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自由に移動できる喜びを全ての人に。障害者が運転できる車にマツダがこだわる理由

写真:「MX-30 SeDV」の前に立ち笑顔を向ける前田さん
マツダとして半世紀ぶりに手動運転装置の商品化に挑んだ、SeDV(手動運転装置付き車両)商品主査の前田多朗さん。自動車メーカーとしても画期的な取り組みとなる
この記事のPOINT!
  • 病気や事故で体に障害があり、車を運転することを諦めてしまう人は多い
  • 自動車メーカーのマツダでは、運転する歓びを感じられる自操式福祉車両(※)を開発
  • 車いすユーザーなど障害のある人の生活や状況を知ることが、移動格差解消の一歩に
  • 障害者や高齢者など、体の不自由な人が自ら運転できるように造られた車

取材:日本財団ジャーナル編集部

あなたは福祉車両と聞いて、どんな車をイメージするだろうか?

福祉車両には大きく分けて「介護式」「自操式」の2種類がある。多くの人が思い浮かべるであろう介護式は体に障害のある人を介助・送迎するための車。一方で自操式は体に障害のある人が自分自身で運転するための運転補助装置が搭載された車となるが、日本の自動車メーカーでは5パーセント程度しか生産・販売されていないという。

そんな自操式車両の中で2017年に発売されて大きな話題を呼んだのが、マツダ株式会社の「ロードスター SeDV」(外部リンク)だ。一般的に福祉車両では車内に車いすを積み込まなければならないため、車内空間が比較的広いワンボックスタイプやファミリーカータイプが多いが、2シーターのスポーツカーに手動運転補助装置(ミクニライフ&オート製)を付けるという画期的な自操式車両を開発した。

この車は、作家・岸田奈美(きしだ・なみ)さんがツイッターでつぶやいたことでも大きな注目を集めた。

岸田奈美さんのツイート画面:
岸田奈美|Kindleで📚半額セール中
@namikishida
「手動装置(足に障害のある人が運転できる)」を車メーカーで調べると大抵、ファミリー向けの福祉介護車両が出てくるし、外車にいたってはページすらほぼ用意してないのに、マツダはゴリゴリの2シーターオープンカーを当たり前のように紹介しててまじBe a driverって感じ 世界に誇ってくれ
午前11:35 2021年12月2日 Twitter for iPhone
8,491件のリツイート
301件の引用ツイート
1.6万件のいいね
1.6万件の「いいね」が付き話題を呼んだ岸田奈美さんのツイート(外部リンク)

そして2021年、マツダは60年ぶりに自社開発した手動運転補助装置を人気のSUV(スポーツ用多目的車)に搭載した「MX-30 SeDV」(外部リンク)を発売。マツダはこの2台の自操式車両を「福祉車両」とは呼ばず、「Self-empowerment Driving Vehicle(セルフエンパワーメントドライビングビークル。略してSeDV)」と名付けた。

「Self-empowerment」を直訳すると「自分に力を与える」という意味を持つ。その名前には60年前にマツダの社長を務めた松田恒次(まつだ・つねじ)さんの思いが継承されている。

今回、2022年10月に東京ビッグサイト(東京国際展示場)で開催された「国際福祉機器展 H.C.R.2022」にて、「MX-30 SeDV」の開発に携わったマツダの商品本部、主査の前田多朗(まえだ・たろう)さんにお話を伺った。

年間販売台数はわずか。好きな車に乗れない現状

一般社団法人日本自動車工業会が2020年5月に発表したデータによると、2019年度の福祉車両全体の販売台数は4万1,521台。この多くを占めるのが、障害者や高齢者の介助や送迎目的で使用される介護式車両となり、自操式車両はわずか91台のみ。運転補助装置を架装装着(装備を取り付ける)した車両も含めると2,000〜2,500台という。

自操式車両の販売台数が増えない理由について前田さんに尋ねると、インフラ面の整備の不十分さが要因ではないかという。

「車いすの方が車に乗り込む際、ドアをかなり大きく開く必要があるため、駐車するのにも大きなスペースが必要になります。日本は土地が狭いこともあり、なかなかそういったスペースを確保するのが難しい現状があるのではないかと。また開発に際して自動車学校の方にもお話を伺ったのですが、日本では障害のある方が免許を取るケース、保有するケースがまだまだ少ないとお聞きしました。これも日本で自操式車両が増えない理由かもしれません」

