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増える自然災害、不足する避難所。東大・目黒教授に聞く「在宅避難」の備えと防災の心得

画像:家の模型と室内の図面
安心・安全な「在宅避難」の備えと、いま求められる防災のあり方について東京大学の目黒教授に聞く。patchii/PIXTA
この記事のPOINT!
  • 日本の人口に対し不足する避難所。「在宅避難」も避難生活を送る重要な選択肢に
  • 防災を「価値」に変え、循環型備蓄の習慣化など、平時から取り組む行動を促すことが重要
  • 災害対策を自分ごとにし、想像力を膨らませて行動をイメージすることが命を守る

取材:日本財団ジャーナル編集部

日本の自然災害はここ数十年で増えつつある。2021年7月の熱海市伊豆山土石流災害や、2022年8月の北陸・東北地方に被害をもたらした記録的な大雨などは記憶に新しい。

加えて近年、懸念されているのが、首都直下地震と南海トラフ地震だ。共に30年以内に起こる確率は70パーセント(別タブで開く)以上と言われているが、最悪の場合に、より大きな被害を及ぼすと考えられる南海トラフ地震の場合には、静岡県から宮崎県にかけての一部では震度7クラスの地震動(※1)が襲い、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い地域を10メートルを超える大津波が襲来する可能性がある。その経済損失は、東日本大震災の10倍近くとなる最大200兆円以上、死者数も最大23万人を超える(※2)ことが予測されている。

  • 1.地震による地面の揺れ。震源から遠く離れるのに伴い小さくなるが、同じ距離ではっていく性質がある
  • 2.令和元年6月 内閣府政策統括官(防災担当)「南海トラフ巨大地震の被害想定について」

世界でも有数の災害大国と言われる日本において、こうした大規模災害への対策は極めて重要な課題だ。しかし、災害時に活用される避難所の数は決して十分とは言えない。

内閣府が2018年10月1日公表した資料によると、日本の総人口約1億2,500万人に対し、全国の指定避難所(※1)の数は7万5,895カ所、福祉避難所(※2)の数は2万2,579カ所。

  • 1.「指定避難所」は、災害により自宅へ戻れなくなった人たちが一時的に滞在する施設。これに対し、災害の危険から命を守るために緊急的に避難する場所を「指定緊急避難場所」という
  • 2.施設自体の耐震・耐火など安全性と共に、手すりやスロープなどのバリアフリー化が図られ、要支援者の安全性も確保された施設。障害者支援施設、保健センター、養護学校、宿泊施設など

大勢が一度に避難所に殺到すれば、避難所崩壊は免れないだろう。さらに昨今は、新型コロナウイルスによる影響で密を避ける必要がある。

「災害時はとにかく避難所に行く」という考えだけでは、十分な災害対策とは言えなくなってきている。

表組:
全国合計 指定避難所 7万5,895カ所
全国合計 福祉避難所	 2万2,579カ所
東京近郊	東京・千葉・埼玉・神奈川 合計7,610カ所
大阪近郊	大阪・兵庫・奈良・京都 合計7,397カ所
都市部を中心に、人口に対して避難所の数は十分とは言い難い。出典:内閣府政策統括官(防災担当)付、参事官(被災者行政担当)付「避難所について」

そんな中、近年注目が集まっているのが、自宅を避難場所とする「在宅避難」という考え方だ。2021年7月1日に発売された『在宅避難生活のススメ』(株式会社プラネックス)の監修に携わった東京大学・大学院情報学環総合防災情報研究センター長の目黒公郎(めぐろ・きみろう)教授(外部リンク)に、国や行政、企業、私たちにいま求められる防災への姿勢と、在宅避難の取り組み方について話を伺った。

防災を「価値」に変え、「自助」「共助」を推進

いま、懸念されている巨大地震。テレビや雑誌などでも、南海トラフ地震や首都直下型地震をテーマにした特集がよく組まれているが、いまの科学技術を持ってしても発生の時期や場所を明確に示すことは難しい。

