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「出自を知る」ことは養子の権利。養子縁組における「ルーツ探し」の大切さ
- 養子にとって、自分の生い立ちを知ることは保証されるべき権利
- 子どもの「人生の連続性」を保証するのは大人の役割。国の制度として補完すべき
- 実親とのエピソードやストーリーは、養子が自分を理解するための助けになる
取材:日本財団ジャーナル編集部
特別養子縁組で新たな家族を得た養子にとって、「自分の生い立ち(ルーツ)を知りたい」と望むことは、自らのアイデンティティに向き合う大切なプロセスの1つです。
日本が批准している「子どもの権利条約※」にも「子どもが出自を知る権利」が規定されていますが、それを行うための制度が日本ではまだ整備されていません。
- ※ 1989年に国連総会において採択された、世界中の全ての子どもたちが持つ権利を定めた条約。日本は1994年に批准。参考:文部科学省「児童の権利に関する条約」(外部リンク)
生みの親との親子関係を解消して新たに養親と親子関係を結び直す「特別養子縁組」の場合、戸籍に実親の名前が記載されないため、養子が自分のルーツを探すハードルは高くなります。
養子縁組事業および難民・移住者の支援に取り組む社会福祉法人日本国際社会事業団(以下、ISSJ)では、養子縁組当事者のルーツ探しを支援する「養子縁組後の相談窓口」(外部リンク)を開設しており、日本財団はその事業支援を行っています。
今回は、ISSJの常任理事を務める石川美絵子(いしかわ・みえこ)さんと、社会福祉士(※)の山口寛子(やまぐち・ひろこ)さんに、養子にとってのルーツ探しの重要性や、現行制度が抱える課題などについてお話を伺います。
- ※ 日常生活に困難を感じている人に、専門的に相談や援助を行うための国家資格の1つ
正と負の両面を持つルーツ探し。支援者の存在が支えに
――ISSJが取り組む「養子縁組後の相談窓口」には、どういった相談が届くのでしょうか?
石川:「生んでくれた親がどんな人か知りたい」と願う20~30代の養子の方もいれば、60代以上のある程度の年齢になって「自分の記録の欠けている部分を取り戻したい」と相談に来る養子の方もいらっしゃいます。また、特別養子縁組で乳幼児を迎えた養親ご夫婦が「将来子どもに伝えるための情報を集めておきたい」とご利用になるケースもあります。
海外に行った養子の方だと、子どもや孫から「私たち家族のルーツを知りたい」と頼まれて、連絡をしてくるような事例もありますね。
もちろん、全ての養子の方々がルーツ探しを望むわけではありません。仮に「生みの親が今どうしているか知りたい」と願う人でも「会うのは今でなくてよい」だったりします。
つまり、ひと口に“ルーツ探し”といってもその意味合いは人によりさまざま。とても繊細で、多様なニュアンスを内包するものなんです。
――多くの事例を見てきて、ルーツ探しの重要性はどこにあると考えますか?
石川:血縁のある家族の中で育った人は、「小さい頃はこんな子どもだったんだよ」と親が教えてくれる、親戚の会話から親や祖父母の若い頃を知る、など幼い頃から自分についての情報を得る機会がたくさんあります。
自分の記憶に残っていない情報でも、周りが覚えていて補完してくれる。そういう環境下だと「私はこういう人たちの間で生まれて、こんな風に育ってきたんだな」と無意識のうちに自己認識が確立されていきます。
一方で、養子の方の中には「1歳以前の情報は全く分からない」など、エアポケットのような状況が起こりえます。自分の中にあるその空白が気になり、「知りたい」と願うのは自然なことですし、自分は誰なのか、というアイデンティティを確立する上でも守られるべき権利だと私たちは考えています。
――具体的に、どういったサポートを行っているのでしょうか?
山口さん(以下、敬称略):電話やサイトの問い合わせフォーム、SNSを介して連絡をいただいた方に対して、まずはオリエンテーションの機会をいただくことにしています。そこで私たちソーシャルワーカー(※)が、相談者の方の置かれている状況や、ルーツ探しで何を求めているのかなど、会話を通じてヒアリングしていきます。
このとき大切なのは、ルーツ探しによってどんな影響が起こりえるのかについて、きちんと知っていただくこと。というのも、明るみになる事実が必ずしも相談者の方にとって喜ばしいものとは限りません。
例えば、実親が見つかったとして「会いたくない」と言われることもありますし、自分の出生が何らかの刑事事件に関わっている、という可能性もゼロではありません。
想定外の情報を受け取ったとき周囲に相談できる人がいるのか、また、調べても何も分からなかったときはどうするのか、など心の準備段階から伴走を始めることを心掛けています。
そういった側面があることを理解し、「今回はやめておく」と決断する人もいますが、それは自らの選択を尊重した結果であり、決して後ろ向きなことではないと思います。
- ※ 福祉等に関する専門知識を活かし、社会生活に困難や支障のある人々の相談に乗ったり、社会的支援を行ったりする職種の1つ。業務を行うために資格は必要ないが、専門家と名乗って提案、支援を行うには社会福祉士の資格が必要
実親から反応がないことが、必ずしも拒絶の意味ではない
――そういった影響も踏まえた上で相談者の方がルーツ探しを「やる」と決断した場合、どのように進めていくのでしょうか?
山口:ほとんどの場合、実親さんに対しての情報を整理するところから始めます。
例えば母子手帳をお持ちなら生まれた産院が書いてありますから、病院に問い合わせてみると当時のことを知っている人がいる可能性がある。このように手持ちの情報からどういう手段が取れるかを一緒に掘り下げ、1つずつ実行していく形です。
基本的には、ISSJが関係各所にいったん連絡を取って状況を確認し、得られた情報を共有しながら、実作業の部分を相談者の方に担っていただきます。
この実作業とは、役所で戸籍を調べるといった、個人情報保護の観点から相談者ご本人が現地に行かないと情報を得られない部分のことです。
――ISSJが間に入ることは、個人でルーツ探しを行うのとどんな違いがあるのでしょうか?
