日本財団ジャーナル

【ソーシャル人】水産・畜産・福祉の連携で生まれた鎌倉発ブランド豚。料理家・矢野ふき子さんが仕掛ける元気な地域づくり

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鎌倉の浜辺に漂着する海藻を拾いに集まった障害者福祉施設の皆さん。右端が料理家の矢野ふき子さん
この記事のPOINT!
  • 鎌倉の浜辺にはたくさんの海藻が打ち上げられるが、利用されずに廃棄されていた
  • 海藻を障害者の手を借りて豚の飼料化をすることで、彼らの仕事とやりがいを生み出す
  • 障害があっても誰もが可能性を見出せる社会を広げていきたい

取材:日本財団ジャーナル編集部

相模湾に面した神奈川県鎌倉市は歴史ある寺社と由比ヶ浜をはじめとした美しいビーチを持つ、人気の観光地だ。

鎌倉の海は豊かで、日々浜辺に海藻が打ち上げられる。だが、鎌倉の市民には打ち上げられた海藻を食べる習慣はなく、日々廃棄されていた。鎌倉市在住の料理家、矢野ふき子(やの・ふきこ)さんは「捨てられてしまう海藻を使って、新たな取り組みができないだろうか」と考えた。

そして彼女が考えついたのは「海藻を豚の飼料にしておいしい豚肉を生産・販売することで、障害者の方への仕事を生み出す」という方法だった。捨てられていた海藻という地域の資源を生かして、障害のある人々が飼料化することでおいしい豚肉を育て、地域で販売する活動が「鎌倉海藻ポーク」という取り組みだ。

「障害があっても、誰もが可能性を見出せる社会を広げていきたい」と語る矢野さんにお話を伺った。

無駄になる命を生かしたい

「小さい頃から表現がうまくなくて、言葉が足りなくて押し入れに入って泣くような子どもだったんですよ」

朗らかに笑う矢野さんからは引っ込み思案な子ども時代は想像がつかない。矢野さんを変えたのは、料理との出会いだった。

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神奈川県鎌倉市で料理教室「鎌倉ダイニング」を営む料理家の矢野さん

「小学校5年生の頃に料理の絵本を買ってもらったことがきっかけで、自分でも料理を作るようになりました。6年生になる頃にはチキンのマカロニグラタンを作っていました。言葉で伝えられないことも、料理を通じてだと表現できると気付いたこと、その経験が私の料理家としての原点です」

自然豊かな鎌倉で料理家として活動するうちに、しらす漁で網にかかったカタクチイワシが食べられずに廃棄されていることを知り、胸を痛めた。

「短大の卒論で『仏教美術と動物信仰』について執筆して、動物にも神さまが宿るという考えを知って目が開けました。料理をしていると材料を無駄にすることもあります。でもなるべくなら、命を生かしたいと思うようになりました」

商品化を考えるうちに鎌倉漁協との縁が生まれ、カタクチイワシを使った「鎌倉アンチョビ」や「生しらすの沖漬け」といった商品を開発した。

料理家という顔を持ちながら1次産業者のサポートをする活動の中で、次に目をつけたのが海藻だった。

「鎌倉の由比ヶ浜や材木座といったビーチでは、海が荒れた翌日などたくさんの海藻が打ち上がります。関西ではこうした海藻を煮付けて食べる文化があります。でも鎌倉では食べる文化がなく、海藻はただ捨てられるだけでした。もともと栄養価のある食材ですから、どんぐりを食べて育つイベリコ豚のように豚の飼料にしたら肉質や味に良い影響が出るのではないかと考えたんです」

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鎌倉の浜辺に打ち上がった海藻

矢野さんの祖父も父親も新聞記者で、多角的に物事を考えることを信条とする環境に育った。そうした発想力をただのアイデアで留めることなく、実際に体を動かすのが矢野さんの持ち味だ。

「豚の飼料のことを全く知らないので、まずは自分で海藻を拾って干して、低温で焼いて乾燥させ、粉末の飼料にしました。海藻には漁業権があるので、海藻を拾う際には漁業権を持っている鎌倉漁業協同組合に許可証を出していただきました。そうして生まれた手作りの飼料を神奈川県の畜産技術センターに持ち込んで相談したところ、厚木市で養豚に取り組む有限会社臼井農産(別ウィンドウで開く)の臼井欽一(うすい・きんいち)さんをご紹介していただきました。臼井さんは、その地域の誇りとなるような豚を飼育したいと考えておられる養豚家でした。臼井さんご自身も海藻の飼料化に取り組まれたり、神奈川県内の飼料で豚を育てたいと常に考えられていた方だったため、即答でご協力していただけることになりました」

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2020年2月に、鎌倉海藻ポークで6次産業化の認定を受けた臼井さん(写真左)。右は、農林水産省関東農政局神奈川支局の坂本地方参事官(当時)。写真提供:関東農政局神奈川県拠点

