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叶わなかった留学の夢を日本の若者たちに——。遺贈寄付で遺す生きた証、未来の笑顔
- 自分らしく人生を締めくくる終活の1つとして「遺贈寄付」への関心が高まっている
- 重永洋子さんは、自分が夢見た留学を希望する若者を支援したいと、遺贈寄付を決めた
- 遺贈寄付は、自分の「思い」を叶えると共に、未来の笑顔につなぐ人生最後の社会貢献
取材:日本財団ジャーナル編集部
最後まで自分らしい人生を送るための準備をする「終活」が広がる中で、関心が高まっている「遺贈(いぞう)寄付」。
「遺贈」とは、遺言によって財産の全て、または一部を特定の個人や団体などに遺すこと。「未来を背負っていく人たちに何か遺したい」との思いから、遺贈による社会貢献団体へ寄付を考える人が増えている。
日本財団が運営する「日本財団遺贈寄付サポートセンター」(外部リンク)では、遺贈を希望する一人一人が安心して人生の締めくくりを迎えられるよう、専門知識のある相談員が寄り添い、遺贈先の選択や遺言書の作成など細やかにサポートしている。
今回は、実際に同センターのサポートを受け、海外で学びたい若者を支援するために遺贈寄付を決めた重永洋子(しげなが・ようこ)さんに、今のお気持ちを伺った。
叶わなかった留学の夢を若者たちに託す
20年以上前から、いずれ受け継ぐ母親の財産を、日本の若者たちのために役立てたいと考えていたという重永さん。ただ、具体的な方法が見つからずにずっと模索し続けていた。
2013年4月、新聞に掲載された1本の記事が重永さんの目に止まった。それは国立市(東京)が、市民から寄付された1億円をもとに、若者が国際社会に羽ばたくことを応援する人材育成基金を創設したという内容だった。寄付をしたのは匿名希望の夫婦で、将来日本だけでなく世界を背負って立つような人物を国立市から輩出することを願ったという。
この記事を見た重永さんは「これだ!」とひらめいたと言う。
「高校生の頃、ケネディ大統領(※)が演説の中で言った『国があなたのために何ができるかではなく、あなたが国のために何ができるかを問うてほしい」という言葉に感動し、見聞を広めたいとアメリカへの留学を夢見たのですが、学校の先生に実力も語学力もないから無理だと言われ、泣く泣く諦めた経験があります。あの時の思いが50年経った今も心にしこりのように残っていて…。『もしも留学していたら、今とは違う人生があったんじゃないか』と悔やむことがあります」
- ※ 1961年にアメリカ合衆国第35代大統領として43歳の若さで就任。暗殺される1963年11月まで務めた
「自分が叶えられなかった留学の夢を、若者たちに託したい」
そう改めて強く思ったという重永さんは、まずは自身の出身地である宮崎県と宮崎市へ問い合わせをした。しかし、留学目的だけでは用途が狭く寄付を受け付けられないと断られてしまう。
途方に暮れた重永さんだったが、一縷(いちる)の望みをかけて記事を掲載した新聞社へ、自分の願いを聞いてくれる寄付の手段を教えてほしいと手紙を書いた。その思いを受け止めた新聞社の担当者が重永さんのもとに訪れ、遺贈の方法や寄付先の候補など、親身になって相談に乗ってくれたという。
「その時ご紹介いただいたのが、日本財団の遺贈寄付サポートセンターです。日本財団が取り組むさまざまな支援プロジェクトの中から、自分の希望に沿った遺贈先が選べるという点にとても惹かれました」
日本財団の遺贈先(外部リンク)(一例)
- 子どもサポート(貧困家庭の教育支援、難病の子どもと家庭の支援、夢の奨学金)
- 障害者サポート(スポーツ支援、就労支援、芸術支援)
- 震災の緊急支援、災害復興支援
- 開発途上国サポート(医療・教育支援、農業支援)
- 海・船に関わる活動
- ハンセン病の制圧と患者・元患者の尊厳回復
- 伝統文化の保護 etc.