山口: 私たちはソーシャルワーカーなので、相談者の方を守るのはもちろん、実親の方も同様に守られるべき対象だと考えます。
届いた相談の中には「生みの親をSNSで見つけてメッセージを送ったのに返事がない」とか「家まで行ったのに応答してもらえなかった」など、すでに何らかの行動を起こし、リアクションが得られなかった事例も数多くあります。
そこで望んだ反応が得られないと、養子の方は「親から拒絶された」と感じてしまうようです。
しかし、実親の方が子どもを養子に出す選択の裏にはさまざまな事情があります。誰にも触れられたくない事実が含まれている可能性もありますし、本当は会いたいけれども新しい家族に気を遣っている、といった場合もあると思います。
また、実親の方が経済的に、あるいは精神的に、など何らかの課題を抱えている場合、接触そのものを慎重に行った方がいいケースもあります。
ISSJが間に入って情報を得ることで、養子の方、実親の方、双方に適切な心の準備期間をつくることができます。それから、生みの親が養子の方に知られたくない事情があれば、伝えたいと思うことだけをお預かりする、といった双方の心に配慮した対応も可能です。
養子の方は喪失を感じ、実親の方は混乱や後悔の念が残る……といった悲しい結末にならないように、という点は常に意識していますね。
子どもの「人生の連続性」を保証するのは大人の役割
石川:多くの国では中央当局に養子縁組の記録が集約されているほか、養子縁組をする場合はどういう情報をどのような形で保管しなければいけないか、明確に定められています。
しかし日本では、児童相談所、養子あっせん団体、児童養護施設、病院など、記録管理を行う場所が分散しており、それぞれ個別にアプローチしないことには情報を得ることができません。
厚生労働省が、特別養子縁組成立後の記録は永年保管するように通知を行っていますが、通知が出る以前からきちんと情報を残しているところもあれば、実親の方の住所と電話番号くらいしか記録のないところもあります。なかなか共通化が進まない状態です(※)。
――どこで、誰が担当したかによって、得られる情報がバラバラになってしまいますね。
山口:そうなんです。ある児童相談所では、昔の担当職員に連絡をとって、その方が個人的に残していた手記で当時の状況を教えてくれた、という心温まる話もありますし、別の児童相談所では「そんな昔のことを考えてないで、これからのことを考えたらいいんじゃないですか?」と言われてしまった、という悲しい話もあります。
行った先でどういう対応を受けるかまったく分からない、というのも問題です。
石川:今の話にもあるように、「なぜ養子縁組がなされたのか」「そのとき関わった人たちはどういう思いでサポートしてくれたのか」といったエピソードやストーリーは、養子の方が自分を理解する上で大きな助けになるものです。
ただ、真実には厳しい事実も含まれる場合があることを合わせて考えると、年齢に応じて段階的に伝える方法や、どういう準備が必要なのかなど、伝え方や対応の部分についても配慮しなければいけません。「出自を知る権利を最低限保証する」という目線で、国による共通のガイドラインの設定や職員研修といった用意はあっていいのではないか、と思います。
児童養護に関わる上で重要な視点として「人生の連続性の保証」という言葉があります。これは、厚生労働省が主催する「養子縁組あっせん機関責任者研修」の講義で言われ、私がとても共感したものです。本人のせいではないのに、子どもの人生に連続しない部分が生まれてしまった場合、そこを保証するのは大人の役割です。それをもっと国の制度として補完しても良いのではないでしょうか。
――こういったルーツ探しや、出自を知る権利の保証という問題に対して、社会にいる私たち一人一人はどんなサポートができると思いますか?
石川:日本における家族像は「生んでくれた両親」「血のつながった家族」が前提になっていますが、シングルファザー・マザー、養子縁組含め、家族の在り方もどんどん多様化しています。知らないだけで、身近な関係性の中に養子縁組家庭があるかもしれません。
ですから、こういったことが世の中にはあって、当事者はどういう悩みを抱えているのか、関心を寄せていただければと思います。そしてもし、友人や知人から「自分は養子なんだ」と聞くことがあれば、普通のこととして受け止めていただきたいですね。それが当事者家族にとって大きな助けとなるように思います。
編集後記
養子にとって自分を理解し、自分らしさを確立するために重要なルーツ探し。しかし、その手段だけでなく、実親やその周囲への配慮、自身の気持ちの整理など、大変な困難が伴うことが分かりました。
これを少しでも解消するためには、出自を知る権利を保障するための制度や仕組みの整備と共に、私たち一人一人がこの問題を理解し、自分事として受け止めることが大切。「もし自分が同じ立場だったら……」と想像を膨らませてみてください。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
社会福祉法人 日本国際社会事業団(にほんこくさいしゃかいじぎょうだん)
戦後の日本で、占領軍の兵士と日本人女性の間に生まれた混血児を家庭で養育するため、有志で養子縁組支援を始めたことが活動の始まり。1959年に厚生省から認可された社会福祉法人で、同時にジュネーブに本部を置き、現在、世界140カ国以上にネットワークを持つ国際福祉機関ISSの日本支部でもある。日本で暮らす外国ルーツの子どもの養子縁組や、移住者・難民家族の支援を行ってきた。2020年末から日本財団の助成のもと、ルーツ探しの相談を受け付ける「養子縁組後の相談窓口」を開設、養子縁組当事者のサポートに当たっている。
社会福祉法人 日本国際社会事業団 公式サイト(外部リンク)
養子縁組後の相談窓口(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。