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女性同士の方が理解不足?生理痛を疑似体験できるVRで「生理の貧困」のない社会に

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女性の生理痛を疑似体験できるVR装置を日本財団ジャーナル編集部が体験。写真は、 0から100パーセントまで設定可能な痛みの強さのうち80パーセントを体験中の様子
この記事のPOINT!
  • 「生理の貧困」とは、生理に関する衛生的な手段や教育が十分に行き届いていない状態
  • 奈良女子大学と甲南大学の研究チームでは、生理痛を疑似体験できるVR装置を開発
  • 男性だけでなく女性同士も理解不足。生理の知識や対処法を広げ、格差のない社会へ

取材:日本財団ジャーナル編集部

最近よく耳にする機会が増えた「生理の貧困」という言葉。

生理の貧困とは…

  • 経済的な理由により生理用品を購入することが難しい
  • 家庭や家族の事情によって生理用品を購入することが難しい
  • 生理による痛み、不快さ、健康のこと、対処法に関する知識が不足している

新型コロナによる経済的な困窮のため「生理用品が買えなくなった」という女性の声から、生理用品の配布など、支援に乗り出す自治体や企業が増えたことは記憶に新しい。

ナプキンや痛み止めなど、女性が生理にかかる費用は、生涯で約40万円(※)といわれている。これには生理用ショーツや、PMS(月経前症候群)の症状を抑える低用量ピルなどの出費は含まれていない。

  • ピルのオンライン診療サービス「スマルナ」の調査より

ただ「生理の貧困」は、経済的な問題を指す言葉ではない。アメリカ医学女性協会では生理の貧困を「生理に関する衛生的な手段や教育が、十分に行き届いていない状態」と定義しており、父子家庭で父親に生理用品を買ってほしいと言いづらい、あるいは生理痛がつらくても学校を休めない、生理で会社を休むと昇進に影響が出てしまう、といった周囲の理解不足が引き起こすさまざまな困難も含まれる。

そんな生理の理解を深める一助となり得るのが、奈良女子大学と甲南大学の研究チームにより開発された、生理痛と血の漏れを疑似体験できるVR装置(以下、月経痛体験装置)だ。

この月経痛体験装置は、2021年12月に大阪大学で開かれたVRの国際会議「VRST2021(Virtual Reality Software and Technology)」で発表され、大きな話題を呼んだ。

開発者の1人である元奈良女子大学大学院生の麻田千尋(あさだ・ちひろ)さんと、大学院の指導教員である奈良女子大学の佐藤克成(さとう・かつなり) 准教授に、装置の開発を通して顕在化した生理に関する問題や、それを解決するために必要な取り組みについて話を伺った。

生理は学べるが理解は深められないという問題

日本財団が、2021年12月に全国の17歳~19歳の男女1,000人を対象に行なった「女性の生理」をテーマにした調査(別タブで開く)結果では、「生理について十分な知識がある」と感じている人は、男性が17.8パーセント、女性が40.0パーセントで、女性ですら5割に満たないことが分かった。

また、女性は周囲の理解不足にも頭を悩ませている。「学校や外出先で生理用品が無くて困った」経験がある人は44.4パーセント、「学校の授業等を欠席・早退したいと思ったが我慢した」経験がある人は32.4パーセント、「学校の先生等に不調を伝えられない、または理解してもらえない」などの経験をした人は17.6パーセントいるということが分かっている。

「ジェンダー平等」が叫ばれる現代ではあるが、女性が生理によって不便を実感するケースはまだまだ多い。

図表:日常のさまざまな不便・周囲の不理解 上位5項目(女性、n=500)(複数回答)

18歳意識調査の棒グラフ。「生理に関連する身体的・精神的な不調や負担、日常の不便について、一度でも経験したことのあるものを全て選択」の質問に、「学校や外出先で生理用品が無く/足りず困った」と答えた人44.4%。「学校での授業・課外活動・行事を欠席または早退したいと思ったが、我慢した」と答えた人32.4%。「部活・サークル・習い事などでの重要なイベントを欠席または早退したいと思ったが、我慢した」と答えた人19.4%。「学校での授業・課外活動・行事を欠席または早退した」と答えた人18.0%。「指導的立場にある大人に、生理による不調などを伝えられなかった」と答えた人10.6%。
生理への不理解によってもたらされる女性の生活への影響はさまざまだ

