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自然との共生が「豊かな暮らし」につながる。海洋酸性化に対し、いま私たちができること
- 世界で深刻化する海洋酸性化。日本の養殖海域でもカキの成長に影響を及ぼすレベルの数値を初観測
- 海洋酸性化や地球温暖化は、二酸化炭素の排出・増加が主な原因。今すぐ削減対策が必要
- 自然との共生が豊かな暮らしにつながる。海で起きていることを知り、できることから始める
取材:日本財団ジャーナル編集部
いま、世界で深刻化している「海洋酸性化」。大気中において増加傾向にある二酸化炭素が海中に溶け込むことによって、もともとアルカリ性である海水が酸性に近づく現象です。
その影響により、サンゴやカキ、ホタテといった炭酸カルシウムで殻をつくる生き物たちの成長が妨げられ、引いては海の生態系全体に被害を及ぼす可能性があると言われています。
実際にアメリカ西部・ワシントン州とオレゴン州の養殖施設では、海洋酸性化の影響により、2005年から2009年にかけてカキの幼生が大量死する被害が出ました。
日本財団では、日本における海洋酸性化の実態や漁業に及ぼす影響を把握するため、国内外の大学や研究機関、漁業関係者、NPOと連携し、「日本財団 海洋酸性化適応プロジェクト」(別タブで開く)を2020年4月にスタート。幼生時に影響を受けやすいと想定される「カキ」に焦点を当て、国内沿岸部の主要な養殖海域で定点観測を実施しています。
2022年3月に発表した調査結果(別タブで開く/PDF)では、いずれの地域もカキへの直接的な被害は確認されていませんが、成長に影響を及ぼす可能性のあるレベルの数値が、複数回観測(別タブで開く)されました。
今回は、日本財団の海野光行(うんの・みつゆき)常務理事と、東京大学大気海洋研究所(外部リンク)で沿岸環境の実態把握や分析、将来予測などを中心に取り組む藤井賢彦(ふじい・まさひこ)教授に、プロジェクト立ち上げの経緯や、今回の調査や結果から感じたプロジェクトの意義、海洋酸性化を抑えるために私たち一人一人にできることについて話を伺いました。
オールジャパンの体制で、早急な課題解決に取り組む
――まず日本財団が海洋酸性化適応プロジェクトを立ち上げた経緯を教えていただけますか?
海野さん(以下、敬称略):このプロジェクトを立ち上げる以前は、海洋酸性化が引き起こすさまざまな問題について把握はしていましたが、どの海域でどのような影響を及ぼしているのか、細かく把握することまではできていませんでした。
海洋酸性化への対策を検討するには体制が不十分だということで、漁業関係者や国内外の大学・研究機関などの協力を得てプロジェクトを立ち上げました。
藤井さん(以下、敬称略):確かにそれまで海洋酸性化の影響は、研究施設内で海の環境を変えて実験した結果しか分かっていませんでした。実際の養殖場で調査をしてこなかったため、海の現状と研究結果が合致しているという確証はなかったんですね。
私は今回のプロジェクトの内容を聞き、日本の水産養殖で多くの割合を占めるカキやホタテといった貝類が、海洋酸性化の影響をどれほど受けているのか、今後どんな被害が予測されるのかをいち早く知っておく必要があると感じて参加しました。
――このプロジェクトは、大学や研究機関、企業、NPOなど30近くの専門機関が参画していると聞いています。
海野:主なところで、国内では東京、北海道、広島、岡山の国立大学、NPO法人里海づくり研究会議(外部リンク)、海外ではシアトルにあるワシントン大学、研究機関では国立研究開発法人水産研究・教育機構(外部リンク)などと連携しています。
国内外の専門的な機関と連携することで、精度の高い調査・分析に加え、日本で今後取るべき対策についても、海外の先進事例を参考にしながら検討できる体制になっています。
藤井:日本の沿岸海域の調査研究や里海(※)づくりのための技術開発に取り組む里海づくり研究会議や、そのネットワークに属する漁業関係者の皆さんのご協力のおかげで、私たち研究者だけでは知ることができない現場の正確で細かなデータを集めることができ、それにより今後取るべき対策の検討も可能になりました。
研究者と漁業関係者が一緒になって海洋酸性化問題に取り組むのはとても珍しく、そういう意味では大変意義のあるプロジェクトと言えるのではないでしょうか。
- ※ 人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域
海野:日本財団の役割は、さまざまな社会課題に対してあらゆる分野の専門家をつなぎ、オールジャパンで取り組める場や機会をつくることだと考えています。海洋酸性化問題もそのうちの1つです。
今後も必要な機関があれば積極的に協力を求めて、早急な解決に努めていきたいですね。
沿岸地域において短期的で急激な「酸性化」を初観測
――2020年4月から約1年半にわたって行われた調査では、どのようなことが明らかになりましたか?
