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「リケジョ」と言われることのない世の中を目指して。WaffleがIT業界を目指す女性を育成する理由

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IT業界で働く女性を増やすことで、社会的・技術的な男女格差の解消に取り組むWaffle。写真はWaffleの講座に参加する女子中高生たち
この記事のPOINT!
  • テクノロジー分野における人材は圧倒的に男性が多く、さまざまな男女格差を生み出している
  • WaffleではIT業界に女性の技術者を増やすべく、女子学生を対象にIT・STEM(※)教育の機会を提供
  • 自分のやりたいことを見つけて、ITの力でよりよい社会に変えていける女性を増やす
  • 科学(science)、技術(technology)、工学(engineering)、数学(mathematics)の頭文字からとった、科学・技術・工学・数学など理数系の教育分野を総称する言葉

取材:日本財団ジャーナル編集部

2017年、アメリカのIT企業がAIを用いた採用活動用のツール開発を中止したことが話題となった。採用すべき人物像を学習するために、過去10年分に送られてきた履歴書を機械学習させた結果、履歴書の大半が男性だったため、判別するアルゴリズムに偏りが出てしまったのだ。

目まぐるしくテクノロジーが進化する中で、IT業界には「見えない男女格差」が多数存在しており、この例はほんの一部。このような問題を起こらないようにするために必要なのが、開発現場における女性の存在だ。

特定非営利活動法人Waffle(ワッフル)(外部リンク)は、テクノロジー分野における女性の社会進出を増やそうと、ジェンダーマイノリティ(性的少数者)を含む女子中高生や大学生を対象にした実践的なIT・コーディング講座の企画・運営やアプリコンテストの普及などに取り組んでいる。

今回は、共同代表の田中沙弥果(たなか・さやか)さんに、IT業界における男女格差の問題と共に、テクノロジー分野に女性が増えることで拓ける未来の可能性についてお話を聞いた。

IT業界の女性進出を阻む、ジェンダーバイアス

世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)が2006年より毎年発表している、教育、経済、保健、政治の4分野における、各国の男女格差を数値化する「ジェンダーギャップ指数」。2021年に発表された順位では、日本が156カ国のうち120位だった。先進国の中で最低レベルであるだけでなく、アジア圏の中でも韓国や中国、ASEAN諸国(※)よりも低いという結果が出た。

  • 東南アジア諸国連合のことで、インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオスの10カ国を指す

「ジェンダーギャップが特に顕著なのは、政治と経済の分野です。国会議員に占める女性の割合は少なく政治に女性の声が反映されにくい状態ですし、平均年収においても男性に比べて100万円以上低いということも分かっています。総合職(社内の中核を担う業務)=男性、一般職(総合職のサポート業務)=女性という画一的な雇用形態が残っている会社もまだまだ多いですし、コロナ禍では、パートなど非正規で雇用された女性が職を失い、深刻な状況に陥るといったニュースも目にすることが多かったと思います」

図表:ジェンダーギャップ指数(2021)上位国及び主な国の順位

表組み:
1位 アイスランド、値0.892、前年値0.877、前年からの順位変動なし
2位 フィンランド、値0.861、前年値0.832、前年からの順位変動1
3位 ノルウェー、値0.849、前年値0.842、前年からの順位変動-1
4位 ニュージーランド、値0.840、前年値0.799、前年からの順位変動2
5位 スウェーデン、値0.823、前年値0.820、前年からの順位変動-1
11位 ドイツ、値0.796、前年値0.787、前年からの順位変動-1
16位 フランス、値0.784、前年値0.781、前年からの順位変動-1
23位 イギリス、値0.775、前年値0.767、前年からの順位変動-2
24位 カナダ、値0.772、前年値0.772、前年からの順位変動-5
30位 アメリカ、値0.763、前年値0.724、前年からの順位変動23
63位 イタリア、値0.721、前年値0.707、前年からの順位変動13
79位 タイ、値0.710、前年値0.708、前年からの順位変動-4
81位 ロシア、値0.708、前年値0.706、前年からの順位変動なし
87位 ベトナム、値0.701、前年値0.700、前年からの順位変動なし
101位 インドネシア、値0.688、前年値0.700、前年からの順位変動-16
102位 韓国、値0.687、前年値0.672、前年からの順位変動6
107位 中国、値0.682、前年値0.676、前年からの順位変動-1
119位 アンゴラ、値0.657、前年値0.660、前年からの順位変動-1
120位 日本、値0.656、前年値0.652、前年からの順位変動1
121位 シエラレオネ、値0.655、前年値0.668、前年からの順位変動-10
出典:内閣府・男女共同参画局「共同参画」2021年5月号より
写真:路上に立ち笑顔を向ける田中さん
Waffle共同代表の田中さん

