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海は自分たちの手で守る。海洋酸性化の問題と向き合う漁師、小中高生たちの挑戦

写真:アマモを回収する高校生ったち(左)、岡山学芸館高校の2年生の平岩恋季さんと直野璃々花さん(右上)、小学生の瀬之上綾音さん
深刻化しつつある海洋酸性化。その問題に向き合う漁業関係者や若者たちの姿に迫る
この記事のPOINT!
  • 世界で広がる海洋酸性化。日本で被害は確認されていないが、油断できない状況にある
  • 海洋問題に向き合う漁師や子どもたち。藻場の再生活動や探求学習に取り組んでいる
  • 海に触れていま起きている問題を実感し、「自分にできる」行動を起こすことが大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

多様な生物が暮らす海に、いま異常な現象が起こっています。その1つが海洋酸性化。海の中の二酸化炭素の量が増えることでもともとアルカリ性の水質が酸性に近づき、サンゴやカキ、ホタテなどの貝類といった炭酸カルシウムで殻をつくる生き物たちの成長が妨げられてしまうと考えられています。

このまま海洋酸性化が進めば、日本の重要な産業である水産業に大きな影響をもたらす可能性があります。この問題に対し、漁業関係者はどのように感じ、どのような対策を行っているのでしょうか。

日本のカキ養殖の大産地である岡山県備前市日生町(ひなせちょう)。その日生町漁業協同組合(外部リンク)で専務理事を務める天倉辰己(あまくら・たつみ)さんに、現場で感じる海の変化や漁業への影響、海洋酸性化への取り組みについて伺いました。

また日生海域でのアマモの再生活動に参加する高校生や、日本財団が共催する「海洋インフォグラフィックコンテスト」(外部リンク)で最優秀賞を受賞した小学生にも、海洋問題に対する思いについて話を伺いました。

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日本における海洋酸性化のいま

2020年4月、日本財団は海洋酸性化が日本の漁業や生き物にどのように影響を及ぼすのかを究明するため、「日本財団 海洋酸性化適応プロジェクト」(別タブを開く)を立ち上げました。

漁業関係者や海洋専門家と協力して、幼生時に影響を受けやすいと想定される「カキ」に焦点を当て、国内沿岸部の主要な養殖海域で定点観測を実施。その調査結果(別タブで開く)では、全ての観測地点でマガキに影響を及ぼす可能性のあるレベルの数値が、複数回観測(別タブで開く)されました。

現状では、いずれの地域もカキの幼生の異常形態や突然死など直接的な被害は確認されていませんが、世界では海洋酸性化による影響でカキの幼生が大量死するなどの事例も。日本もいつ同じような被害が出て不思議ではない状況にあります。

アマモが海洋酸性化を抑える鍵に——漁業関者たちの取り組み

近年の研究では、陸上の森林だけでなく、海の海藻・海草類の二酸化炭素吸収率が高いことが分かっており、中でもイネ科のアマモは代表的な植物として注目を集めています。

日本で3番目、全体の1割近いカキ類の収穫量(2022年度)を誇る岡山県備前市日生町。その町で、観光漁業の推進やカキ養殖業者の新たな収入源の確保に取り組む日生町漁業協同組合では、35年以上も前から「藻場(もば)の再生活動」に取り組んでいます。

豊かな海産物に恵まれた岡山県日生町
二酸化炭素を吸収するだけでなく、海の生き物たちの大切な棲家でもあるアマモ

日生町漁業協同組合で専務理事を務める天倉さんは、水産資源が減少し漁獲量に大きく影響したことが、活動を始めたきっかけだったと振り返ります。

「1950年頃の日生の海には、590ヘクタールほどのアマモ場が広がっていました。だいたい東京ドーム100個分以上ですね。しかし、日本が高度経済成長に沸いて環境問題が注視されるようになった1985年頃にはアマモ場は12ヘクタールまで減少。もともとアマモは、水質の浄化や魚の産卵場という役割がありましたから、それがなくなったことで魚の量も急激に減ってしまったんですね。これはマズイぞということになり、漁師たちでアマモの再生活動をスタートさせました。現在は沿岸にアマモ場が広がりつつあるので、約80名の漁業関係者を中心に取り組んでいます」

日生町漁業協同組合で専務理事を務める天倉辰己さん

アマモの再生活動は、海面下を漂流するアマモ(流れ藻)を回収し、4カ月間カキ筏(いかだ)に吊して寝かしてから種を採取。それを海底に撒いて藻場を再生する取り組みになります。

