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海洋ごみの増加、漁獲量の減少——海の問題を自分ごとにするために必要な、海洋教育のかたち

海洋教育の一環として、ワカメの収穫をする子どもたち。近年、海ごみなどの問題の深刻化もあり、海洋教育に注目が集まっている。写真提供:一般社団法人みうら学・海洋教育研究所
この記事のPOINT!
  • 海洋ごみの増加や海水温の上昇など海の問題が深刻化し、海洋教育への関心が高まっている
  • 神奈川県三浦市では、子どもたちが海の現場に触れ、知識を学ぶことで理解促進につなげている
  • 一人一人が生活と海とのつながりを想像してみることが、海を守る行動につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

水の循環の大もとであり、地球環境を支え、人間の生活にも欠かせない海。しかし近年、海洋ごみの増加や、地球温暖化による海水温の上昇、それによる漁獲量の低下など、海を取り巻くさまざまな問題が深刻化しています。

また2011年に起きた東日本大震災で津波による大きな被害を受けたように、海は私たちを支えるだけでなく脅威ともなりうる存在です。

そんな海に対する理解や関心を深める海洋教育が注目され始めています。2016年に国は、2025年までに全国で海洋教育を実施することを宣言し、その一貫として2017年には海洋教育の内容を充実させた学習指導要領が提示しました。

そんな中、全国に先駆けて子どもたちへの海洋教育に力を入れ始めたのが、神奈川県三浦半島の南端に位置し、三方を海に囲まれている三浦市です。三浦市の海洋教育を支えてきた、一般社団法人みうら学・海洋教育研究所(外部リンク)の中村亮太(なかむら・りょうた)さん、岩瀬成知(いわせ・なるとも)さんに、どのような海洋教育を実施しているのか、その需要と、子どもたちに起きた変化などについて話を伺いました。

確実に変わりゆく海。現状を理解し海の問題を自分ごとに

――まず、みうら学・海洋教育研究所の取り組みについて教えてください。

中村さん(以下、敬称略):三浦市内に11校ある小中学校に対して、主に海洋教育の支援や、情報提供、情報発信などを行っています。

具体的には海洋教育に協力してくれる外部団体を紹介し、間に立っての調整役となっています。また学校が直接外部団体に連絡し海洋教育を行うケースもありますので、その内容を他の学校が知ることができるよう、海洋教育ネットワーク通信(外部リンク)という機関紙をつくって各学校に配布しています。

オンラインで取材に応じてくれた、みうら学・海洋教育研究所の中村さん(右)と岩瀬さん(左)

中村:他にも三浦市と連携教育している東京大学三浦臨海実験所との共催で、海洋教育写真コンテスト(外部リンク)も実施しています。三浦市内の小中学生を対象に「子どもから見た、三浦の海」をテーマに写真を募集し、優れた作品を表彰しています。

マグロの接写
第11回海洋教育写真コンテストで最優秀賞を受賞した、剣崎小学校の北風泰我(きたかぜ・たいが)さんの作品。写真提供:一般社団法人みうら学・海洋教育研究所
海岸にたたずむ鵜
同じく第11回海洋教育写真コンテストの最優秀賞を受賞した、初声中学校の七五三木悠眞(しめき・ゆうま)さんの作品。写真提供:一般社団法人みうら学・海洋教育研究所

――みうら学・海洋教育研究所を設立した経緯を教えてください。

中村:三浦の海をフィールドとした教育自体は以前から三浦市で行われていたのですが、2012年に東京大学三浦臨海実験所と三浦市が連携協定を結びました。最先端の研究成果等の発信を通じた人材育成や地域社会の発展が目的で、同実験所が持つ貴重な知的財産を学校教育にも活かせることになったんです。

そして、より良い海洋教育を推進していこうという流れから、2016年に設立されたのが私たちの団体です。

――人材育成が目的とのことですが、例えばどのような人材を育てていきたいと考えていますか?

岩瀬さん(以下、敬称略)まずは子どもたちが三浦の海の現状を知り、海の問題を身近に感じることで、自分ごととして捉えられるようになってほしいと思っています。

例えば三浦市ではワカメの養殖が盛んなのですが、ワカメは水温がある一定の基準を下回らないと芽が出ません。また、水温が下がると活動を停止するはずの魚が年中元気に活動をしており、ワカメがどんどん食べられてしまい、養殖が難しくなってきています。

あとは磯焼け(※)によって海藻が枯れてしまうこともあります。ただ最近は回復傾向が見られ、100パーセント悪化しているとは言いづらいのですが、海の状況が変わってきているのは確かです。

こういった実情を伝えることで、海のことを自分ごととして捉えられるようになってほしいですね。

  • 海の沿岸に生えるコンブやカジメなどの海草類が枯れる現象。海水温の上昇や海水の汚染、ウニなどの食害が原因とされる

実感を通して育まれる「海を守りたい」気持ち

――三浦市内で実際に行われている、海洋教育の内容について教えていただけますか。

中村:各学校、学年によってある程度のテーマを設定しており、低学年であれば、まずは海の楽しさを知ってもらい、親しみを感じてもらうことを目的にしているプログラムも多いです。

例えば干潟で生き物を探したり、ヨットなどの海洋レジャーを体験したり、楽しみながら海の安全を知ってもらうところからはじめ、学習を深めていきます。

三崎小学校の1・2年生が行った磯観察の様子。画像提供::一般社団法人みうら学・海洋教育研究所
名向小学校、旭小学校を対象としたシーカヤック体験。海の楽しさだけでなく、身を守る方法についても学んでいく。画像提供:みうら学・海洋教育研究所

――小学校の中学年以降や中学生くらいになると、どういったことを学ぶのでしょうか?