田中さんが話すように、2022年日本の国会議員における女性の割合は衆議院議員が9.7パーセント、衆議院議員が28.0パーセントとかなり少ない。また、賃金格差も男性の賃金を100とした場合、女性は77.5と主要各国平均(88.4)からも大きくかけ離れているのが現状だ。

図表:世界の女性議員の比率(過去との比較)

表組み:
日本 むかし8.4%(1946年)、いま9.7%(2021年)
アメリカ むかし2.5%(1946年)、いま27.9%(2021年)
イギリス むかし3.8%(1945年)、いま34.5%(2022年)
フランス むかし5.6%(1945年)、いま39.5%(2019年)
韓国 むかし0.5%(1948年)、いま18.6%( 2021年)
フィンランド むかし9.0%(1945年)、いま45.5%(2021年)
ニュージーラン むかしま2.5%(1946年)、いま49.2%(2021年)
※小数点第二位を四捨五入
昔に比べ世界の国々で女性議員の比率が大幅に増えているのに対し、日本は低いままだ。参考文献:Compare data Parline:the IPU’s Open Data Platform

図表:主要各国の男女賃金格差

縦棒グラフ:男性賃金の中央値100
イタリア 92.4
OECD平均 88.4
フランス 88.2
イギリス 87.7
ドイツ 86.1
カナダ 83.9
アメリカ 82.3
日本 77.5(男性賃金の中央値と22.5ポイントの開き)
各国の男性賃金の中央値を100とした場合の女性賃金の中央値。OECDデータから内閣官房がまとめた資料をもとに作成。日本、アメリカ、カナダ、イギリスは2020年、ドイツ、イタリアは2019年、フランスは2018年の数値

「その他にも、予期せぬ妊娠を防ぐための緊急避妊薬を使用するには、現状、配偶者の同意が必要(未婚やDVなどの場合は不要)となっています。女性自身の身体のことなのに……。国民の半数が女性なのに、その意見や活躍の場が限られてしまっていることに問題があると」

社会に女性の声が届きにくい背景には、日本の企業で多く取り入られているメンバーシップ型雇用(日本型雇用※1)の影響や、家父長制(※2)的な古い慣習が残っていることも要因にある。そして、こういった男女格差の問題を解消するために、1つの鍵となるのが IT業界における女性活躍の推進だと田中さんは言う。

  • 1.新卒で一括採用し、職場や職務をローテーションさせることで適職を見つけ、長く企業に務めてもらうための雇用方法。一方、欧米諸国で主流の個人のスキルを重視するジョブ型雇用がある
  • 2.父系の家族制度において、家長が絶対的な家長権によって家族員を支配・統率する家族形態

しかし、そもそもIT業界に進む女性の数は少なく、そこには保護者や学校、社会からのジェンダーバイアス(男女の役割に対する固定観念)が大きく影響している。

「よく『女性は理系科目が苦手』と言われますが、国際的な学力調査、TIMSS(国際数学・理科教育動向調査※1)やPISA(生徒の学習到達度調査※2)の結果からは、日本では男女の差がほぼ見られません。それどころか、日本の女子の数学の点数は世界7位、科学は世界6位と非常に高く、諸外国の男子学生よりも高いことが分かっています。にもかかわらず、日本において工学部に進学する女子学生の割合は15パーセントほど。親や教師からの『技術職は女性に不向き』といったステレオタイプ(固定観念、先入観)や、そこからくる『理系分野は向いていない』という本人の思い込みが、IT業界における女性進出の大きな妨げになっています。男性は『リケダン』とは言わないのに、女性には『リケジョ』という特別視する言葉が存在すること自体が、それを物語っていますよね」