2013年からは、地元の小中高生や修学旅行で日生町を訪れた学生も活動に加わり、2022年度は500名ほどの子どもたちが参加したそうです。

こうした世代や立場を超えた関わり合いも、アマモの再生活動の魅力の1つになっていると天倉さんは言います。

「漁師たちは子どもたちと楽しそうに接していますよ。自分の孫と話している感じなのでしょう。子どもたちにとっても、学校の先生や親以外の大人と関わるいい機会になっているはず。何より、地元の海のことをよく知れることが大きいのではないでしょうか。なかなかこういう経験はできないと思うので、これからも日生町ならではの体験を提供できればと思っています」

そんな天倉さんが考える、海洋酸性化を抑制するために私たちができること。それは環境に配慮した行動を一人一人が強く意識することだと話します。

「酸性化をはじめとする海洋問題を少しでも改善するためには、『私は〇〇をします』という約束を掲げ、守っていくことが大事だと思います。年齢や立場によってできること、やるべきことは異なると思うので、一人一人が環境にこれ以上負荷をかけない行動を強く意識することが必要だと考えます」

アマモの再生活動について中高生たちに説明をする天倉さん。その後ろにいるのは、中高生たちと共に活動する日生町の漁師の皆さん
回収されたアマモはカキの養殖で使われるカキ筏(いかだ)に吊るす形で保管され、秋の種まきの時期を待つ

活動で高まった海を守りたいという思い——高校生たちの取り組み

海洋酸性化について、日本の未来を担う子どもたちはどのように感じているのでしょうか。

日生町でアマモの再生活動に参加する岡山学芸館高校の2年生、平岩恋季(ひらいわ・こゆき)さんと直野璃々花(なおの・りりか)さんは、学校の先輩からこの活動の話を聞き、海洋酸性化に関心を持ったと言います。

平岩さん「小学生の時にインドネシアへ行った時、ブルーカーボン(※)や海洋酸性化という言葉を初めて知りました。ただ当時は、問題の深刻さやブルーカーボンの仕組みについては理解していなかった。高校生になって1つ上の先輩から『海洋酸性化のためにアマモの再生活動をしている』と聞き、これは大変なことだと感じて、活動に参加するようになりました」

  • 海藻・海草などの海洋生態系に蓄積される炭素のこと

直野さん「私はもともと体験を通して学びを深めるフィールドワークが大好きで、先輩から話を聞き、アマモの再生活動はまさにやりたいことの1つだと感じたんです。教室の中だけじゃなくて、実践的な研究をやりたいと思い、この活動に参加しました」

アマモの再生活動を始めたきっかけを教えてくれた平岩恋季さん(左)と直野璃々花さん(右)

アマモの再生活動に参加し始めてから2年。2人が感じているのは、地元の海に貢献している誇りや、アマモへの親近感でした。

平岩さん「やはり教科書や人から聞いた話だけではなくて、実際にアマモを採集して種を選別して撒く作業に携わることで、自分たちは海洋酸性化問題に取り組んでいるんだという気持ちになれるんです。その中で自然とアマモに親近感が湧きました。いまはアマモを使って醤油を作り、知名度を高めることができないかという研究もしています。もっとアマモそのものを多くの人に知ってもらえたら嬉しいですね」

直野さん「船に乗ってアマモを回収することってなかなかできない経験なので、海洋酸性化問題について考えつつも、もっと楽しみながら再生活動に取り組めたらと思っています。漁師さんたちとお話しすることで漁業という仕事のことや、海の生き物たちのことも学べますし、日生町の海について知るほど、もっと地元の海を良くしていこう、守っていこうと思えるようになりました」

そんな彼女たちが考える、同世代の若者に伝えたい海洋酸性化を抑えるためにできること。

平岩さん「まず、自分が知らないことにも意識を向けることが大事だと思います。海洋酸性化と聞くと難しく感じるかもしれませんが、そこでふたをするのではなくて、いま実際に起きている事実に目を向けてほしい。そして自分が暮らす地域で取り組んでいる活動まで調べることができたら、大きな一歩につながると思います」

直野さん「海洋酸性化や地球温暖化は、私たち人間が起こしている問題だという認識を持つことが必要だと。その上で国や地域が取り組んでいる活動を調べて、実際に行動に移してみる。それがすごく大事だなと思います。アマモの再生活動はいろんな地域でやっていると思うので、何から始めたらいいか分からない人は、ぜひ一度参加してもらいたいです」

