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海の生き物たちの命をおびやかす「海洋酸性化」。日本と世界の実態、いまできること

海洋酸性化が起こる仕組みを示すイラスト: 発電・産業・民生・運輸など人間の生産活動により大量の二酸化炭素(CO2)を排出 ↓ 排出された二酸化炭素は ・大気に蓄積され二酸化炭素(CO2)濃度は上昇 ・陸地の森林が吸収 ・海洋に吸収 ↓ 海洋酸性化が進行 水質が酸性に近づくと… ・サンゴや貝類の成長を妨害 ・魚介類の成長を妨害 ・海洋生態系の破壊につながる ・水産業にも影響が出る
海洋酸性化が起こる仕組み
この記事のPOINT!
  • アルカリ性である海の水質が酸性に近づく「海洋酸性化」が、世界の海で深刻化
  • 主な原因は、人間の生産活動に伴う二酸化炭素の排出。2022年度は過去最高水準の量に
  • 海洋酸性化が進めば、海の生態系が壊滅する恐れも。一人一人のアクションが鍵に

執筆:日本財団ジャーナル編集部

地球の表面積の約70パーセントを占め、多くの生き物たちが暮らす海で、いま「海洋酸性化」という恐ろしい異変が起きています。

近年は地球温暖化や異常気象などと共に知られつつありますが、生き物たちに与える影響については十分に解明されていません。しかし、海洋酸性化がこのまま進めば、海の生き物たち、ひいては生態系だけでなく、人間の生活や経済活動にも深刻な被害をもたらすと言われています。

果たして、海洋酸性化はどのようなメカニズムで発生するのか? そして最悪の事態を避けるためには、どのような対策が必要なのでしょうか?

大気中の二酸化炭素が増えることで進む海洋酸性化

海は、大気中から大量の二酸化炭素を吸収しています。それは、世界全体で排出される量の約4分の1に相当すると言われています。

「海洋酸性化」は、大気中の二酸化炭素が大量に海水に溶け込むことで、もともとアルカリ性である海の水質が酸性に近づく現象のこと。その影響により、サンゴや、カキ・ホタテなどの貝類、エビ・カニなどの甲殻類といった、炭酸カルシウムで殻をつくる海の生き物たちの成長・繁殖を妨げ、寿命にも影響を及ぼすと危惧されています。

世界の科学者でつくる国連のIPCC(※1)が作成した報告書によると、このまま二酸化炭素の排出量を抑制しなければ、海洋表面の平均pH(※2)は、21世紀末までに最大0.3低下すると予測。それが現実のものとなれば、海の生態系に壊滅的な影響を与える可能性があると言われているのです。

  • 1.世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)によって1988年に設立された、国際的な専門家でつくる政府間組織。気候変動や地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理などを行う
  • 2.酸性・アルカリ性の強さを示す指標のこと。0〜14の数値で表しpH7を中性とし、海水(海面)は弱アルカリ性となりpHは約8.1
海表面のpH値の推移(産業革命前〜2100年)

1750年はpH8.3付近
2002年はpH8.1付近
2100年はpH7.7付近
産業革命後から2100年までのpHの予測。海洋酸性化がこのまま進むと世界のほとんどの海域でpH8を下回る可能性が。Back to Blue Website より:Andrew Yool 氏の許諾を受け、下記の論文から掲載: HS Findlay and C Turley 2021年. Ocean acidification and climate change. In: TM Letcher (Ed), Climate change: observed impacts on Planet Earth (Third Edition)

世界の二酸化炭素排出量は過去最高水準に

海洋酸性化の原因となる二酸化炭素ですが、世界では年間どれくらいの量が排出されているのでしょうか。

IEA(国際エネルギー機関)のデータによると、2022年度に排出された世界全体での二酸化炭素の量は約368億トン。前年度(365億トン)を上回ったことが分かりました。

その主な要因は人間の生産活動に伴うものです。

18世紀の産業革命以降、人間は石炭や石油などの化石燃料を燃やしてエネルギーを得るようになり、経済成長を遂げると共に、大気中の二酸化炭素が急速に増加。40年前に比べて2倍以上の量を排出しています。

本来、海に吸収された二酸化炭素は海藻・海草などの生物たちによって分解されますが、二酸化炭素の排出量が増えすぎて処理しきれなくなり、海洋酸性化が進行しているのです。

エネルギー燃焼および産業プロセスからの世界の二酸化炭素排出量を示す折線グラフ

1900年 20億トン、1910年 30億トン、1920年 35億トン、1930年 39億トン、1940年 48億トン、1950年 57億トン、1960年 88億トン、1970年 139億トン、1980年 180億トン、1990年 213億トン、2000年 246億トン、2010年 326億トン、2022年 368億トン
人間の生産活動による二酸化炭素排出量は、年々増え続けている。出典:IEA「エネルギー燃焼および産業プロセスからの世界の CO2 排出量、1900~2022 年」(外部リンク)

