介護事業者の経営、法制度や国会、役所の施策検討プロセス、組織のガバナンス構築等にノウハウを有する。
土屋総研 コーポレートサイト(外部リンク)

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