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リストカットは「生きるため」。自傷行為をする意味を正しく理解するために専門家に聞いた

イメージ:リストカット
中高生の1割が経験あるという自傷行為。間違ったイメージがはびこっており、実態との乖離があるという
この記事のPOINT!
  • 社会はリストカット等の自傷行為に関して、間違ったイメージを持ってしまっている
  • 自傷行為は、つらい気持ちを和らげる“生きるため”の行為である
  • 無理にやめさせることは事態を悪化させる可能性が。否定せず、寄り添うことが大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

カミソリなどで手首を傷つけるリストカット(通称リスカ)等の自傷行為を行う人に対し、あなたはどんなイメージを持っていますか?

自殺願望がある、精神的に弱いなどのイメージを思い浮かべる人も多いかもしれません。

しかし、それらは自傷行為経験者の実像とは乖離があると言います。

「自傷行為は死ぬための行為ではなく、生きるための行為」と言い切るのは、日本自傷リストカット支援協会(外部リンク) の代表理事であり、形成外科医として自傷行為の傷跡に対する治療を多く行ってきた村松英之(むらまつ・ひでゆき)さん。

今回、リストカットや自傷を行う理由を正しく理解するために、村松さんにお話を伺いました。

村松さんは「社会の自傷行為に対するイメージは4つの誤解がある」と言います。

写真
東京・豊洲にある「きずときずあとのクリニック」(外部リンク)の形成外科医でもある村松さん

自傷行為=自殺行為ではない。自傷に対する4つの誤解

――さっそくですが、リストカットを含む自傷は、何を目的とした行為なのでしょうか? 自殺をすることが目的なのでしょうか?

村松さん(以下、敬称略):いえ、よく誤解されるのですが、自傷行為というのは自殺とは全く異なります。

自殺が「死ぬための行為」だとすると、自傷はむしろ「生きるための行為」なんです。

自傷行為をしてしまう人は、あまりにもつらい感情や強いストレス、怒りなどを抱え、少しでも和らげたいという思いから行動に移してしまうわけです。

――自傷行為は痛みを伴いますよね。なぜ、つらい感情を和らげることができるのでしょう?

村松:これは科学的に証明されていて、自傷行為をすることで脳内麻薬が分泌されるんですよ。すると、一時的につらい気持ちが和らいだような感覚になるんです。

イメージ:脳内麻薬
自傷行為はエンケファリン等の脳内麻薬が分泌され、気持ちが楽になるという

村松:自傷行為に対する誤解はとても多く、社会に正しい認識が広がっていないという現状があります。

村松さんの唱える社会の「自傷行為に対する勘違い」

・自殺行為ではない
・精神病を患っている人だけの特殊な行為ではない
・ほとんどの場合、アピール目的の行為ではない
・自傷行為を見つけても無理に止めてはいけない

――2つ目の「自傷行為は精神病を患っている人だけが行う行為ではない」とのことですが。

村松:もちろん中にはそういう方もいらっしゃいますが、中高生の約1割が刃物で故意に自らの体を傷つけた経験をしているという統計(※)もあって、すごく身近な行為なんですよ。強いストレスのある現代社会において、何も特別なことではありません。

村松:ちなみに当院の患者さんに対して行った調査でも、自傷行為を始めた時期で圧倒的に多かったのは中高生時代になります。

円グラフ:自傷をした時期
小学生 (〜12歳)	5パーセント
中学生(13〜15歳)	35パーセント
高校生(16〜18歳)	32パーセント
19歳〜29歳	26パーセント
30歳以降 	2パーセント
松本さんが患者を対象に行った調査結果。中高生の時期に自傷を行う人が多い。データ提供:きずときずあとのクリニック

――自傷行為を始める背景にはどのような理由があるのでしょうか?

