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「自分らしい選択ができる」社会に。DO-IT Japanが活動を通じて障害のある若者に伝えたいこと

写真:美しい緑を背景に笑顔を向ける近藤武夫さん
障害のある若者を対象にしたリーダー育成プログラムを展開するDO-IT Japanディレクターで東京大学准教授の近藤武夫さん
この記事のPOINT!
  • 障害のない人を想定してつくられている社会の仕組みが、障害のある人の就学・就労機会を妨げる障壁に
  • 健常者も障害者も、まずは「合理的配慮」を理解することが大切
  • 障害のある若者も「自己決定・自己実現」し、求める学びや仕事にアクセスできる環境を自らつくる

取材:日本財団ジャーナル編集部

障害があることはハンディキャップではない。だが、時として障害が進学や就労の壁になる現実が社会にはある。

もしあなたが障害のある学生だったら、どうやって自分の未来を実現したらいいか悩んだかもしれない。

2007年から活動を開始したプロジェクト「DO-IT Japan(ドゥーイット・ジャパン)」(外部リンク)は、そうした障害や病気のある若者たちの進学や就労を後押しし、未来の社会のリーダーとなる人材を育成している。

東京大学・先端科学技術センターに事務局があり、ソフトバンク株式会社、日本マイクロソフト株式会社、株式会社みずほフィナンシャルグループ、PandG Japanなどの共催企業・協力企業、さまざまな大学の教授や教員、ボランティアなど産官学民が一体となって取り組みを続けてきた。

活動のメインプログラムとなる「スカラープログラム」では、障害や病気の種別を問わず中学生から大学院生を対象に、毎春10人程度のスカラー(選抜生)を全国から募集。テクノロジーを活用した学習体験やワークショップの実施、大学や企業への訪問、オンラインでのメンタリングといった年間を通じた長期的な教育プログラムを提供する。

画像:Scholar Program(スカラープログラム)
スカラーは、夏季プログラムにて、「テクノロジーの活用」を軸に、「自分自身や障害についての理解」、「セルフアドボカシー」、「自立と自己決定」などのテーマに関わる活動に参加します。その後、オンラインメンタリングやギャザリングなどのオンライン・オフラインでの活動、海外研修などリーダー養成プログラムへの参加など、年間を通じたプログラムに参加することができます。

年間プログラムスケジュール
※プログラム内容は、毎年変更します

[スカラー]
学びへの強い希望、社会に向けた発信力とリーダーシップを期待しています。
→テクノロジーを活用した多様な学習方法を知り、学習や生活で実践を希望していること
→DO-IT Japan プログラムの参加を強く希望していること
→進学・就労へ向けた意欲があること
→自分の興味や関心のある物事について探求していること
→DO-IT Japan が目指す、多様性理解を広げることに関心があること、またその活動に向けてリーダーシップを発揮できること

●夏季プログラム
多様な価値観をもつ社会人、学生との交流・意見交換/イメージ画像1点
大学体験/イメージ画像1点
自立と自己決定、セルフアドボカシー、リーダーシップをテーマとしたセミナーやワークショップへの参加/イメージ画像2点
最先端のテクノロジー体験/イメージ画像1点
イメージ画像/一般公開シンポジウムへの参加と情報発信/イメージ画像1点

●専門家への質問・相談/イメージ画像2点

●オンラインメンタリング/イメージ画像1点
・メーリングリストでの情報交換
・オンラインミーティングへの参加

●海外研修/イメージ画像2点
●ギャザリング・イベント参加/イメージ画像2点
●企業訪問・インターンシップ/イメージ画像2点

[プログラムへの参加]
毎年春に参加者が公募されます。書類選考、面接選考を通じ、スカラーが選抜されます。
「スカラープログラム」の年間活動スケジュール

またさまざまな学び方と多様な価値観に触れることを目的に、特別聴講生として小学3年生~中学生にも1年間の特別プログラムを提供。進学や就職後も先輩スカラーとして参加するなど、退会しない限り生涯にわたり関係が続くコミュニティを形成している。

今回は、DO-IT Japanディレクターである東京大学准教授の近藤武夫(こんどう・たけお)さんに、これらの活動を通じて若者たちにどのような変化が生まれるのか、そのことが未来の社会にどういった可能性を拓くのか、お話を伺った。

「鉛筆が持てない」から試験が受けられない

教育・試験・就労の仕組みは、障害のない人を想定してつくられていることが多く、障害や病気のある子どもや若者たちが学ぼう、働こうとするだけで、環境や制度によって生まれる社会的障壁を乗り越えなければいけない現状がある、と近藤さんは言う。

「例えば試験を受けるとき、用紙に書かれた問題を読んで解答を鉛筆で記入するのが一般的ですが、この方法では視覚に不自由があり印刷物が読めない人、肢体不自由によって鉛筆を持てない人は問題を解く能力があっても自ずと排除されてしまいます。こういった身の回りにある障壁に、社会はなかなか気付いてくれません」