これ以上海洋酸性化を進めないために

今特集「海洋酸性化の脅威」では、国内外における海洋酸性化の現状や解決に向けた取り組みを通して、私たち一人一人ができることを探ります。

第1回:将来カキが食べられなくなる?海洋酸性化の日本の現状と将来予測を研究者に聞いた

日本財団は、日本における海洋酸性化の実態調査を目的とした「日本財団 海洋酸性化適応プロジェクト」(別タブで開く)を2020年4月にスタート。幼生時に影響を受けやすいと想定される「カキ」に焦点を当て、国内沿岸部の養殖海域において約1年半にわたって行なった定点観測の結果と将来予測を発表(別タブで開く/PDF)しました。

第1回の記事では、同プロジェクトを牽引する特定非営利活動法人里海づくり研究会議(外部リンク)の理事・事務局長を務める田中丈裕(たなか・たけひろ)さんと、国立研究開発法人水産研究・教育機構(外部リンク)の主幹研究員の小埜恒夫(おの・つねお)さんに、日本の海でどれだけ海洋酸性化が進んでいるのか、調査結果を中心にお話を伺いました。

今回の調査では、まだカキへの直接的な被害は確認されませんでしたが、成長に影響を及ぼす可能性がある酸性化の数値が初めて観測されたという、懸念すべき事実が明らかになりました。

NPO法人里海づくり研究会議の田中丈裕さん(右)、国立研究開発法人水産研究・教育機構の小埜恒夫さん

第2回:世界における海洋酸性化の現状と影響。国際機関の研究者が説く、早急な対策の必要性

アメリカ西部のワシントン州、オレゴン州の養殖場では、海洋酸性化の影響により2005年から2009年にかけてカキの幼生が大量死する出来事が起こりました。

また大西洋やベーリング海では、オキアミやカイアシ類(※)といった甲殻類を食べて成長するサーモン(サケ)やトラウト(ニジマス)などの漁獲量が減少し、サイズも小さくなっていることも分かっています。

  • エビと同じ甲殻類の仲間で、地球上の水界のほとんどあらゆる場所にいる生物のこと。海洋では動物プランクトンとして海面から超深海まで分布している

いま、世界規模で進行する海洋酸性化。その問題に、私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか。

第2回は、30年以上にわたり海の生物多様性や生態系機能(※)の問題に取り組んできた、イギリスにあるプリマス海洋研究所(公式サイト)の科学部長である、スティーブ・ウィディコムさんに、世界の海で起きている海洋酸性化の実情や、国際機関の取り組みについて話を伺いました。

プリマス海洋研究所の科学部長を務めるスティーブ・ウィディコムさん

第3回:海は自分たちの手で守る。海洋酸性化の問題と向き合う漁師、小中高生たちの挑戦

このまま海洋酸性化が進めば、日本の水産業にも大きな影響をもたらす可能性があります。これに対し、漁業関係者はどのような対策を行っているのでしょうか。

第3回では、日本のカキ養殖の大産地である岡山県備前市日生町(ひなせちょう)の漁業協同組合(外部リンク)で専務理事を務める天倉辰己(あまくら・たつみ)さんに、現場で感じる海の変化や漁業への影響、海洋酸性化への取り組みについて伺いました。

また、海洋酸性化問題に取り組んでいるのは、大人だけではありません。未来を担う若者たちもさまざまな活動に参加しています。

日生町でアマモの再生活動に参加する高校生や、日本財団が共催する「海洋インフォグラフィックコンテスト」(外部リンク)で最優秀賞を受賞した小学生にも、海洋問題に対する思いについて話を伺いました。

彼らから教わったのは、難しいことを考える前に一人一人が「自分にできること」に取り組んでみる大切さでした。

アマモの再生活動に参加する岡山学芸館高校の平岩恋季(ひらいわ・こゆき)さん(左)と直野璃々花(なおの・りりか)さん(右)
日本財団共催の第2回「海洋インフォグラフィックコンテスト」で最優秀賞を受賞した瀬之上綾音(せのうえ・あやね)さん

第4回:自然との共生が「豊かな暮らし」につながる。海洋酸性化に対し、いま私たちができること

「日本財団 海洋酸性化適応プロジェクト」では、国内外の大学や研究機関、漁業関係者、NPOと連携し、オールジャパンの体制で早急な海洋酸性化問題の解決に取り組んでいます。

第4回では、このプロジェクトを牽引する日本財団の海野光行(うんの・みつゆき)常務理事と、東京大学大気海洋研究所(外部リンク)で沿岸環境の実態把握や分析、将来予測などを中心に取り組む藤井賢彦(ふじい・まさひこ)教授に、プロジェクト立ち上げの経緯や、今回の調査や結果から感じたプロジェクトの意義、海洋酸性化を抑えるために私たち一人一人にできることについて話を伺いました。

海洋酸性化問題解決に向けて必要な取り組みについて語る日本財団の海野光行常務理事(右)と東京大学大気海洋研究所の藤井賢彦教授(左)

取材を通して感じたのは、環境に負荷をかけない暮らしを考えて行動することが、自然の中で生きる生き物たちだけでなく、自分たちの暮らしや命を守ることにつながることでした。

世界の海で深刻化する海洋酸性化。これ以上被害を出さないためにも、本特集でいま海で起きている事実を知り、自分にできることは何か、探ってみませんか。

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