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見えづらい思春期のこころの不調。カードゲームで自覚を促し、子ども・若者の生きる力を支える
- 15~39歳までの子ども・若者の死因1位が「自殺」。先進諸国では日本だけ
- 自殺予防には自分のこころの不調に気づき、対処法を学ぶメンタルヘルスリテラシー教育が有効
- 子ども・若者を変えるのではなく、大人や社会が子どもの悩みに寄り添う視点が必要
取材:日本財団ジャーナル編集部
2022年の日本における自殺者数は2万1,881人となったことが厚生労働省より発表された。前年比874人増しと2年ぶりに増加。その中で目立つのが2019年から増加傾向にある子ども・若者の自殺で、小中高生は512人と過去最多を更新した。
人身売買や戦争のない先進国では子どもが亡くなる理由は事故や病気が多いが、死因の1位が自殺というのはG7(※)の中でも日本のみというのが現状だ。
- ※ カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国を指す
未来ある子どもや若者たちが希望を持って生きられる社会を実現したい——そんな思いを掲げて活動しているのが、宮城県・仙台市に拠点を置く認定NPO法人Switch(外部リンク)。こころの不調を抱えた若者の就学・就労支援のほか、不登校や引きこもりなど福祉の枠では支えきれない課題を抱えた子ども・若者のサポートを行っている。
設立は、東日本大震災の1週間前となる2011年3月2日。一時は活動を休止するも、被災地で「働きたい」「学びたい」と頑張る若者たちの姿をみて、事業を継続することを決めた。
そんなSwitchでは子ども・若者の自殺予防支援の一環として、自分のこころの不調に気づいて対処できる、周囲の人たちや専門機関に相談できる“予防の力”をつけることを目指した「メンタルヘルスリテラシー」の普及啓発を行っており、それを若年層が楽しみながら学べるカードゲームの開発に取り組んでいる。
カードゲームを通じ、どのように子ども・若者のこころの健康を守っていくのか。また、思春期世代と接する中で見えてきた自殺予防の課題とは。
Switch代表理事の今野純太郎(こんの・じゅんたろう)さん、理事兼法人事業統括ディレクターの小関美江(こせき・みえ)さん、就労・修学コーディネーターの山田(やまだ)ゆかりさん、加藤大延(かとう・ひろのぶ)さんの4人が、分かりやすい事例など挙げながら聞かせてくれた。
10代の子ども・若者は、常に変化にさらされている
まずは「子ども・若者の自殺」が過去最多となった現状について、どのような要因が考えられるか見解を伺った。
小関さん「環境面から考えると、1つはやはりコロナ禍の影響が大きいと思います。友人を含めた周囲とのコミュニケーションが取りづらくなる一方で、家族との距離が近くなりすぎたり、ストレスが溜まりやすいのに行動が制限されて、居場所がなかったり、発散できる場がなくなってしまっている。次に、社会のコミュニケーションの方法がSNSなどネット中心になっている影響も否めません。若者と接していても『対面で話すのが苦手。友人とのやり取りは短文のテキストが中心』という方々が多く、短い文章の中でモヤモヤすることがあっても相手に真意を聞きづらいので、自分なりに裏を読んで落ち込んでしまう……。場合によってはそのまま関係がこじれたり、修復できなかったりするケースもあります。SNSは便利なツールですが、人間対人間のリアルな関係づくりを希薄化させている面があるように感じます」
そのような社会の動きに加え、若者世代が直面しやすいのは自らの心身の変化だけでなく、自身を取り巻く環境の変化だ。学生である10代は小中高と短い間隔で学びの場が変わり、さらに毎年のクラス替えもあるなど、非常に高い頻度で大きい変化にさらされざるを得ない。
加藤さん「では大学に入れば楽になるのかと言うとそうでもありません。小中高とさまざまなルールの中で生活してきたのに、突然『自由にしていいですよ』というムードに変わって戸惑いを覚える若者もいます。しかも一見自由なようで、学校生活の見えないルールであったり、『卒業後は就職せずに旅をしていろいろな経験をしたい』など卒業後に就職をしない自由な時間がほしいと言えば、親や友人から『大学を卒業したら就職するのがふつう』のような無言の圧力を受けたりする。自由と言われる社会にある見えないレールと本心との狭間で悩み、苦しんでいる若者は少なくありません」
もう少し早く出会っていたら、違う未来になっていたかもしれない