今後の目標は「世の中の人がもっと海に興味を持ってもらえる活動をすること」と平岩さん。直野さんは「環境や農業系の大学に進学したい」とのことでした。

漁師さんの船に乗ってアマモを回収する中高生たち
海で回収したアマモを運ぶ平岩さん(右)と直野さん(左)

岡山学芸館高校で高校生たちの活動を後押しする柳雅之(やなぎ・まさゆき)先生も、「子どもたちがアマモの再生活動に参加することは、いろんな気付きにつながる」と話します。

柳先生「現代は、一次産業を実際に体験できる機会が減ってしまっていますよね。ですから、スーパーに並んでいるカキや魚がどのような方法で養殖されているのか、イメージすることがなかなか難しいと思います。でもこういう体験ができれば知識としてしっかり身につきますし、大人になっても貴重な思い出となるはず。学生の中には、こうした体験をきっかけに『水産系や生態学系の大学に進学したい』と舵をきった子もいます。海洋問題を解決することはもちろん大切ですが、この取り組みが子どもたちの将来を豊かにしてくれることを願っています」

子どもたちの将来について語る岡山学芸館高校の柳雅之先生

海のことをもっと知ってほしい——小学生の作品に込められた思い

海洋酸性化をはじめ海が抱える問題と向き合う小学生、瀬之上綾音(せのうえ・あやね)さんにも話を伺いました。瀬之上さんは日本財団が共催する第2回「海洋インフォグラフィックコンテスト」(2022年度)において最優秀賞を受賞しました。

「コンテストに参加したのは、もともと海が大好きで、海のことをもっと知りたかったのと、絵を描くことも好きだったので応募しました。コンテスト当日は、朝からほかの参加者の方の発表を聞いていて、皆さん素晴らしい内容で感動したのを覚えています。だから最優秀賞に選ばれた時はとってもうれしかった」

最優秀賞を受賞した瀬之上さん。作品は、瀬之上さんが作成した研究レポートを、御茶の水美術専門学校の学生がインフォグラフィックに仕上げたもの

瀬之上さんが、コンテストの題材として取り上げたのが「ブルーカーボン」。初めて海の生物を通じて吸収、貯留される二酸化炭素のことを知った時に、「もっといろんな人に知ってもらいたい」と強く思ったそう。

「アマモなどの海草や、ワカメ、コンブといった海藻が二酸化炭素を吸収・貯留するだけじゃなく、海に囲まれた日本がブルーカーボンを積極的に増やしていける国だということを知って、このことをもっとたくさんの人に届けたいという気持ちになりました。ブルーカーボンの魅力に気付いてもらえれば、海が抱える多くの問題について考えてくれる人が増えるはず、と思ったんです」

そんな思いのもと手がけた作品には、ブルーカーボンによる二酸化炭素の吸収・貯留のメカニズムが理解しやすいよう、データだけでなくポップなイラストが彩り豊かに使われるなどの工夫が施されています。

瀬之上さんと御茶の水美術専門学校の学生による共同作品「CO2の新たな吸収源 ブルーカーボンで世界をリードせよ!」

瀬之上さんはコンテストが終わった後も、千葉県館山市や神奈川県横浜市で行われているアマモの再生活動や、式根島(東京都)で実施されたSDGsスタディツアーなど、海洋問題に関するさまざまなイベントに積極的に参加しているそうです。

写真:瀬之上綾音さんが作ったイベントの思い出が描かれた6個のバッジ(一例)
瀬之上さんは、「楽しんで参加する気持ち」を大事にし、イベントごとに缶バッジを作成して参加。記念に残している

そんな瀬之上さんが考える、海洋酸性化について一人一人ができる取り組みは「問題解決を諦めずに、海と触れ合うことから始める」でした。

「私は小さい頃から海で遊ぶことが好きです。そして、その経験から、その海や海で暮らす生物たちを守りたいという気持ちになりました。なので、皆さんにはまず海を訪れて、海と触れ合うことで、海を大好きになってほしいです。そして無理だと諦めずに、自分のことだと思って、温暖化を少しでも抑えることに努めてほしい。『いつか誰かがやってくれる』というのではなく、一人一人が“自分ごと”として環境問題に取り組んでほしいです。その先にきっと明るい未来が待っていると思います」

海洋酸性化は漁業関係者だけでなく、今を生きる私たちや未来を担う子どもたちにも大きく関わる大きな問題です。大切なのは、難しいことを考える前に一人一人が「自分にできること」にまずは取り組んでみること。今回の取材を通して、そう感じました。

あなたも“自分たちの海”を守るために、アクションを起こしてみませんか?

撮影:十河英三郎

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