人の手の力だから実現した

海藻の飼料化のネックになるのは塩分だ。工業的な手段で飼料化しようとすると海藻に含まれる塩分が抜けず、塩辛すぎて餌にならない。海で砂を落として洗い、さらに持ち帰って洗うなど人の手の力が必要だ。

「その時考えたのが障害者の方の仕事につなげられないかという発想でした。もともと自分が経済活動をするなら仕事の一部は障害者の方に関わってほしいという気持ちがあり、鎌倉アンチョビのパッケージ化なども障害者福祉施設に委託していました」

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商品づくりに込めた思いを語る矢野さん

こうした思いから、特定非営利活動法人「鎌倉はっぴーくらぶ」(別ウィンドウで開く)が運営する生活介護事業所「わんびぃさん」の利用者の方に海藻拾いと飼料化の仕事を依頼することになった。

わんびぃさんは2018年に鎌倉市の大船地区に開所された比較的新しい福祉施設だ。利用者の方の障害もさまざまで、車いすの利用者の方もいる。

「利用者さんのご家族の方が矢野さんとお知り合いで、そこからご縁がつながりました」

そう話してくれたのは、わんびぃさんを運営する特定非営利活動法人鎌倉はっぴーくらぶ理事長の吉原正人(よしはら・まさと)さん。

「海藻の飼料化は海で海藻を拾って洗い、干して砕いて粉末にしてパッケージ化します。海藻を砕く時に車いすに乗って粉砕する人もいます。何かを作り上げるのが苦手な人も、音を立てながら乾燥した海藻を砕くことは楽しみながらできます。巧緻性(こうちせい※)が求められない作業なので、利用者さんと相性が良いのです」

  • 手先や指先(手指)を上手に使う力

鎌倉市は地域によって海や自然から離れている。大船地区は東海道線の大船駅があり便利な街だが、海が遠く緑は少ないエリアだ。

そうした環境の中で日々を過ごすわんびぃさんの利用者にとって、海藻拾いの活動が日常に加わることが良い自然体験の場にもなっているという。

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福祉施設スタッフの万全のサポートのもと海藻の回収作業が行われる
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浜辺に打ち上がった海藻を回収する福祉施設利用者の皆さん

わんびぃさんの活動が始まり、鎌倉海藻ポークの取り組みが広まるに連れ、参加する福祉施設も増えるようになった。現在はわんびぃさんの他に、鎌倉薫風(別ウィンドウで開く)、虹の子作業所、りりぃふ(別ウィンドウで開く)、合わせて4つの福祉事業所の利用者が活動に参加している。

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回収された海藻。この後、施設に持ち帰って加工作業が行われる

2020年から活動に参加を始めた鎌倉薫風の施設長・太田顕博(おおた・あきひろ)さんにもお話を聞いた。

「新型コロナの影響で、利用者さんの収入につながる収益が減少していました。そうした中でわんびぃさんの職員の方から矢野さんをご紹介いただきました。これまでの利用者さんの活動は外に出る機会が少なかったので、自然に触れる機会が増えました。また、利用者さんにとって作業の工程に関わる人とのコミュニケーションが刺激になっています。新型コロナの影響がプラスに働きました」

吉原さんと太田さんは「鎌倉海藻ポークを通じて、鎌倉の福祉の取り組みを知っていただく機会になったらうれしい」と話す。

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鎌倉はっぴーくらぶ理事長の吉原さん(写真左)、鎌倉薫風の太田さん

マニュアルがないことがとても大切

こうした障害者の方々や福祉施設の協力を経て、飼料化された海藻を食べて育った豚が「鎌倉海藻ポーク」のブランド名で販売されるようになった。精肉の販売は個人が中心で、約100名の顧客がいると矢野さんは話す。

「海藻の飼料化の量には限界があります。障害者の方の働きを無駄にしないためにも、鎌倉海藻ポークを買ってくださる人のために飼育する効率が必要です。顧客の中には無印良品を経営する株式会社良品計画さまもいらっしゃいます。鎌倉に2020年春に誕生した「ホテルメトロポリタン鎌倉」(別ウィンドウで開く)内にある「Café&Meal_MUJI」(別ウィンドウで開く)では鎌倉海藻ポークを使ったメニューのために、隔週で2頭の豚を購入していただいています」

無印良品のカフェでは鎌倉海藻ポークを使った「ポークジンジャー」や「キーマカレー」が実際に食べられる。海藻を飼料として食べた豚の豚肉は、肉が柔らかく脂肪分は少なくなり、味もとても良くなる。

「Café&Meal_MUJIの店長の松木健太郎(まつき・けんたろう)さんから、カフェのお客さまにも鎌倉海藻ポークを使ったメニューがとても好評だとお聞きしました」

