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「やりたいこと」への扉を自ら開く。障害のある若者の可能性を広げるプログラムで得たチカラ
- DO-IT Japanでは、障害のある若者が進学や就職を自ら切り開く力の育成を支援
- 当事者同士の交流やロールモデルとの出会いが、新しい学びや体験に向かう積極性を後押しする
- 学校や企業など現場の制度設計にはまだ課題が。障害のある若者の声に耳を傾けるべき
取材:日本財団ジャーナル編集部
日本の国民にとって、教育を受けること・働くことは憲法で保障された権利。しかし障害がある若者が学びたい・働きたいと望む時、社会にある既存の制度や仕組みが壁となって、スタートラインに立つことすら難しい当事者がいる、という事実がある。
2007年から活動を開始したプロジェクト「DO-IT Japan(ドゥーイット・ジャパン)」(外部リンク)は、そうした障害や病気のある若者たちの進学や就労を後押しし、未来の社会のリーダーとなる人材を育成している。
活動のメインプログラムとなる「スカラープログラム」では、障害や病気の種別を問わず中学生から大学院生を対象に、毎春10人程度のスカラー(選抜生)を全国から募集。テクノロジーを活用した学習体験やワークショップの実施、大学や企業への訪問、オンラインでのメンタリングといった年間を通じた長期的な教育プログラムを提供する。
今回は、「スカラープログラム」に参加した2名のスカラーにインタビューを実施。プログラムでの体験や、そこで得た気付きや自分自身の変化、未来への展望についてお話を伺った。
「学びたい」という気持ちの背中を押してくれる場所
最初に話を聞かせてくれたのは、愛知県に住む森田康生(もりた・こうせい)さん。定時制高校の2年生で文芸部に所属し、今年の文化祭では先輩たちと共同で朗読劇「妻の恨み(今昔物語)」の台本も執筆。歴史好きが高じて古文や漢文の読解にも取り組んでいる17歳だ。
森田さんには「小脳失調型脳性(しょうのうしっちょうがたのうせい)まひ」と「知的な遅れ」の重複障害がある。
「小脳失調型脳性まひの影響で、全身のバランスが取りにくいことに困っています。身体もそうですが、目や舌の動きにも影響があるので発話が不明瞭になりやすく、話すことにも困難があります。また、意味を捉えて考えをまとめ、言葉にすることに時間がかかります」
記憶することが苦手で、努力して勉強しているのに知識が定着しづらいという悩みを抱えていた森田さんは、中学2年生の時から「AccessReading(アクセスリーディング※)」(外部リンク)を利用しており、そのウェブサイトでDO-IT Japanのプログラムを知った。いつか参加してみたい、という思いが今年2021年に実現したのだ。
- ※ 印刷物を読むことが難しい人のためのオンライン図書館。特別支援を必要とする生徒に向けた教科書・書籍の電子データ及び音声教材を提供している。
2021年の「スカラープログラム」夏季プログラム(8月9日~12日の計4日間で開催)は、コロナ禍の影響からオンラインで行われた。
事前にアドバイザーが自宅を訪問、機材の使い方や姿勢の維持を助けるクッションの利用法などアドバイスを受け、学びに没頭する準備を整えた。
とはいえ、参加するまでは自分の不明瞭な発話で考えをどれだけ伝えられるのか、不安や怖れがあったと森田さんは言う。
「それでも同期のスカラーは僕の言葉をキャッチしてくれましたし、伝わりにくいことはチャットで補足もできたので、回を重ねるごとに不安は減り、考えを聞いてもらいたい気持ちが増していきました。テクノロジーを使って後から内容を振り返ることもでき、その場で伝えきれなかったことはメッセージを送るなどして投げかけもできたんです。話した後に『こういうことだよね』と誰かが代弁してくれることを聞くと、言いたいことが伝わっているんだ、と安心できました」
自分のことは自分で決める。だから人にも伝えられる
同期や先輩スカラーとの交流の他、興味のあるセミナーを自ら選んで参加する時間もあった。東京大学の講義を聴講できる時間もあり、量子力学の講義にも参加した。
充実した学びと出会いの時間を通じて「困っていることを誰かと共有する」ことから自己決定がスタートする、と気付いたのだとか。
