日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

聞こえなくても私は歌える——インクルーシブな合唱団「ホワイトハンドコーラス」が具現化する共生社会

写真:手歌で音楽を表現する子どもたち
ホワイトハンドコーラスのサイン隊は白い手袋を楽器に見立て、視覚表現で音楽を表現する
この記事のPOINT!
  • 「ホワイトハンドコーラス」は障害児が中心の多様な子どもたちが声の歌や手歌(※)で音楽を表現
  • 当事者が自ら手歌の動きを考え、作ることで、より深い洞察や表現が生まれている
  • 人や社会の「壁」を自由に行き来する子どもたちが教えてくれる、共生社会の在り方

取材:日本財団ジャーナル編集部

  • 手話をベースとしたホワイトハンドコーラスオリジナルの音楽表現  

視覚や聴覚に障害のある子どもを含め、多様な子どもたちが参加している合唱団「ホワイトハンドコーラス」をご存知でしょうか?

1995年に青少年育成を目的とした音楽教育システム「エル・システマ」のプログラムの1つとしてベネズエラで誕生し、日本では2017年に公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場(外部リンク)と一般社団法人エル・システマジャパンが立ち上げ、2020年からは「ホワイトハンドコーラス NIPPON」(外部リンク)が活動を推進しています。

ホワイトハンドコーラスNIPPONは聴覚・視覚に障害があったり、車いす、自閉症、発声に困難を抱えるなど、参加メンバーの半数に何らかの障害のある子どもが所属しているインクルーシブ(※)な合唱団です。

  • 包摂的の意。人種、性別、国籍、社会的地位、障害に関係なく、一人ひとりの存在が尊重されるという意味で使われる

聴覚障害のある子どもにフォーカスすると「耳の聞こえない子がどうやって音楽を?」と思うかもしれません。用いられるのは手歌(しゅか)というホワイトハンドコーラスのオリジナルの音楽表現。白い手袋を楽器に見立て、手話をベースとした動きで、視覚芸術として歌の世界を表現します。

手歌を使うサイン隊と、声で歌う声隊が一丸となって作り上げた表現は、その高い芸術性から年々注目を高めており、2021年にはNHKみんなのうたの「ツバメ」の手歌バージョン(外部リンク/動画)に出演するなど活動の場を広げています。

ホワイトハンドコーラスNIPPONの舞台監督で、主催団体である一般社団法人エルシステマ・コネクト(外部リンク)の代表理事を務めるのは、ソプラノ歌手として活躍するコロンえりかさん。深い洞察力や、壁を感じさせない子どもたちのふるまいに日々学ぶことが多いと話します。

そんなコロンさんに、ホワイトハンドコーラスNIPPONの活動と子どもたちと活動する中で感じる音楽の可能性について伺いました。

ベネズエラ出身でソプラノ歌手の顔も持つコロンえりかさん

失敗から学んだ「当事者が作りだす」ことの重要性

――コロンさんが、ホワイトハンドコーラスNIPPONを立ち上げたきっかけは何でしょう?

コロンさん(以下、敬称略):大学時代にろう学校(※)を訪問した際、歌う経験をしたことがきっかけです。生徒さんたちに「歌って」とせがまれて、心の中では「どうしよう、みんながどれくらい聞こえてるのか分からない……」と、戸惑っていたんです。

でも、みんなの目を見て、心の叫びを伝えようと必死に歌ったら、涙を浮かべながら「ありがとう」と言ってくれました。その時にたくさん気付くことがありまして。

  • ろうは音声言語を獲得する前に失聴した人や、日常的に手話を用いている人。ろう学校はろう児や高度の難聴児に対して教育を施すと共に、ろう者の生活に必要な知識技能を授けることを目的とする学校
オンラインで取材に応じてくれたコロンさん。英国王立音楽院で声楽を学んだという

――どんなことに気付いたんですか?

コロン:私は音楽家として活動をしてきて、音楽を通して作曲家が歌に込めた思いや、その情景を伝えること、そして美しい音を出せるかに命をかけてきました。

音楽というのは世界共通の言語だと思っていたんですけど、「それを享受できない人のことを考えてこなかった」と気付かされたんですね。

そのことがずっと頭に引っかかっていて。ある時に、ホワイトハンドコーラスを目にする機会があり、「全ての人が音楽を楽しめる、こんな天国のような場があるんだ!」と、とても感動したんです。

それで、障害のある子どもたちの音楽教育に役立てるのではないかと思い、ホワイトハンドコーラスの活動を始めました。

――具体的にはどのようにして音楽表現を生み出していくのでしょうか?