ただ「『大地震や気象災害の歴史をひも解いていくと、幕末に起きた災害の状況と今の状況が似ている』と見る専門家もいる」と、目黒教授は話す。

「ペリーが黒船で浦賀に来航した1853年(嘉永6年)から10年ほどの期間に、日本では大規模な自然災害とパンデミック(※1)が繰り返される。始まりは1854年(安政元年)11月4日、5日に31時間の時間差で連続して起こった『安政東海・南海地震』と呼ばれる2つの巨大地震。マグニチュードはいずれも8.4、激しい地震動と巨大な津波が、関東から九州に至る太平洋沿岸(地震動は沿岸のみならず内陸まで)を襲い、現在の我が国の産業の中心的な地域である太平洋ベルト地帯に壊滅的な被害をもたらした。その後1年もしないうちに、現在の首都直下地震のモデルになっている『安政江戸地震』(マグニチュード7クラス)が起き、江戸で約1万人が亡くなった。さらに1年もしない1856年(安政3年)8月には、『安政の江戸暴風雨』と呼ばれる巨大台風が江戸湾(現在の東京湾)を襲い、10万人が犠牲になった。それから2年間にコレラ(※2)によるパンデミックが起き、1858年には江戸だけで3万~10万人が亡くなり、その後もコレラは流行り続け、それに麻疹(はしか)が加わった1862年には、江戸だけで20万人以上が亡くなったと言われている。今の日本も新型コロナウイルスの感染拡大と同時に、気象災害が激化し、地震も頻発している状況で、『この流れが幕末の状況と似ている』と見る専門家もいる。いつどこで大きな地震が発生するか特定できないが、歴史の大きな流れを踏まえると、大きな災害がいつ起こっても不思議ではない状況と言える」

  • 1.地理的に広い範囲の世界的流行及び非常に多くの数の感染者や患者を発生する流行
  • 2.経口感染症の1種。コレラ菌(Vibrio cholerae O1 およびO139 のうちコレラ毒素産生性の菌)で汚染された水や食物を摂取することによって感染する
幕末に連続して発生した地震や気象災害、パンデミックについて語る目黒教授

しかし、南海トラフ地震のような大きな災害が起こった場合、国や自治体による支援「公助」に頼ることは今後ますます厳しくなっていくという。

「今の日本は、少子化高齢化による人口減少と社会保障給付費の増加などにより、財政的に厳しい状況が続いている。2021年度の一般会計予算は約107兆円、GDP予算は世界3位と言っても550兆円ほど。ちなみに、2018年6月に公益社団法人土木学会が試算した巨大地震発災後から20年間の長期的な被害額は、南海トラフ地震で約1,541兆円、首都直下地震では約855兆円である。国の予算と比較すれば、公助だけでは賄えないことは明らかだ」

ゆえに「これからの防災では公助の目減り分を、『自助』と『共助』で補う必要があるが、従来のように、自助や共助の担い手である個人や法人、そのコミュニティーの良心に訴える防災は限界だ」と目黒教授は話す。そのために、欠かせないキーワードとして挙げたのが、「コストからバリューへ」の意識改革と、「フェーズフリー」の取り組みの2つだ。

「従来は防災対策を行政も民間もコスト(費用)とみなしてきた。コストと考える災害対策は『1回やれば終わり、継続性がない。対策の効果は災害が起こらないと分からないもの』になるが、バリュー(価値)型の災害対策は『災害の有無にかかわらず、平時から組織や地域に価値やブランド力をもたらし、これが継続されるもの』になる。また、災害は時間的にも、空間的にも非常に限定的な現象なので、災害時にしか役立たない対策への投資は難しい。これからの防災対策は、平時のQOL(※)を向上させることが主目的で、それがそのまま災害時にも有効活用できるという災害時と平時のフェーズを分けない『フェーズフリー』な災害対策であるべきだ」

  • 生活の質。「Quality of Life」の略

「フェーズフリー」の概念は、目黒教授と教授の教え子で、防災の専門家として活動する一般社団法人フェーズフリー協会(外部リンク)代表理事の佐藤唯行(さとう・ただゆき)さんが2014年に提唱したもので、自助力を高め安心・安全な「在宅避難」を実現する上でも重要な考え方となる。

目黒教授は公助も変化すべきだと言う。

「従来の公金を使った行政(国・都道府県・市町村)が主導する公助から、個人や法人が、自発的に自助や共助を推進しやすい環境整備としての公助への質的な変化が必要である」