海野:海洋酸性化の進行度を表す指標としてpH(※1)とアラゴナイト飽和度(※2)があり、それらを調査するために、はじめは岡山県の日生(ひなせ)海域と宮城県の志津川湾に観測地点を設けました。その結果、どちらも局所的に水質が酸性に傾く時があることが確認されました。
具体的には、日生海域はpH7.4、アラゴナイト飽和度0.8、宮城県の志津川湾はpH7.7、アラゴナイト飽和度1.4まで下がることがあったと報告されています。
- ※ 1.酸性・アルカリ性の強さを示す指標。0〜14の数値で表しpH7を中性とする。海水(海面)は弱アルカリ性となりpHは約8.1
- ※ 2.生物が殻を作りやすい状況かどうかを示す指標。1.5未満の数値になるとカキの幼生の成長に影響を及ぼすと考えられている
藤井:特に河口域でpHが大きく低下することも分かりました。その原因として挙げられるのが、大雨や台風によって川から流れてくる淡水と有機物です。
淡水流入により海水が持つpH緩衝作用が弱まることと、淡水に含まれる有機物が沿岸で分解される際に排出される二酸化炭素の増加が、短時間での急激な酸性化を引き起こしたものと考えられます。
――水質の変化によるカキへの影響は見つかったのでしょうか?
海野:今回の調査では、カキへの影響は確認されていません。漁業や海洋養殖に被害を及ぼすまでの状況には至ってないという結果にはなりましたが、少なくともカキの幼生の成長に影響を及ぼす数値に達していることが分かったのは、大きな成果です。
藤井:一方、アメリカ西海岸で行われたマガキの幼生の飼育実験では、マガキの幼生が大量死したという報告があります。考えられることとしては、同じマガキでも日本とアメリカで耐性が違うのではないかということ。またマガキの幼生は泳いで移動できるためアラゴナイト飽和度が低い箇所を避けているのではないかという説もあります。
この事実に関しては、今後より詳しい専門家と一緒に明らかにしていく予定です。
観測の強化と共に、二酸化炭素の排出を抑制する対策を
――海洋酸性化適応プロジェクトの今後の展望について教えていただけますか?
海野:まずは、観測地域をもっと広げていきたいと考えています。特に日本海側ですね。日本海側ではまだ観測データが取れていないのと、雪解け水や陸水の影響があると聞いているので、進めていきたいです。
また、三重県の鳥羽や伊勢志摩地域で養殖されているアコヤ貝の稚貝が、近年大量死している原因の調査も行う予定です。もしかすると海洋酸性化が関係している可能性があるかもしれません。
海洋酸性化の将来予測に関しては、大分県の姫島海域で観測されている二酸化炭素の放出エリアを調査したいと考えています。二酸化炭素が出ているということは、その周辺は海洋酸性化が進行した海中と同じ環境であるはず。調査がうまくいけば今後の対策を考えるためのヒントを得られると思っています。
海外研究者との連携にも力を入れていきたいですね。具体的には、GOA-ON(Global Ocean Acidification Observing Network)(外部リンク)という国際的な海洋研究ネットワークに日本の研究員を派遣して酸性化に関する観測データを共有できればと考えています。ネットワークを広げて日本の状況と世界の状況がより深く把握できれば、お互いにとってプラスになると思うので。
藤井:私は、二酸化炭素の排出量を減らす対策を考えていくことがとても重要だと考えています。社会では海洋酸性化よりも地球温暖化や極端現象の方が恐れられていますが、どれも共通しているのは、「二酸化炭素の排出」が主要な原因となっているということです。
大雨や洪水の増加、台風の強大化なども長期的な地球温暖化や海洋酸性化による影響と重なり合って起こっている、つまり海で起こっている極端現象はつながっているんです。その点を理解した上で、人間の生産活動による二酸化炭素の排出を減らす対策をとることが、何より重要だと考えています。
海や山、自然との共生が豊かな暮らしにつながる
――海洋酸性化を抑えるために、国や行政が取り組むべきこととして何が挙げられますか?