Switchが子ども・若者たちに対するメンタルヘルスの重要性を訴え、若年層に特化した多角的な支援を広げてきたのは、うつ病や不安障害といったこころの不調を抱えた人々に対する就労支援を通じて多くの当事者と触れ合い、その声を聞いてきた経緯があるからだ。
小関「利用されている方の声を聴いていると、多くの方が思春期にこころの不調を感じたり病気になっていることが分かりました。思春期から青年期に移行する時期は、社会へ飛び出す準備をする大切な時期ですが、こころの不調が起こりやすい時期ともいわれています。『もし学生のときに出会っていたら、違う未来になっていたかもしれない』という思いから、若者への早期の予防支援の必要性を感じ、学生支援を始めました」
そのような背景から、2012年から「メンタルヘルスリテラシー教育」の啓発に着手。こころの不調を予防する力を若いうちから身につけられることを目的に、メンタルヘルスに関する知識や不調の予防法などを分かりやすくまとめた「心の健康を学ぶワークブック」を作成した。有志で結成した「SCOPE(School Outreach for Psychological Education:みやぎこころのデザイン教育実行委員会)」を中心とし、主に中学校・高等学校を対象とした出張講座・ワークショップを現在(2023年3月時点)まで約60校に展開してきた。
Switchが活動する東北エリアのほかにも「メンタルヘルスリテラシー教育」普及に向けた活動が全国各地で行われるようになった結果、2022年からは高校の保健体育の学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」が追加されることとなった。
また2019年からは宮城県より委託を受け、大学生を対象とした自死予防事業として県内の大学と連携し「ゲートキーパー(※)養成講座」を展開。これまで約1,000名以上の学生に、セルフケアや身近な仲間を気にかけサポートするためのスキルを伝えている。
- ※ 自殺のリスクにつながるような悩みに気づき、声をかけ、話を聴き、必要案支援につなげ、見守る人
この流れの中で、これまでの実績と自治体との連携体制を活かしながら、もっと気軽にメンタルヘルスリテラシーを学べるツールを開発できないかを模索。そして2023年2月、日本財団の支援を受け、カードゲーム「ココロンリーツナガール」が誕生した。
このゲームでは、子どもや若者が日常生活や学校で出会うさまざまなストレスが書かれた「STRESS(ストレス)カード」と、ストレスに対処するためのアクションやセルフケア方法が書かれた「DO-SURU?(対処)カード」、そしてマスコットキャラクターである「ココロンリー&ツナガールカード」を使い、楽しみながらストレス対処やセルフケアなど、メンタルヘルスの知識に触れられる。
事業では高校生向けに開発したが、対象は小学校高学年ぐらいから大人まで幅広く、対象年齢は12歳以上。3〜6人で遊べる「訓練モード」と 2人で遊べる「集中デュエルモード」の2つのモードがあり、どちらのルールも同じような題材を用いたこれまでのゲームとは異なり、対戦形式で遊ぶことができる。
ストレスに対する学習ながら「楽しい!」という感想が
カードゲームのリリースに先駆けて、県内の公立高校3校を訪問し、生徒や先生らと実際にゲームをプレーしてもらい、ゲームの内容やカードの使用感などに対する意見をもらったという。
実際の反応はどうだったのか。
小関「生徒さんたちからは『いろいろな対処法を知ることができた』『自分とは違う考え方を学ぶきっかけになった』など多くの前向きな声が、参加した先生からは『普段の会話で自分の考えや思いを口にするのは勇気が要ることだが、カードを使うことで生徒たちがそれを自然にできていたのがすごい』という驚きの声もいただきました。実際に遊んでもらうまでは、どんな反応が返ってくるのかドキドキしていたのですが、アンケートには『楽しい!』というフレーズがたくさん。楽しみながらストレス対処を身近なものとして学んでくれたのかな、と嬉しかったですし、手応えを感じましたね」
Switchにはすでにいくつかの高校から、授業や進路ガイダンスの時間を利用して取り入れてみたい、という要望が届いているそう。今後は教育現場に加え、広く一般に向けてもアプローチを続けていく予定だ。
カードゲーム企画・制作の一端を担った山田さんは、メンタルヘルスリテラシー普及啓発における「ゲーム」の可能性についてこう話す。
山田さん「子ども・若者世代が親しみやすいカードゲームの形を取ったことで、教育現場だけでなく、一般向けのゲームイベントの機会をつくったり、ゲームを扱う専門店などで手に取っていただいたりといった学校外での展開も可能になります。『メンタルヘルスって、自分にとっても身近なものなんだな』と幅広い方々に感じていただけるきっかけとなるようなツールができたと思います」