自助力を高める「在宅避難」の条件と備え

では、防災を価値に変えるために、組織や企業は何ができるのか。目黒教授は次のように言う。

「1つの例だが、マンションやエレベーターなどを管理する民間企業は、平時に管理している数を考えれば、災害発生時に十分な対応をすることはできない。このような状況を踏まえれば、住人に災害発生時に起こること(どのような状況になるのか)と自分たちの対応力の限界について、正直に説明することが重要だ。間違っても『万全です』などとは言ってはいけない。その上で、『事前に、こういう備えをしておけば、今の状態で起こるであろう被害を大きく軽減する』対策を提案し、一緒に実践する機会をつくること。このような防災対策を日頃から進めていると、マンションやエレベーターの管理会社への信頼感と住民の防災意識が高まる。将来の災害時に発生する被害も確実に減る。そのマンションやエレベーターへの信頼も高まり、『防災対策がしっかりできていて安心』という価値も生まれる。企業のブランド力も高まり、金融機関からも信頼性の高いビジネスパートナーとして見られる可能性も高まるし、ビジネスの機会も増えるだろう。さらに災害発生時には、上記のような事前対策をしている場合としていない場合では、発災後に同じように努力した行為に対して、住民の反応は感謝と叱責に大きく分かれる」

フェーズフリーの取り組みについては、「災害に対するイマジネーション(想像力)を働かせながら、商品やサービスを開発し続けることが大切」と目黒教授。そうした挑戦が社会全体に新しい価値を生み出していくという。これまでにも、バッグにもバケツにもなる超撥水バッグや、濡れた紙にも書けるボールペンなど、画期的な商品が登場し話題を集めた。

「防災がバリューに変わり、フェーズフリーの考え方が浸透すれば、地震や気象災害による被害は減り、行政からの支出も減るので、行政は、そういった取り組みに貢献する企業に対して、インセンティブを出す仕組みをつくるべきだ。そうすれば、企業も防災への取り組みを継続しやすくなるし、より一層自然災害の被害軽減につながる」

一方で、大規模災害時に自助の取り組みとして求められる「在宅避難」。フェーズフリーの事例も含め、冊子『在宅避難生活のススメ』を参考にしながら、目黒教授に重要なポイントを伺った。

在宅避難を可能とする自宅の条件

何が何でも在宅避難をすれば良いというわけではない。以下のような条件に当てはまることが前提となる。

  • 地震の揺れに強い建物。2000年6月以降の建設であれば構造的な被災リスクは低い。それ以前であれば、耐震診断や耐震補強を行う必要がある
  • 土砂災害や豪雨災害に強い建物。崖の上下、海や川のそば、避難する道が1つしかない建物は、被災後、自宅の安全が確認できるまで避難所で生活する方が良い

在宅避難への備え1.『室内の安全を確保する』

建物の耐震性と安全性を確認した後にまずやるべきなのが、家具の固定をはじめとする室内の安全性の確保だ。

  • 家具類の固定は寝ている時に無防備となる寝室から行う
  • 冷蔵庫や器具類を固定し、在宅避難時に使えるキッチンに。ガスのカセットコンロは必需品。普段から調理に慣れておくと安心
  • キッチンだけが火元ではない(ガスコンロは地震時に自動で止まる)。カーテンなど布製品は防火品を使用する
イラスト:
備える
↓
消費する
↓
買い足す
↓
「備える」に戻る
寝室の家具類の固定例。ベッドから辺りを見回したとき、自分に向かって倒れる家具、ドアを塞ぐようなものがないかを確認する。危険があれば移動させるか、固定具の取り付けを。イラスト:『在宅避難生活のススメ』より引用

在宅避難への備え2.『トイレへの対策』

空腹は多少我慢できても排泄は我慢できない。トイレに行けないからと水分を取らないようにすると、体調を崩して病気になるリスクが高まる。目黒教授は、トイレ対策は重要だと語る。

  • ごみ袋や吸水材、消臭剤などを活用する水を使わない「無水トイレ」の準備を。自分や家族は1日に何回ぐらい使用するか計算して備蓄する
  • トイレットペーパーは深刻な供給不足になる恐れが。普段から1カ月分を余分に備蓄しておく
  • そのほか、ウェットティッシュ、生理用品、赤ちゃん用のお尻拭きや紙オムツ(オムツ離れをした子どもにも有効)など、衛生用品の備蓄も忘れずに
イラスト:非常用トイレの作り方
4人家族が10日間にトイレを利用する回数は約200回。自宅のトイレを利用した非常用トイレの作り方を、汚物の処理方法を含めて事前にマスターしておきましょう。
使用前/ごみ袋Aにごみ袋Bを重ねて便器に設置。中には吸水材を入れておく。
使用後/ごみ袋Bを取り出し、しっかり口をしばる。消臭剤と共に密閉容器に入れる。
大地震発生後は、給水も排水もできない状態になる可能性が高い。ごみ袋や吸水材を活用した無水トイレの準備をしておくと安心だ。イラスト:『在宅避難生活のススメ』より引用