コロン:声隊とサイン隊でそれぞれアプローチが違っていまして、声隊の方はまずは楽譜通りに歌えるようにします。そのあと歌詞を掘り下げ、抑揚をつけたりして、表現を磨いていきます。

声隊の練習風景。現在は東京と京都と沖縄で合わせて100名ほどが参加している。東京でのワークショップは東京芸術劇場との共同主催事業として実施している

コロン:一方、サイン隊では、「この歌が伝えようとしている本質的な意味は何なのか掘り下げる」というところから始まって、手話をベースにした手歌を作っていきます。

写真:ワークショップで、自ら考えた手歌表現を披露する少女
サイン隊のワークショップでは、各々が歌詞を解釈し、手歌表現をみんなの前で披露していく

コロン:その後、舞台から美しく見えるように練習を重ねていくんです。サイン隊の方がユニークだとテレビや新聞で取り上げられやすいのですが、ホワイトハンドコーラスはサイン隊、声隊のどちらが欠けても成立しない表現です。

サイン隊メンバーの練習風景。障害の有無にかかわらず一緒に手歌表現を作りあげていく

――表現を生み出していく中で、大切にしていることはありますか?

コロン:当事者である子どもたちが歌詞の世界を掘り下げ、手歌の表現を自ら作り上げていくことをとても大事にしています。この作業には1曲につき4週間ほど時間をかけていますが、全くまとまらないことも(笑)。

でも、子どもたちがより深く作品の世界を理解し、自分のものにするためにも、絶対に省いてはいけないステップだと思っています。

最初の頃は、本家のベネズエラでやっているように、運営側がつくった手歌を真似してもらおうとしたんです。ところがこれが全くうまくいかなくて。

――どうしてうまくいかなかったんですか?

コロン:私を含めた聴者が作った手歌に違和感があり、説得力がなかったんだと思います。

手歌は日本手話(※)をベースにしているんですけど、日本手話は聴者が使う「話し言葉としての日本語」とは文法が違っていて、独特の表現方法もあり、日本手話の表現に明るくない人が作っても伝わりづらいんです。

この体験以降、子どもたちには手歌や手話だけでなく、「みんなに考えてもらい、話してもらう」ということをすごく意識しています。

――歌の表現以外にも、ですか?

コロン:はい。ホワイトハンドコーラスNIPPONは「舞台から未来を創る」をコンセプトにしており、子どもと共にインクルーシブな未来をデザインする活動だと考えています。これは芸術だけにとどまらず、社会全体の未来です。

国連の障害者権利条約(※)の標語にもなった「Nothing About us without us.」、日本語にすると「私たちのことを私たち抜きで決めないで」という言葉がありますが、障害のある人たちのことをそうでない人たちが決めることや、社会の未来のことを子どもたち抜きで話してしまってはいけないと思います。

  • 全ての障害者が、人権や基本的自由を完全に享有するための措置について定めた国際条約。2006年の国連総会で採択され2008年に発効。日本は2014年に批准(ひじゅん:承認の意)

少ない人数で話せば簡単に決定ができ、その場は楽かもしれません。ですが、結果的にインクルーシブな社会を実現するには遠回りになってしまいます。

だからこそ参加する子どもたち自身の考えを、すごく意識しています。

子どもと話すコロンさん
子どもたち一人一人の声を聞くことを大切にしているというコロンさん

音楽を封印した家庭に、再び音楽を届ける

――ホワイトハンドコーラスの活動を通して、子どもたちにはどのような変化が起きていますか?

コロン:私がすごく心を動かされた、ある女の子のご家族のエピソードなんですけど、その子のご両親はとっても音楽が好きで、いつも家で音楽を聞いたり、コンサートに行ったりしていたらしいんです。

でも、生まれてきた女の子の耳が聞こえないことが分かって、「自分たちだけ音楽を楽しむのはフェアじゃない」と、家で音楽を封印したらしいんです。

その後、その子はホワイトハンドコーラスのメンバーになって、どんどん音楽を楽しむようになりました。ある時、「音楽って何?」とその子に聞いたら「音は全く聞こえないけど、私は手歌ができるから完璧に歌える。私にとって音楽は自分を表現するもの」って答えたんですね。

私にはその子の感覚を完璧に理解することはできませんが、情景をイメージしてそれを表現している彼女の行為は音楽そのものだと思います。

そうして娘さんが音楽を一緒に楽しめるんだということが分かって、家の中でまた音楽を楽しむようになったと聞きました。

――すごいことですね!活動から学ぶことも多いですか?