遊びを通じた啓発という文脈において、Switchでは2022年度に、eスポーツをはじめとするオンラインゲームを使った若者支援も実施した。「ゲームの中に居場所を見出し、社会に出てこない若者たちが一定数いるのではないか」という仮説の元に「若者応援サーバー」と題したSwitch専用のゲームサーバーを開設し、チームでのゲームプレーやゲーム中のボイスチャットを介してコミュニケーションを深めよう、という試みだ。
大人の支援スタッフだけでなく、普段からオンラインゲームを楽しんでいる学生に「ピアチューター(伴走支援担当)」の役割を担ってもらったという。
山田「最初はぎこちなさもあるものの、ゲームという共通の話題をきっかけにコミュニケーションが深まっていきます。何度かオンライン上での交流を繰り返した後、リアルの場でゲームイベントを開催することで、ふだんはなかなか外に出る機会のない参加者の方とゲームチューターとがリアルの場で交流を持てる場もつくりました。一緒にゲームをする中で、参加者がこころの不調の話をぽろっとチューターに話してくれる場面も。遊びながら、楽しみながら関係を築き上げていくことや、若者世代に働きかける上でのゲームの可能性が感じられました」
子ども・若者の世界に飛び込む勇気を、大人が持つこと
子ども・若者たちが自殺という選択をしないですむ社会をつくるために、国や行政は何をしなければいけないのか。代表理事の今野さんは、「子どもの世界に飛び込む勇気が、国や行政に求められている」と話す。
今野さん「国や行政が行う自殺対策やメンタルヘルス教育は、まずは大人が枠組を決め、その枠に子どもを乗せて動いていくような仕組みです。しかし私たちが行う『ゲーム』という試みは、悩みを抱える子ども・若者の側に大人が寄り添っていくのがテーマ。インターネットやSNSの影響についての話が出ましたが、高校生の8割近くが1日3時間以上ネットを利用している、というデータがあります(※)。つまりネットの中に支援者がいないのは、もう不自然な状態なんです。子どもの側に『使い過ぎてはダメだ』というのではなく、大人のほうが彼らの世界に飛び込んでいく、そんな勇気が今、行政には求められている。変わらなければいけないのは、子ども・若者ではなく私たち大人の方なんです」
小関「大人が変わるという点においては、自殺予防の取り組みにおいても同じことが言えます。子どもに『SOSの出し方』を教えるのはもちろん、より重要なのは大人の側が『SOSの受け止め方』を学ぶことだと思っています。支援の現場で話を掘り下げていくと『親に話を聴いてもらえない』『相談しても否定される』という悩みが多い現状があります。子ども・若者の思いを大人の側が否定せずに受け止め、まずは最後まで話を聴く姿勢の大切さをもっと啓発していく。自殺予防に有効なそういった仕組みづくりもまた、国や行政にぜひ取り組んでいただきたいことの1つだと思っています」
悩み、苦しむ子どもや若者は私たちの身の回りにもいるかもしれない。社会の一員としてどんなことができるだろうか。
加藤「学校や会社など、身の回りにいる人に対して『様子がおかしいな』と気づくことは誰しもあると思います。そういうときに『何かあったの?話してみて』と声をかけても『なんでもないです』と言われて終わり、となる場合も多いのではないでしょうか。そこで『だから話しかけても意味がない』とは捉えてほしくないんです。例えば、いつも話しかけないタイミングで『お疲れさま』とたったひと言伝えるだけでもいい。それが相手にとっては『あなたのことを見ているよ』『あなたの存在に気づいているよ』という目に見えないメッセージになっていきます。長い時間がかかるかもしれませんが、もし様子が気になる人がいたら、そういうさりげない関わり・声かけを続けてみてほしいですね」
〈プロフィール〉
認定NPO法人Switch(スイッチ)
未来ある若者が希望を持ち、多様な価値観を尊重しあえるWell-Beingな社会の実現を目指すことをビジョンに掲げ、2011年より宮城県仙台市で活動を開始。こころの病気を抱える若者の就労移行支援や自立訓練事業のほか、若者の居場所づくり、こころの不調を予防するメンタルヘルスリテラシー教育の普及など、若者達が自分らしく「働く・学ぶ」を実現するための活動に取り組んでいる。
認定NPO法人Switch 公式サイト(外部リンク)
ユースサポートカレッジ仙台NOTEブログ(外部リンク)
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