  • 1.国際教育到達度評価学会(IEA)が実施。初等中等教育段階における児童・生徒の算数・数学及び理科の教育到達度を国際的な尺度によって測定し、児童・生徒の学習環境条件等の諸要因との関係を分析する。試験内容は算数・数学、理科に合わせて、児童・生徒質問紙、教師質問紙、学校質問紙による調査を実施。対象は[1]9歳以上10歳未満の大多数が在籍している隣り合った2学年のうちの上の学年の児童。[2]13歳以上14歳未満の大多数が在籍している隣り合った2学年のうちの上の学年の生徒(日本では1は小学校4年生、2は中学校2年生が対象)
  • 2. OECD(経済協力開発機構)が実施。義務教育修了段階(15歳)において、これまでに身に付けてきた知識や技能を、実生活のさまざまな場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測る。試験内容は読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野(実施年によって、中心分野を設定して重点的に調査)に合わせて、生徒質問紙、学校質問紙による調査を実施。対象は、調査段階で15歳3カ月以上16歳2カ月以下の学校に通う生徒(日本では高等学校1年生が対象)

IT業界の技術者に女性が少ないままでは、これからの社会においてますます男女格差が広がっていくのではないかと田中さんは懸念する。

「例えば、スマートフォンなどで使用される現在の顔認識技術では、白人男性と比べて肌の色の濃い人や女性の認識率は低く、誤検出の可能性が高いことが世界的に問題となりました。医療業界においても、これまで医薬品等の開発では、臨床試験等が男性中心に行われることが多く、女性が服用した際に致命的な副作用が生じる場合があることが指摘されています」

日進月歩で進化するテクノロジー分野において、男女格差を無くすことは急務と言える。そのためには業界における女性活躍の推進が必須と言える。

縦棒グラフ:
左「算数・数学的リテラシー」
小学4年生 男子593、女子593
中学2年生 男子595、女子593
高校1年生 男子532、女子522

右「理科・科学的リテラシー」		
小学4年生 男子559、女子565★
中学2年生 男子575、女子565★
高校1年生 男子531、女子528
小学4年生、中2年生は2019年のTIMSS、高校1年生は2018年のPISAの結果より。★がついているものは男女で有意差(統計上、確率的に偶然とは考えづらい)があるもの。出典「PISA 2018 Education GPS Japan」および「TIMSS 2019」

ITの力で「社会を変えていける女性」を増やしたい

Waffleでは「女の子は理系科目は苦手」「プログラマーはこうでなくてはならない」といったジェンダーステレオタイプを取り除き、IT・STEM分野で世界に羽ばたく女性を増やすため、2017年から活動を続けている。

「私たちは、IT業界において女性の技術者を増やすべく、女子中高生や大学生を対象にIT教育、STEM教育の機会を提供しています。まずは、ITやプログラミングについて知り、関心を持ってもらい、それを最終的に就業の機会につなげるプログラムを展開しています」

写真:オンラインでWaffle Campに参加する女子中高生たちと、Waffleのメンバー
Waffle Campに参加する女子中高生たち

具体的には、女子中高生向けにウェブサイト開発のスキルとプログラミング学習コミュニティを提供するオンライン・プログラム「Waffle Camp(ワッフル・キャンプ)」や、女子大生・院生向けにプログラミング研修及びキャリアサポートを提供する「Waffle College(ワッフル・カレッジ)」、アメリカのNPOと提携し国内でも普及に努めているグローバルなアプリコンテスト「Technovation Girls(テクノベーション・ガールズ)」のほか、SNSでの情報発信や学校での講演会、IT企業へのインターンシップ紹介なども展開している。