海野:国や行政には、根拠となるデータをしっかりと固めた上で、海洋酸性化の現状を正確に捉えていただきたいです。
これから蓄積される情報を活かして、どのように行動するのか。国民に行動してもらうためにどのようなアプローチをかけるのか。こういったところまでしっかりと考えていただけたらと。
藤井:海野さんのおっしゃる通り、国や行政に動いてもらうことは大事ですね。また同時に、各自治体や地域の方々もアクションを起こしてほしいと。
海洋酸性化といっても、海域ごとに生息する生き物の種類は異なりますので、必要な対策も海域によって変わってくるはず。自治体がリーダーとなり、地域の人々と力を合わせて海を守る。そんな仕組みができれば日本の海も変わっていくのではないでしょうか。
――それでは最後に、海洋酸性化に対し私たち一人一人ができることとは何でしょう?
海野:人間は海や山といった自然と共に生きており、これからもそれが変わることはありません。まずは原点に立ち返って「自然と共生するためにはどうすればいいのか」を考えていくことが重要ではないでしょうか。
海洋酸性化においては、日々の暮らしの中で二酸化炭素の排出量を抑えることが大切ですし、それが海と共に生きるための行動にもつながります。
個人で実践可能な取り組みはインターネットで調べれば、いろいろと情報が得られるはずです。その中から自分が取り組みやすいこと、すぐにできることを選んで始めてもらえるいいなと思います。
藤井:まずは、どんなことでもいいので、目の前の社会課題に対しアクションを起こしてみてほしいですね。海洋酸性化問題に向き合うことはとても大事なことですが、他の分野で学んだことやその経験が、海洋酸性化の問題に役立つことがありますから。
もともと私は高校の途中までは文系の学生だったのですが、当時の知見や経験は今の仕事にも役立っているんです。ですから、これからアクションを起こしたいと考えている人には、いろいろな社会課題に目を向けて知識を吸収してほしい。そこから海洋酸性化の問題と結びついている他の問題にも気づいてほしいですね。
編集後記
今回の取材を通して改めて感じたのは「自然との共生が豊かな暮らしを守る」ということ。便利さを求めるだけでなく、環境に負荷をかけない暮らしを考えて行動することが、自然の中で生きる生き物たちだけでなく、自分たちの暮らしや命を守ることにつながるのではないでしょうか。
海洋酸性化や地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出を抑えるために、国連の公式サイト(外部リンク)では個人ができる10の行動を紹介しています。
- 家庭で節電する
- 徒歩や自転車で移動する、または公共交通機関を利用する
- 肉や乳製品を減らして野菜をもっと多く食べる
- 長距離の移動手段を考える
- 廃棄食品を減らす
- リデュース、リユース、リペア、リサイクルを心がける
- 家庭のエネルギー源を再生可能エネルギーにかえる
- 電気自動車に乗り換える
- 環境に配慮した製品を選ぶ
- 声を上げて周りの人の行動を後押しする
海洋酸性化をこれ以上進めないためにも、まずはいま海で起きている事実に目を向け、自分にできることから始めてみませんか?
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
藤井賢彦(ふじい・まさひこ)
横浜市出身。九州大学理学部地球惑星科学科卒、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士後期課程修了。博士(地球環境科学)。国立環境研究所、米国メイン州立大学海洋科学部を経て、2011年に北海道大学大学院地球環境科学研究院の准教授に。2023年4月より、東京大学大気海洋研究所の教授に就任。専門は海洋学・環境科学。著書に『海の温暖化 -変わりゆく海と人間活動の影響-』(朝倉書店, 共著)、『水産海洋学入門 海洋生物資源の持続的利用』(講談社、共著)など。潜水士、温泉マイスター。
東京大学大気海洋研究所 公式サイト(外部リンク)
海野光行(うんの・みつゆき)
1990年に日本財団に入職。日本財団常務理事、海洋事業部を統括。「次世代に豊かな海を引き継ぐ」をテーマに「海と日本プロジェクト」などのさまざまな事業を展開。国内外における、政府、国際機関、メディア、企業、大学、研究機関、研究者、NPO・NGO等とのネットワークを駆使してソーシャルインパクトを生み出し、地球環境問題をはじめ、海洋において国際的なイニシアティブを発揮できるよう、新しい時代を創るプロジェクト開発や戦略的パートナーシップの構築を進めている。
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