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永井陽右さんがソマリアから目指す、全ての若者が武器を置くことができる社会

写真:柵にもたれながら笑顔を向ける永井さん
テロと紛争のない世界を目指すNPO法人アクセプト・インターナショナルの代表を務める永井陽右さん
この記事のPOINT!
  • テロや紛争に関わる若者たちには、関わらざるを得ない複雑な背景がある
  • 「テロや紛争に関わる若者の権利宣言」の国際条約化を実現しテロや紛争のない世界に
  • 目の前にある問題に対し「できること」ではなく「すべきこと」を考える視点が大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

世界の中でも非常に「治安のいい国」と言われている日本。そんな国に住んでいると、世界にはテロや紛争に巻き込まれている人たちがいることを忘れてしまいがちだ。いま現在も、暴力と隣り合わせの状況に追い込まれている人たちは存在する。

シリアでは内戦が10年も続き、国民の1,000万人以上が難民に。栄養失調等により子どもたちの命が危機に瀕している。南スーダンでは、2011年の独立後も紛争が続き380万人以上が住まいを追われている。他にも紛争が深刻な問題になっている国は、数多くある。

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紛争やテロによって行き場を失った難民たち。hikrcn/Shutterstock.com

そんな中でも目下の問題は、紛争に関わる若者たちの存在だ。紛争に関わるなんて、自己責任だ――。そんな意見もあるだろう。しかし彼らには紛争に関わらざるを得ない複雑な背景があり、視点を変えてみれば彼らもまた被害者なのだ。

そんな若者たちを救うため、立ち上がった団体がある。それがNPO法人アクセプト・インターナショナル(外部リンク)だ。同団体は「テロや紛争のない世界の実現」を目指し、これまでにソマリアやイエメンなどの危険な地域で、テロリストの社会復帰に貢献してきた。そして創立10周年となる2021年9月26日には、日本発の国際条約化に向けた『テロや紛争に関わる若者の権利宣言』(外部リンク)を公式発表した。

同団体の代表を務める永井陽右(ながい・ようすけ)さんに、紛争に関わる若者たちの背景にある問題と、それを解決するために何ができるのか、話を伺った。

さまざまな事情で紛争に関わる若者たち

永井さんが現在の活動をスタートさせたのは、2011年、大学1年生の頃。飢饉と紛争で悲劇に見舞われているソマリアのことを知り、居ても立っても居られなくなったという。

「その頃は、東日本大震災で大変な時期でしたが、ふとしたきっかけで知ったソマリアは毎年多く人が死ぬ“地球で一番危険な場所”と言われていました。ただ、大人たちに相談しても、『まずは英語を学んで、修士号を取って、10年は経験を積みなさい』と言われました。とはいえそんな人は数えきれないほどいるわけです。結局、危険だとか予算をつくれないとかでやらないなら、できるかは分からないがやる、という姿勢こそ大事だと思ったのです。私は幼少期が荒れていて、家庭崩壊の中、けんかもすれば、いじめに加担したことも、いじめを受けたこともあり、そんなこんなで大人への反発心が強烈にありまして、そうしたものがいい方向に向かったのだとも思います」

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無我夢中で走ってきたこの10年は、決して平坦な道程ではなかったと話す永井さん

先導してくれる大人がいない。つまりは全てが手探りだ。それでも永井さんは怯むことなく、紛争地域に足を運び、自分にできること、やるべきことを見つけていった。英語だってはじめから満足に話せたわけではなかった。実践を通して必要な言葉を身に付けていった。

その過程で知ったのが、紛争に関わる若者たちの存在だった。

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刑務所で、テロ組織の元メンバーの若者たちと共に食事をする永井さん。写真提供:NPO法人アクセプト・インターナショナル

「もちろん、中にはいわゆる過激派組織の主張に感化されて自ら過激化していく人もいます。ただ、それは決して多くはありません。どうして若者が紛争に関わってしまうのかというと、実にさまざまな背景があるのです。例えば、拒否権がないケース。ソマリアやイエメンのような熾烈な紛争地域だといわゆるテロ組織が支配領域を持っていて、そこにいる若者たちには拒否権がありません。明日から兵士になれ、と命じられたら従うしかないわけです。また、過激派の教師によって過激主義を教育され、まるで洗脳されるように兵士にさせられる若者もいます」

