日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

人生最後の社会貢献「遺贈」で子どもたちに“チャンス”を

写真:教室で微笑むアジアの子どもたち
遺贈を決めた方には、家庭や教育環境に恵まれない子どもたちへの支援を希望する方も多い
この記事のPOINT!
  • 「遺贈」によって、自分の築いてきた大切な財産を社会に役立てることができる
  • 遺贈は、自分の「思い」を未来に託すことによってできる「最後の社会貢献」
  • 遺言書を書くことで自分の人生を振り返り、「思い」を残すことができる

取材:日本財団ジャーナル編集部

少子高齢化が進む昨今、自分の築いてきた財産の「行き先」に悩む人が増えている。そんな中、メディアでもたびたび取り上げられ注目されているのが「遺贈(いぞう)」だ。遺贈とは、亡くなったときに遺言書で特定の個人や団体に財産を遺すことをいう。

日本財団が2016年に設立した「日本財団遺贈寄付サポートセンター」(別ウィンドウで開く)には、「自分が亡くなった後の財産を、社会に役立ててほしいが、どこに、どのように寄付すればよいのか分からない」といった相談を寄せる人が増えている。

同センターでは、こうした希望や悩みに寄り添い、解決方法を一緒に探りながら、最終的には遺言書という形にすることで人生の締めくくりを安心して迎えてもらえるよう、遺贈に関する相談を無料で受けている。

今回、実際に日本財団遺贈寄付サポートセンターに相談し、遺贈を決めた方に話を聞くことができた。

20年求め続けた「思い」を実現してくれる場所

お話を伺ったのは、2017年に日本財団遺贈寄付サポートセンターに相談を寄せた70代の女性、Mさん。同センターへの相談を経て、Mさんは、留学していたアメリカの母校や、日本財団への遺贈を決めた。

独身で子どものいないMさんは、自身の財産を大学時代に留学していたアメリカの母校と、途上国の子どもたちの教育のために使いたいという希望を明確に持っていた。20年ほど前から考えており、自筆で遺言書も書いてはいたが、特に途上国の子どもの支援については確実に実行されるか確信が持てず、悩み続けていたという。

「『例えば、貧しい国の子どもに使ってください』と遺言に書いてあっても、受け取った人は困ると思います。『この団体のこの活動に』と具体的に書いていないと。でも、どこを指定すればよいのか分からなかったんです」

悩み続けていたMさんの目に留まったのが、日本財団遺贈寄付サポートセンターについて書かれた、ある雑誌の記事だった。資料を取り寄せ、担当者との相談を重ねて、最終的に日本財団への遺贈を含む遺言書を書いた。

「日本財団にお願いしようと思ったのは、これまで社会課題に取り組んできた実績に対する信頼と、何より私の話を担当の方がとても真摯に話を聞いてくれたこと。なぜ、誰に、どんなふうに支援をしたいのか“大枠の希望”を伝えれば、私の『思い』に沿ったお金の使い方をしてくれると信じることができました」

写真:机の上で勉強をする2人のアジア人の子ども
遺贈寄付を通して、生きる力のもととなる教育のチャンスを与えたいとMさんは考えている

自分が得られたチャンスを次世代に伝えたい

Mさんが財産を贈る先としてアメリカにある母校と途上国の子どもたちの教育支援を選んだのには、強い「思い」がある。

「幼少期は少し自己主張の強い子どもだったかも」と述懐するMさんは、自分が周りの人となじめていない感覚を覚えていた。違う価値観のあるどこかに身を置いてみたいと、渡航費と学費を含めた完全奨学金を受けて渡米、アメリカの大学で学んだ。

早くから黒人を受け入れた先進的な大学で、異なる意見を持つ教師や学生が互いを認め合う環境だった。

「知識だけではなく、『自分は自分でいいんだ』という人としての在り方なども学びました。本当に素晴らしい先生から、素晴らしい教育を受けさせてもらえました」

「私の今があるのは、奨学金で行かせていただいたアメリカの母校のおかげ」と話すMさん。「次世代の若者にも同じような教育を受けるチャンスに恵まれてほしい」との願いを込めて、奨学金として同校への遺贈を決めた。

