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なぜ独身男性が里親に?話題の漫画『人の息子』作者が伝えたい、子育てに大切な視点

画像:主人公の鈴木が「俺が高嶺くんの里親になれませんか?」と児童福祉司に伝えているシーン
漫画家の独身男性が里親になる設定で話題となった漫画『人の息子』。画像提供:講談社
この記事のPOINT!
  • 社会的養護下にいる子どもは約4万2,000人。うち8割が児童養護施設などの施設で暮らす
  • 里親制度をテーマにした漫画『人の息子』は、30代独身男性が里親に。なので制度が身近に感じられる
  • 子育てする上で大切なことは里親家庭も一般家庭も同じ。「誰かに頼る」ことも重要

取材:日本財団ジャーナル編集部

2022年の厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課の調査(外部リンク)によると、親の病気や離婚、貧困やネグレクト、望まない妊娠など、日本にはさまざまな理由により親と離れて暮らす子どもが約4万2,000人いる。

そんな社会的養護(※)を必要とする子どもに対し、児童福祉法では、子どもが健やかに育つため里親や養子縁組といった「家庭養育」を推進している。しかし、実際は8割近くの子どもが乳児院や児童養護施設などの施設で暮らしているのが現状だ。

  • 親と離れて暮らす子どもを、公的責任のもと養育すること

10年前に比べれば、里親などへの委託児童数は約2倍、乳児院や児童養護施設の入所児童数は約2割減と徐々に改善されつつあるが、保護を必要する子どもの数から見れば、まだまだ理想にはほど遠い。

図表:要保護児童数の推移

要保護児童数の推移を示す折れ線グラフ。
・2009年の合計46,673人、児童養護施設30,594人、里親3,836人、乳児院2,968人。
・2010年の合計45,236人、児童養護施設28,728人、里親3,876人、乳児院2,943人。
・2011年の合計46,463人、児童養護施設28,803人、里親4,295人、乳児院2,890人。
・2012年の合計45,826人、児童養護施設28,233人、里親4,578人、乳児院2,924人。
・2013年の合計45,681人、児童養護施設27,465人、里親4,636人、乳児院2,948人。
・2014年の合計45,549人、児童養護施設27,041人、里親4,731人、乳児院2,876人。
・2015年の合計45,578人、児童養護施設26,587人、里親4,973人、乳児院2,882人。
・2016年の合計45,721人、児童養護施設26,449人、里親5,190人、乳児院2,801人。
・2017年の合計44,354人、児童養護施設25,282人、里親5,424人、乳児院2,706人。
・2018年の合計44,258人、児童養護施設24,908人、里親5,556人、乳児院2,678人。
・2019年の合計43,650人、児童養護施設24,539人、里親5,832人、乳児院2,760人。
・2020年の合計42,434人、児童養護施設23,631人、里親6,019人、乳児院2,472人。
出典:令和4年3月31日厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課「社会的養育の推進に向けて」

家庭養護が広がらない理由の1つに、里親制度や養子縁組制度についてあまり知られていないことが挙げられる。

「養育里親※」をテーマにした話題の漫画『人の息子』の作者であるあのあやのさんも、漫画を手掛ける前までは里親制度についてほとんど知らなかった。しかし連載を終えた今、里親制度は自分で子どもを育てられるかどうかにかかわらず、子育てに携わる全ての人に関係のある制度だと感じているという。その理由を、あのあやのさんに詳しく伺った。

「独身男性が里親になる」これまでにない設定が話題に

漫画『人の息子』は、講談社「Dモーニング」で2019年から2020年にかけて連載された全3巻の漫画。作者であるあのあやのさんは、もともと里親制度について詳しく知っていたわけではなく、漫画の構想を練る際に、編集担当が持ってきたテーマ候補の1つだったそうだ。

「里親制度について知らないなりに、里親という言葉が心に引っかかったのは、家の近所に『里親支援サロン※』という看板が出ている場所があったからです。『あの場所はどんな場所なんだろう、少し調べてみようかな』と思ったのがこの作品のスタートでした」

  • 里親が子育ての悩みを共有や、情報交換ができる場
あのあやのさんの自画像
作者のあのあやのさんは漫画家であり、一児の母でもある。自画像提供:あのあやのさん

あのあやのさん自身が調べたり、近所にあった里親支援サロンを含め取材を重ねたりすることで、里親に関する知識を増やしていったという。その中で、自分の子どもとして迎え入れて育てる養子縁組や、生みの親との親子関係を残したまま子どもを預かり育てる里親など、制度にもいろいろ違いがあることを学び、徐々に物語の骨組みができていったそうだ。