「自分が求める『合理的配慮※』を発表する、というプログラムがありました。僕の悩みは古文や漢文が好きだけれども、歴史的仮名遣いが分かりにくく、読み飛ばしがあり、原文のまま読めないことです。ですから授業中にパソコンを使ってノートを取り、同時に先生の読み上げを録音することを許可してほしい、というのが僕のニーズだと分かりました。悩みがどうすれば解消されるかをしっかり考え、『こういう理由があるから、こういう配慮がほしいのだ』と、自分で決めないことには人に伝えることもできない、と気付いたんです」
- ※ 障害のある人が出会う社会的な障壁を取り除くために、サービスの本質を損なうことなく、提供方法や手段を合理的に変更すること
これまでに体験したことのない多様な交流や経験を経て、森田さんは前より積極的になれたのだそう。
「困り事を相談できる場ができたことで、安心して前進できるようになりました。中学生の時から『歴史能力検定』を受験していて、今年は日本史2級に挑戦したかったのですが、マーク式・記述式の回答方法なので僕には受験できないと思っていました。でも今は検定窓口に、受験方法について合理的配慮をしてもらえないか問い合わせをしています。今後、もし大学で学べる機会があればぜひ挑戦したいです。古文書も読めるようになりたいですし、大好きな戦国時代についても調べてみたい。また、角倉了以(すみのくら・りょうい※)に興味があるので彼について研究してみたいとも思っています」
- ※ 安土桃山時代の貿易家、土木事業家
DO-IT Japanに参加して「扉が開いた」気がした、と森田さんは言う。
「目標を叶えたいと本気で思った時、DO-IT Japanは『ようこそ!』と扉を開けてくれましたし、扉の中は僕に必要なプログラムであふれていた。そこで見つけたやりたいことがまだ実現したわけではないけれど、世界に飛び出せた気がしました。これから応募しようか迷っている人にも、ぜひ扉を開けてほしいなと思っています」
お化粧をしよう、社会に出ようという思いが新しい一歩に
2人目は、大阪府に住む小暮理佳(こぐれ・りか)さん。中学2年でDO-IT Japanのプログラムを半日体験し、2015年の大学1年生の時に「スカラープログラム」に参加した。2019年に大学を卒業し、現在はアクセサリー制作をライフワークとする傍ら、DO-IT Japanのインターンシップ生として活動している。
小暮さんには脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう)という徐々に筋力が低下していく難病がある。普段は家族やヘルパーからの介助を受けながら、電動車いすと呼吸器を付けて生活している。
スカラーに応募したのは、大学卒業後に一人暮らしや就職を希望していたから、と小暮さんは言う。
「自立して暮らす先輩スカラーと出会うことで、参考になる点が多いのではないかと思い参加しました。上京して1人でホテルに泊まるのはもちろんですが、初めて出会う介助者に必要な介助を説明しお願いするのも不安で、緊張しました。今振り返ると、この体験をしたことで新しいことに挑戦する勇気が持てるようになったと思います」
夏季プログラムの中では、参加の大きな目的だった先輩スカラーとの交流や意見交換が強く印象に残っていると話す。
「障害があるロールモデルが身近にいなかったので、地域の制度をうまく利用して一人暮らししている人や一般企業に就職している人の話を聞いて『私もやってみたい!』と夢が膨らみました。その時、ある先輩スカラーがお化粧をしていたのが素敵だなと思って、私もその後メイクの練習をしたりしました。ささいなことに思えるかもしれませんが、それまで眉毛を描くくらいしかしていなかった私にとっては、お化粧をすることは社会と自分との接点を意識する1つのきっかけだったんです」
就職を念頭に置いた、企業でのインターンシップも体験。協力企業の寮に泊まりながら働く2週間を過ごした。そこでは自分だけでは解決できないさまざまな制度や仕組みの障壁があることに気が付いたと言う。
「障害のある学生を長期間受け入れてくれるインターンシップを実施している企業が少ないので、インターンシップに参加できること自体がすごくうれしかったんです。期間中は人事採用センターに配属され、障害のある学生向けの説明会パンフレットの制作の他、パソコンでできる作業を担当していました。仕事自体は楽しく、やりがいも感じていたのですが、仕事中に介助者から介助を受けることが制度で認められていないことに困りました。そのためインターンシップ中は、社内セキュリティに問題がない場所で介助者に待機してもらう必要があり、お昼休みやトイレ休憩のたびに介助者を呼ぶ、という形で過ごしていました」