そしてもう1つ、未来を託したいと考えていたのが、途上国の子どもたちだ。

大学卒業後、Mさんは国際機関に就職。語学力や大学で学んだスキルを生かし、その後も高いキャリアを築いていった。外の世界や価値観の異なる地への探求心は強く、働きながら数多くの国へ旅をした。

特に、東南アジアをたびたび訪れ、現地で出会う子どもたちとのふれあいの中で、こんな「思い」を抱くようになる。

「観光客の客引きをする子どもたちの中には、本当に気が利いて、何をすればお客さんが嬉しいのか、教えらなくても理解している子がいるんです。そんな賢い子どもたちなら、学ぶチャンスさえあれば、いろいろなことを吸収して、きっと将来の選択肢も増えるはず。貧しさ故にそこで埋もれてしまうのはアンフェアだと思ったんです」

現地へ足を運び、光るものがある子どもに出会うたび、その「思い」は深まっていった。

Mさんが本当にあげたかったのは、お金やモノではない。自ら考えて生き抜く力となる教育を受ける「チャンス」だ。「民間ならではの、知恵のある支援事業に活用してほしい」と日本財団にその「思い」を託した。

写真:野原に立つ2人のアジア人の子ども
東南アジアの旅はMさんの大きな楽しみであると同時に、現地の子どもたちが抱える教育問題に触れる場でもあった

日本財団の担当者と二人三脚で遺言書を書き終えたMさん。遺言書を書くのは大仕事だが、自身にとっても良い機会であったと振り返る。

「遺言書を書くにあたって、自分の人生を振り返りますよね。自分がどんな道を歩み、何に価値を置いてきたのかを見つめ直す機会になり、感謝しています」

そして、晴れ晴れとした表情で「20年も悩んでいたことが解決して、安堵感と解放感で、景色が変わりました。この気持ちを他の方々にも味わってもらいたい。少しでも遺産のことで悩んでいる人がいたら、今すぐに動き始めることを勧めますね。預金通帳を調べるだけでも大変です。気力があるうちに始めたほうが良いと感じました。何から手をつければいいのか分からないときも、とりあえず相談して話をすることで、自分がこれまでに生きてきた道のりを整理して、自分の託したいものが見えてくるかもしれません」

遺言書に込められた十人十色の人や社会への想い

Mさんのほかにも、日本財団への遺贈を決めた方には、家庭や教育環境に恵まれない子どもたちへの支援を希望する方も多い。その声の一部をお届けしたい。

写真:少女に勉強を教えるおばあさん
遺贈寄付は子どもたちの未来に灯りをともす

私は一歳のときに父が事故で亡くなり、母は女手一つで大学まで行かせてくれました。家計は苦しかったので進学を迷っていたところ、中学校の先生から奨学金の利用を薦められそのお陰で大学院まで進学することができ、好きな数学の研究に打ち込むことができました。大学院修了後は、数学教師になり結婚して家庭を持ちましたが、私たち夫婦には子どもがいません。そこで、私自身が奨学金の需給で夢を叶えることができましたので、その恩返しとして若者が夢を叶えられるように「日本財団夢の奨学金」へ遺贈寄付することを決めました。

子どもたちには、貧しくても教育の機会が失われることなく、希望を持って勉学に勤しんでほしいと思います。経済的に厳しい環境にいる子どもたちが、夢を叶えられるように今度は私たちが支援する立場だと思います。「日本財団夢の奨学金」制度は、私の夢も叶えてくれる制度です。

(神奈川県 男性 70歳) 

20代で専門商社を立ち上げ、懸命に仕事をしてきました。充実した日々を送っていたところ、ガンが見つかり慌てました。そのことをきっかけに自分の「死」を意識するようになりました。結婚もしましたが離婚しており子どもはおりません。遺した財産が国庫に帰属され何に使われるのかわからなくなってしまうよりは、何か社会貢献に役立ててほしい、未来のある子どもの支援がしたい、と思いました。また人生の集大成に遺すのだから、自分の名前をどこかに記したいというのが希望でした。日本財団への遺贈では、それらが可能になるというのでセンターに相談をしました。私の遺す支援で子どもたちのための施設を設立し、名前を遺してもらうことにしています。私はそれを見ることはできませんが、永く後世に伝えられることを願っています。