岩瀬:低学年から引き続いて、体験的な学習を行うこともあるのですが、人から知識を得るだけでなく子どもたち自身で調べる探求的な学習も取り入れています。

例えば2023年度だと養殖ワカメの授業を実施しました。まずは漁師さんの元に足を運び、どうやってワカメが増えていくかを見学させてもらいます。それに加えて学校では、海の変化やどういう問題が起きているかということを調べる授業を行います。

調べる際はインターネットを活用することもありますが、子どもたちから「こういう人の話を聞いてみたい」と声があがれば、アポイントを取ってご協力いただくこともありました。

そのような行動を通して、段階的に海への温暖化の影響や漁獲量が減っていることを子どもたちは知り、理解を深めていきます。さらに学んだことを自分たちでまとめて発表し、みんなで共有し合うプロセスも大切にしています。

――実際に海洋教育を受けた子どもたちの声で、印象的だったものがあれば教えてください。

中村:低学年の子どもたちからは「海についてもっと知りたくなった」という声や、中学年以降ですと「海の生物を守りたい」という声も。中学年以降の子どもたちは海の生き物と触れ合った経験に加え、海の問題に関する知識が入ってくるので、自分たちが生き物を守らなければいけないという使命のような意識が自然と芽生えているのではないかと思います。

海に深刻な問題が起きていること自体は、日本の多くの子どもたちが分かってきているとは思うのですが、三浦市の子どもたちは現場を知ることによって、より自分ごととして海の問題を捉えられているのではないでしょうか。

――現状を直に見せることが大事なのですね。

中村:そうですね。海が近くにないのであれば、海洋ごみがからまってしまった亀の写真を見せるというような手段もあるかと思います。

ごみ袋が絡まったウミガメ(イメージ画像)

中村:私も実際、小学校の教員として海洋教育を実施する側の立場だったこともあるのですが、知識や数字などのデータや思いを伝えるよりも、実際にそういった写真を見せる方が子どもたちには響くのではないかと思います。

子どもたちは「生き物がかわいそう」という思いを抱き、その命を守るためにはどうすればいいか、自発的に取り組むようになると思います。

――実際に、海洋教育を受けた子どもたちに起きた変化はありますか?

中村:海洋教育が日常的なものになり、三浦の海そのものや、海にまつわる仕事をしている人がより身近になってきているのではないかと思います。

あと海洋教育による影響だけではありませんが、三浦市の子どもたちに毎年、三浦市のことが好きかを聞くアンケートをとっており、約9割の子どもが好きだと答えてくれています。

海洋教育写真コンテストにも三浦市に暮らす約半数の子どもたちが応募してくれますし、海が身近な存在になっていることは間違いありません。

――海洋教育が広がったことによって、街にも変化がありましたか?

岩瀬:子どもたちが「学んだ内容を発信したい」という気持ちを持っているので、発表会を通じて保護者の方や地域の方にも問題意識が広がっているのではないかと思います。そういった連鎖が起こっているのも、先生方が「学ぶだけでなく、学んだことを広げていこう」と子どもたちに促してくれているからだと……。先生たちの熱意も感じています。

中村:あとは街の変化とは少し違いますが、市の海洋教育の取り組みも変化していて、三浦市が1985年から提唱してきた「海業(うみぎょう)」を、2023年度からは海洋教育にも取り入れていこうという流れが出てきています。

海業とは、海や漁村の地域資源の価値や魅力を活用していこうとする取り組みで、水産業を核にしながら、商業や工業、観光などさまざまな分野を結びつけ、複合的な産業を生み出すことを指す言葉です。

海洋教育でも漁業だけでなく、レジャー、観光などを取り上げ、そこから発展して、将来的には研究の仕事や、海に携わる仕事に就く人材が増えたらいいなと思っています。

自分たちの生活と海のつながりを想像することが、海を守る

――海で起きている問題を自分ごとにするために、普段から私たち一人一人ができることは何でしょうか?

岩瀬:自分たちの生活が海につながっていることを想像していただきたいです。山や川が海につながっていることは知っていると思いますが、それだけでなく毎日使っている水は排水口を通って海に流れ、皆さんが口にしている魚や貝も影響を受け、それが食卓に並んでいる。

想像するだけで実は身近なところに海があること、皆さんの生活も海につながっていることが分かると思います。

岩瀬:三浦市でできる実体験を伴った海洋教育のお話をしてきましたが、海が近くになくても、自分の生活が海に支えられている、つながっていることが実感できれば、海を大切にする気持ちが育つと思います。

編集後記

何気なく生活していると、なかなか気付くことができない、海と私たちの生活のつながり。しかし、ちょっとした知識不足や無関心こそが、海洋環境に大きな影響を与えているのだと感じました。

まずは、想像してみることから始めてみませんか? 1人でも多く海を身近に感じる人が増えることが、海の未来を守ることにもつながるはずです。

みうら学・海洋教育研究所 公式サイト(外部リンク)

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