鎌倉海藻ポークの味を飼料の生産地である鎌倉のカフェで提供できることで、鎌倉での食の体験がさらに深まる。

さまざまな苦労があるからこそ、この味をお客さまに感じて楽しんでいただきたい。そう、矢野さんはうれしそうに話してくれた。

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鎌倉海藻ポークを使った人気メニュー「ポークジンジャー」

「このプロジェクトはバランスが大事です。障害者の方々あっての鎌倉海藻ポークではあるのですが、障害者福祉の面だけに特化してしまうと多岐にわたっている取り組みの面白みが消えてしまいます。そうした意味でアピールの仕方には気を付けています」

同時に、障害者の方々と事業を取り組むときに大切にしているのは、働き方をマニュアル化しない福祉事業所の方針を尊重することだと矢野さんは語る。

「利用者さんと接していて、昨日までできなかったことが今日はできるようになっていることもあるんだ、ということに気付きました。例えば、一年間以上どの工程にも参加しなかった利用者さんがいました。彼は私が施設を訪ねる時にはいつも後ろを付いてきていました。海藻の飼料化の仕事には加わっていなかったのです。でも、その間に自分で作業する方法を考えていたのだと思います。この10月に彼は粉砕も飼料のふるい掛けも含め、全ての工程を全部できるようになっていました。海藻の粉砕の方法も車いすの車輪で踏むなど人によってさまざまです。彼は粉砕の方法も自分で考え出し、金槌で細かく叩いてふるいにかけて大きさを揃えるという工程を全て一人でこなしていました。彼らの中の経験の積み重ねをゆっくりと待つ必要があります。マニュアルがないことがとても大切で、効率を求めないことで逆に人の可能性は広がります」

そう語る矢野さんの瞳は、深くきらきらと輝いていた。

「私自身も明日には障害者になっているかもしれません。そうなっても、私は可能性を捨てないでいたい。そして、サポートしてくれる人にも可能性を捨ててほしくないと思います。人の可能性は無限に広がっていて、だからこそ素晴らしい。この鎌倉海藻ポークの活動から、可能性の広がりを知ってほしいです」

海に打ち上げられて捨てられていた海藻が、一人の料理家の発想と行動で障害者の方々の雇用を産み、同時に地域の課題解決につながる。

それは聴いているだけで、勇気をもらえる取り組みだと感じられた。

力を出し惜しみしないことが、次につながっていく

もし、矢野さんのように社会課題をビジネスで解決したい若い人がいたら、彼女はどんなアドバイスをするのだろうか。

「とにかく、思考も行動も出し惜しみしてはいけないと思います。効率で文明が発展してきた側面はありますが、マニュアル化や効率化を追い求めるとそれは力の出し惜しみになってしまいます。力の出し惜しみをし続けていると、思考が固まっていきます。反対に物事を多面的に捉えて全力を尽くすと、すぐには形にならなくても必ず次のエネルギーになります。あらゆる可能性を考えて、まず行動してみること。この鎌倉海藻ポークの取り組みも、海に流れ着いている海藻を拾ったところから始まりました」

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Café&Meal_MUJIの「ポークジンジャー」を手に、笑顔でインタビューに答える矢野さん

そう語る矢野さんの笑顔は、ポジティブなパワーにあふれていた。

「自分が何をしたいかより、隣の人が何を必要としているのかを考えることが大事です。誰が何を必要としているかを考える感性を磨くことで、次の発想が生まれます。自分の不都合より、人の不都合を解決することを発想することが大事です。自分の利益は最後に考えることで、逆に仕事は広がります。そうしたつながりから自分の心も幸せになれて、世の中も幸せになれる。料理は何もないところから、誰が何を食べたいかを想像し、素材を調理することで作り上げてきます。仕事も料理も同じです。誰が何を欲しているか、ゼロから始めて徐々に作り上げていく。考えることや働くこと、力の出し惜しみをしないでください」

今後は鎌倉海藻ポークを子どもたちの食育に生かしたい。経済や効率といった枠組みを超えてみんなが同じように活躍できる社会を鎌倉海藻ポークを通じて伝えたい。そして市民の皆さんが海藻を拾って福祉事業所に届けてくれるなど、地域の誇りに思ってもらえるブランドに育てたい。生産者と消費者の思わぬつながりが生まれる、新しい食文化を鎌倉に生み出したい。

そう話す矢野さんの目はすでに新しいビジョンに満ちていた。

鎌倉海藻ポークの取り組みが地域の課題解決の連鎖を生む活動として、これからも広がっていくことを期待したい。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

矢野ふき子(やの・ふきこ)

料理家。築210年の古民家の自宅で料理教室「鎌倉DINING」を主宰。2010年度に鎌倉市商工業元気アップ事業の創業部門の認定を受け、廃棄されていたカタクチイワシを使った「鎌倉アンチョビ」を商品化。料理家としての経験を生かし、農林漁業者の第6次産業化のサポートを行う起業家としても活動している。