月経痛体験装置を開発した当時・大学生だった麻田さんは、生理の問題についてこう語る。

「最近は生理について『男女問わず理解を深めるべきだ』という風潮が出てきて、とても良いことだなと思っています。男性であっても書籍・メディアの記事等を見れば、生理について学ぶことはできますが、痛みの強さやつらさまでは分かりません。理解を深めるための伝え方には限界があるなと思っています。同じことが女性間で生理について話すときにも言えて、生理痛に関する理解や考え方は人それぞれ。どれだけ『私の生理は1日中立ち上がれないくらい重い』と話をしても、自分の基準とマッチしていなければ想像も共感もしにくい。そのあたりも生理に関する症状の共有を難しくしている要因だと感じます」

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生理の問題について語る麻田さん

そんな生理の症状の共有が難しいという問題の解決に一役買いそうなのが、麻田さんを中心とした9人のメンバーで研究・開発した月経痛体験装置だ。お腹の下部に装着する電極パッドから電気刺激を流すことで、生理時の腹部の痛みを再現。太ももに装着する特殊なゴムバンドでは、血液が足を伝ってじんわりと漏れるような不快感(出血感)を錯覚的に体験できる。

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月経痛体験装置の仕組み。お腹の下部に2枚の電極パッドを貼り、電流を送ることで、生理時の痛みを再現。太ももに装着する特殊な温度の変わる素子で不快な「血の漏れ」の感覚を体験することができる。画像提供:奈良女子大学
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VRST2021では「電車内での生理痛」を再現。ZONE1では「座席での立ち座り」、ZONE2では「立ちっぱなし」、ZONE3では「電車の揺れ」を設定。画像提供:奈良女子大学

VRST2021の会場では、ユーザーにできるだけ生理痛のリアルなつらさを実感してもらうため、満員電車の車内を想定した舞台を作り、その中で疑似体験できるようにしたという。

「生理がこんなにつらいとは」との声が多数

麻田さんたちが月経痛体験装置の開発を始めたのは、2019年。当初の目的は生理に関係なく「VRの大会に出場したい」という単純な思いだった。

「出展する作品をみんなで話し合って、『生理痛が追体験できるVRならオリジナリティがあって面白そうだ』という結論になったんです。また、作品が完成すれば、女性特有の生理痛のつらさをいろんな人に伝えられるんじゃないかなとも思いました」

開発にあたりこだわったのは、痛みのデータ収集だ。まずは女性メンバーの生理痛を参考に、基準となる電気刺激の強度を設定。その後、多くの女性に体験してもらい、生理痛の痛みの幅を探っていったという。プロトタイプ(試作品)完成時には、痛みの幅を0〜100パーセントの段階まで変更可能にした。

「いろんな方に体験してもらって感じたのは、生理痛の幅が想像していた以上に広いということでした。一番強い電気刺激でも『普段の生理痛に比べれば全然』という人もいました。プロトタイプが完成したことで、生理のつらさが幅広く可視化され、相対化された点は良かったと思いますが、痛みに関してはまだまだ把握しきれていないことが多いなと気付かされました」

生理痛に近い電気刺激を発生させる月経痛体験装置の本体
体験できる電気刺激の強さはパソコンで設定する

佐藤准教授が研究チームに関わるようになったのは、麻田さんたちが月経痛体験装置を完成した後のこと。研究成果を世に残すためのアドバイザーとしての役割がメインだったという。

「月経痛体験装置による研究成果をどのように論文にまとめるか、学会で発表するためにはどういう実験を行えばいいのかなど、サポートするのが私の主な役割でした。月経痛体験装置を作っていると初めて聞いた時、『着眼点が素晴らしい』と素直に思いましたね。これまでも他者の体験を追体験できるVRは数多く生み出されてきましたが、生理痛を追体験できるものは私の知る限りなかった。彼女らの努力を何とか形にしてあげたいという思いでサポートをしていました」