コロン:はい。子どもたちの洞察力がどんどん進化していて、驚かされることも多いです。NHKのみんなのうた「ツバメ」の手歌制作に携わらせていただいた時にもこんなことがありました。

歌詞の中に「輝く宝石だとか 金箔ではないけれど こんな風に世界中が ささやかな愛で溢れたなら 何かがほら変わるはずさ 同じ空の下」という歌詞があるのですが、私はこの部分を貧富の差の話だと思っていたんです。

――実はそうではなかった?

コロン:そうなんです。ある子が「しあわせな王子(※)」という絵本を持ってきて、「この物語のように、自分が持っているものを差し出せることが本当の幸せということを、この歌詞は伝えたいんじゃないか」と。

  • オスカー・ワイルド作の短編小説。ある街の柱の上に建ち、自我を持っている「しあわせな王子」とよばれる像が主人公。ツバメに頼んで、自分の体につけられている宝石や金箔を、貧しい人々に配るというストーリー。「幸福な王子」とも呼ばれる

よくよく調べてみたら、実際にその物語をベースに歌詞が作られていることが分かって、驚きました。余計なこと言えないなって、反省ばかりです(笑)。

笑顔があふれるサイン隊の練習風景

「音楽は聞くもの」という概念を壊したい

――ホワイトハンドコーラスという活動を通して、実現したいことはどんなことでしょうか?

コロン:「音楽は聞こえないと分からない」という概念を壊していきたいです。目で見ることもできて、耳が聞こえない人も音楽を表現したり楽しんだりできるということを多くの人に知ってもらい、音楽を創造することで社会の壁を壊していきたいと思っています。

そのために音楽表現を模索し続けていて、2021年には写真家の田頭真理子さんとのコラボで「第九のきせき」(外部リンク/動画あり)という試みに挑戦しました。メンバーが光るライトを入れた手袋を着用して、手歌でベートーヴェンの「第九」を表現し、その光の軌跡を田頭さんが写真に撮ることで、手歌表現をより美しく可視化するというものです。

手歌を披露する男の子。手袋の光の軌跡を捉えている写真
写真家の田頭真理子(たがしら・まりこ)さんとのにコラボよって行われた写真展「第九のきせき」。画像提供:ホワイトハンドコーラスNIPPON

――そんな音楽が楽しめる社会になると思うと、ワクワクしますね! 障害の有る無しにかかわらず、子どもたちが芸術を学び、楽しむために、私たち一人一人にできることはどんなことでしょうか?

コロン:インクルーシブな社会の実現がとても大事だと思うので、興味を持ったらぜひホワイトハンドコーラスの演奏を見にきてほしいです。

私たち大人が壁や障害があると思っているところを、最初からなかったようにスルスルと行き来する子どもたちからは、多くのものを学べると思います。

ホワイトハンドコーラスの練習に集う子どもと大人たち

編集後記

ホワイトハンドコーラスNIPPONのワークショップに実際に参加してみて、一人一人の考えや表現を尊重しながら前に進む場が「小さな共生社会」そのものだと感じました。

全ての人を含んだ共生社会の実現は簡単なことではありませんが、ホワイトハンドコーラスに触れれば、そのヒントが得られるはずです。

撮影:永西永実

〈プロフィール〉

コロンえりか(ころん・えりか)

ソプラノ歌手。一般社団法人エルシステマ・コネクト代表理事、「ホワイトハンドコーラスNIPPON」舞台監督。ベネズエラ生まれ。聖心女子大学・大学院で教育学を学んだ後、英国王立音楽院を優秀賞で卒業。同年ウィグモアホールデビュー。代表曲は、父エリック・コロン氏が平和への願いを込めて作曲した「被爆マリアに捧げる賛歌」。2019年東京国際声楽コンクールでは、史上初めてグランプリ部門、歌曲部門の両部門で優勝。2017年より東京ホワイトハンドコーラスの芸術監督として参加。2020年にホワイトハンドコーラスNIPPONを立ち上げ、精力的に活動を行う。
ホワイトハンドコーラスNIPPON 公式サイト(外部リンク)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。