村松:これも当院の調査結果ですが、人間関係の問題に悩んだ結果、自傷行為に至る人の割合が多いです。家庭での人間関係が原因となるケースが32パーセントと最も多く、次いで学校での人間関係が19パーセントという結果になっています。

円グラフ:自傷の理由
家庭:32パーセント
学校:19パーセント
異性:8パーセント
その他の人間関係:15パーセント
精神疾患:11パーセント
その他:15パーセント
自傷の理由としてもっとも多いのは家庭での人間関係。データ提供:きずときずあとのクリニック

――日本でリストカットというフレーズや、自傷行為が知られるようになったきっかけは何かあるのですか?

村松:1998年頃、南条あや(※)さんという方がインターネット上に公開していた、心の病との日々を明るくつづった日記が話題となり書籍化までされました。これによりリストカットや自傷、メンタルヘルスに関する認知が一気に広まったと言われています。

誤ったイメージが広がるのは、自傷行為を理解できないから

――3つ目の「自傷行為はアピール目的ではない」とのことでした。「かまってちゃん」と揶揄されることもあり、気を引くための行為と捉えられがちです。

村松:精神科医で、日本自傷リストカット支援協会の顧問でもある松本俊彦(まつもと・としひこ)さんの調査によると、自傷行為がアピール目的で起こるというエビデンスはなく、自傷行為の96パーセントが一人きりの状況で行われています。

つまり、アピール目的での自傷行為はそう多くありません。二次的にアピール目的になっていったケースが多いと思われます。

――「二次的に」とは?

村松:先ほどもお伝えした通り、自傷行為は隠れて行う人がほとんどなんです。ただ、傷跡などが見つかることによって、ストレスの対象となっている人物が優しくなったりすることがあります。

例えば、親との関係が原因で自傷行為をしている人が、親に見つかる。そうすると親が優しくなることがあるんです。

その反応を見て相手をコントロールしたいという思いから、アピール目的に自傷行為をするようになることはあるでしょう。

ただし、人間はそう簡単には変わりませんし、優しくされるのは一時的な場合がほとんどです。「なんでそんなことをするの!」と責められるようになり、余計に関係が悪くなるケースも多いので、アピール目的での自傷行為が長く続くことはないんです。

――SNSを中心に自傷行為に対する誤ったイメージが広まっているような感じがします。「精神的な不安定さを感じている人」がある種のキャラクターや記号のように扱われている漫画などもよく見かけますし……。

村松:そうですね。漫画などでの実態とかけ離れた扱いや表現は、私も危惧しています。

これはインパクトが強い方に注目が集まりやすいというのも要因の1つかと思います。精神病を患っていて、中には自傷行為をしている人がいる。その方たちのインパクトがあまりにも強い。

そして、「なぜ自分の体を傷つけるのか理解ができない」という人も多い。

「自傷行為=精神的な不安定さを感じている人」というような分かりやすいレッテルを貼ることで、その方たちは理解しやすくなるんでしょうね。

――実態を把握せずに分かったような気になっている、と。難しい問題ですね。

村松:そうですね。ただ、私自身もそのような先入観を持っていたことがあります。

――村松先生もそうなんですか?

村松:私は2017年に「きずときずあとのクリニック」を開業しました。もともと、事故による傷跡や、先天的に上顎が割れてしまう口唇裂(こうしんれつ)・口蓋裂(こうがいれつ)を主に担当していたこともあり、自傷による傷跡を想定していたわけではないんです。

ただ、開業後、さまざまな自傷経験のある患者さんと出会うことで、実情を知ることができました。

きずときずあとのクリニックで行っている戻し植皮手術の経過
松本さんのクリニックでは自傷行為による傷跡などを目立たなくする治療を行っている。画像提供:きずときずあとのクリニック

――どのように先入観が変わっていったのでしょう?