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日本の自操式車両の現状について話す前田さん

実際この日、展示を見に訪れていた車いすユーザーの女性に話を伺うと「病気になって車いすを使うようになりましたが、いつかはまた車を運転したいと思っています。ですが、自宅や外出先での駐車スペースのことを考えると、乗ることを躊躇してしまいますね」と話していた。

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この日マツダの展示を見に来ていた車いすユーザーの女性

外出に伴う駐車場の広さは自操式車両の購入には大きなハードルとなり、なかなか普及が進まないようだ。

そのような背景も含め、自操式車両の開発・販売に取り組む自動車メーカー自体が少なく車種などの選択肢も限られるため、体に障害のある人々が自分で車を運転するという文化が広がらないのかもしれない。

車で自由に移動できる幸せを全ての人に

しかし、マツダは60年も前から自操式車両の開発を行ってきた。そのキーマンとなったのがマツダの3代目社長である松田恒次さんだった。

「松田は自身が足が不自由だったことから、自分と同じように足に障害のある方たちを中心に『車で自由に移動できる幸せを全ての人に提供したい』と、業界の中でもいち早く自操式車両の開発に取り組みました。1960年にマツダから発売されたR360クーペ(外部リンク)は、日本の自動車メーカーで初めてオートマチックトランスミッション(AT)を搭載した、世間でも大きな話題を集めた車です。それに車両購入後に取り付けられる手動運転装置を自社で開発し、翌年から販売しました」と前田さん。

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それまで三輪トラックなどを開発していたマツダにとって、初の乗用車となったR360クーペ

その後は、自操式車両ではなく車いす移送車やリフトアップシートなど介護式車両の開発に力を入れてきたというマツダ。自操式車両の開発の転機となったのが、2016年に行われた「国際福祉機器展」だった。

1989年に発売され、世界中で大ヒットを記録しているスポーツカー「ロードスター」に、福祉車両や介護商品といった福祉機器の製造・販売を行う株式会社ミクニライフ&オート(外部リンク)が手がける手動運転装置を搭載し参考出展したところ、機能性が重視される福祉車両のイメージとは一線を画すスタイリッシュな車体が大きな反響を呼んだ。

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「国際福祉機器展 H.C.R.2022」に出展された「ロードスター SeDV」

2017年には商品化された「MAZDA ROADSTER 手動運転装置付車」(SeDVの名称は2021年から)は、マツダがスローガンに掲げる「人馬一体」の走りを象徴するロードスターを、手動運転操作で楽しむことを目指した。そこには「車の持つ価値を通して人を元気にしたい」「この車を運転することで誰もが好きな時に好きな場所へ行き、元気になってほしい」という、60年前から受け継がれてきた3代目社長の思いが込められている。

その後、マツダ社内で自操式車両開発の流れは加速する。2019年から再び自ら手動運転装置の商品化に挑んだ。そして2021年に完成し販売されたのが「MX-30 SeDV」となる。

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「国際福祉機器展 H.C.R.2022」に出展された「MX-30 SeDV」

開発の際に前田さんは、「人馬一体の走る歓びを、もっと多くの人に味わってもらいたい」という強い思いを持っていたという。

その明確なきっかけがある。

「開発に当たって、普段自操式の車を運転されるおよそ50名の足が不自由な方に、直接車に関するヒアリングを行いました。その時に感じたのは、皆さんが『運転を純粋に楽しまれていないのでは』ということでした。というのも、意見としてよく出てきたのが『こういうところが危ない』『もう少しこうなったら安心なのに』というような安全性に関するものでした。その背景には、車を移動のツールとしてしか見られない現状があるのだと思ったんです」

そこでこだわったのが、欧米では珍しくないリング式の手動運転装置の開発だ。前田さんはこう話す。

「走る歓びを感じられ、そしてまるで自分の身体機能が拡張したかのように意のままに車を操れるようになるにはどうしたらいいかを考えたときに、やはりハンドルを両手で握ってもらうのがいいだろうと考えました。実は車を真っ直ぐ走らせるという行為は難しい操作なんです。人は手の平の皮が引っ張られるようなちょっとした感覚を頼りに、ハンドルの微調整を行い、車体をまっすぐに保っています。そんなハンドル操作を行いながら、スピードの減速を別の装置で行うのは大変なことですし、とても疲れます。意のままに車を操る感覚を体験してもらうためには、アクセルリングの開発は不可欠だろうと考えました」

