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【障害とビジネスの新しい関係】こだわりは「最高の品質」。ブリヂストンが目指す全ての人がいきいきと暮らせる社会
- ブリヂストンでは、共生社会実現に向けた活動「Active and Healthy Lifestyle」を展開
- 特例子会社(※)ブリヂストンチャレンジドでは、障害のある社員が挑戦できる環境づくりを推し進めている
- 障害者も健常者も「ごちゃまぜ」の環境をつくり、互いを理解し尊重し合える社会を目指す
- ※ 障害者の雇用促進、雇用の安定を図るために設立された会社
取材:日本財団ジャーナル編集部
1931年、福岡県久留米市で創業した株式会社ブリヂストン(外部リンク)。日本を代表するタイヤメーカーとして業界を牽引してきた大企業の前身が、足袋会社だったことをご存知だろうか。
当時、日本の勤労者の多くはわらじを履いて危険な作業をしていた。わらじは手軽に手に入る一方で、作業中に釘などを踏み抜いてしまう危険性もある。
ブリヂストンの創業者である石橋正二郎(いしばし・しょうじろう)氏は、足の裏にゴム底がついた安全な「地下足袋(じかたび)」を発明。ゴム靴の製造を通じて全国的な企業へと成長させ、同社の創業につなげた。
そこには、石橋氏の「時世の変化を洞察して時勢に一歩先んじ、よりよい製品を創造して社会の進歩発展に役立つよう心がけ、社会への貢献が大きければ大きいほど事業は繁栄する」というサステナビリティに通じる思いがあった。
今回は、東京都小平市にあるブリヂストングループの技術センターに訪問。ブリヂストンでD&I(※1)の推進に取り組むDE&I・ピープル未来創造部の増谷真紀(ますたに・まき)さん、同社でスポーツや文化活動を軸にした共生社会実現に向けた活動「Active and Healthy Lifestyle(アクティブ・アンド・ヘルシー・ライフスタイル。以下、AHL)」(外部リンク) を担当するAHL企画推進・開発課の岡内保夫(おかうち・やすお)さん、近藤大輔(こんどう・だいすけ)さん、特例子会社のブリヂストチャレンジ株式会社(外部リンク)で代表取締役社長を務める中根慎介(なかね・しんすけ)さんに、各担当業務の活動について日本財団ワーキンググループ(※2)のメンバーが話を伺った。
- ※ 1.ダイバーシティ&インクルージョンの略。性別や年齢、人種、障害の有無などに関係なくそれぞれの多様性を尊重し、活かし合う考え方
- ※ 2.日本財団において、障害者の社会参加を加速するために調査や計画を推進するメンバー
ビジネスで培った知見を社会貢献に活かす
近藤さん:ブリヂストンへようこそ。AHL企画推進・開発課の近藤です。本日はまずAHLの活動についてお話しさせていただきます。
奥平:日本財団ワーキンググループの奥平真砂子(おくひら・まさこ)です。近藤さん、よろしくお願い致します。
近藤さん:AHLの活動が始まったのは2017年のこと。そこには創業当初から続くサステナブルな社会を重んじる考え方と、「最高の品質で社会に貢献する」という当社の理念が息づいています。
奥平:AHLは、ビジネス領域とは別に、社会貢献活動の一つとして地域社会と共生し信頼関係を育む活動ということですね?
近藤さん:その通りです。AHLの活動には、「CHASE YOUR DREAM(チエイス・ユア・ドリーム)」「Diversity & Inclusion(ダイバーシティ・アンド・インクルージョン)」「Open Innovation(オープンイノベーション)」という3つのコンセプトがあります。それぞれ「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支える」「多様性を享受する社会の実現」「地域との共創による新しい価値の実現」という意味なのですが、私たちの活動を通してブリヂストングループが拠点を置く地域の方々の一人一人の暮らしを豊かにできればと考えています。
奥平:なるほど。具体的には、どのような活動をしているのでしょうか?
