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吃音(きつおん)は「話し始めのタイミング」の障害。自身も吃音の医師に原因と向き合い方を聞いた

イラスト:どもりながら話す少年
からかいの対象となったり、誤解から怒られてしまったりすることもあるという吃音
この記事のPOINT!
  • 育て方や環境に問題があると思われがちな吃音。原因は遺伝子や生まれつきの体質にある
  • 「ゆっくり話してみてください」といったアドバイスは逆効果。本人の話を最後まで聞くことが安心につながる
  • 伝えたいと思う気持ちは同じ。周囲が正しい知識を持つことで当事者の悩みは解消する

取材:日本財団ジャーナル編集部

言葉がどもる、同じ言葉を繰り返すなどの症状が出る発話障害の1つ、吃音。言葉を習得する幼少期に症状が見られ、自然治癒する人もいる一方で、一生付き合っていかなければならない人もいます。

吃音はからかいの対象になったり、人と会話することに苦手意識を感じるようになったりと、コミュニケーションを図る上で悩みを抱える人が多く、子どもの場合、不登校につながるケースも少なくありません。

「吃音は個性の1つ。治し方ばかり考えるのではなく、周囲も含めてどう向き合っていくかが大切です」

そう語るのは九州大学病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科(外部リンク)の医師・医学博士の菊池良和(きくち・よしかず)さんです。

自身も吃音の症状を抱えながら『吃音のことがよくわかる本』(外部リンク)を出版するなど、これまで多くの患者さんの悩みに寄り添ってきました。

今回は菊池さんに吃音の基礎知識や、苦しみを抱える当時者に対し私たち一人一人にできることを伺いました。

オンラインでの取材に応じる菊池さん。自身にも吃音があり、同じ悩みを抱える人を多く診療している

生まれつきの遺伝子が原因の吃音。環境や親の責任ではない

――さっそくですが、吃音の症状とその原因を教えてください。

菊池さん(以下、敬称略):症状は主に3つあります。

  • 「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくね」など言葉を繰り返す「連発(れんぱつ)」
  • 「ぼーーーーくね」と、言葉を引き延ばす「伸発(しんぱつ)」
  • 「…………ぼく」と、言葉が出るのに時間がかかる「難発(なんぱつ)」
どもりながら話そうとする少年たちのイラスト
引用:吃音、チック症、読み書き障害、不器用の特性に気づく「チェックリスト」活用マニュアル|厚生労働省(PDF/外部リンク)

菊池:原因や治癒の過程についてははっきりと解明されていません。ただし、基本的な体質、遺伝子の関係で発症することが分かっており、以前にいわれていたような「まねをしてうつる」「親の育て方や環境の問題」という認識は全くの誤りです。

――自然に治るということもあるのでしょうか?

菊池:はい。発症後3年で男の子は6割、女の子は8割が自然に治るというデータがあります。吃音は幼児期に発症することが多く、急激な言語発達の副産物といわれることもあります。

ただし、100人に1人は成人になっても吃音が残ってしまいます。8歳くらいまで症状が続くようでしたら、その先も吃音と付き合っていくことになるかもしれません。

これまでは「どうやって治すか」ばかりに関心が集まることが多かったのですが、私は「どうやって付き合っていくか」が重要だと考えます。吃音が残っても困らないように、周囲も含めて正しい知識や対応を知ることを心掛けてほしいです。

――「歌うときはどもらない」と聞いたことがあります。それはなぜでしょうか?

菊池:吃音は「話し始めのタイミング障害」ともいわれています。なので、伴奏に合わせて歌を歌うことや、友人と一緒に音読をする場合、吃音が出にくくなるんです。「発声するタイミング」が決まっているからですね。

なので、吃音の人に「ゆっくりでいいから話してみてください」といったアドバイスは逆効果なんですよ。「ちゃんと話さなきゃ……」と萎縮してしまい、話し始めのタイミングがつかみにくくなるからです

――「ゆっくり話してみてください」はつい言ってしまいそうです……。

菊池:そうですね。多くの人が言ってしまいがちなアドバイスです。ゆっくり話したからといって吃音が治るわけではありません。

話し方について指摘をすることは「その話し方では駄目」と言っているようなもの。それでは子どもの「話したい」「伝えたい」という気持ちをそいでしまいます。また、話の途中で何を話そうとしているのか気付いたからといって、本人の言葉をさえぎり、代弁してしまうこと(言葉の先取り)も傷つける原因の1つです。

吃音があるからといって周りが過度に意識をせずに、自然な会話をすることが一番大切です。話している途中にフォローは必要ありません。もし聞き取りづらいことがあれば話が終わったあとに聞いた内容をまとめたり、その内容を繰り返したりするようにしてください。

私が患者さん本人や保護者の方によく話すのは「人は内側に話したい気持ちがあり、その外側に話し方がある」ということ。話し方ではなく、気持ちの方に意識を向けることで吃音の方も安心して話すことができます。

からかいや誤解は理解してもらうことで解消されることが多い

――吃音の方は具体的にどのような悩みを抱えているのでしょうか?

菊池:子どもの場合、まねをされる、話し方の指摘を受ける、笑われるなど同級生からからかわれることで悩むことが多いです。

また大人からは話し方について怒られたり、言葉が出ないが故に「不真面目だ」と勘違いされたりするケースもあります。

吃音で病院に行くお子さんの4人に1人が不登校の悩みを抱えているんです。中には「吃音を隠したいから学校に行きたくない」と、自ら行動範囲を狭めているお子さんもいます。

小学校の先生向けの啓発資料。当記事に記載されているような吃音についての知識、学校が取り組むべき配慮などが記されている。「先生のひと言が非常に効果があり、子どもは助かります」と大きく書かれている。
菊池さんが作成した、学校や企業に向けた吃音への啓発資料。引用:吃音の合理的配慮 巻末資料PDF – 株式会社学苑社(外部リンク)

――そのような問題を解決するためにはどうすれば良いのでしょうか?