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マツダが「MX-30 SeDV」で開発したリング式の手動運転装置「アクセルリング」。2層に分かれたハンドルの内側がアクセルになっており、押し込んだり力を弱めたりすることでスピードを調整できる

日本の自操式車両の多くは、ハンドルとは別に設置されたレバーでアクセルやブレーキをコントロールするため、ハンドルを両手で握ることは難しい。

日本財団ジャーナル編集部でも、会場の一角に設けられたドライビングシュミレーターで「MX-30 SeDV」の操縦を体験。カーブではハンドル操作とアクセルの調整を同時に手で行う感覚に最初は戸惑ったものの、アクセルリングの操作性は軽やかで、慣れればかなりスムーズな運転が楽しめることを実感した。

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日本財団ジャーナル編集部でも「MX-30 SeDV」のアクセルリングを体験

ほかに左右に開く観音開きドアに加え、車いすから運転席の移動をスムーズにする移乗ボードの設置により、狭い駐車スペースでも乗り降りしやすい。肘を置くことで安定した操作が行えるブレーキサポートボードの採用といった、少しでも体の負担が軽減される工夫も施されている。

実際に購入したユーザーからは「運転するのが楽しくなった」という声も届いている。

写真:「MX-30 SeDV」に車いすから移乗する男性
マツダのYouTube公式動画「MX-30 SeDV 車椅子から車両への乗り移り&積み込み(運転席後方)」(外部リンク)より

さらに「MX-30 SeDV」の特徴ともいえるのが、手動運転機能と通常運転機能(アクセルペダルによる運転)の切り替えが簡単に行える点。友人や家族と気軽に運転を交代しながらドライブが楽しめるので、旅行など長距離の外出も安心だ。

それでは、実際にSeDVシリーズを購入したいと思ったときに、どうすればいいのか?

マツダではSeDVの購入を検討している人に対し、オンライン説明・商談の場(外部リンク)を提供している。マツダだけでなくミクニ ライフ&オート、福祉車両のカスタマイズを手掛ける株式会社マツダE&T(外部リンク)の3社が同席し、ユーザーによって異なる細かいニーズをしっかりとくみ取り、カスタマイズの相談も可能となる。

また福祉車両を購入する場合は、消費税の非課税や、各自治体による減免・助成措置が準備されており、その説明やアドバイスも事細かく行っている。

「オンライン商談は元々、お客さまに安心して購入してもらうためのサービスでしたが、これまで販売担当者のみしか聞くことがなかったお客さまの声を、開発担当やエンジニアなどもお聞きできるようになりました。結果、お客さまお一人お一人とのつながりが強くなり、私たちの商品で少しでも生活が便利に、潤うことを歓んでいただけるお姿を間近で見られる機会が増え、これは社員の大きなモチベーションにもなっています」

一人一人が広い視野で社会を見る。移動格差を解消する一歩に

誰もが移動の自由、楽しさを感じられる社会の実現のために、私たち一人一人ができることは何だろう?前田さんに伺った。

「まずは車いすユーザーの方の現状を知ることではないでしょうか。私自身もこの車の開発に携わることで、初めて知ることがたくさんあり、社会の見方が少しだけ変わりました。例えば、社内にもまだまだバリアフリーとはいえない場所があることにも気が付きました。みんなが少しずつでも車いすユーザーの方の移動の現状を知り、少しだけ広い視野で社会を見るだけでも、それぞれの職場や普段過ごしている街の中でお手伝いできること、工夫できることが増えて、移動しやすい、移動を楽しめる社会になるのではないかと思います。マツダとしても少しずつではありますが、全ての人が運転を楽しめる社会の実現のために前進していきたいと思っています」

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「MX-30 SeDV」の開発に携わることで、社会の見方が変わったと話す前田さん

前田さんがある医師から聞いたという印象的な言葉を教えてくれた。

「社会には障害のある人か、将来的に障害者になる人の2種類しかいない」

誰だって突然の事故に遭うこともあるかもしれないし、年齢を重ねることで自分の足で歩くこともままならなくなる可能性もある。人と人とが支え合うことで、出かけること、移動することに障害の少ない社会を実現することは、多くの人の暮らしを豊かにしてくれるのではないだろうか。

移動格差のある社会に無関心でいてはいけないと、改めて感じさせられた。

撮影:十河英三郎

株式会社マツダ 公式サイト(外部リンク)

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