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障害のある子どもや若者たちを取り巻く現状について話す近藤さん

彼らが本来の能力を発揮できるよう試験に臨むには、「設問を音声で読み上げるサポートを得る」などの個別の方策が必要になる。

しかし試験を運営・管理する側がそれを認めないことには、参加することすらできないのだ。

「障害のある人は『試験問題を優しくしてほしい』と求めているわけではありません。結果によって公平に審査する、という試験の本質を変える必要はないんです。しかし問題を解く能力があるのに、ただ鉛筆を持てないという理由で試験に参加できないのは勝負の土俵があまりにも違い過ぎます。もし鉛筆の代わりに、その人にだけキーボード入力での回答を認めるなどすれば、問題なく試験が受けられる。こういった “本質を損なうことなく方法や手段を合理的に変更する” という考え方を『合理的配慮』と言います」

日本では2016年より「障害者差別解消法(※)」が施行され、以降は個別に「合理的配慮」を提供しないことは不平等である、という考え方が採択されている。

  • 全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として、2013年6月に制定

しかし「みんなが同じ試験を受けているのに、1人だけ違う方法で行うのは不平等だ」という感覚が社会には根強く残っており、教育・就業の現場では今でも「前例がないので、そういった対応は難しい」「どうして1人だけ特別扱いしなくてはいけないのか」という声が聞かれることがあるという。

「障害」は社会構造によって生みだされる障壁

「合理的配慮」の必要性や障害のある人の進学・就職に対しどういったことが障壁となるのかについて、現状の仕組みに不満のない人たちはなかなか気付かない。

そこでDO-IT Japanでは、障害のある参加者たちがどういう将来をつくりたいのか自ら考え、社会に向けて発信できるリーダーが育つことを目標にしている。

活動の中心である「スカラープログラム」には、約5日間にわたり合宿スタイルで行われる夏季プログラムがある。

選抜されたスカラーは事前に「プリ(準備)プログラム」として、テクノロジーの基礎的な使い方や仲間との交流、「障害の社会モデル」「合理的配慮」の考え方について知識を得てから参加する。

写真:オンラインで開催された2021年「スカラープログラム」。9人の障害のある若者と近藤さんがコミュニケーションを交わしている様子
2021年「スカラープログラム」の様子。右下に近藤さんの姿も。写真提供:DO-IT Japan

「かつて障害は医学的な疾患として『どう健常に治すか』という観点で扱われ、まるで家や血筋に降りかかる呪いのようなもののように思われていました。しかし現在は、誰にも起こりうる自然な状態の1つ、と概念が変わっている。そういう経緯や知識を当事者が知ることが第一歩です」

現在、国際的に採用されているのは「障害の社会モデル」という考え方だ。これは身体の内側に障害があるのではなく、機能障害や疾患のある人の参加を想定していない社会構造、つまり身体の外側の方に問題があり、そういった「社会構造によって生まれる障壁=障害」である、という概念。こういった意識変革に日本社会の仕組みはまだまだ追いついていないばかりか、障害のある当事者やその家族にも浸透していないことがあるのだそう。

「『合理的配慮』なんて聞いたことがない、というスカラーも少なくありません。まずは社会における『障害』の考え方を学び、自分の意思が尊重されることや、変わるのは仕組みや制度の方だと知ることが、どういう生き方がしたいのか、そのためには何が必要か、という自立や自己決定の土台になるんです」

夏季プログラムでは、さまざまな新しい経験が用意される。宿泊先への移動方法も自分で決め、必要があれば自ら介助者を利用する。懇切丁寧であることよりも、本人の準備や意思決定を尊重すること、失敗から学び試行錯誤することが大切だと考えているからだ。

写真:講義室の中で講師と意見を交わす複数のスカラーたち
2019年の「スカラープログラム」夏季プログラムで行われたトークセッションの様子。写真提供:DO-IT Japan

「学校には安全配慮の義務があるため、どうしても子どもを危険に近づけないようにします。親御さんも同様に、先回りして子どもを守ろうとしがちです。どちらも善意ではあるのですが、現代の若者たちはあまり冒険ができません。障害があればなおさらです。これから社会に出た時、彼らは『試験をこういう形で受けさせてほしい』など自ら交渉しなければいけない場面が出てくるでしょう。そういう自らの意思や権利を主張することを『セルフ・アドボカシー』と言いますが、学校や親が先回りしていると当事者である子どもが自己主張をする機会が持てないばかりか、失敗から得られる経験を奪うことになります。自分のこれからに向き合うためにも、自ら試行錯誤をすることは大切なステップなんです」