在宅避難への備え3.『停電や断水に備える』

地震や台風、豪雨、暴風などで電気、水道、ガスなどのライフラインが停まる可能性がある。一般的に、電気は1週間ほどで復旧すると言われているが、今後起きる災害に当てはまるとは限らない。

  • 乾電池のストック、充電式の器具は常に充電する習慣を
  • 火災の原因になるろうそくやオイルランプは灯りに使わない。1人に1つLEDヘッドライトを用意
  • 中長期の停電を想定し、コンパクトソーラー発電機やガソリンやカセットガスボンベで使用できる小型発電機を備えておくと安心
  • 季節によっては冷暖房が使えず、暑さ・寒さ対策が必要に。熱中症を防ぐための水分や、寒さをしのぐための毛布や使い捨てカイロの備蓄も忘れない
  • 断水に備え、普段から水道水を汲み置きしておく。地域の給水拠点と自宅からの距離を把握しておくことも大切
写真
災害時給水所の案内板。東京都では、災害時に半径2キロメートルの距離内に213カ所の給水ステーション(給水拠点)が開設される。拠点は東京都水道局の公式サイト(外部リンク)で確認できる。あおぞら/PIXTA

在宅避難への備え4.『食事は健康の源。“循環型備蓄”を習慣に』

災害発生後に必要な食料や水分を買いに行っても、手に入らないまたは不足する可能性が高いため、普段から備蓄しておくことが重要だ。1週間は何も配給されなくても自炊できるよう「循環型備蓄」を習慣にしておくことをおすすめする。

  • 家族の人数分、栄養バランスを配慮した1週間分の備蓄リストを作成。日常的に使った分を買い足せば、無駄にならない備蓄が可能になり鮮度も保てる
  • 保存の効く加工食品やサプリメント、持出可能な非常食品をプラスするとさらに安心
  • 電気、ガス、水道が止まっても、カセットコンロや、ポリ袋(パッククッキング)を活用すれば調理は可能
  • 断水の場合は、食器が洗えないときのために、フライパンにアルミホイルを敷いて調理したり、食器にラップをかけて使用したり、ウェットティッシュで拭いたりなどの工夫を
イラスト:
普段から備蓄に取り組む「循環型備蓄」が避難生活の健康を支える。Popo/PIXTA

そのほか、安心・安全に「在宅避難」を実現するための知識やノウハウはまだまだある。ぜひ、冊子『在宅避難生活のススメ』(株式会社プラネックス)(外部リンク)を参考にしていただきたい。

最後に、大規模災害から命を守るために、私たちに必要な心構えを目黒教授はこう語る。

「防災において最も重要なのは、災害イマジネーション(想像力)である。これは地震や気象災害が起きたときに、自分の住む地域の地域特性(自然環境と社会環境から構成)と発災条件(季節、曜日、天気、時刻など)を踏まえた上で、発災からの時間経過に伴って、自分の周りで何が起こるのか、を想像する力だ。災害イマジネーションが必要なわけは、人間は自分が想像できないことに備えたり、対応したりすることが絶対にできないからだ。他に重要なことは、所属する都道府県と自分自身の能力を理解すること。行政の能力を理解できていない市民は、何でも行政にお願いするが、これは時間と資源の制約を考えれば無理である。自分の能力を理解しない市民は、やれば簡単にできることもしないで被害を拡大する。皆さんがやるべきなのは、国や自治体が発信している防災に関する情報を積極的にキャッチすること。そして、いざという時の行動を細かくイメージ(想定)しておくことが重要だ」

大地震や水害が発生してから「あの時、備えておけば良かった」と後悔しても遅い。防災を暮らしに取り入れ、普段から慣れておけば、いざという時に自分や大切な家族の命を守る行動につながるのだ。

〈プロフィール〉

目黒公郎(めぐろ・きみろう)

東京大学教授、大学院情報学環総合防災情報研究センター長、生産技術研究所教授(兼務)、国際連合大学Adjunct Professor、放送大学客員教授、東北大学特任教授、工学博士。専門は都市震災軽減工学、国際防災戦略論。東京大学大学院修了後、日本学術振興会特別研究員、東京大学助手、助教授を経て、平成16年(2004年)より教授、平成18年(2006年)〜21年(2009年)は東京工業大学特任教授を兼務。平成22年(2010年)より東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター教授を兼務。研究テーマは、構造物の破壊シミュレーションから防災の制度設計まで広範囲に及ぶ。
東京大学 目黒・沼田研究室サイト(外部リンク)

表紙
目黒公郎教授監修の『在宅避難生活のススメ』(株式会社プラネックス)

在宅避難生活のススメ(外部リンク)

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