村松:自傷経験のある患者さんの対応をしていて感じたのは「みんな“普通”だ……」ということでした。自分の先入観との違いにとまどい、自傷行為についていろいろ調べたところ、松本先生とつながることができて、正しい知識を得ることができました。

そこで自傷行為に関する正しい知識が広がっていないことも知り、日本自傷リストカット支援協会を立ち上げたんです。

日本自傷リストカット支援協会ウェブサイトのトップページ
日本自傷リストカット支援協会では、自傷行為に関する正しい認識を広く普及するための情報発信、治療機関の共有、自助グループの運営などを行っている

大切なのは、気持ちに寄り添うこと

――4つ目の誤解、自傷行為を見つけても無理に止めてはいけないとのことですが、身近な人が自傷をしていると気付いたら、どうしても止めたくなってしまうと思います。

村松:関係性にもよりますが、一番大切なことは「無理に止めようとせず、探ろうとせず話を聞くこと」だと思います。

先ほども説明した通り自傷行為は何らかの理由があって、その悩みを和らげるために行っているものなので、その原因が解消されていないのに自傷行為だけを止めても、当事者は追い詰められるだけです。

また、本人も何が原因なのか分かっていない場合も多いので、無理に探ろうとしないことも重要です。「自傷行為自体が悪いことではない」と、共感的に見ることも大切でしょう。

――では、自分にあまり近い人ではなかった場合、できることは何もないのでしょうか?

村松:触れないでほしいと考えている人も多いので、慎重な対応が必要だと思います。興味本位で「どうしたの?」と聞くことだけは避けた方がいいですね。

――なるほど。自傷行為をやめる方法ですが、やはり精神科に通う必要があるのでしょうか?

村松:もちろんそういう方も中にはいらっしゃいますが、ほとんどが通院しなくても自傷をやめることができます。

なぜかというと、成長に伴って自傷以外の方法でストレスを解消することができるようになったり、ストレスを生み出す原因から物理的に離れることができるようになるからです。

――自傷をしている人の多くが、中高生の子どもたちである理由もそこにありそうです。

村松:はい。この世代は大人と比べると、ストレスを解消する方法を持ち合わせていないんです。

男性の場合、ごみ箱を蹴っ飛ばすとか、壁を殴って穴を空けるなど暴力的な行為でストレスを発散することがありますが、女性だとできない場合が多いと思います。

そんなときに、「自傷行為をするとスッとする」というようなインターネットの情報を見て、自傷に至る人も多いわけです。

――明確なきっかけによって、自傷行為をやめられるケースもあるのでしょうか?

村松:精神科に通って克服した方もいますが、きっかけとして多いのが「将来、傷が残る」というのを知ることです。

自傷行為の傷跡に悩んでいる人というのはたくさんいらっしゃいます。1,2回の浅い傷であればそこまで目立たなくなるのですが、自傷行為は続けるうちに肌や傷が硬くなっていき、脳内麻薬も出にくくなります。

するともっと深く、もっと新しい場所を傷つけるようになります。そうすると傷の範囲がどんどん広くなっていって、かなり目立つようになってしまうんです。

心は回復しても、傷跡だけは残ってしまって一生レッテルを貼られることになりかねません。

村松さんのYouTubeのキャプチャ。日本自傷リストカット支援協会設立の理由を話している
村松さんはYouTubeでも積極的に発信を続け、自傷行為に対する正しい知識を広げようとしている。参考:村松院長からの重大な報告があります。【形成外科 きずときずあとのクリニック豊洲院】(外部リンク/動画)

――自傷行為を行う人たちに対し、私たちができることは何かありますか?

村松:偏見を持たず、正しい知識を得ることがとても大切だと思います。

今では精神科医の先生なんかもYouTubeで情報発信をしており、自傷行為について知るのにとても有効だと思うので、ぜひ見てみてください。

世の中には自傷で悩んでいる人が非常に多くいて、その理由も決して特殊なものではありません。アピール目的でもない、心が弱いからでもない、全員が精神的な不安定さを感じている人ではありません。

そういった認識が広がっていけば、誰もが生きやすい社会にもつながると思います。

編集後記

取材を通し、心が回復したあとも、傷跡に対する偏見で悩む人がいることを知りました。自傷行為に対する正しい知識を得ることは、自傷経験のある多くの人を救うことにつながるのではないでしょうか。

日本自傷リストカット支援協会 公式サイト(外部リンク)

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