眼球の動きだけで文字入力ができるキーボードなど、これまで知らなかったテクノロジーに触れ、実際に使ってみる体験も用意されている。

スカラーからは「あなたはどうしたい?」「本当はどうしたかった?」とこのプログラムで初めて聞かれた、という声も。すぐに本心を返答できなくてもいい、それが自然だ、と近藤さんは話す。

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2019年の「スカラープログラム」夏季プログラムで行われた大学講義体験・研究室訪問の様子。写真提供:DO-IT Japan

「親や先生が本人に代わって判断してしまう、というのも障害のある若者が頻繁に経験することです。だからこそDO-IT Japanが提供したいのは “機会” 。テクノロジーの活用はあくまで手段の1つで、それを使うことで『私はこんなことが好きなんだ』『自分にもこれができるかもしれない」など自分を知り、考えるきっかけが生まれるんです」

障害のある先輩スカラーなど、ロールモデルと出会う機会も重要視されている。

「私に『親元を離れてみては?』と言われるより、『下半身は全く動かないんだけど、ひとり暮らしを楽しんでます。昨日はライブに行って盛り上がってきました!』みたいな話を先輩から聞く方がよほど心に響く。このプログラムがたくさんの生き方や価値観に出会う場であってほしいですし、自分の力に気が付いてそれを社会に向かってどんどん発揮してほしい」

写真:講義室の中で飲み物や食べ物を楽しみながら、乾杯などして盛り上がるたくさんのスカラー、講師たち
2019年の「スカラープログラム」夏季プログラムの交流会の様子。写真提供:DO-IT Japan

「自分らしい選択」ができる社会へ

「DO-IT」発祥の地であるアメリカでは、障害のある子どもは高校まで「IEP(Individualized Education Plan)」と呼ばれる個別教育計画を立てることが法律で義務付けられ、本人が達成しようとしている夢や目標を尊重した個別の教育プログラムが組まれる。

日本の学習指導要領でも、障害のある生徒に対する個別の指導計画は義務とされているが、それは学年に応じてあらかじめ定められた 「“年齢相応” の目標を達成する」ことがゴールになっているという違いがある。

「『みんなと同じ』を求められる環境にいることで『自分が他の人と同じようにできないのは努力が足りないからだ』と思い込み、自信を失っている子がいます。本当はつらいけど、弱みを見せて友だちに哀れまれるのが嫌だから本心は口にできない、と感じている子も。人と同じにこだわって苦しいことを続ける必要などなく、自分に合った楽な方法を選んでいいし、その方が選択の幅も広がりやすい、ということをまずはプログラムで体験する。『自分らしい選択とは何か』が分からないと、それを伝え、主張していくこともできませんから」

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障害のある若者たちに本当に必要な支援について語る近藤さん

DO-IT Japanは障害者 “支援” のプログラムではない、と近藤さんは言う。先生と生徒という関係とも異なり、スタッフ、アドバイザー、先輩スカラーなど関わる全員が「未来の社会を変える当事者」であろう、という姿勢がその根幹を支えている。

「『障害の社会モデル』という考え方を知ると、障害が個人の身体に刻まれた烙印ではなく、『社会のここに障壁があるよ!』と示す旗印へと変わります。それまで社会に対しどこか疎外感を持っていた若者も、障害が『私』の問題ではなく『私たち』みんなで変えていくことなんだ、と捉えられるようになるんです。学校にいると、障害があるのはクラスで自分一人かもしれない。でもDO-IT Japanで約200人の仲間と出会えます。人間はそういうとき、強くなれるのではないでしょうか」

障害のある・なしにかかわらず、それぞれの困難を補い合いながら学び、働ける。それが誰にとっても生きやすい社会ではないか、と私たちももう一度問い直すべきではないだろうか。

撮影:十河英三郎

前編:「自分らしい選択ができる」社会に。DO-IT Japanが活動を通じて障害のある若者に伝えたいこと

後編:「やりたいこと」への扉を自ら開く。障害のある若者の可能性を広げるプログラムで得たチカラ

〈プロフィール〉

近藤武夫(こんどう・たけお)

東京大学・先端科学技術研究センター准教授。博士(心理学)。専門は特別支援教育(支援技術)。広島大学教育学研究科助教、米国ワシントン大学計算機科学・工学部/DO-IT Center客員研究員を経て現職に。多様な障害のある人々を対象に、教育や雇用場面での支援に役立つテクノロジー活用や合理的配慮、修学・雇用制度の在り方に関する研究を行っている。著書に「知のバリアフリー」(共著/京都大学出版会)、「情報社会のユニバーサルデザイン」(共著/放送大学教育振興会)、「発達障害のある人の大学進学」(共著/金子書房)、「発達障害の子を育てる本 ケータイ・パソコン活用編」(監修/講談社)」、「バリアフリー・コンフリクト」(共著/東京大学出版会)」等。

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。