遺贈寄付を行うには、その意思を自筆証書遺言(※)で示す必要があるが、認知症の症状がある重永さんのお母さんでは手続きが難しく、相続する自身の財産を寄付する形で進めた。
- ※ 遺言書の方式は、手書きの自筆証書遺言と公証役場に行って作成する公正証書遺言の大きく2種類に分かれる
そのことを母親に話すと「とてもいいことだと思うわよ」と快く賛同してくれた。長年、教師を務めてきた母親にとっても、子どもたちの教育に対する思いは深く、いわば「親子二代にわたる願いでもあるんです」と重永さんは微笑む。
「思い」を込めて遺言書を作成
重永さんは遺贈の活用法を遺贈寄付サポートセンターの相談員と話し合いながら、社会的養護で暮らした経験のある若者の夢実現を支援する「日本財団夢の奨学金」に決めた。このプロジェクトでは、専修学校や大学の入学金、卒業までの授業料や留学費、生活費、住居費などを給付するだけでなく、ソーシャルワーカーが進学や就職をサポートする伴走型支援を行っている。
遺贈先が決定したら、自筆証書遺言を作成へ。自筆証書遺言には細かい規定があり、「どんな財産があるのか」「誰に、どれくらい遺贈するか(または相続させるか)」、「遺言執行者の指定」に加えて、どのような「思い」で遺贈を希望するのかを、自ら手書きで文章にしなければならない。
「私の思いを具体的に文章で表現するために、相談員の方には何度も書類の添削をお願いして助けていただきました。作成するのに約2カ月かかりましたが、自分一人で全ての手続きをしようとしたら、もっと時間がかかっていたと思います」
全ての手続きを終えた今、「これで思い残すことはありません」と穏やかな表情で話す重永さん。
「ずっと心に抱えていたわだかまりがなくなって、本当に安心しました。日本財団さんと、紹介してくださった新聞社さんには、言葉に尽くせないほどお世話になり、深く感謝しています。若い方たちにはぜひ、海外でいろいろな価値観に触れ、見聞を広げていただけたらと思います」
幸せの4つの因子と遺贈寄付の素敵な関係
近年、「遺贈」は新しい寄付の形として注目度が高まっており、2021年度に日本財団遺贈寄付サポートセンターに寄せられた相談は2,000件を超えた。
日本財団が2020年11月に全国の60~79歳男女を対象に行ったアンケート調査「遺言・遺贈に関する意識・実態把握調査」(別タブで開く)では「あなたは『遺贈』という言葉を知っていましたか?」という問いに対し、過半数が認知はしているものの、「言葉は聞いたことがあるが意味は知らない」と回答した人が26.9パーセントを占めた。また「知らない」と回答した人が45.4パーセントという結果を見ると、まだまだ浸透しているとは言い難い。
図表:遺贈の認知度(単一回答)
「実際にあなたが遺贈を行うとした場合、どのようなことが問題となりそうですか」という問いに対しては、「必要な手続きがわからない」(32.4パーセント)、「寄付先が自分の意思に沿って使ってくれるか不安」(25.7パーセント)、「どこに相談したらよいかわからない」(20.9パーセント)などの回答が続いた。
図表:遺贈を行う場合、問題となりそうなこと(複数回答)
こうした不安を一つ一つ解消し、納得した上で遺贈寄付ができるよう、日本財団遺贈寄付サポートセンターでは専門知識のある相談員が細やかに対応している。さまざまな選択肢の中から、自分の意思で遺贈先が選べることができるほか、寄付された遺産は、経費や手数料など引かれることなく全額が活用される点も大きな特徴だ。相談費用も一切かからない。
遺贈先は子ども・若者支援事業をはじめ、障害者支援、海外支援、震災など災害の緊急及び復興支援など多岐にわたる。最近では、ミャンマーの子どもたちの衛生、教育環境を整備する事業や、コロナ禍で孤立・困窮して居場所を失った若年女性を支援する事業にも活用されている。
慶應義塾大学で幸せを科学的に分析する「幸福学」を研究する前野隆司(まえの・たかし)教授は、研究によって明らかにした「幸せの4つの因子」(外部リンク)についてこう触れている。
[幸せの4つの因子]
- 「やってみよう!」因子…何か夢や目標を実現したり、夢や目標を持っていたり、主体的に自分の生き方を全うしている人は幸せな人
- 「ありがとう!」因子…物事に感謝したり、思いやりや親切心に溢れた利他的な心を持つ人、社会とのつながりが豊かな人は幸せな人
- 「なんとかなる!」因子…前向きかつ楽観的な人や、自分のいいところを受容できている人は幸せな人
- 「ありのまま!」因子…人と自分を比較し過ぎず、自分らしく生き、自分らしい決定をしている人は幸せな人
遺贈寄付は、この4つの因子に当てはまる活動であると前野さんは考察している。
取材中、重永さんが話したこんな言葉が印象に残っている。
「私が寄付したお金で、若い方たちがアメリカやヨーロッパへ留学して学び、いずれ日本の国づくりを支える人材に成長するかもしれない――。そう考えると、とても夢があります」
まさに、強い意思を持ち、前向きで自分らしく生き、自分が亡くなった後も社会と深いつながりを得た重永さんは、幸せに満ち溢れていた。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。