その他にも仕事に就けず仕方なく関わるケースや、組織に加入した兄弟などからプレッシャーを受けて足を踏み入れてしまうケースなど、その背景は想像以上に複雑だ。

そして、組織から何とか抜け出したとしても、彼らを待っているのは過酷な現実である。“戦争犯罪者”として扱われてしまう彼らには行き場がないどころか、処刑されてしまうことさえある。

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アクセプト・インターナショナルでは、受刑者に対し初等・中等教育も実施。写真提供:NPO法人アクセプト・インターナショナル

「そこで私たちがやっているのが、テロ組織を含む武装組織から抜け出した若者たちのリハビリ、社会復帰支援です。投降兵や逮捕者を中心に、彼らにケアを目的としたカウンセリングを軸に、職業訓練、初等・中等教育、脱過激化プログラム、社会復帰準備支援などを提供し、彼らが新たな人生を歩んでいけるように支援しています」

とはいえ、その道程は1つではない。「方程式も万能薬もない」と永井さんは言うが、その通り、紛争中の地域で紛争に加担してしまった若者たちを脱過激化し社会復帰させるためには、一人一人の背景に合わせたプランが必要になる。

「何とか社会復帰しても、『夢が叶いましたよ!』なんてそう簡単にはいきません。私たちが支援した若者たちは、みんなまだまだ長い人生の途上。あくまでも長期的なプロセスと考え、見守っていくこと、一人にさせないことが必要です。例えば社会に出る時に渡す社会復帰準備金も一度に渡すのではなく半年ごとに分けて合計800ドル金銭的にも支援するなど、いろいろ工夫しつつ長いスパンで支援しています」

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社会復帰した元テロリストの若者が経営する屋台で食事をする永井さん。写真提供:NPO法人アクセプト・インターナショナル

「テロや紛争に関わる若者の権利」を国際条約化する

いま、世界的に掲げられているSDGs(※)。「誰ひとり取り残さない世界」の実現に向けて、さまざまな企業や団体も動き出している。しかし、その動きを見ていて、思うところがあると永井さんは言う。

  • 「Sustainable Development Goals」の略。2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標

「SDGsを意識することは大変に素晴らしいことですが、標語である『誰一人取り残さない」ということにもっと向き合ってもいいのではないかと思います。せっかくより良い世界に向けていろいろ考えよう、行動しようという話なのですから、まさにそこで取り残している場所、人、分野はいないかという視座が大切なわけです。どうしても私たちは興味関心があるものや情動的共感が動くものに気持ちが向かってしまいますが、多くの人が興味も関心も持たなければ、情動的に共感することもない人々が往々にして存在しています。例えば大人で男性の元テロリストとか。誰でも何かアクションできるSDGsの時代だからこそ、そうした課題に誰がどうアプローチするのかという視点もなければと切に思います。特に何かしたいと考えている若者こそ、この点を真剣に考える必要がある」

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元過激派の受刑者たちに講義を行う永井さん。写真提供:NPO法人アクセプト・インターナショナル

永井さんが率いるNPO法人アクセプト・インターナショナルは、2021年9月26日に『テロや紛争に関わる若者の権利宣言』を公式発表した。そこでは「国の軍隊と異なるテロ組織を含む武装集団に関わっているとしても、変わらずひとりの若者であり、個々に合わせたケアや支援、保護などの必要性」などを提言した。この宣言を公式発表したのには、狙いがあったという。

「これまで若者として10年間走り抜けてきましたが、今やすっかり一応プロの大人になりました。なので、ここから大人としての10年に何をするべきかを考えたのです。それこそテロや紛争のない世界を実現するために。そこで出てきたのが、テロ組織などにいる・いた若者たちの権利を確固たるものにするべく国際合意をつくるということでした。若者が世界を変えるというならば、テロ組織などにいる数えきれないほどの若者たちはまさに取り残されてきた若者であるはずです。そうであれば、彼らが世界を変える若者として復活できるような働きかけが必要であり、それは紛争解決にも大きな意義がある。なので、そうした仕事を粛々としているわけですが、現場の仕事だけではテロや紛争のない世界はつくれないので、国際的な枠組みも創出しなければということですね」

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自分たちが“すべきこと”を見つめ、宣言を出したと話す永井さん