近藤さん:現在は当社拠点のある東京・小平地区と横浜地区において、障害者をはじめ多様な人々の社会参加を支援するために、大学や福祉団体、行政や地域住民といった地域パートナーと連携して、さまざまな機会や場を創出。障害のある方が参加しやすいスポーツ・アートを軸にしたプログラムの企画・提供や、パラアスリートの活動支援などに取り組んでいます。
例えば、横浜地区では障害者スポーツ文化センター「横浜ラポール」(外部リンク)と一緒に、車いすテニスや、ボッチャ(※)といった障害者でも健常者でも楽しめるスポーツイベントを企画し、多くの方にご参加いただいています。専門家や障害当事者の方にも協力いただきながら、どなたでも参加しやすいように工夫しています。
- ※ ヨーロッパで生まれた重度脳性まひ者もしくは同程度の四肢重度機能障害者のために考案されたスポーツ。パラリンピックの正式種目でもある
奥平:どのような工夫をされているのでしょうか?
岡内さん:これまで参加された方の意見や動機を、Q&Aなどでサイトに掲載するようにしています。そうすることで、まだ参加されたことのない方にとって「自分でも参加できるんだ」という後押しになればと。
近藤さん:多くの方にイベントを知ってもらうために、障害者の方同士のコミュニティを通じて口コミで広めていただくようにもお願いしています。また、専門家の話を伺うと、参加しやすさに関わるポイントの中に「トイレ」や「駐車場」がバリアフリーであることが挙がってきます。従い、イベント告知の際は、そういった施設の写真も一緒に掲載し、安心して参加いただけるようにしています。
奥平:確かに、その2点はとても大事なポイントですね。皆さんの本気度を感じます。
近藤さん:また、地域パートナーと共に創るプログラムには多くの関係者が関わるため、目的を明確化することが重要になってきます。そのために活用しているのが、「ロジックモデル」と呼ばれる活動の設計図です。
これは、私たちの活動に対して「インプット(ヒト・モノ・カネ等)」「アウトプット(車いすテニス体験会等)」「アウトカム(社会参加感、バイアスの変化等)」を定義し、どのような道筋で社会にインパクトを出すかの戦略・仮説を示したものです。中でも、アウトカムつまり社会的価値の創出部分では、参加された方の「気持ちの変化」「自己効力感」「意思決定力」など多くの指標を設けてその評価を行います。
奥平:企業理念に「最高の品質で社会に貢献する」を掲げるブリヂストンさんらしさを感じます。
近藤さん:私たちは今後、AHLの取り組みを小平地区や横浜地区以外の地域や企業に拡大していきたいと考えています。また、私たちの活動に興味を持った他企業の方々からの問い合わせなどもいただいています。そんなときに、ロジックモデルがあると活動の目的とそこに至るプロセスがしっかり数値で評価できるので、とても有効だと考えています。
奥平:大変参考になりました。どうもありがとうございました。
社員のモチベーションを上げて全社でサポートしていく
奥平:では次に、特例子会社であるブリヂストンチャレンジドの取り組みについてお話を伺いたいと思います。
中根さん:代表を務める中根と申します。ここからは、私がご説明いたしますね。
奥平:よろしくお願いします。まずは、ブリヂストンチャレンジドの業務内容や特徴について教えてください。
中根さん:ブリヂストンチャレンジドは、主にブリヂストンのグループ会社からの依頼を受けて、清掃業務と事務のサポート業務を行っています。特徴と言うほどではないかもしれませんが、私たちが一番大切にしているのは「品質へのこだわり」です。
例えば、清掃業務ではいろいろな場所の清掃を行いますが、トイレなら「トイレを掃除する」とは言わず「トイレを磨く」と私たちは表現します。磨き方も工程を分けて徹底しているので、同じブリヂストングループの社員からは「清潔で安心して使用できる」とうれしい声をいただくことも多いです。
奥平:コーポレートサイトには、いくつかの班に分かれて作業をされていると書かれていました。
中根さん:はい、4人の班員(障害者)と1人の班長(健常者)がチームを組んで作業を行います。班長は、メンバーの各作業単位での熟練度を把握し、自己管理能力アップを意識しながら指導・育成を行います。また、メンバーの成長を促すために積極的に「褒める」「伸ばす」ことも班長の大事な役割になります。
奥平:仕事のモチベーションを保つことは大切ですね。他に、職場環境において工夫をされていることはありますか?