この作品が大きな話題を呼んだのは、「独身男性」である主人公が里親になるという点だ。

物語は主人公である元・保育士の漫画家・鈴木旭(すずき・あさひ)が、教え子だった山本高嶺(やまもと・たかね)から手紙を受け取るところから始まる。高嶺は保育園時代に母親と離れて暮らすことになり、児童相談所によって保護され、のちに児童養護施設で暮らすことに。

3年の時を経て、ふとした出来事をきっかけに再び交流を重ねるようになった2人は、徐々に心を通わせるようになり、鈴木は高嶺の里親になろうと心に決めるというもの。鈴木が里親として成長していく姿を通して、里親制度について学べるストーリーとなっている。

漫画のキャプチャ
「人の息子」1巻より。鈴木と高嶺が再会するシーン。画像提供:講談社

女性で一児の母親であるあのあやのさんが、あえて独身男性を主人公にしたのはなぜなのか?

その理由の1つには、「子育て=女性」というイメージにとらわれてはいけない、という思いがあった。

「私自身、里親というと『夫婦がなるもの』という漠然としたイメージがありました。しかし里親について調べていくうちに、自治体によって多少の違いはあるものの、性別や既婚であるかどうかは関係なく、一定の条件を満たしていれば里親になれるということが分かってきたんです。子育てというと女性が大部分を担うイメージがまだまだありますが、それでも男性の中には積極的に子育てに携わっている人も増えています。そういう時代の空気も後押しとなり、独身男性を主人公に描いてみようと思ったんです」

独身男性を主人公にしたもう1つの理由が、里親制度について取材をしている時に、ある自治体の職員から言われた言葉。

「自治体の方に『男性でも条件を満たしていれば養育里親にはなれるが、男性の場合、子育てコミュニティとの関係性も薄く、里親の認定を受ける上では不利になるかもしれない』と言われたことがありました。漫画にも詳しく描きましたが、たとえ里親として認定を受けることができても、児童相談所からのマッチング優先度が低くなる可能性があると。でも里親制度がもっと普及するためには『男性は不利だね』で終わりにしていけないと思ったので、その部分にも踏み込んで描いてみようと思いました」

漫画のキャプチャ
2巻より。男性は子育てコミュニティを持っていないことが多いため、不利だと言われるシーン。画像提供:講談社

「独身男性でも里親になれる」という理解が広がれば、里親の元で暮らせる子どもたちも増えるかもしれない。

一方で、独りで子どもを育てること自体、男女に関わらずハードルは高い。『人の息子』では鈴木が両親を頼ることでその問題も解決していくが、そうした里親になり子どもを育てていく上でぶつかるさまざまな問題をリアルに感じ取れるところも、この漫画の特徴といえるだろう。

漫画のキャプチャ
1巻より。里親になるため、鈴木は田舎の両親に協力をお願いする。画像提供:講談社

里親は特別なものではなく「身近な制度」だと知ってほしい

『人の息子』を作ってきた中でも、特にあのあやのさんが思い入れ深いというエピソードがある。それは、鈴木が児童相談所の所長から里親認定書を受け取った際に「人に頼れるのがあなたの長所」と言われる場面に関連する。

元々この場面のネーム(※)にはセリフは入っておらず、あまりしっくり来ていなかった。しかしその頃起きたある事件がきっかけとなりセリフが追加され、『人の息子』を象徴するような印象的なシーンに仕上がった。

  • 漫画を描く際の下書きのようなもの
漫画のキャプチャ
2巻より。里親認定を受けた鈴木に所長が語りかけるシーン。画像提供:講談社

「とあるシングルマザーの方が生活に困窮し、お子さんが亡くなったという痛ましい事件をニュースで目にしました。こういう事件が起きると、親を責める空気になりがちですが、なんとなくそういう気持ちにはなれなくて……。なぜこのような事件が起きてしまうのか?それを調べる中で分かってきたのが、子育てに完璧を求め、1人で全てをこなそうとする人ほど孤立してしまいがちで、誰かに助けを求めることが難しいということでした」

主人公の鈴木は、困ったことがあるとすぐに自分の親、仕事の依頼元の出版社、アシスタントなどに相談し、頼る姿が描かれている。これらのシーンには「人に頼ることは悪いことではない、むしろ子どもを大切に育てていく上では必要なことだ」という、あのあやのさんの思いが込められているのだ。

漫画のキャプチャ
2巻より。里親制度の研修のため、出版社の編集担当者に漫画の休載を申し出る鈴木。画像提供:講談社

「うちの夫は人にものを頼む天才で(笑)。そのおかげで、私も夫に遠慮なく頼みごとができる関係性になっているのかなと思うんです。円滑な家族関係というのは、一人一人がそれぞれの役割を完璧にこなせることより、頼ったり頼られたり気軽にできる関係性の方が大事なのではないかと普段から思っていました。子育ては一人で全部をこなそうとすると、本当に大変です。自分ができないことは助けを求める。それは里親家庭でも、一般の家庭でも変わりなく、大切なことなのではないかと思ったんです」