(埼玉県 男性 70歳)

社会貢献をしたい、子どもたちを支援したい、名前を残したい、など遺贈を決めたきっかけはそれぞれだが、遺言書を書き終えた方々の言葉からは一様に人生の集大成に次世代のために役立ててほしいという強い「思い」が伝わってくる。

遺贈は自分も社会も幸せにする「最後の社会貢献」

日本財団が2018年度に実施した調査(世帯金融資産2,000万円以上の40代~70代男女対象)によると、全体の6割程度が「遺贈」を認知しており、「社会貢献」「税金対策」「家族に迷惑をかけたくない」「相続させる人がいない」などさまざまな事情で「遺贈寄付」の意向がある。

図表:遺贈認知

遺贈認知を示す帯グラフ。知らない38.1%、聞いたことはあるが、内容はよく知らない36.7%、内容はある程度知っている19.8%、内容はよく知っている5.5%。
全体の6割程度の人が「遺贈」について認知している

図表:遺贈寄付意向の理由

遺贈寄付意向の理由を示す棒グラフ。自分の財産を希望する社会貢献に役立てたいから44%、税金(相続税)対策として21%、家族や親族に迷惑をかけたくないから19%、相続させる人がいないから16%、法定相続人以外に財産を遺したいから10%、法定相続で決められた財産配分とは異なる配分で遺したいから8%、処分できない財産が残るから7%。
遺贈寄付意向の理由には、「社会貢献」をあげる人も多い。そのほか「税金(相続税)対策」や「家族や親族に迷惑をかけたくない」などさまざまな事情が見られる

一方で、実際に「遺贈寄付」の具体的な検討段階にある人は全体の3%程度に留まっており、「遺贈寄付」のハードルは高い。手間や手続きの難しさ、遺贈したお金が自分の希望する社会貢献に使われるのかという不安、どこに相談すればよいのかという情報の不足などが足かせとなっている。

図表:遺贈寄付意向

遺贈寄付意向を示す帯グラグ。すでに行っている0.5%、具体的に検討したい2.8%、まだわからないが前向きに検討したい26.2%、興味関心はある26.2%、興味関心がない49.9%。
「遺贈」について認知度が高い一方で、「遺贈寄付」を具体的に検討している人は3%程度しかいない

図表:遺贈寄付への不安

遺贈寄付への不安を示す棒グラフ。手続きが難しくないか、手間がかからないか34%、遺贈したお金が自分の思った通りの社会貢献に使われるのか、自分の死後きちんと遺贈が行われるか、どこに相談すればいいか、いずれも22%、手数料など経費がどの程度かかるか20%。
「遺贈寄付」に対する不安には、手続きの難しさや、遺贈したお金の使われ方への危惧、相談先の情報不足などの理由があがっている

相談者の想いを遺す遺贈寄付の普及を目指して2016年4月に開設された日本財団遺贈寄付サポートセンターには、開設以来2年10カ月で4,000件以上の問い合わせが寄せられ、専門の相談員がきめ細かく対応している。遺贈先の選定や遺贈の活用方法、相続問題や遺言書の作成についての相談はもちろん、不動産の処分や老後の暮らし、死後事務などの悩みにも、相談者に寄り添って解決の糸口を探っている。センターへの相談をきっかけに遺贈や終活に関する問題を整理し、最終的に日本財団への遺贈を含む遺言書を作成した人も多い (2019年1月31日時点で86件)。

日本財団に寄付された遺産は、経費や手数料など引かれることなく全額が遺贈を決めた方の希望に沿った社会貢献に活用されている。

大規模災害が起きた際の支援金として使ってほしい、と希望する人もいる。この希望から、被災地の避難所における非常用トイレの配備や、行政では行えない個人財産を復旧させる支援など、さまざまな活動を行ってきた。

自分が築き上げたものが何かの形で残り、活かされるのなら、未来に託したい。遺贈は贈る側も贈られる側も幸せになる、未来へつながる「最後の社会貢献」なのだ。

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。