中根さん:モチベーションアップのために、多くの業務認定制度を設け、作業が一定の基準をクリアし、その作業をしっかり理解・説明できていれば表彰するようにしています。そうすることで、社員の自己肯定感を高めチャレンジ精神を養っています。一方で、就労支援機関との連携や、保護者の方との意思疎通を図り、社員の社会的自立を手助けすることも大切な私たちの役割です。例えばある社員は、一緒に暮らす保護者の方が厳しめの方で、休日を家で過ごした後は落ち込んで出社することが多々ありました。そこで、保護者の方と相談しグループホーム(※)に入ることを勧めたんです。すると、以前よりもたくましくなり、いまも元気に働いています。
- ※ 生活や健康管理面でのサポートを受けながら、障害のある人が少人数の単位で、共同生活を営む住宅
奥平:そんなことがあったのですか。ご家族との関係性にまで注意を払っていらっしゃるのですね。他にもヨガなどのレクリエーションプログラムも実施されているとか。
中根さん:事務のサポート業務では同じような姿勢で働くことも多いので、体への負担を軽減するようリフレッシュも兼ねて毎週ヨガの先生を招いたり、業務の合間に体を動かす時間を設けたりしていますね。
奥平:事務のサポート業務ではどんな仕事をされているのですか?
中根さん:ブリヂストンの商品に関する取扱説明書や広告等のポスターの印刷・製本加工や、名刺作成といったドキュメント関連業務、データ入力・集計など、プリンターやパソコンなどの機器を使う作業が多くあります。本人に希望を聞いた上で、仕事をお願いしています。
健常者も障害者も「ごちゃまぜ」な社会をつくる
奥平:少し込み入った質問になりますが、ビジネスとしての利益は出ているのでしょうか?
中根さん:今のところ障害のある社員の賃金はカバーできていますが、それ以外の部分はまだまだですね。ビジネス面に置いてはもっと改善していきたいと考えています。
奥平:中根さんは、2021年に社長に就任されたばかりですよね。
中根さん:はい。実は、AHLの事業立ち上げを任されたのが私なんです。その経験もあって、代表を務めるまでは外野として「もっとこうしたら良いのに!」と言っていたのですが、実際に自分でやってみるとなかなか難しかったりします(笑)。
個人的にはグループ会社だけでなく社外にもクライアントを広げていきたいと考えています。これまでも、ブリヂストンチャレンジドの社員に対し一部の人が「できない」と考えていたパソコン作業なども、任せてみればできたという自信と実績があります。私たち自身が社員に対し「できない」という先入観を持たないようにし、挑戦できる環境を広げていくことが大切だと実感しています。
奥平:ちなみに班長になれるのは、健常者の方だけでしょうか?
中根さん:はい、しかし障害のある社員の中から、もっと責任のある立場に就きたいという声も上がっているので、今後はまず班長補佐という形で仕事を任すことができたらと考えています。
奥平:ありがとうございます。増谷さんの部署についてもお話を伺ってもよろしいでしょうか?
増谷さん:私が所属するDE&I・ピープル未来創造部では、D&Iに加えて「Equity(エクイティ。公正性)」という概念に重きを置いています。
このEquityの説明で有名なものとしては、りんごの木の絵があるのですが、「Equality(イコーリティ。平等)」が、全ての人にりんごを採って与えるのに対して、Equityは全ての人にりんごを採れる台を与えてサポートすることを意味します。
私たちの部署の使命は、障害のある方だけでなく女性や外国人の方など、全ての人が活躍できる組織を開発していくこと。特に日本の製造業はD&Iにおいて多くの課題を抱えています。女性が活躍できる場が少ないのもその1つですね。そんな課題を解決し、そのノウハウを社会に発信していくことも重要な役割だと考えています。
中根さん:今の世の中には、見えない壁がたくさんあると思います。学校や働く場所なども健常者と障害者という括りで分けられがちで、お互いのことを知る機会が少ない。もっといろんな人が「ごちゃまぜ」で、かつ公平性が確保されている環境をつくっていくことが、誰もがいきいきと暮らせる社会づくりにおいて大切なのではないでしょうか。
奥平:本当にその通りですね。いろいろな区分けがなくなり、個々人を見るようになれば、もっと多くの人が生きやすい社会になると思います。本日は、ありがとうございました。これからも、ブリヂストンさんの活躍を楽しみにしています。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。