研究メンバーを学術的な観点からサポートしてきた佐藤准教授

まだ誰も着手したことがない分野に挑戦するのはとても勇気のいることだ。麻田さんは研究・開発を進めていく中で「たとえ月経痛体験装置が完成しても、体験者にそのつらさを本当に理解してもらうことは難しいんじゃないか……」という不安を抱えていたという。

しかし、不安とは裏腹にVRST2021では、男性の体験者から「生理がこんなにもつらいものだとは想像もできなかった」「電車の中でつらそうな女性を見かけたら席を譲ろうと思った」など、好意的な意見が数多く届いた。

中には「女性にとって大事なことだから痛みを知っておきたかった」という男性や、すでに子宮を摘出した女性が『つらさを思い出すきっかけにしたかった』という理由で、体験に参加した人も。

「私たちが作った装置で体験できるつらさは、生理のほんの一部でしかありません。頭痛や関節痛、貧血、怒りっぽくなるなど、症状は人によってさまざまなので、それを理解してもらうためにも機能を拡張していく必要があると。ただ私はすでに就職し、いまはVRの開発・研究には携わっていません。この研究を佐藤先生と一緒に次のステップへつなげてくれる後輩が現れることに期待しています」

編集部がVR体験。立っていられないほどの重い痛み

今回、日本財団ジャーナル編集部でも、佐藤准教授のサポートのもと月経痛体験装置を体験させてもらった。

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生理痛を体験する編集部員(左)と、サポートする佐藤准教授(右)。下腹部に電極パッドを貼り、いざスタート

まずは最大強度に対し30パーセントの痛みに挑戦。「これぐらいなら」と高をくくっていたが、いざ始まってみるとお腹の内側からくる重い痛みに、じんわりと額に汗が浮かんでくる。

そして次に体験した50パーセントの痛みは、ただ立っているのもつらく、80パーセントともなると体を動かすこともままならない。お腹の内側の筋肉がねじられて、その部分を太い針でつつかれているような、そんな激しい痛みが走る。いすから立って座るという単純な行為すら1回繰り返すのがやっとだ。歩いてみようと思っても、足が前に出なかった。

月に数日、多くの女性はこのような痛みに耐えながら、通勤や通学をし、勉強や仕事に励んでいるのかと考えると、月並みの言葉だが尊敬の念を抱かずにはいられない。「生理が近くなると気持ちが落ち込んでしまう」という声をよく耳にするが、初めて理解できたような気がした。

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VR体験の様子。50パーセントの刺激で、思わず体が丸まってしまった

生理痛に悩まされる女性の気持ちを実感することができた月経痛体験装置。今後の展望を佐藤准教授に尋ねると、商品化を考えているとのこと。

「体験会を機に、企業や自治体から『研修に活用させてほしい』と連絡をいただいています。現在、企業や学校向けの装置の商品化を進めている最中です」

この装置が普及すれば、生理に対する社会の理解は一気に広がるはず。麻田さんは、男性よりも女性同士の理解が進むことに期待している。

「この装置を開発する中で、男性よりもむしろ女性同士の方が生理について理解し合えていないことを知りました。以前、女性の上司に『生理痛がひどいので休みます』と伝えたら、『そんなのつらくない、私の方がもっとひどい』と言われたという話を聞いたことがあります。生理に関する悩みを相談したとき、男性よりも、女性の上司や同僚のほうがあまりいい顔をしないと感じている人もいらっしゃると聞いています。きっと自分の痛みという基準によって、他者の痛みの想像が阻害されていることが原因だと、個人的には考えています。この装置を通して、少しでも相手のことを思いやれる社会が広がれば良いなと思います」

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月経痛体験装置を通して、相手を思いやれる社会が広がってほしいと麻田さん

「ジェンダー平等」や「女性の社会進出」は大きな社会課題となっている。そのためには、生理の貧困問題は、早急に解決する必要がある。男性が女性のことを理解することはもちろん、女性同士も無意識の偏見をなくして理解に努めることが重要だ。

月経痛体験装置は、商品化した後に学校の授業や企業研修での使用であれば、貸し出しも検討しているとのことなので、関心がある方は奈良女子大学の佐藤准教授まで問い合わせ(外部リンク)を。

生理の話をタブー視するのではなく、気軽に話せる、相談できる社会づくりをみんなで目指したい。

撮影:十河英三郎

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。