子どもを育てる上で大切なことは、里親に限らずどの家庭も変わらないことに気付いたという。そんなあのあやのさんの思いは、漫画を通して読者にも伝わっていく。漫画に寄せられた感想の中で、印象的なものがあったそうだ。

「この漫画は好意的に受け取っていただくことが多かったのですが、高嶺の母を責めるものもありました。その中にとても印象的な感想があったんです。それが『私もいつ高嶺のお母さんと同じようになるか分からないから、お母さんが悪いとは私には言えない』というものでした」

母親から謝られている高嶺。しかし、高嶺は心の中で「お母さん、ごめんねなんてききたくないよ」と感じている
1巻より。高嶺と母との間の複雑な感情も『人の息子』では描かれている。画像提供:講談社

「漫画を通して里親制度が遠い世界の話ではなく、自分の身近にあり、自分にも関係のある制度だと思ってもらえたことがうれしかったんです」

誰もが里親制度を理解していれば、子どもに関する不幸な事件も減るかもしれないし、周囲の誰かが手を差し伸べられるかもしれない。あのあやのさんが子育てに携わる人全てに知ってもらいたい制度だと思ったのには、こういった理由がある。

「親と暮らせない境遇の子どもに出会ったときにアタフタしてしまうのは、どちらかというと大人の方が多いのではないかと思うんです。だからこそ、子どもの頃にさまざまな環境で暮らす人がいることを知っていた方がいいと思いますし、そのためには大人が里親制度があるのは普通のこと、当たり前のことだという感覚を持っていることが大切なのかなと思います。そういう社会の空気感が広がれば、里親になりたい人も増えていくのではないでしょうか」

社会課題を身近に捉え、一人一人が応援団に

あのあやのさんは『人の息子』を通して親と暮らせない子どもたちのことを知ると同時に、さまざまな社会課題についても向き合うようになったそうだ。

「社会課題というのは、自分が当事者になったり、身近な人が当事者となったりして初めて真剣に考えるというケースがとても多いと思うんです。逆に言えば、当事者が近くにいなければ考えるきっかけが生まれない。そうすると、なかなか社会から課題はなくなりませんよね」

だからこそ、漫画や映画、ドラマなどで社会課題が扱われる意義は大きいと話す。

リーフレットの表紙
あのあやのさんは『人の息子』がきっかけで、神奈川県とコラボレーションし、里親制度普及啓発リーフレットを手がけた。画像引用:神奈川県ホームページ(外部リンク)

「私の作品には残念ながらそんなに訴求力はないのですが(笑)、創作物には不思議な力があると思っていて。例えばある作品に車いすの登場人物が出てきて、自分がそのキャラクターのことを好きになると、もっと知りたいという感情が自然と湧くと思います。『車いすの人は普段どんな生活をしているんだろう?どんなことに困っているんだろう?』と実際に調べる人もいるのではないでしょうか。作品の登場人物を通して、社会課題が身近になるケースもあると思います。社会にはたくさんの課題があって、その全てに対して一人一人が正しい知識を持って知っていくのは難しいこと。でも、今回私が漫画をきっかけに里親制度の重要性を痛感したように、みんなが1つの分野でも正しい知識を知って、それを周りの人に伝えていく。その課題の応援団のようになれれば、少しずつでも社会は前進していくのではないかと」

漫画のキャプチャ
2巻より。鈴木の里親認定後、初の帰宅シーン。画像提供:講談社

社会課題を知るきっかけは、漫画でもドラマでも何だっていい。少しでも興味が湧いたら「ためになった」「考えさせられた」で終わるのではなく、その社会課題について調べ、深掘りしてみよう。より作品の魅力が増すはずだし、誰かにきっと伝えたくなるはず。そして、その行動こそが課題を解決するための一歩につながるのだ。

〈プロフィール〉

あのあやの

漫画家。8月15日生まれのA型。東京都出身下町生まれ、郊外育ち。神奈川県在住の一児の母。元書店員。
あのあやの 公式Twitter(外部リンク)

画像:『人の息子』第1巻表紙
『人の息子』第1巻。あのあやの/講談社コミックプラス

『人の息子』(外部リンク)

漫画家である鈴木旭のもとに、保育士時代の生徒である山本高嶺から手紙が送られてきた。鈴木は、懐かしく想い高嶺と出会い交流を深めていく。高嶺は、母親と離れ、児童養護施設で暮らしていた――。他人の息子を育てることはできますか?家族は、血が繋がってなくてもいいですか? 30代独身男と少年の、里親・里子物語。全3巻が講談社より好評発売中。