図:Waffleの仕組み
〈中高生〉
[認知]
IT(プログラミング)が自分の進路と関係があることを知る。
 ・講演 ・無料イベント ・メディア ・SNS
↓
[興味・関心]
[進路につなげる]
プログラミングに興味を持つ。情報系進路またはプログラミングやIT開発を勉強できるところを志望する。
 ・無料イベント ・waffleCamp ・Technovation
↓
〈大学生〉
[キャリアにつなげる]
Tech to change the worldを満たす職につく
 ・教育 ・インターンシップ先の紹介など
↓
[多くの女性をIT産業へ送る]
↓
Waffleでは、ITやプログラミングに対する興味喚起から、進路、就業機会につなげるまで、一貫してサポート

「他のプログラミング教室と大きく異なるのは、私たちは自分たちのイベントやサービスを通じて『社会を変えていける女性』を増やしたい、という思いを持って、プログラムを組んでいる点です。例えば、プログラミングをする前に『どんな課題を解決するためのサービスなのか』『なぜあなたがそれに取り組むのか』『そのためにどんな機能が必要なのか』といったことを参加者に考えてもらい、目的を明確化します。また、現在の社会課題についても知ってもらい、『自分は何をどうしたいのか?』を意識した上でプログラムに落とし込むという流れを大事にしていますね」

写真
Waffleのイベントに参加する女子中高生たち

オンラインプログラムやアプリコンテストの参加者からは、「プログラミングとビジネスに対しての自信がついた」「キャリアの選択肢として情報科学や起業を考えるようになった」「普段なにげなく使っていたサービスが、どんな議論やプログラムによって生まれるのか理解でき、視野が広まった」「自分でもITを通じて社会を変えていけるんだと実感した」などといった、将来の可能性を見出すコメントが数多く寄せられている。

「エンジニアをはじめとするIT業界の仕事は『何か作りたいものがある』ことから始まるものだと思うんです。参加者の皆さんには、私たちの活動を通して社会を知ってもらい、自分のやりたいことを見つけて、テクノロジーの力で良い方向に変えていける人材の育成に力を入れていきたいと思っています。フェムテックのような生理や妊娠といった当事者しか分からないもののアプリやサービスは、本来、女性の技術者が携わった方が利用者のニーズにあったものが提供できるのではないでしょうか」

写真:笑顔を向ける斎藤さんと田中さん
Waffle共同代表である斎藤明日美(さいとう・あすみ)さん(右)と田中沙弥果さん

経済産業省の発表では2030年に最大79万人のIT人材が不足すると試算されているが、女性のIT人材が増えればこの問題の解決にもつながり、女性の高収入な職への就労機会が増える。女性の活躍が広がることでさまざまな経済効果も期待できる。

「IT分野における女性の活躍の促進には、私たちNPOだけではどうにもできない部分もあります。企業の方にも、社会課題として一緒に取り組んでいただけるととてもありがたいです」

過去のインタビューで、「近い将来、Waffleが必要なくなって解散していたらいいなと思うんです。その時こそが男女格差のなくなった時なので」と語った田中さん。きっとその時は、多くの人にとって公平で働きがいのある素敵な社会が実現していることだろう。

写真提供:特定非営利活動法人Waffle

〈プロフィール〉

田中沙弥果(たなか・さやか)

1991年生まれ。2017年NPO法人みんなのコード入職。文部科学省後援事業に従事したほか、全国20都市以上の教育委員会と連携し学校の先生がプログラミング教育を授業で実施するために事業推進。2017年から女子およびジェンダーマイノリティの中高生向け向けIT教育の機会提供を開始。2019年にIT分野のジェンダーギャップを解消するために一般社団法人Waffleを設立(その後、特定非営利活動法人化)。2020年Forbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」受賞。内閣府 若者円卓会議 委員。経産省「デジタル関連部活支援の在り方に関する検討会」有識者。
特定非営利活動法人Waffle 公式サイト(外部リンク)

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