後に大学3年から就職活動を開始するが、その時も何度も壁にぶち当たったのだそう。
「最初から介助の必要な人を雇う気がない、という企業も多くありました。職場介助者を雇うための助成金はあるのですが、そのことを知らない企業も多くあります。また、助成金が出るとしてもかかる費用の全額ではないので、一部を企業が負担することになります。介助が必要で負担がかかる人とそうじゃない人を比較すると、前者はやはり採用しづらいのではないか、と感じました。最終的に一般就職は諦めたのですが、もし企業の介助費用負担がなくなるような制度に変わってくれたら、障害があっても働くチャンスが広がるのではないか、と思っています」
現在はDO-IT Japanのインターンシップ生として、後輩スカラーの支援の他、運営活動に関わっている。
「経験者としてスカラーの気持ちが分かりますし、当事者なので話しやすいと思ってくれる人もいるので、相談事を受けたり、ギャザリングやオンラインミーティングの企画運営、プログラムの司会進行などを担当しています」
障害がある若者の「青春」が制度から抜け落ちている
また、小暮さんはスカラー仲間と「アウトリーチ部」を結成。学校を始めとする教育現場に対して、障害や合理的配慮に対する理解を浸透させていく活動をスタートした。
そこには学生時代に支援制度に対して感じた「もっとこうだったら」という思いがある。
「例えば私が高校生の時、学校では教育委員会の用意した介助者、自宅では公的な福祉サービスの介助者にそれぞれ介助をしてもらっていました。その場合、放課後は教育委員会の制度的に介助者が使えなかったり、使えても時間が限られたりしたため、部活動や文化祭の準備などに参加したくても帰らざるを得ず、友人との時間が満喫できずに悔しい思いをしました。制度を設計する上で、障害のある若者たちの“青春”という視点も取り入れてもらえたらと思いますし、教育現場にもそういった働きかけをしていきたいです」
「スカラープログラム」に参加したことが、自立や自己決定の習慣が身に付く契機になった、と小暮さんは感じている。
「それまでは親と行動を共にすることが多く、何か決めるときも母に相談していました。しかしDO-IT Japanでは『あなたはどうしたい?』と何度も聞かれます。最初は返答に困ることもありましたが、何度もその体験を重ねるうちに何もかも自分で決められるようになっていったんです。今では上京やヘルパーの予定調整も全て自分で決め、親には報告するだけです。意識して親以外にも助けを求められる場を増やしたことで、生活がしやすくなりました。今の目標は一人暮らしを実現すること。好きな場所で好きな物に囲まれて暮らしてみたいので、まずは今利用している制度をそのまま活用できる同じ自治体の中で挑戦し、その生活に慣れたら違う街にも引っ越してみたいです」
最後に、障害のある学生に向けて小暮さんからこんなメッセージをいただいた。
「自分の心に正直に『こうしたい』という気持ちを周りの人に伝えてみてほしいです。障害があると『どうにもならないな』と思うことが日常ですし、壁にぶつかることもあるかもしれません。私も最初はDO-IT Japanに参加するのは難しいかな、と思っていました。でも諦めずにチャレンジしたら道が開けました。あまり考えすぎず、行動してみると何とかなることも多いので、ぜひ自分の夢に向かって踏み出してみてください」
取材を通して感じたのは、森田さんも小暮さんも自分のやりたいことに対し自分の足で着実に前に進んでいるということ。周りの大人たちが、障害のある若者たちの声にしっかりと向き合えば、彼らの可能性は無限大に広がるはず。彼らのチャレンジを、ぜひ柔軟な姿勢で応援していただきたい。
前編:「自分らしい選択ができる」社会に。DO-IT Japanが活動を通じて障害のある若者に伝えたいこと
後編:「やりたいこと」への扉を自ら開く。障害のある若者の可能性を広げるプログラムで得たチカラ
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。