永井さんが目指すのは、今後10年で「テロや紛争下における若者の権利」を国際条約化することだ。

「子どもの権利条約は宣言から採択までに65年くらいかかっているので、私たちがやろうとしているのは途方もないことです。分野としても最もセンシティブなものの1つです。非常に難しいことを承知の上でやるのです。やるべきだと思うから。というかテロや紛争のない世界を実現すると言うのであれば、これくらいできなければ、われわれが存在している価値なんてないとすら思います。2022年5月には改良版の宣言を改めて発表し、それに合わせて条約制定に向けたグローバルな活動もスタートさせたいと考えています」

背中を見せることで、1人でも多くの人を引っ張りたい

永井さんのお話によって、非常に明確になった紛争に関わる若者たちの生きづらさ。しかし、遠く離れた日本に住む私たちには、一体何ができるのだろうか。

「みんなが紛争地に行くだとか、テロや紛争解決というタフな分野をやろうだなんて全く言う気がありません。そもそも言う権利がありません。ただ、SDGsが広まっている時代だからこそ、『何ができるか?』ではなく、『何をすべきか?』という視座を持ってほしい。語弊を恐れず言えば、圧倒的な課題に対してできることなんて大してありません。だからこそ、できることで考えてはダメなのです。特に若ければ若いほど、課題にとことん向き合い、解像度を高め、自分は何をすべきかということに向き合ってほしいです。そうした姿勢からしか見いだせないものがやはりあります」

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社会側の代表者たちと、投降兵や逮捕者の実情やリハビリ内容を説明する永井さん。写真提供:NPO法人アクセプト・インターナショナル

そして、その「すべきこと」を常にアップデートしていくことが肝要だ。

「その時々で、自分がすべきことを自分に問いかける必要があります。私たちも10年間、常に自問してきたから、こうして国際条約をつくるだとか前代未聞なことを考えることができたのです。そして、自分を通して考えること。SNSでインフルエンサーが言っていたから信じる、ではなく、それがきっかけでもいいけれど、きちんと他の言説や何よりももっと信頼できる妥当な情報にもあたって、その上で自分の頭で考えることが重要です」

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新たな10年に向けて動き出したアクセプト・インターナショナルのメンバー。写真提供:NPO法人アクセプト・インターナショナル

とはいえ、人はそんなに強くない。厄介な問題から目をそらし、易きに流れる。だから永井さんは「背中で語ります」と意志を固くする。

「いくら言っても伝わらないこともありますし、反発されることだって少なくない。「好きなことで生きていく」という時代ですし、SNSで承認されたり、できれば楽して金を稼ぎたいものでしょう。なので、どう考えても自分は超少数派というかやばい奴でしかない。であれば、一つ自分は背中で語ろうと思う。そうして『あいつ、サイコパスっぽいけど一応真摯にやってるよな。じゃあ、自分はどうだろうか』って考えてくれる人も出てくると信じています」

目の前に解決すべき問題があると感じたら、まずは一歩踏み出してみること。やるべきことは、その過程の中で見えてくる。そうした姿勢で、永井さんは10年間、前例のない手段でテロ・紛争をなくすための活動を続けてきた。「テロや紛争に関わる若者の権利」の国際条約化という大きな目標に向かってスタートしたアクセプト・インターナショナルの躍進に期待したい。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

永井陽右(ながい・ようすけ)

1991年、神奈川県生まれ。NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事。国連人間居住計画CVE(暴力的過激主義対策)メンター。テロと紛争の解決をミッションに、主にソマリアなどの紛争地にて、テロ組織の投降兵や逮捕者、ギャングなどの脱過激化・社会復帰支援や過激化防止を実施。また、テロ組織との交渉及び投降の促進、国連機関や現地政府の政策立案やレビューなどにも従事。London School of Economics and Political Science紛争研究修士。社会貢献支援財団主催「第55回(2020年度)社会貢献者表彰」(外部リンク)をはじめ、国内外で受賞・選出多数。著書に『共感という病』(かんき出版)、『僕らはソマリアギャングと夢を語る:「テロリストではない未来」をつくる挑戦』(英治出版)、『ぼくは13歳、任務は自爆テロ。:テロと戦争をなくすために必要なこと』(合同出版)、『共感という病』(かんき出版)など。
NPO法人アクセプト・インターナショナル 公式サイト(外部リンク)
NPO法人アクセプト・インターナショナル 10周年記念サイト(外部リンク)

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