菊池:吃音について相手にきちんと伝えることが一番大事だと思います。まずは吃音の症状を理解してもらい、どう接してほしいのかをしっかり伝えることです。

例えばアレルギーがあるお子さんの保護者の方は必ず学校に連絡をして、給食に配慮してもらいますよね? 音もそれと同じだと思うんです。大人も子どもも周囲に伝えることさえすれば、基本的にはからかいや誤解が生まれることはありません。

吃音を隠したがるのは本人だけでなく、保護者の方であることも多いのですが、きちんと伝えないことが、結果、周囲の無理解につながってしまうことがあり、それが一番問題だと思います。

イメージ:膝を抱えて悩む子ども
自覚症状が出始めてから学校に行きたがらなくなる子どもも多い。まずは親子で話すことが大切

――学校以外での問題はありますか?

菊池:ご家庭で保護者の方がお子さんに吃音の話をしないことも問題です。

吃音の誤った知識の1つに「本人に意識をさせない方がいい」というものがあります。そのため、お子さん自身が自分の話し方に違和感を持っていても、あえて話をそらしたり、ごまかしたりしてしまう保護者の方は今でも少なくありません。

しかし、保護者が意識させまいとしても、子ども同士の関わりの中で「自分の話し方は他の人と違う」と気付いてしまうんですね。そのときに、保護者がフォローをしないと、「隠した方がいい、話題にしない方がいい」と、自分の殻に閉じこもって、会話自体を避けるお子さんも出てきてしまいます。

本人が気付き始めたときには、吃音の正しい知識を一緒に身に付け、話し方の癖であって悪いことではないということをしっかりと教えてあげるようにしてください。

話し方が違っても伝えたいという思いは同じ

――菊池さんご自身も吃音をお持ちとのことですが、医者になられたきっかけを教えてください。

菊池:幼い頃から自分の話し方に違和感を覚えていたのですが、親とは吃音の話をしてこなかったんです。そのため中学生くらいから一人で悩むことが多くなりました。

当時は吃音という言葉すら知らず、ただ漠然と言葉が出ない病気だと思っていて。病院に行きたいと何度も思いましたが、なかなか家族には言えなかったんです。その時に「自分が医者になってこの悩みを解決しよう!」と決心しました。

――実際に医者になられていかがですか?

菊池:医者になって12年で約600名の吃音の方と接してきて感じたのは、幼い頃の私のように個人や家庭内だけで悩みを抱えている方が多いこと。そのような方々に経験者であり専門家として話ができるのはいい点ですね。

実際に私の診察を受けることで、吃音への誤解が解けたり、周囲に理解してもらったりする方は多く、前向きになる患者さんを見ていると医者になって良かったなと思います。

それから、私自身も同じ症状や悩みを持つ方に出会う機会が増えたことで「一人じゃないんだ」と思えるようになりました。私のように長年悩む人がいなくなってほしいと思います

――患者さんはどのようなリハビリやカウンセリングをされているのでしょうか?

菊池:吃音の患者さんにお伝えするのは主に3つです。

まずは自身の話し方について。吃音はどのような症状が出やすいのか、どのようにしたら比較的スムーズに話せるのかをお伝えします。声が出ないので喉に力を入れてしまう方も多いんですよ。そのようなときには、不要な力を抜くところから指導します。

2つ目はメンタルの面。初めて診察に来る方は、うまく話せない自分が悪いと思っていることが多いんです。まずはその誤解を解くことが大事。吃音はコントロールが難しいものだから、言葉が詰まってもいいということをお話ししています。

最後は聞き手とのコミュニケーションについて。会話は相手がいて初めて成り立つもの。自分が話しやすいようにするには、その環境を整えることも大切です。吃音のことを周囲に知ってもらうことは恥ずかしいことではなく、逆に今後のコミュニケーションがうまくいくための一歩だということを伝えています。

――最後に読者一人一人が吃音への理解のため、できることは何でしょうか?

菊池:まずは世の中に吃音のある人が1パーセントほどいて、どのような症状かを知ることです。

また、吃音当事者の方の話を最後まで聞いてほしいと思います。日本人は話し方について敏感ですよね。例えば英語を話すときでも発音が間違っていないか、文法は合っているかと、過剰に正しさを気にします。

でも、問題は相手に伝わるか伝わらないかだと思うんです。吃音も同じで、話し方が多少違っていたとしても、伝えたいという思いは共通のはず。

話の内容や本人の思いを大切にする人が増えてほしいですね。

編集後記

菊池さんのお話を聞いて、聞き手側に吃音の知識があれば、吃音当事者の困難は軽減できるものだと感じました。この考え方は心のバリアフリー(※)へとつながります。一人一人が心のバリアフリーを意識する社会を目指しましょう。

〈プロフィール〉

菊池良和(きくち・よしかず)

1978年山口県生まれ。医学博士。医師。専門は吃音症。鹿児島ラ・サール高校卒業。九州大学医学部卒業。九州大学大学院医学研究院臨床神経生理学教室で博士号を取得。現在は、九州大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科助教として、日本で数少ない吃音外来も行っている。
九州大学病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科(外部リンク)

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